日々の進歩

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裏転子 高岡理論6

体の腹筋と背筋って、使う目的が違いますよね。腹筋は「仰向けに
なった状態から体を起こす。曲げる」ために使い、背筋は「体を後ろ側
へ反らす」という役割を持った筋肉です。体の表側と、裏側について
いる筋肉では、目的も役割も違います。

同じことが「太ももの前側の筋肉(通称 もも前)」と「太ももの
裏側の筋肉(もも裏)」にも当てはまります。もも前というのは
「ブレーキ筋」なんです。全力でダッシュして、急に立ち止まるとき。
多くの人はもも前の筋肉を使ってブレーキをかけます。人間の構造上、
そのような役割がもも前の筋肉にはあります。それに対しもも裏は
「アクセル筋」です。足を前へ踏み出すとき、地面を支え前へ体を
運ぶ。そのときの主な動力源となるべきなのが、もも裏です。
人間の体は、本来そのようにできています。

ですが多くの人は、もも前の筋肉に頼って毎日をすごしています。
これは、不適切な行いです。毎日の歩く、走るなどの動作は本来
もも裏の筋肉を使って動くべきなのです。必要以上にもも前を使い
すぎてしまうと、姿勢が悪くなります。腰がくの字に曲がり、背中が
曲がった姿勢になってしまいます。高岡さんが「もも前を良く使う
選手」と「もも裏を良く使う選手」の動きを分析した結果としての
結論です。今の俺が試してみてもそうなります。

そこで、彼はもも裏の特に重要な部分のことを「裏転子」とネーミング
しました。場所は、お尻の下半分からもも裏の上半分にかけて。その
あたり一帯をベルト上の意識、ラインが通っているという感覚を感じる
とき、スポーツ選手は質のいい動きができます。ちなみに今俺の手元に
ある「スーパースターその極意のメカニズム」という本によると、
高橋尚子や田村(谷)亮子などのスポーツ選手も、裏転子がすごく
発達しているみたいです。

高岡さんはこの裏転子を鍛えるトレーニングも、数多く開発しています。

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ひざ関節 高岡理論5

あなたは「センターの通った良い姿勢」という言葉を聞いて、どのよう
な立ち姿を思い浮かべるでしょうか?多くの人は「気をつけ」の姿勢、
つまり上半身を固めて膝を伸ばした状態のことをイメージすると思い
ます。ですが、それは間違いです。本当に良い姿勢というのは、膝が
自然に曲がっています。ウナに重心をかけた状態で立ってみると分かり
ます。ウナに重心のかかる、バランスのいい立ち方をしてみたとき。
膝関節は自然に曲がります。
ほんの少し、足首よりも膝が前に出た状態で立っているはずです。
これも高岡英夫さんが発見しました。「センター」が通る場所。
人間の構造上、正確なセンターの通る位置を調べていった結果、彼は
「センターが通るのは、膝関節の後ろだ」という結論を出しています。
つまりヒザ裏の何もない空間を、センターは通る。彼はそう、結論づけ
ています。

実は日本の体育教育で教えられている運動理論は、間違いが多い。
彼はそう警告しています。いわゆる「行進」の歩き方。腕を大きく
振り、膝を高く上げながら歩く動き方。それはまるっきり役に立たない
無駄な動きであると彼は主張します。むしろそのような教育が広まった
結果として、江戸時代までの日本人の運動能力が衰えた。彼はそう言
っています。これは甲野善紀さんも言っていたことです。江戸時代の
日本人は、驚異的な運動能力を誇っていたといわれています。
例えば幕末の竹川竹斎という人物は、世界新記録を持つマラソン選手
よりも速いスピードで3日間、一日13時間走り続けることができた

という文献が残っています。高岡英夫さんはこの人の走りを研究して
いるそうですが、これはほぼ事実だと結論付けています。
(参考文献 サッカー世界一になりたい人だけが読む本

ということで学校を出た(学校にいる)みなさん。学校で習い覚えた
体育理論は忘れてください。「かかとを浮かせ」だとか「腕を大きく
振れ」みたいな、学校で教わった理論はほとんどが間違いです。本当の
正しい理論を学び理解してこそ、無駄のない美しい歩き方ができる
ようになります。スポーツ選手でなくても、これは絶対に必要なこと
です。高岡さんは高齢者向けに「ゆる体操」という健康法を指導して
いる実績を持っていますが、良い動き方を身につけておけば、体が
健康になります。ボケにくくなります。肩こりが消えます。病気に
なりにくくなります。歩くのが楽しくなり、毎日が快適です。
すがすがしい気分で仕事、日常作業をこなせるような人間に変われる
はずです。

ぜひ、高岡さんの本を読んでみてください。
一般人向けの本としては「仕事力が倍増するゆる体操超基本9メソ
ッド
」を紹介しておきます。

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すねの骨 高岡理論4

あなたは、すねの骨と聞いてどのようなものを思い浮かべますか?
おそらく普通の人は、膝と足首をつなぐ一本の太い棒のようなものを
イメージすると思います。ですが実はそうではないのです。
すねの骨は2本あります。
内側についている太い「脛骨」。外側についている細い「腓骨」。
この2本の骨があるのです。

