日々の進歩

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自分に合った技を選ぶ

サッカーには「シザースフェイント」という有名な技がある。
だが俺はこのフェイントを好きではない。とっさの場面で
使うことはあっても、試合中メインの武器として使いたいとは
とても思えない。

なぜかというと「自分とは合わない」から。シザースというのは
「相手が引っかかってくれれば勝ち。相手に見破られたら負けて
ボールを奪われる」というタイプの技だ。もちろん相手に隙がある
場面の場合は、ほぼ100%成功する。
(俺が使う『とっさの場面』とは、ほぼすべてこれである)
しかし相手がきちんと身構えて警戒している場合は、全く相手を抜く
ことができない。俺自身がDFをやっていたとき、シザースを扱う
選手への対策として「絶対に足を出さない。ただくっついていく」と
いうことをいつも意識していた。そうしたら彼らはほとんど俺を抜く
ことができなかった。

だから俺は自然に「別のフェイントを探そう」という結論に達した。
自分がDFをやっているときによく騙されたのは「とっさの場面」に
使うフェイントだ。こちらがバランスを崩しているときなどに、サッと
絶妙なタイミングで、シンプルな技を使う。そうされたとき、俺は
いつも抜かれてしまっていた。だから俺も、自然にそちら方向の技を
身につけるという道を選ぶことにした。「それで本当に相手を抜ける
の?」って疑問に感じる人がいるかもしれないが、それほど難しいこと
ではない。
「相手がこのような位置でこう構えているときに、このAフェイントを
使えばほぼ100%相手を抜くことができる」
という「素肌感覚」のようなものを身につければ可能だ。実際俺も
高校サッカー部の引退直前には、そのような境地にたどり着けた。
単純なコントロールミスをしてとられることがあっても
「今このフェイントをかければ抜ける!」と感じたときにそれを使えば
ほぼ、いや確実に相手を抜けた。

ここから学べるのは「自分に合った技を学ぶことが必要なのでは
ないか」ということ。あなたが本を読んだり、尊敬する目上の人から
聞いたアドバイス。それを自分で実行してみて
「なにか私とは違うな・・・」という違和感を感じたのなら、それは
やめた方がいいのではないか。
「道は一つではない。彼の教えとは違う、別の自分のスタイルを
探してみよう。新しく作ろう」と思う方がいいように感じる。

昔の俺は「他人を真似する」ことにこだわりすぎて、自分を見つめる
ことが不十分だった部分もあった。だからこれからは他人の教えを
取り入れるときは「それが本当に自分のためになるか」をじっくり
考えるようにしたい。

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100%へ限りなく近づく

「100%に限りなく近づく」
これは俺の人生の目標の一つである。

おそらく野球のイチローの最終目標は「打率10割」であるに
違いない。それを目指して、日々バッティングフォームの改良に
励んでいるのだろう。

俺も同じ。
俺の目標は「幸せになること。限りなく上を目指し続けること」
もちろん焦って、切迫感を持ちながら幸せを目指すという意味ではない。
つねに「もっと、もっとを望む」という限りなき欲望の世界でもない。
「私は今、すごく幸せだ」という安心した落ち着いた気持ちを持った上で
「でも、もっと私は幸せになれる」と考えるのだ。
決して焦ることなく、地道に「いまを楽しく生きる」ための学びを
重ねていく。
俺は、そんな人生を歩きたい。

よく難しい顔をして
「人はどこかで、妥協して生きていかねばならない」
などと言っている人がいる。でも
それは「自分の幸せ」を放棄する理由にはならない。
「無理のない範囲で、小さな幸せへの一歩を踏み出し続ける」ことは
誰にでもできるはずだ。

それこそ「実力がないから出世できない」ヒラ社員でも
「少しでも今の職場の雰囲気を良くしよう」
「もっと仕事を楽しもう」
「数字を上げるためには何をすればいいか」
などと考え、より有意義に仕事をこなすための試行錯誤を続ける
ことはできる。俺は、そんな部類の人間を目指したい。

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涙を流すことの大切さ

俺は「人見知りのHP」に書いたような恐怖克服法を作り上げてから。
涙を流す回数が多くなった。
昨日も「サッカーダイジェスト」という雑誌の中のある記事を読んで
少し涙がにじんだ。
それは鈴木隆行が横浜Fマリノスへ入団するというニュースで、そこに
同時にピクシー(ストイコビッチ)へのインタビュー記事も掲載
されていた。その中でのピクシーの鈴木への暖かい心遣いを感じて
胸がじーんとなった。それから鈴木の

「日本代表に選ばれワールドカップに出場し、ある意味燃え尽きて
しまった部分もあった。だけれどもこのレッドスターというチームで
試合に出れないという時間を経験したからこそ、もう一度真剣に
サッカーをやりたいという気持ちになった」
というコメントにも感動した・・・。

涙を流す回数が増えてから、ストレスが自分のところにたまらなく
なった気がする。いつもスッキリとした前向きな気持ちで日々を
過ごせるようになったと感じている。
心を閉ざしていた高校時代の俺は、いつも不完全燃焼のような
もやもやしたわだかまりを心の中に抱えていたから、それと比較すると
この毎日のすがすがしさがすごく実感できる。

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苦しみを糧に

「苦しみを糧にして、さらに成長していけばいい」
最近、本気でそう思い始めた。

俺は今、人とほとんど会話することのない一人暮らしをしている。
正直辛いこともたくさんある。
だがふとしたきっかけで「苦しみとはすばらしいことなんだ」と
思えるようになった。

例えば俺はサッカーの掲示板で質問に答えているのだけれど、時として
俺に対する意図的な個人攻撃や揚げ足取りのような書き込みを受ける
ことがある。そのときにはいつも苦しいと感じていたのだが、最近は
「嬉しいな」と思えるようになった。