スポーツ選手の場合、この2本の骨を感じられることが非常に大切に
なります。この2本の骨をバランスよく使って、器用に足を運ぶ。
サッカー選手だけでなく、全ての競技者に大切です。地面に足を着地
させるさい、不安定な状態で足を降ろすと、腓骨側に体重がかかり
体のバランスが乱れてしまいます。人間の骨格上、脛骨側に体重を
かけたときに、体のバランスは良くなります。ちなみにウナも、脛骨
の真下にあります。脛骨を使うことができれば、自然にウナにも
重心がかかります。

その脛骨の場所ですが、手で触って確認してみましょう。
すねの内側あたりを固いものが膝から足首にかけて続いている。
それが「脛骨」です。

これを意識する最も簡単な方法は、脛骨を手でさすること。それを
毎日繰り返せば、自然に脛骨を意識した立ち方ができるはずです。
ちなみに「ウナプレス(前回記事のコメント欄を参照)」をやって
いる人の場合。それは不要です。どちらか一方だけやっておけば
十分でしょう。両方やれば効果は高いですが、無理に行う必要は
ありません。

この「すねの骨」を意識するトレーニングを徹底的に行った高岡英夫
さんは、「脛骨と腓骨の間に、風が通り抜けるようなすがすがしさを
感じて歩ける」と「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」にて
言っています。そのくらいまで繊細な意識をすねの2本の骨に向けら
れるくらいになることを目指しましょう。

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ウナ 高岡理論3

前述の「センター」と関係が深いのが、この「ウナ」という理論だ。
人間が直立するとき、当然ながら足の裏が地面と接しています。その
ときに体の重心がつま先側に大きく傾いていたら、どうでしょうか?
おそらく前傾姿勢の、非常にバランスの悪い立ち方になってしまう
でしょう。反対にかかと側に重心がかかりすぎたとしたら、どうなる
と思いますか?背中が反り、これも体のバランスが悪くなってしまい
ます。

高岡さんは研究成果として、人間にとって最も理想的な重心の場所を
「ウナ」だと提唱しています。「ウナ」というのは、「内側」の「中」
という意味。だから「ウ」と「ナ」を取ってウナと命名しました。
場所は内くるぶしの真下から、少し内側に入ったあたり。脛骨(後述)
の真下です。

このウナに重心がかかるような癖をつければ、自然にセンターも形成
されていきます。体の余分な力が抜けて、リラックスした状態で
毎日をすごせるようになるでしょう。

参考文献 ワールドクラスになるためのサッカートレーニング

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センター 高岡理論2

人間が重力に逆らい直立するためには、身体のバランスを取る必要が
あります。体がほんの少し右へ傾いたら素早くそれをキャッチして
左へ修正し、右へ傾いた左へ戻す。人が立っているときには、そのよ
うな微調整をいつも行っています。無意識のうちに。そのときに大切に
なるのが「センター」です。体の中心を、上から下まで貫く一本の線。
これに沿って体のバランスを取ることで、人は立つことが可能になり
ます。

この「センター」というものは潜在意識下に形成されるものです。
人間の体に「骨」や「内臓」のような形で、目に見える器官として
備わっているわけではありません。赤ちゃんが立ち上がり、周囲の
大人の真似をして直立状態で行動し始めることで、少しずつ後天的に
備わっていくようなものです。ちなみに「オオカミに育てられた少女」
のような野生児の場合、このセンターがまったく形成されていない。
彼は研究成果として、そのような報告をしていました。

このセンターの形成というのは、当然ながら個人差があります。
センターが強い人間と、弱い人間がいます。センターが強く作られて
いる人は、立ち姿が美しい。体のバランス感覚が良いので、スポーツの
成績も良くなります。反対にセンターの弱い人間は、バランス感覚が
悪いので、うまくスポーツをすることができません。その証拠に
スポーツの世界的スターとして活躍する選手にはほぼ全員にセンター
が強く形成され、逆に「並」レベルの選手の場合、それが弱い。ある
いはほとんど形成されていない。彼はスポーツ選手の写真などを
観察した結果として、そのような結論を出しています。

このセンターを鍛えれば、スポーツの実力が高まるのです。

参考文献 センター・体軸・正中線

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かかとの骨 高岡理論1

最初に紹介するのは「かかとの骨」についての理論だ。
普通の人というのは、かかとの骨のことをL字型に曲がった、角の部分
だと思い込んでいます。ですが高岡さんはそうではないと主張します。
かかとの骨というのは、先が少し出っ張っているのです。
手で触ってみると分かります。ふくらはぎ、アキレス腱と下へ降りて
いって、かかとの部分で骨が少し出っ張っている。人体の骨格標本を
見てもそうなっているのですから、これは確実なことです。

ほんの少しのことですが、この「かかとの出っ張り」を自覚すると
いうこと。それがスポーツの成績において非常に重要な役割を占めま
す。たとえば前方へダッシュするとき。L字型だと思い込んでいる
人間は、最初の一歩を強引に踏ん張りながら走り始めます。ですが
かかとの出っ張りを自覚できている人間の場合。「出っ張ったかかと
周辺にある小さな筋肉群」の力を使い、少し重心を前へ倒すことが
できるのです。最初の一歩を踏み出す直前に、あらかじめ少し体を
前へ傾けておくことができるのです。これが、最初の一歩の反応の
速さを変えます。例えばサッカーであるなら、一瞬相手より速く
ボールに反応できるようになります。