なぜかというと「学びとなる」から。
俺が何か否定的なレスを受けるとき、必ず俺のほうに何か「きっかけ」
があることが多い。例えば俺が書いた質問の中に、他人を怒らせかね
ない乱暴な言い回しが含まれていた。相手を過剰に言い負かそうとして
相手の主張を強く否定してしまった。相手の言葉の真意を感じきれず
場違いな言葉を書いてしまった・・・
俺が「暴言」を受けた直後に、自分のそれまでの発言を振り返ると
そんな過ちがあったことにいつも気がつく。

またそれがほとんど見つからない場合もあるのだけど、そのときは
「良い討論の練習になる」と考えている。俺が揚げ足取りのような
攻撃的な質問を受けたとき。相手をいなす、見事な言い回しで
返答してあげることにしている。相手は
「俺を困らせてやろう」と思ってわざと難しい質問をしているの
だろうが、それに対して俺が簡単に答えてしまうため、いつも彼らは
そこで反論が止まり、黙って立ち去っていく。

このまえに、矢継ぎ早に3連続で難しい質問をしてきた人がいた。
その人にも3つとも、丁寧に回答を書いてあげた。

今の俺は「自分の言葉をどんどん批判して欲しい」という気持ちだ。
正直批判されるのは嫌だ。だが
「批判に対してどのように受け答えするのか」を学べる非常に
すばらしいトレーニングであると、心から感じている。

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才能とは何か

俺は中学校時代、作文が大の苦手だった。夏休みの宿題で
読書感想文を出されたときは、一日何時間も原稿用紙の前でうなり
ながら、必死の思いで書き上げていた。あの当時の俺は何か文章を
書こうとすると
「こんなこと書いていいのだろうか」
「言い方が間違ってないだろうか」みたいなことをあれこれ思い悩んで
しまうため、すごく書くのが遅かった。

だがその反面、俺は「短い文章」を書くのは大の得意だった。
中学1年のときには「個人ノート」という、担任の先生との交換日記の
ようなものがあったのだけれど、そこで先生から「すばらしい文章だね
!」とほめられたことが何度かある。クラスの全員の前で読み上げて
もらったこともあった。(もちろん事前に申し出を受けて、それを
俺が承諾したあとにです)
そのときの文章というのはほんの5行くらい。
でもなぜか人の心を打つ、気持ちのこもった文を書けていた。

また、俺は「詩」も得意だった。
小学校3年のときには3年生の代表として、学校の機関紙のようなもの
に俺の書いた詩が載せられたことがある。奈良の大仏についての詩だ。
また小学6年のときに、ある演劇鑑賞の感想を詩で書くような課題を
出されたとき、担任の先生から「お前、いい詩を書くなあ」と
感心された記憶もある。

そしてそんな俺が今、どうなっているのかというと・・・
自分のHPで「短い文章」を書いて人に公表している。
さらに文章の合間には「詩」のような言葉が書かれている。
俺の個性を生かした「自分の居場所」に、いまやっとたどり着けた。
そんな万感の思いがいまここにある。

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姉の背中

俺には1歳年上の姉がいる。彼女がいるおかげで役に立ったことが
ある。それは「次の世界のことを知ることができた」ということだ。

例えば中学校。俺より1年先にそこへ入学した彼女の姿を見て
「中学校とは、厳しいところなんだな」とか
「こんな行事をやるんだな」みたいなイメージを掴むことができた。

高校について言えば
「中学の頃よりもっと忙しくなるんだ」
「部活動の雰囲気も違うんだな」ということを学べた。

大学については
「高校よりもさらにハードな毎日になる」
「バイトなども積極的にできる雰囲気なんだ」
「課題に追われる日々を過ごすんだ」など。

彼女の後姿が。
姉のライフスタイルから推測できる「次の世界」の姿が。
俺の進路決定に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。
その意味では、俺に姉がいてよかったと思う。

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株の配当金

いま、郵便局へ行ってきた。目的は、株の配当金。
俺は去年の8月あたりから、株式投資を始めた。
いろいろ事情があり、まだまとまった利益は出ていないが
それでも地道に投資を続けている。

今日受け取りに行ったのは「土屋ホーム」という会社の配当金。
金額は450円。
郵便局の窓口の人に用紙を出したら、100円玉4枚と50円玉
1枚をもらえた。
このような形で株の配当金を受け取るんだと知って、非常に新鮮だった。

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自分らしくあればいい

「ただ自分らしくあればいい」
最近そう感じ始めた。
「人に好かれよう」「よく思われたい」
「結果を出したい」「よい毎日を過ごしたい」と思うよりも
「自分らしく生きていく」ことの方が大切なのではないか。
いま、ふとそう思った。

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トイレ掃除の学び

俺は週に1回くらいのペースで、トイレを掃除している。
その掃除を続けている中で、気付けたことがある。全ての場所に
同じだけの労力を注ぐ必要はないのだと。

俺はこれまで「トイレの全てを、ほぼ同じ強さで」こすって掃除して
いた。しかし今あることに気が付いた。実は最近やる気が出なくて
かなり掃除をサボっていたのだが「非常に汚れている場所」と
「掃除をサボったのに、ほとんど汚れていない場所」という2箇所に
分かれているんだと知った。だから全ての部分を均等に掃除を
続ける必要はないのでは?と感じたんだ。

これからは「汚れやすい場所」
(トイレのふちの部分、奥の水がたまる場所など)を重点的に掃除し
「ほとんど汚れない場所」
(側面や、外側の部分など)をあまりこすらないようにしよう。
そうすると、労力の大きな節約になる。