ちなみに話は変わりますが、多くのスポーツ界において「かかとを
浮かして、つま先に重心をかけろ」と指導者たちは教えています。
ですがこれは間違いです。高岡さんはそう著書で、繰り返し強く警告
しています。かかと周辺の筋肉を使い、最初の一歩の動き出しを
速くするためには、ベタ足である必要がある。そう主張しています。

俺は「歩きを極める」という自作トレーニングを繰り返した
結果として、やっとかかとの骨の出っ張りを
いつも自覚できるようになった。そのおかげでふくらはぎに無駄に力を
入れることのない、スッキリとした歩き方ができるようになった。

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高岡英夫さん

これで人物紹介は、最後にしようと思う。今回取り上げるのは
高岡英夫さんだ。

彼は武術家である。剣術。居合い。空手。合気道などに精通して
いて、その全てにおいて達人級の腕前を持っている。30代だった
日本トップレベルの空手家と突き(パンチ)の勝負をして、決して
負けなかったと言っている。「あなたが先に私に向かってパンチを
打っていいですよ」と言い、相手に先にパンチを打たせる。相手が
腕を振り始めたら、遅れて彼もパンチを出す。そのような勝負をした
ところ、彼のパンチが高岡さんに届く前に、相手の体が既に吹っ飛んで
いた。そうどこかの著書に書いてあった。

ちなみに同じことは、沖縄空手の宇城憲治さんもできたらしい。
K-1やPRIDEなどの総合格闘技で好成績を残す、ある格闘家と
彼が勝負したとき。宇城さんが圧倒的な強さで勝利した。その格闘家は
手も足も出なかったという。

このように「表世界の格闘家を圧倒的に上回る武術の実力を持った
人間」というのが、高岡英夫さんだ。松井浩さんという人の書いた
すべてはゆるむこと」という本の中に、常識ではありえないような
彼の数々の超人的エピソードが書かれているから読んでみるといい。
「野犬の群れと、小学校時代にたった一人で勝負した。野犬に追いかけ
られて逃げ回ったこともあった。上から岩を落としてボスの犬を倒し
たら、彼らの群れは山へ逃げ帰った」とか。
「ネコやイタチに向かって槍を投げて、それを仕留めた」とか。
もう野生人、狩人まがいのことを、1960年代の日本で行って
いたらしい。非常に面白いお話である。

それと同時に彼は科学者でもある。東大で職員をしていた時代もある
らしい。彼の提唱する「運動科学」。つまり「どのようなことをすれば
スポーツ、武道の能力を向上させることができるか」についての
理論はすごくスッキリとしていて分かりやすい。学術的な彼の本と
しては「究極の身体」という本がある。いわゆる「理屈っぽい」本が
好きな人間は、これを読んでみるといいだろう。

次回からは、この高岡英夫さんの理論をこのブログで紹介していきたい
と思います。スポーツをやっている人は楽しみにしていてください。

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飯田史彦さん

福島大学経済学部教授、飯田史彦さんについて紹介しよう。
この人は本来は「生きがい論」を教えている人だ。「どのようにすれば
会社のモチベーションをアップさせることができるか」について考え
ていたら、彼はなんと「生まれ変わりの科学」に行き着いたという。

以前もどこかで書いたけど、ここで改めて紹介しよう。
3歳くらいの幼児が、突然「僕はね。生まれる前はアメリカに住んで
いたんだよ」と言い出しました。普通の親だったらどうするでしょう
か?「ただの子供の戯言だろう」と笑いながら聞き流すでしょうね。
でもこの子供の証言を、大真面目に取り入れて真剣に調査してみた
人がいるのです。もちろんそのような報告例の中には、いわゆる
ガセネタも多かったそうですが、いくつかの例では、驚くような真実
に出会いました。例えば「僕が生まれる前はケンタッキー州の農家
だったんだよ。ボブという名前の、45歳の男性だったんだ。でも
8年前の9月に、階段から足を踏み外して死んでしまったんだ」と
いう子供の証言を聞いてその地域を調査すると、本当にそのような
人物を見つけたというのです!しかも残された家族の特徴も、その
子供の証言と一致しているというのです!

これを、どのように解釈すればいいでしょう?
答えは「人は生まれ変わる」です。
人は輪廻転生する。死んだ後も生命は残り、また再びこの世に生を
受けて戻ってくる。そんな事実が浮き彫りになってくるのです。

もちろんその調査自体を「イカサマだ、嘘っぱちだ」と否定したなら
この仮説は成り立たない。だけどこの話がもし本当だったとしたら。
つまり輪廻転生が実在するっていう紛れもない証拠であるはずだ
それは、分かるよね。

となると論点は「この証言が、この調査が、調査をした人物を信用
できるかどうか」ということになる。俺は一時期「輪廻転生は、本当に
実在するのかどうか」というテーマで、真剣に本を読んでみた時期が
ある。「実在する」という人物の、「なぜ実在すると考えるのか」と
いう理由。そして「そんなもの存在しない」と主張する人物の
「なぜ、そう思うのか」という理由。その2つを冷静に見比べて
検証してみた。そうしたら・・・
輪廻転生は実在するという結論に達した。

科学的に研究された、大学教授たちの真摯な取り組む姿。
「人は生まれ変わるのです!霊は存在するのです!」って理由もなく
連呼する宗教家たちとは違う、大学の教授たちによる大真面目な
研究。そのようなデータが、とくにアメリカの大学に数多く残って
います。彼らの言葉を聞いて「そんなもの嘘っぱちだ、その調査自体が
でっち上げだ!」と彼らの実在する研究報告を全否定することなんて
俺にはとてもできなかった。むしろ「輪廻転生など存在しない。ただ
の想像の産物だ」と主張している人間たちの方が、感情的になって
ムキになって、目の前に証拠があるのに決して認めようとしないように
思えてきた。

彼らの常套手段は非常にシンプルだ。賛成派が提示した「A「B」
「C」という調査データがあったとする。このうちの最も信憑性の
低い「C」というデータだけを本で取り上げて、その証拠不十分さを
徹底的に糾弾する。しかし十分な証拠のある、真実性が高そうな
「A」や「B」といったデータをまるっきり無視する
最初からそんなデータなどこの世に存在していないかのように扱い、
自分に不都合なデータを抹殺する。隠蔽する。もみ消す。
彼らはそうやっているに過ぎない。どうしてもそう思えてしまう。

俺は議論に強い。
人の主張している言葉が正しいか間違っているかなて、簡単に分かる。
その俺が冷静に賛成派と反対派の意見を集めて、時間をかけてじっくり
と検証した結果。「どうやら輪廻転生は実在するらしい」という
結論に達した。もちろん100%完全に証明することは不可能だ。
データ自体を「捏造だ!嘘だ!」と否定してしまえば、その時点で
議論は成り立たなくなる。でも俺は「どうやら実在する可能性が
高そうだ」という結論を、今も心の内側に持っている。

このことを知ってから。
俺は死を恐れなくなった。
もちろん「今いるこの場所」から立ち去るのは嫌だ。怖い。
だけど「自分の存在が、この世から永久に消え去っているのでは
ないか?」という恐れは、全く抱かなくなった。

この「輪廻転生」の教えを信じようと、信じまいと。それは個人の
自由だ。だが今「死ぬのが怖い」「死んだ後どうなってしまうのか
不安だ」と考える人がいるのなら。一度それ関係を扱った本を
読んでみるといいと思う。
心の中にもやもやとした、不完全なやりきれない思いを抱えたままで
、楽しく人生を生きられるかい?
自分で検証した結果として「俺は信じない」という結論を出すのは
一向にかまわない。だけど調べもしないで「死ぬのが怖い」だとか
「人は死んだら灰になる」とか、「輪廻転生は嘘っぽい」とか。
そう言い続ける人間は、あまり良いこととは言えないだろう。

「どうせ死ねば分かることなんだから、調べたって無意味だ」と
感じるのなら、それで結構。だけど今「死んだあとどうなるか不安だ」
という思いを少しでも感じているのなら。疑問を晴らすために本を
読んでみればいいだろう。俺はそう思うけどね。

彼の著書「生きがいの創造

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本田透さん

今回は少し意外な人物を紹介しよう。本田透さんだ。
彼の本職はライトノベル作家(小説家)である。

だが彼がこの世にデビューしたのは、別の本である。
電波男」という書籍だ。彼特有のユーモアを交えながら
「オタク」と「負け犬」、「萌え」などについて語っている。
注意して欲しいのですが、女性は読まないでください。とくにそれ
関係が嫌いだという人は。ですがそれ以外の人にとっては、すごく
ためになるお話だと思います。

俺が一番共感したのは「モテない」という苦しみ。
彼は元々オタクだったそうだ。だが「オタクである」と周囲に見られた
ばかりに、女性からは敬遠された。バンドをやっていた時期はフラフラ
と近寄ってきた女性もいたが、阪神大震災で自宅が潰れ、ストレスで
太った途端、周囲の人間はあっという間にいなくなってしまった
らしい。

この本で取り上げられているのは「オタク差別」というものだ。
よく考えれば「オタク」というのは、ただの趣味だよね。
「スケボー」とか「サッカー観戦」と同系列で扱われてしかるべきの
、ただの趣味。
「大の男が、美少女ゲームを好んで買いあさる」という行為だけを
切り取れば、少し不気味に感じる人もいるだろう。
だけど「オタク趣味」自体は、競馬好きやパチンコ好きなどと同じ
ただの趣味に過ぎない。

だけど一般的な週刊誌などでは、なぜかオタクのことを「気持ち悪い」
という言葉で一方的に断罪する。眼鏡をかけて、太っていて、顔に
ソバカスをした、ダサい服装を着た男の人が、散らかった部屋の中
意味不明なアニメ美少女を見て過ごしている。そのようなイメージ
だけが、表世界では先行している。

だけど、それは間違いだ。彼は繰り返しそう述べている。
オタクだからって、眼鏡をかけているわけじゃないでしょ?
おそらく90%のオタクは、眼鏡をかけていない。当然だよね。
オタク趣味以外は普通に社会生活を営む人間なのだから、この世の
「眼鏡をかけている男性率」とほぼ同じ割合の人間だけが眼鏡を
かけているはずだ。それなのにマンガなどで描かれる「オタク人間」
はなぜか、いつも眼鏡をかけている。