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分かりやすく語る

ある本を読んだことがきっかけで「人に物を教えるときに大切なものは
何か」について考えさせられた。

その本とは「合気・奇跡の解読」という本。この本の中で著者高岡英夫
さんは「これからの時代指導者たるものは、科学的な分析をしてから
合気を語ることが大切だ」と言っている。
(合気とは・・・合気道や、類似の流派などの総称)
だが俺がこの言葉を聞いたときに感じたのは別のこと。
「小学生にでも分かる言葉で、分かりやすく自分の理論を語ることが
大切なのではないか」ということだ。

俺がこう思うのには理由がある。俺は高校生時代、サッカーがうまく
なりたくて、ありとあらゆる分野の本を読んだ。しかしそこに書かれた
内容の中には、難しくてとても理解できないような本も多かった。

しかも「難しいけれど、なんとか理解できるレベルの本」を一生懸命
読んでみると。その内容は
「それってつまり、こういうことだよね?」と非常に短い言葉で
要約できてしまうことがほとんどだった。俺はそのような
「難しい学問的な、科学的な本」に対して俺がいつも感じていたのは
「簡単な理論を必要以上に難しい言葉で語っている」
「回りくどい説明で、文字数を稼いでいる」
という気持ちだ。

もちろん「俺が理解できないような、難しい本を書きやがって・・・」
という当時の俺の嫉妬心が混じっていた可能性はあるから、完全には
正しいとは言えないだろう。だがあの時期の俺が「難しい本」に対して
嫌悪感、不信感のようなものを抱いていたのは紛れもない事実。

しかも俺にとって「面白い!ためになる!すごく役に立った!」と
感じた本は、いつも簡単な言葉で書かれていた。
「あなたの会社が90日で儲かる!」とか
「7つの習慣 ティーンズ」など。
もちろん中には「インナーチャイルド」という本のように、
「難しいけどためになった」という例外もあったが。それでも
大まかな基準として「難しく書かれた本は、ほとんど役に立たない」
という気持ちは、いまも持っている。

だから俺は科学的な分析よりも「わかりやすい言葉で語る」ことが
大切なのではないかと思う。もちろん科学的なデータは大切だ。
客観的な事実としてそれを示すのは、非常に大切なことだ。だが
それと「難しい言葉で語る」ことは全くの無関係。俺はこれまで
「科学的なデータを多用しているけれど、すっきりとした分かりやすい
文章で書かれたすばらしい本」にはいくつも出会ってきた。

「これは、科学的な本なのじゃ(だから、難しい文章でもいいのさ!)」
と思って自らの理論の上にあぐらをかき、「低年齢層にも分かる、
簡単な文章」という部分を放棄してしまうのは、あまり良いこととは
言えないだろう。

また、浅見帆帆子さんのように
「科学的な説明」自体を放棄してしまう、というやり方もある。
つまり「自分で試して、自分で効果を実証してみなさい」という
スタンスを取るんだ。彼女の本はそうなっている。
浅見さんの本がベストセラーになっている事実も考えると、このやり方
も一つの方向性なのではないだろうか、と考える。

つまり高岡さんの「科学的な説明は必要なことだ!」という理論は
必ずしも全てには当てはまらない。

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マーマー

マーマー」というタイトルの本を読んだ。
すごく感動した。
この本はマンガと言えばいいのかな。セリフがないマンガのような
物語の本だ。

ペットショップで売られている犬と、男の子女の子が主人公の
優しい物語。文章はほとんどないのに、彼ら登場人物の感情が伝わって
きてすごく面白かった。

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小悪魔な女になる方法

小悪魔な女になる方法」という本を読んだ。すごく面白かった。

とくに俺が参考になった部分は・・・
「マニュアル本をそのまま実行するのではなく、柔軟性を持って
取り入れろ」
「『完璧ないい女』である必要はない。一つや二つくらい、欠点や
落ち度があった方が人間味があっていい」
「相手から貢いでもらうくらいの圧倒的な魅力を身につけろ」
「悪口、批判は他人から言われるのが当たり前」
「外見が悪くてもそれほど困らない。それ以外で補えばいい」
※立ち読みですので、少し自分流の解釈が混じっている可能性大

もちろんこの本に書かれている内容に100%同意できるわけでは
ない。しかし著者自身の人生経験から基づくアドバイスの多くは
非常にためになったと感じた。

こんな「小さなヒント集」のような本を読むときのコツは
「ふーん、そうなんだ。正しいかもしれないし、間違っているかも
しれないな」というくらいの、軽い気持ちで読むこと。
少しでも「あれ、おかしいぞ!」と感じた部分があったら
深く考えずに、さっさと読み飛ばす。
「なるほど!そのとおりだ!」と思った部分だけを自分の中に
取り込む。俺はそうやって読んでいる。

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本気で生きるためには・・・

俺は去年サッカーの掲示板で、このような質問をされた。

Q.サッカーがうまくなるためには、本気で練習をすることが必要だと
思っています。そこで、どうすれば本気で真剣にサッカーの練習が
できるでしょうか?