そしてオタクだからって、太っているわけじゃない。
女子のオタクもいる。(通称 腐女子)
イケメンのオタクだっているはずだ。(この本に繰り返し出てくる)

「オタク」という趣味と「かっこ悪い、気持ち悪い男性」をわざと
一緒にして、「オタクイコール気持ち悪い」という誤った価値観を
この世のメディアは流し続けている。

ちなみにある雑誌に書かれていたことだが、オタク向けゲーム
「AIR」が発売されたとき。秋葉原にはドラクエを超える行列が
できたという。いまやもうオタクというのは、そこまで大きな存在だ。

俺はちなみにオタクではない。この電波男の影響を受けて
「To Heart」と「Kanon」という2つのゲームをプレイしてみた
ことがある。でも何か違うなと感じたので、今はもう何もしていない。

「オタク」という趣味に「気持ち悪い」というレッテルを貼り。
それを社会から抹殺しようとしている表世界のメディアには俺は
非常に嫌な気分だ。
俺は「オタク」ではないけど「ガリ勉」というレッテルを周囲から
貼られて、非常に苦しんだ思い出がある。
勉強の成績がいいだけで「俺はポケモン(赤)が大好きだ」と
周囲の人間が知ったとき「ええ!あの成績優秀な君がゲームするの?」
とまるで宇宙人を見るような目で見られたよ。

特殊な趣味を持つ人間に対して、一方的なステレオタイプ(画一的)
な決め付けをする人間は大嫌いだ。俺自身がかつてそんなやつらに
苦しめられてきた時代があったから・・・。

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七田眞さん

右脳開発の第一人者、七田眞さんについて紹介しよう。現在の世の中
には児玉光雄さんとか川島隆太さんなど似たようなことをしていら
っしゃる人はいるが、この人が最初だ。「超右脳革命」という本を
書いて、90年代に著作界へデビューした。

この人は同時に幼児教育の専門家でもある。子供の「イメージをする
力」を育てることに力を入れた「七田チャイルドアカデミー」という
教室も運営している。全国に数百の教室がある。本もたくさん執筆
している。この人は大量生産型の作家なので、書かれている内容は
どれもほぼ同じだ。だが、書かれていることはすごくためになる。

七田さんの教えの中で、俺が最もためになったのは「本質的な記憶力を
高めろ」という言葉。学校で出された宿題、テスト勉強をただやる
だけでは、効率が悪い。「記憶力そのもの」を高めるためのトレーニ
ングを繰り返してこそ、頭は良くなる。「知識の量」じゃなくて
「記憶力そのもの」を高めるんだ。彼はそう教えている。それを伸ばす
ことができれば、簡単に新しいことを記憶できる。テストでも短時間
勉強するだけで、いい点が取れるようになる。彼はそう教えている。

これをたとえると、こんな感じかな。
ボロボロに錆び付いた自転車を一生懸命こぐ前に、自転車のメンテナ
ンスをしよう。そうすれば一生懸命ペダルをこぐことなしに、スイスイ
と道を進めるようになる。

悪い記憶力で長時間机に向かう前に、頭の良さそのものをトレーニング
で鍛えよう。そうすればほんの少し勉強するだけで、驚くほどいい点が
取れる。

彼の主張する「右脳開発トレーニング」というのは、そのような意図を
持ったトレーニングだ。

ちなみに厳密に言うと彼の「右脳開発」というのは「イメージを描く
能力を開発する」という意味だ。最新の科学的研究によると、イメージ
という行為であるからといって、それが完全に右脳で処理が行われて
いるわけではないらしい。

だがそんなことはどうでもいい。彼の「右脳とは何か」という理論的
な説明は俺も首をかしげるばかりだが、具体的なトレーニングメニュー
については素晴らしいの一言でしかない。荒削りな部分もあるけど、
ものすごく役に立つ。

「頭が悪いんだったら、頭を良くすればいい」
HPでも言ったけど、これを大切にしよう。
「俺は頭が悪いんだ。だからダメなやつなんだ」と思っているのなら
頭を良くするための努力をすればいいんだよ。簡単なことだ。
ただ嘆くだけでは何も始まらない。勉強の成績がこの世の全てでは
ないけれど、勉強の成績が良ければ人生の選択が広がるのは事実だ。
これは否定しようがない。

ちなみに俺はこの七田さんの本を読んで、短時間で勉強を終わらせる
ことができるようになった。だから、勉強をサボれた。
平均点より少し上をかろうじて取れる程度の勉強だけをやり、あとの
時間は全てサッカーのために費やした。おかげで試験期間中は勉強も
あまりせずに、本を読んだり読書をしてばかりした。自由時間が多か
ったので、ゲームもたくさんできた。

勉強を頑張りたい人も。
勉強以外に夢を持っている人も。
七田眞さんの本を読んでみよう。
どちらの人にも役に立つ。

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舛田光洋さん

次はこのブログで何度も紹介している、舛田光洋さんだ。彼は
「そうじ力研究家」を自認している。

彼がビジネスに失敗し、失意のどん底の毎日を送っていたある日。
古くからの友人であったN君が、家を訪ねてきました。彼は舛田さん
の家の部屋のドアを開け、その散らかった部屋を見るなり「何じゃ
こりゃ!」と叫んでそのまま帰っていってしまった。舛田さん
は「アイツは、何をしに来たんだ。失礼なやつだな」と思ったそうだ。