それに対する俺の答えはこうだ。

A.それはあまり考える必要はありません。サッカーにおいて
パスがどんどんつながる面白いゲームができたなら、とても楽しい
ので全力でサッカーができます。自分のプレーに納得がいけば、
自然に自分の運動量も伸びるでしょう。ですから
「どうすれば本気で練習ができるか」ではなく
「どうすればサッカーがうまくなるか」と考えた方がいいのでは
ないでしょうか。サッカーが上手になれば、自然に全力でプレーが
できます。


俺の「本気で生きる」ことに関する意見はこうである。
本気で生きようとするのではなく
「どうすればもっと楽しく人生が生きられるか」
「幸せになるためには何をすればいいか」と考えながら、
前へ進んだ方がいい。俺はそう思っている。

※あくまで僕の個人的な意見です。
「なぜか分からないけど、何となく違う。私はそうは思わない」と
感じたのでしたら、僕の主張に同意しなくてもかまいません。

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あるがままに生きる

俺は一人暮らしをはじめてからしばらくの間、父から手紙を定期的に
受け取っていた。その中身は・・・
「大学へ行け」
「専門学校へ進んでみたらどうか」
「就職してみろ」
「ボランティアに参加してみよう」
・・・
つまり「今とは違う道に進みなさい」と常に圧力を、プレッシャーを
かけられていたんだ。

別にそれだけなら、まだ良かった。しかし俺は
「親の反対を押し切って、今の道に進んだ」人間。俺に対して
反対意見を言い続けてきた親本人から上記のようなアドバイスを
受けるのは
「お前の進む道は間違っている」
「そろそろ気付いたか?さっさと道を直せ!」
「まともな道へ進め!」と言われているに等しい。
俺はそのように感じたので、彼の手紙は非常に苦痛だった。

しかしそのプレッシャーの中で、気付けたことがある。それは
「あるがままの道を進もう」ということ。
逆説的だけれど、他人からのプレッシャーを受け続けたからこそ
「人の意見の気にせずに、自分の道を進む」ことの大切さに気が
付けた。

俺は父のアドバイスに従って、社会人のサッカーチームに入ってみた
ことがある。しかしそこの人間関係にどうしても馴染めず、3ヶ月で
退部してしまった。その理由として大きかったのは「周囲に流された」
というものがある。つまり自分自身では深く納得していないのに、
父親からの圧力に流されるような形で入部を決断していたんだ。

そしてここで、初公開の情報を一つ。俺はそのときに入った「B」
というクラブチーム。実は入る気ではなかったんだ。
最初に俺はそのチームの責任者にメールを送った。
入部を考えていると申し出た。
とりあえず礼儀として実名、電話番号を記載して。
そこから何回かメールでやり取りし、チームの雰囲気を知るために
いくつかの質問をしてみようと思っていた。
だがその翌日、金曜日に
「明日練習試合があるんですけど、来ませんか?」って
電話で勧誘された!
まったく予期していなかったので、すごく驚いた。
本当は1週間くらいかけてチームの雰囲気をメールで質問するつもり
だったのだが「まあいいかな」という気持ちで、その練習試合に
参加してしまったんだ。これはいまでも反省している。

そしてそのチームの人に誘われたことがきっかけで、半ば強引に
入部させられてしまった。俺自身も「誘いを断ってしまったら
悪いかな」という後ろめたさがあり、思考停止に陥っていた部分が
あった。今の俺から振り返ると、そう思える。

「申し訳ありませんが明日の試合は遠慮させていただきます。
もう少しメールで質問をさせてからにしてください」って
きちんと断っておくべきだったと反省している。

やはり、他人の意見を聞く前に
「自分を貫く」ということ。俺にとってはとくに必要なことである
ように思える。俺のように
「おとなしい、内気な性格。意志が弱く、周囲に流されやすい」という
人間は特にそうだ。

自分自身のあるがままを大切にする。
プレッシャーを無視するくらいの覚悟で
(少し言いすぎかもしれないが)
自分の頭で徹底的に考えてから、進むべき道を決断する。
この出来事を教訓にしてこれからは、
ずっと意識していきたいと思っている。

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「真剣に生きる」必要なんてない

「おい、おまえら。やる気あんのか!もっと真剣にやれ!だらだらと
サボってんじゃねーよ!このやろう。お前ら試合で勝ちたいんだろ?
だったら毎日の練習を真剣にやるしかねーじゃないか!それなのに
どうしてお前らそんなにだらけて毎日練習できるんだ!」
・・・
部活動をやっていた人、コーチや顧問の先生にこんな言葉を言われた
ことないですか?俺は何回もある。

そしてその直後は「よし、真剣にやろう」とみんな思い始める。
しかし一週間後・・・。
またいつの間にか元に戻っている。
コーチも内心呆れて何も言ってこない。

中学、高校の6年間、俺はこんな「無意味なドラマ」を何十回も
見せ付けられてきた。だからこそ言えることがある。
「真剣に生きるな」。

俺がこの言葉の無意味さに気付いたのは、2冊の本との出会いがある。
「よい本」一冊と「わるい本」一冊。

まずは一冊目。斎藤一人さんの書いた
地球が天国になる話
この本の終わりには、おまけのお話として「最後の神様」という
CDがついている。その中で一人さんは
「人間いつかは、誰もが死にます。いま隣で元気でいる人もいつ死ぬか
分かりません。だから、いつも死を意識して生きれば
毎日を真剣に生きることができますよ
と言っている。
俺はこの言葉を
「嘘だ!間違いだ!それじゃあ無意味だ!」って思った。
上に書いた「部活動での先生の叱責」という経験があるから。
「罰で脅す」「叱咤激励する」という「マイナスの力」を使って
人を前へ走らせても、絶対に長続きしない。
ちなみにこの「死を意識しろ」っていうのは、マイナス感情だよ。
俺が「自分の死」を意識すると感じるのは、恐怖。
「死ぬのが怖い」
「今の幸せな生活が終わってしまうのが怖い」という恐怖。
つまり「明日が宿題の締め切りだ。だからがんばろう」と思って
勉強しているときと同じ種類の感情だ。