しかしその翌日、そのN君は再び訪れました。掃除道具一式を持って。
彼は何とプロの掃除屋だったのです!
舛田さんにぞうきん一枚を渡し「ほら、お前も手伝え」と言うなり
部屋の掃除を始めました。最初はムッとなったのですが、彼が窓を
開けて新鮮な空気が部屋を通り始めた途端、一緒に掃除をする気分に
なりました。そして部屋はみるみる綺麗になったのです。それと同時に
心の不調もそれ以来回復したという。

これが、舛田さんが掃除に救われたという出来事。
しあわせを引き寄せる10秒!そうじ力」という本に書いてあった
エピソードだ。

かくいう俺も、舛田さんの掃除の本に救われた人間の一人。彼の本に
出会ってから、部屋の不要なものをとことん処分した。おかげで今、
俺の部屋はがらんとしている。偶然ドアの隙間から部屋を覗いた大家
さんが「あれ、引越しするの?」と質問してきたくらい、今俺の部屋は
何もない。6畳一間のアパートに、机が一つ。その上にパソコンが乗
っている。部屋の中央には、白い木製のテーブル。
・・・
以上。
俺の部屋においてある家具は、それだけだ。
押入れの中の布団。窓のそばに置いてあるADSLモデムとか、小さな
ものはいくつかあるけど、基本的に部屋の中は驚くほど何もない。
このくらいまで物を処分した結果、以前より驚くほど心も軽くなった。
「あなたの部屋は、あなた自身である」。
彼の著作に繰り返し出てくる教えだ。
今の俺の頭の中はシンプルだ。スッキリしている。その現状が
この部屋の中にも現れている。

今何かで困難な状況になっている人。自分の部屋を見渡してみると
いい。使わなくなった物、要らない物で部屋がごちゃごちゃとして
いないですか?部屋は汚れていませんか?毎日掃除しろとは言いません
が、この機会に要らないものをコツコツと捨てる作業を開始して
みてはいかがでしょう?俺も舛田さんの本に出会ってから3ヶ月くらい
かけて、大中小様々な品を捨てた。処分した。新しいものに買い換え
た。

それから、驚くほど心の重荷が軽くなった。

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経済状況の改善

最近になってやっと、神田昌典さんの本を再び読み返してみようと
いう気分になった。以前はノイローゼになりすぎて、ビジネス拡張と
いう点について思考停止に陥っていた部分があった。でも今の俺には
3日後日記がある。これで「Aという手法を俺のHPへ取り入れてみる
べきか?」みたいな形で質問し、3日間待つことにする。そうすれば
ウンウン唸ることなく、スッと頭に答えが、解決策が浮かぶだろう。
非常に面白い発見だ。

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小林正観さん

斎藤一人さんが影響を受けたといわれている講演家、小林正観さんに
ついて紹介しよう。この人は年間300回以上講演をしているらしい。

彼の主張はすごくシンプル。「いつも笑顔でいましょう」
「ありがとうとたくさん言いましょう」「楽しく生きましょう」
「苦しいことを悩み過ぎないようにしましょう」、そうすると人生が
楽になりますよ、と教えている。今俺の手元に彼の本が何冊かある
から、読み返すとその主張の分かりやすさが余計目立つ。
そのシンプルな教えを、たとえ話やダジャレなども組み合わせて
面白く、楽しく語っているのがこの小林正観さんだ。

宇宙を味方にする方程式」。最近この本を出して、彼はメジャー
デビューした。それまでは表の世界に出ることはなく、ただ淡々と
講演を続けていただけらしい。

思えば俺の周辺には「40代、50代になってから表世界へ出た」
という人がすごく多い。高岡英夫さん。小林正観さん。甲野善紀さん。
斎藤一人さん・・・皆素晴らしい人だけど、彼らは若い頃にも今と
同様の力を持っていた。でも表世界に出ることはなく、ただ狭い世界
でのみ、自分の考えを発表していた。それが最近になって、この世に
認知され始めたのだ。

もしかしたら、俺も似たような道をたどるのかもしれない。
「こんなアイデアで、このような本を書いたらいいのにな」という
アイデアは、今いくつか俺の中にある。でも書く気がしない。俺一人
の力では完成できないだろうし、それよりも優先順位の高い作業が
ほかにいくつか残っている。俺のアイデアは今は温めておいて、いつか
時期が来たときに他者へ発表しようと思う。今は目の前にある限られた
道を、地道に進んでいく作業を続けたい。

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斎藤一人さん

今回紹介するのは斎藤一人さんだ。彼は健康食品、化粧品の販売会社の
社長だ。「銀座まるかん」という会社(厳密には個人事業者だが)を
経営している。

彼は自己啓発書を多数執筆している。その中でも代表的なのが
変な人の書いた成功法則」という本。彼の「困ったことは起こらない
」という主張が、一番強く出ているすごくいい本だ。
「全ての出来事はプラスである」なんて言葉は成功哲学関係ではよく
聞くけれども、彼のその独特の分かりやすい文章、面白い言い回しは
すごく参考になる。