これが「わるい本」である。(ちなみにメインのお話はすばらしい
内容です。悪いと感じたのは、おまけの話だけです)
俺はこれを聞いて「では、どうやって毎日を生きればいいのだろう?」
と悩むことになった。そこで出会ったのが、2冊目の本。

神田昌典さんの「非常識な成功法則」。
この中で彼はこう言っている。
「怒りや反発心を原動力にして起業するのはすばらしいことだ。
強烈な爆発的エネルギーが、そのような感情にはあるから。
ただしそれは長続きしない。それを使い続けると会社、家族が崩壊
する。だからある程度以上まで会社が発展したなら、そこからは
『愛と感謝』をエネルギーにして仕事を続けた方がいい。
『みんなのために、良い商品を届けよう』
『この私の仕事で、周りの人に幸せになって欲しい』そんな気持ちを
原動力にして仕事をしよう」

俺はこの神田さんの話を聞いて、電撃が走った思いをした。
「真剣に生きてはいけないんだな」と思った。

顧問の先生の言う「真剣にやれ」
斎藤一人さんの言う「死を意識して生きろ」
神田昌典さんの言う「怒りを原動力として起業」
これらは全て、似たようなものだ。

それよりも俺は神田さんの言う「愛と感謝」を使って生きていきたい。
怖い顔をして、真剣に毎日を生きるよりも
穏やかな顔をして「静かな闘志」を心に燃やす。
周囲を幸せにしたいという気持ちを持って、自分自身も穏やかな
幸せな気持ちで人生を生きる。
そんな道へ進みたいという気分になった。

俺の目には、今こんなイメージが浮かんでいる。
俺の中学、高校時代の顧問の先生が「真剣に生きやがれ!」と
怒った顔で怒鳴っている。
斎藤一人さんが穏やかな声で「死ぬことを意識して生きてみると
いいですよ」と俺に向かって言っている。
しかし俺と3人の間には、神田昌典さんがいる。彼の
「マイナス感情を使って仕事をすると、心身を滅ぼしますよ」という
一言で、彼ら3人が「ウグッ」と言葉に詰まり、俺の前から
立ち去っていく・・・

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いまを生きる

「いまを生きる」
これも俺が大切にしていることの一つだ。
まだできていない部分も多いけど。

例えば「あれができたらいいのになぁ」と思い悩む。
それよりも「あれを手に入れるために、今自分に何ができるだろうか」
と考える。そうすると、道が見える。
自分がするべきことは何なのか分かる。

俺はこれを、高校時代はほぼ完璧にできていた。
「内気な性格で人と話ができない」
「サッカーがうまくなりたいのに、その道が見つからない」
そんな悩みを抱えているときに
「悩んでいても仕方がない。とにかく前へ進もう。試行錯誤しよう。
もがきながらでも前へ進み続ければ、必ず道は見えてくるはず」
そう思いながらの努力ができた。

だが一人暮らしを始めてから、その能力が衰えてしまった。
「今の仕事で成果を出す」という目標を達成し
「人とのつながりを作る」という目標に向かっている途中
その他の精神的なストレスも重なり、「どれだけ前へ進んでも
何も手に入らない」という苦しみを感じ続けた。

高校時代の「サッカー」なら、まだ良かったんだ。
目の前に「サッカー部での練習」という現実世界があり、そこで
「試行錯誤の結果を試してみよう。家で、机の上で考えたアイデアを
ここで使ってみよう」と思うことができた。
トライする。失敗する。原因を考える。反省する。
そんな、よい好循環ができていた。

ただし一人暮らし時代の「人とのつながり」は、現実世界で試せる
機会がない。
強いて言うのなら「コンビニの店員からおつりを受け取る」場面と
「HPに来てくれた人とメールでやり取りする」ことがあるくらい。
ただ自分の「技」を磨き上げればよかった高校時代とは違い
どんなにがんばっても道が見えてこなかった。この今の生活をどんなに
続けても、新しい人間関係が開ける気がしなかったんだ。

だから、自然にやる気が失せてしまった。
HPで書いたような、ノイローゼのような最悪の状況まで落ち込んだ。

次第に「やる気」の方は戻ってきた。繰り返す当たり前の日々を
それなりに楽しく、充実感を持って生きられるようにはなってきた。
だが「いまを生きる」能力の方は、ほとんど戻ってきていない。
自分の「こうなりたい」という目標に対して
「まあそのうち何とかなるだろう。そのうち何かが見つかるだろう」
という気持ちでぼかしながら生きているに過ぎない。

だからこの先も、俺の試行錯誤は続く。
時が経つにつれ、次々と新しいものが手に入ったけれど、まだ
あの「いまを生きているという充足感」を取り戻せるには至って
いない。これからそれを取り戻すきっかけを手に入れることを、
心より願っている・・・

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まじめに生きる

俺がこれまでの人生で信条(モットー)としてきたことは
「真面目に生きる」ということだ。

サッカー部での練習は、一生懸命やる。全力を出す。
学校の授業は真剣に受ける。
宿題はきちんとやる。
テストでは、良い点を取れるように勉強する。
こんな、当たり前のこと。

だがこれができていない人が、俺の周囲には極めて多かった。
「やべー、宿題やってねえよ!」と半分慌てながら自分が不幸である
ことを喜ぶようにニタニタしながら周囲に「不幸自慢」する人。
ヘラヘラ笑いながら、サッカーのミニゲームをする。
真剣にプレッシャーがかかってこないから、サッカー自体がますます
つまらなくなる。
「俺さ、ゲームやりすぎて今日寝不足なんだよ」と自慢げに話す
不良っぽい性格のクラスメイト。
・・・

そんなことして、何が楽しいの?
もっと全力で生きようよ!
いつもそう心の中で叫んでいた。

俺のように「当たり前のことを当たり前にやる」ということが
できる人間はごくわずか。だからいつも寂しかった。
俺と同じように「目の前のことを一生懸命にやる」という友人が
目の前にいてくれたらどんなによかったか。
しかし俺のそばにはそんな人はいなかった。
かろうじて浮かぶとすれば、高校時代のサッカー部の数人。
俺が「Dチーム(一番下)」であるときに「Aチーム(レギュラー)」
であった、数人の同級生。彼らはそれができていた記憶はある。
だが彼らと俺は住む世界が違う。俺自身も劣等感のようなものを
感じてしまい、彼らと積極的に関わることはなかった。

自分と同じように「真面目に生きられる人間」を探す。
これは俺の人生のテーマの一つである。
いま、サッカーの掲示板でやっているのもこれに当たる。
俺はわざと意図的に「試し」のような質問をすることがある。
質問者が、本気であるかどうかを試すために。
中途半端な覚悟で質問してきた人間は、その試しの質問に答えること
ができずに黙って立ち去っていく。
幸運にも常連として残っているのは、ある程度全力でサッカーを
やりたいと願っている人たちばかりである。
彼らが俺のことを認め、慕ってくれていることには非常に感謝の
気持ちで一杯だ。
「真面目に、真剣に、上を目指すサッカー集団」
俺が高校時代求めてやまなかったものだからだ。
決して手に入れることのできなかったものだからだ。

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根気を出す

俺は以前「三日坊主」で悩んでいた。
例えば「A」というトレーニングをやり始めてみる。
しかしだんだん飽きてくる。
「やめちゃ駄目だ!がんばらないと!」としばらくは努力してみるが
いずれ力尽きて実行できなくなる。継続できなくなる。
そんな「失敗」は何百回と繰り返しただろう。

だが、俺はあるコペルニクス的発想の転換に行き着いた。
それは「がんばらなくても実行できる」練習メニューを作ること。
そのコンセプトの元俺が作り上げた「歩きを極める」という
スポーツ選手向けトレーニングは、なんと「一日10秒」だけ
行うだけでいい。それを続けるだけで効果が現れる。
しかも長く成果が出続ける。これは「体を柔らかくする」という目的の
トレーニングなのだが、確実に実行半年後より1年後の方が、
1年後より2年後の今の方が体は柔らかい。
順番に「上昇の螺旋(らせん)」を登っていけるようにプログラム
されている。

普通の健康法、トレーニング法って違うでしょ?
例えば筋力トレーニング。実践から半年後くらいが「自分が伸びていく」
ピーク。サッカー選手なら、競り合いに強くなる。
でもその後は「維持」でしかない。
「今身につけた筋肉を落とさないように、継続的に筋トレしよう」
って考えている人がほとんど。あの中村俊輔でさえ、そう考えている
のは間違いない。

だが、俺の場合は「上昇の螺旋」
1年後より2年後、2年後より3年後の方がますます体は柔らかくなる
し、体の動きが良くなる。

これも、俺の長い長い試行錯誤の末に導き出した結論の一つ。
「継続しようとがんばるよりも、簡単に継続できるだけの
量の少ないトレーニングを自分で開発する
「しかも上昇の螺旋を描けるように」
ってね。
明晰夢や、サッカーの判断能力を磨くためのトレーニング開発。
その試行錯誤の中で、身につけた俺の誇るべき特殊能力だ。

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親の遺産6 サッカー

俺は見ての通り、サッカーが大好きだ。
中学、高校とずっとサッカー部でサッカーをやり続けた。
その理由は、もちろん父親。

彼はJリーグ創設前からのサッカーファン。
家に1990年の「サッカーマガジン」という雑誌が置いてあった
ので、かなり昔からサッカーを応援しているのだろう。
きっとJリーグが始まったときの喜びは、大きなものであったに
違いない。

そんな父と一緒に、俺は物心ついたときからサッカーをやり続けた。
父と、弟と3人で、近所の公園で練習する。
昔懐かしい、当たり前に繰り返した日々・・・。

その後俺は「全力で、真剣にサッカーをする」という道へ進んだ。
もちろんプロ選手を目標にして。
その過程が、俺のサッカーのHPに刻まれている。
書いていないことも多いけど。

この道が正しかったのかどうかは、俺にはわからない。
でもこの「修行の道」を通して、俺が人格的に大きく成長できたのは
事実だ。
この「サッカー」という道を目の前に示してくれた父親に。
そして、俺が全力でサッカーをするのを影で支えてくれた母親に。
それぞれ感謝したい。
間違いなく彼らの姿は、俺の心の支えであった。
「当たり前に、サッカーができる」
「当たり前に、サッカーをやってもいい」
そんなサインをもらえたことは、すごく嬉しかった。
サッカーができない、サッカーから離れざるを得ない今の俺だからこそ
よく分かる。

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親の遺産5 試行錯誤

俺の母は試行錯誤の人だった。
俺に家事の手伝いをさせるために
「よい子カード」というものを作り、俺が何かほめられることを
したときに、それを与えた。(小学1年生のとき)
また別のときには「おこづかい連動性」のお手伝いシステムを
作り上げた。
「玄関の靴をそろえる」とか
「無人の部屋の電気を消す」みたいな小さなことを
リストアップし、表を作る。そしてそれを俺が行ったら
その表に丸をつける。月末にその丸の数を集計して、その月の
お小遣いの量が決まる。(小学5年生くらい?)
・・・
本当に、彼女はいろんなことを試していた。

俺が高校時代、サッカーという分野においてあそこまでの
「自分独自の試行錯誤」を続けることができたのは、彼女の影響が
非常に大きい。もちろんこれも、その当時の俺には無自覚だったが。
俺があそこまでの階段を登りきることができたのは、半分は
母親のおかげだと今でも思っている。