あと彼には9人のお弟子さんがいる。それぞれが一人さんの商品を
取り扱う会社の社長であるのだけど、ジョークとして「師匠と弟子」を
自認しているらしい。アマゾンなどで「斎藤一人」というキーワードで
検索すれば多くの「お弟子さん、関係者が書いた本」をヒットさせる
ことができる。興味のある人はやってみるといい。

彼の教えの中で俺が一番影響を受けたのが「天国言葉、地獄言葉」と
いうお話。天国言葉というのは
「嬉しい、楽しい、幸せ、ついてる許します」。地獄言葉というのは
「愚痴、不平不満、文句、恨み言、許さない」。この天国言葉を
たくさん言い、地獄言葉をなるべく少なくしましょう。それが彼の本に
繰り返し出てくる教えだ。

俺のことを掲示板などでよく知る人間は、俺が男性なのに
「嬉しい」とか「感謝します」「幸せ」などの言葉を多用している
ことに気が付くはずだ。これは斎藤一人さんの影響だ。彼の言葉を
実践し続けたら、自然にそれをいつも使うような癖がついた。そのお
かげでそれまでより気分がすごく明るくなった。天国言葉を使わなか
った頃より、人間関係のトラブルもかなり減らすことができた。
「ありがとうございます」「感謝します」などの言葉を多用すること
で、相手を必要以上に怒らせずに議論、やり取りをすることが可能に
なった。

この「天国言葉」の教えは最近の俺の中で、かなりの影響を受けた
ものの一つである。

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解決・・・?

そのHさんに送信したメールの返事が来た。彼からは「無理に
アルバイトをする必要はない。また、アルバイトをしないという道に
固執するのも良くない。自分の目の前にある選択肢をよく見据えて、
自分自身の『本当の気持ち』に沿った解決策を選びなさい」という
ニュアンスのお返事をもらった。それと同時に「フォーカシング」と
いう自分の内側を見つめるイメージワークのようなものも教えてもら
った。

そのフォーカシングを使って、自分の目の前にある選択肢を検討して
みた。そうすると驚くことに「父親を頼ってみる」という選択肢が、
最も俺の「本当の気持ち」に近いことが分かった。それと同時に弟から
受けたメッセージの中にためになる教訓もあり、少し「父親」という
存在を恐れすぎていたことに気が付いた。今の俺ならば、かつての
ように父に一方的に振り回されることはないんだ。そう少し安心でき
た。

俺は2003年、「大学へ行かない」という結論を出した後。携帯の
メールで父から「お前は大学へ行くべきだ」という趣旨の言葉を、
説得の言葉を言われ続けた。一人暮らしを始めた後も、同様の手紙を
俺のアパートへ送りつけてきた。次第に手段はブログになったり、
メールになったりしたが、根本の主張はずっと変わっていなかった。

その中で俺は、ノイローゼになっていたのだよね。
「もうこれ以上、俺の人生を否定しないでくれ!俺の行く先を黙って
見守っていてくれ!俺は自信がないんだ!将来のことについて不安を
感じているんだ!それなのに「将来の否定的な展望」ばかり示さない
でくれ!」って泣き叫びたい気持ちだった。一人暮らしのストレスも
重なり、それまで冷静に議論できていたのが、だんだん感情的に
相手の言葉尻を捕らえて批判するようになっていった。

しかもそこで俺が「勝ってしまう」から、俺は自分の変化になかなか
気付かなかった。俺自身の放った言葉が、正しい。相手は言い返す
ことができずに、沈黙してしまう。だから俺は「ほらみろ、間違って
いるのは向こうの方じゃないか」という思いをますます強くした。
だけど、本当に間違っていたのは俺のほうだったのだ
相手の小さな矛盾、言葉の誤りを暖かく受け入れて、その上で本質を
見据えたお互いを前向きに導くような受け答えをするべきだったのだ。
今の俺にはそれのできる力があるが、当時の俺にはそこまでの感情的
余裕がなかった。

そう気付いた俺は、父親にこれまでの非礼を詫びるとともに、「あなた
から金銭的援助を受け取ってもいい」というメールを送った。それまで
は「絶対に親には頼りたくない!」という反発した思いだけを感じて
いたが、今やっと冷静になることができた。
父からどんな返事が来るのか不安だったが、「分かりました。当分の
間は家賃および必要経費は俺が支払います」という返事をもらった。
あっけないようだけど、これで解決なのかな。

俺自身が、高校3年生のときに受けた心の傷跡。
それが「父親に素直にお願いする」という選択肢を見えなくしていた
のだ。今になってやっと気付けた。
これは3日後日記ですら、気付けないはずだよ。
だって選択肢自体が頭に浮かんでこなかったのだから。
でもHさんとメールのやり取りをしているうちに、「父親に頼る」
という選択肢が、素直に浮かんできた。俺の心も落ち着かせることが
できた。彼にはすごく感謝している。

とりあえず、これで解決になるのかな。
まだ分からないけど、峠は越えた気分だ。
このブログで過激な言葉をいろいろ口走ってしまい、申し訳ありません
でした。心よりお詫びします。
そして、サッカーの掲示板での回答作業も再開したいと思います。
これまで暖かく見守ってくださり、ありがとうございました。