今の俺の天から授かった能力は、多くが親から受け継いだものである。

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親の遺産4 ただ一人いればいい

母親から何気なく言われた一言で、俺の心に深く刻み込まれている
言葉が、もう一つある。

ある日の食卓でのこと。(たぶん)中学校時代、自然な会話の流れで
「俺の恋愛関係」について話が及んだ。
「なおき、お前は彼女いないだろ」
「お前はモテないだろうなー、はっはっは」みたいに
半分からかい調子で、他の家族から言われていたときに、母が言った
この一言。

「なおきは大勢の人に好かれる必要なんてないもんね。
クラスにいる一人くらいの人間から『なおきのことが一番好きだ』と
言ってもらえれば十分だもんね」


いまここに書いていたら、少し涙がにじんだ。
俺はこの一言で、どれだけ救われたか。
あのときは自覚していなかったが、今思い返すと、この言葉がかなり
自分の心の支えになっていたと感じられる。
学校の、同級生。
「背が高くて」「顔がかっこよくて」「話が上手」で
「女の子に積極的に話しかける」タイプの人間は、皆モテモテだった。
しかし俺は
「背が低くて」「顔が悪くて」「無愛想で、おとなしい性格」。
決して人気者ではなく、いつも一人だった。

そんな世界の中
「俺は、全ての人から好かれる必要はないんだ」
「自分の道を貫こう」
「この世にたった一人でいいから、俺のことを好きになってくれる人が
現れればいい。それだけで十分だ」
そう思うことができた。

この言葉には、この言葉を言ってくれた母にはすごく感謝している。

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親の遺産3 生きた知恵を

今度は母親についてだ。
俺の母は大学時代、生物を専攻していた。
何かのきっかけで、ふと母が何気なく言った一言。なぜか俺の
心に強烈に残っている言葉がある。それは・・・

「私は原子とか物理学とかの『目に見えないもの』の研究は
好きじゃない。それよりも動物とか、自然などの『目に見えるもの』を
研究したい」

うろ覚えなので、言い回しは違っているかもしれません。

なぜかこの言葉が、俺の頭に今も強く残っている。だから俺は
「大学で、病気の治療法について研究する」とか
「学会で発表するために、資料を集める」
「世の学者たちに自分の理論を納得してもらうために、学会などで
精力的に活動する」
みたいなことは、なぜか「やりたくない」と感じてしまうんだ。
それよりも
「患者や生徒などの『生きた人間』とじかに関わる仕事をしたい」
「同業者に理解されるかどうかは、あまり重要ではない」
「目の前の人間を救う。目の前の『当事者たち』と関わる。
そんな仕事をしたい」
そんな気持ちなんだ。

この哲学は、母から受け継いだもの。
実際、俺の性質にすごく合っている。
この言葉を教えてくれた母に感謝したい。ありがとう。

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弟から受け継いだもの2 コブクロ

もう一つ、弟のおかげで気に入ったものがある。
それは「コブクロ」という名のアーティスト。
「ここにしか咲かない花」
「君と言う名の翼」などの音楽をリリースしている。

これも彼が聞き始めたのが最初なんだよね。
相当前から「YELL」などの曲が彼の部屋から聞こえてきていた
から、かなりコアなファンなのだと思う。
去年の冬は、コブクロの「桜」の音楽をガンガンに聴いていたから
かろうじて精神をつなぎとめていられた部分がある。

最近はだいぶ落ち着いて、最新曲をチェックする程度だけれど
これからもコブクロをずっと追いかけていきたいと思っている。
コブクロを教えてくれた弟にありがとうと言いたい。

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弟から受け継いだもの1 マンガ

父親について書いたからついでに、俺の弟について書いてみようと
思う。

俺は彼のおかげで、「マンガ」に興味を持つことができた。
実は俺は高校時代まで、あまりマンガは読まないタイプの人間だった
んだよね。暇つぶしとして家に置いてあったマンガを読むことは
あっても、積極的に「ジャンプ」「サンデー」などの最新号をチェック
する人間ではなかった。

だが弟が
「NARUTO」
「HUNTER×HUNTER」
「バガボンド」
「鋼の錬金術師」などのマンガを買ってきて、家の本棚に置くように
なった。そうすると自然に俺も読み始めるようになった。
いまでは父親もマンガを読み始めていたりする。

今の俺は、マンガ雑誌の最新号を毎週チェックすることが日課に
なっている。俺に「マンガの面白さ」を再発見させてくれた弟に
感謝したい。

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親の遺産2 読書

俺は毎日当たり前のように本を読んでいる。
本屋で通常の本を手に取れば、ほぼ10分程度で1冊を読みきって
しまう。俺は速読を身につけているからだ。

俺のこの読書の習慣の形成において、非常に大きな役割を担ったのが
父親の存在だ。彼は家で横になって、黒い電気スタンドをつけて
いつも読書していた。中身は意味不明の大人向け小説であった記憶が
あるが、そんな父親の背中を当たり前のように見ていた。

だからこそ「本を読む」という行為。それは俺にとって極めて自然な
ものだ。彼とは逆に、俺の母親はほとんど本を読まない。俺は
家を出る直前、彼女と互角以上に口論ができるようになった。
それまでは一方的に言い負かされていたにもかかわらず、晩年(つまり
家を出る直前)では逆に彼女の論理をことごとく受け止めて、全てに
対して納得のいく説明を返すことができるようになっていた。
また俺と父は世田谷区の公務員である「低橋さん(仮名)」という人に
相談に乗ってもらったことがあるのだが、この低橋さんと面談したとき。
非常に彼女は不機嫌で、俺に対して揚げ足取りのような乱暴な質問を
してくることが数回あった。だがしかし俺はそれに対して
顔色一つ変えず、丁寧な回答をすらすらと述べた。彼女は相当に
面食らったらしく、その直後3秒くらい無言になってしまった。
答えられるはずもない質問に答えた。しかもすらすらと。これは
彼女にとって予想外であったに違いない。

俺がお母さんや、その低橋さんにまっすぐ向き合えるのは
父親から学んだ「読書の習慣」があったからだ。
父の力を使って、母を打ち負かせた。
俺は今もそう思っている。
母の知らない知識、議論のテクニックなどを本から仕入れて
(もちろん無意識に)
それを使い、彼女と向き合った・・・

俺に戦う力をくれた、お父さんに感謝したい。
その力がいま「父親本人」に向けられていることは皮肉なことで
あるだろうが。

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親の遺産1 歯磨き

俺は時間的に不規則な生活をしている。
だがなぜか午前0時くらいになると、自然に体が「あること」を
するために向かう。
それは「歯磨き」。
生活リズムが不安定になっても、これまで「毎晩歯を磨く」という
習慣は、一度も消えたことはない。

俺はこれを、父親のおかげだと思っている。
彼には歯磨きに対する異常なほどの執着があった。
「ここまでやらなくてもいいんじゃない?」と思うほど
俺たち3人の子供たちに「歯を磨こう!」「歯を磨いてあげるよ」
と言ってきていたんだ。だから自然に俺たちは毎日忘れずに
歯みがきをすることができていた。

ちなみに俺はこれまで一度も虫歯になったことがない。
歯医者で虫歯も削ったことはない。
「乳歯(子供の歯)が痛い」ことで1度
「学校の検診で悪い結果が出た」ことで1度
医者へ行ったことはあるが、そのときも
「きれいな歯だね!大丈夫だよ!」と言われた記憶がある。
この習慣を与えてくれた父に感謝したい。

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エドガーケイシーからの脱皮

俺は少し前「エドガー・ケイシー」という人物の本を集中して
読んでいた。彼は「眠れる予言者」と呼ばれ、病気の人物に対する
アドバイスなどをしていた人物だ。1945年まで生きていた。

俺は彼についての本を読み、その中に書かれていた
「2種類以上の穀物はなるべく同時に食べるな」
「コーヒー、紅茶にミルクは入れるな」
「サラダを、野菜をたくさん食べろ」
「全粒粉のパンを食べろ」
「油物、揚げ物を食べるな」
「豚肉、牛肉は避けろ」
などのアドバイスをなるべく従うことにしていた。

だが最近、無理に従う必要はないのではないかと思い始めた。
「まずは食べてみて、自分の体に合うかどうかを調べよう」
「体に合うなら食べればいい。合わないならやめよう」
そんな、落ち着いた考え方をすることができるようになった。

これも、俺の進歩の一つだと思う。

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楽に楽しく生きる

一般書店では売られていない「楽に楽しく生きる」というタイトルの
小林正観さんの本をいま読んでいる。
以前国会図書館に行ったときは、この本は置いてなかった。だから
注文して購入した。

まだ少ししか読んでいないが、
「頼まれごとを引き受けろ」
「名前は、人に覚えてもらってこそ意味がある」
「心を込めての『ありがとう』の言葉。それが大切」
など、ためになる話がすごくたくさんある。

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そうじの柔軟化

これまでの俺は「一日に1回、必ず掃除」をしていた。
だいたい朝、起床直後だったかな。
しかし最近は、その習慣が崩れてきている。
「1.5日に一回」「2日に1回」など、気分によって
掃除のペースが変化しているんだ。

俺はこれを、いいことだと思っている。
疲れたときに「まあいいか、あとでやろう」と決意することが
でき、さらにそれを完全に忘れることもなく継続的に掃除を
続けられている。これは俺に柔軟性が身についた、という意味だ。
そう自分では思っている。

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昼寝?

今日は午後1時くらいに疲れを感じたので、布団を敷いて横になった。
そうしたら、午後8時近くまで寝てしまった。
つまり、疲れがたまっていたということだろう。
・・・
と、ここまで書いてきた上で気がかりなことがある。
それは俺の父親の存在だ。
彼は自分のブログを作り、俺の人生についてのアドバイスというより
心配事をつらつらとそこに書き続けている。
俺が最近「スピリチュアル方面の本」についての文章をたくさん
書いていたら「バランスが大切なのではないか」という
したり顔のアドバイスの文章を書かれた。
非常に悲しかった。

俺はこのブログに書いているからといって、
「スピリチュアル方面の本」ばかり読んでいるわけではない。
例えば前回書いた「究極の旅」という本と同時に
「電波男」(サブカルチャー本)
「極意と人間」(武道、スポーツ)
「身体意識を呼びさます日本語のちから」(エッセイ)
「いまを生きよう」(自己啓発)
などの本も同時に借りている。
ただ面白いと感じた本が最近精神世界系の内容ばかりであったため
このブログにそれが続いているだけなんだ。

俺に対してあら捜しのようなことをされるというのは
非常に残念だ。

この「8時まで昼寝をした」という文章できっと父は
「最近お前の生活はどうなのか?もっときちんと生活した方が
いいのではないか?」とでもコメントしてくるのかな。
このような父親を持ったということは非常に残念でならない。

俺は「午後8時まで寝て、そうしたらスッキリと気分よく
起きられた。すごく元気がいい」。
だがそんなこと、いちいち書きたくない。
他人からのあら捜しに配慮しての文章など、わざわざ書くのは
非常に面倒だ・・・


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