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経済的に困窮できて良かった

「経済的に困窮できて良かった」。
今、俺はそう感じている。

まず手に入れたのは「精神レベル」の話。浅見帆帆子さんの教えを、
素直に実行してみようという気分になれた。素直に、その通りに実践
してみると、驚くほど俺の運が良くなった。ちょっとした出来事で
何気ない小さな幸運を手に入れる。その回数がすごく増えた。この
危機的状況、および浅見さんに感謝したい。

それから「食生活」というもの。俺はそれまで「買いたいものを買い
たいだけ買い、そして食べる」という食習慣を持っていた。元々あまり
大食漢ではないので、それほどの大きな出費ではなかった。でも今は
「これを買うのは無駄遣いではないだろうか?」って一度吟味してから
買う癖がついた。そのおかげで支出の少ない大入り袋を購入したり
するなどの知恵がついた。

そして「人間関係」かな。俺がこのブログに悪い内容の文章を書き出
してから、数多くの批判的コメントをいただいた。いまここに書かれて
いるもののほかに、削除してしまったものがあるから、みんなが
知っている数よりも、俺が受けた批判の数はもっと多い。だがそれと
同時に、多くの人から励ましの言葉をもらうことができた。
ここまで乱暴な文章を書いてしまったこの俺を、それでもまだ慕い
応援し続けてくれて、ありがとう。俺はいつか必ずあなたたちの元へ
帰る。

そして「素直さ」かな。俺がこのブログに「お金をください」という
極めてストレートな内容を書いてから、俺の頭にあるひらめきが
起きた。「そうだ、他者に対して救いの手を求めてみよう」。俺は
この世の著述家であるMさん、Hさん、Iさんなどに対して「はじめ
まして。僕はこんな人間です。いまこのような困難な状況にいます。
できれば助けてください。何か良い知恵をお貸しください」という
救いを求めるメールを送ってみた。このうちのHさんからは直接
お返事をいただけて、すごく感謝している。それと同時に俺がまだまだ
「全力を出し切れていなかった」ということに気が付いた。一人で
全てを背負い込みすぎて、他者を頼る、他者にお願いするという
シンプルな行為を、自分のつまらないプライドで拒否していたのだ
ということに気が付けた。俺がまだ「全力を出していなかった」こと。
そして「まだまだ俺の内側には力がある」ということ。「まだ俺には
やれることがある。最後までもがき続けるんだ。見苦しくても」
ということを再発見できた。本当にありがとうございます。

そして最後に「3日後日記」かな。俺は最近、書き出すのに疲れて
きて、「1日に日記へ書き出す出来事の数」が、どんどん少なくなって
きた。2日前、つまりこの前の金曜日では、「1日に1項目」しか
出来事を書き込まなかった。でもHさんからメールの返事をいただけた
ことがきっかけとなって、俺の心の中で何かがスパークした。その
翌日の土曜日には、100項目以上の「出来事」を3日後日記に書き
出すことができた。その勢いは日曜日になった今も変わらない。
これからもずっと続けていくだろう。

俺にはまだ、やれることがある。
「アルバイトをする」のが俺にとってベストなのか。それとも
「アルバイトをせずに、他者へ救いを求める」ことがベストなのか。
まだ俺自身の内側は混乱していて、答えは出ていない。3日後日記は
「今現在の自分の答え」を出すことはできるが、新しい出来事に
出会ったあとの「新しい自分の答え」を出すのには適さない。その
「きっかけとなった出来事」より、さらに3日後にならないと、
新しい答えを判別できない。俺がこの「マイナスの文章」を書き、
他者から批判、励ましのコメントを受けたのは17日である。だから
本当に俺の心が整理されるためには、あと2日は待たなくてはならない
だろう。

これからも、「今自分にできること」をやり続けていきたい。
皆さん、ありがとう。

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3日後日記のさらなる応用

今日、コンビニで雑誌を立ち読みしていたら、3日後日記の新たな
利用法を思いついた。

俺が読んだのは「WE-ELE」という雑誌の「懐かしのJリーガー
特集」というもの。ジーコやリネカー、リトバルスキーなどの
かつてJリーグで活躍した外国人選手について紹介してあった。
それを読んだとき、俺は一種の興奮状態になったのだよね。「懐かしさ
」と言えばそれまでだが、それとは少し違った。俺が「悪い出来事」に
出会った直後に感じる動揺、パニック状態とその感情の種類が瓜二つ
だったのだ。だから俺は「これも、3日後日記を使って克服できるの
かな?」と思いついた。

そこで俺はこの日記の左側に「ジーコ」と記入。そして右側に
「ジーコという人物の名前を聞いて、最初に思いつくキーワードは
何だろうか?」って考えた。そうしたら「神様」という言葉が浮かんだ
ので、それを記入した。それを同じように「リネカー」「マスロバル」
「エジウソン」「エムボマ」などに対しても同様に行った。これを
3日後に読み返して、この言葉がどのように変化するのか観察して
みようと思う。

そして「外国人選手」を書き終わったから、今度は「監督」も同じ
ように記入した。今は「日本人Jリーガー」を全て、書き出している
作業の途中だ。これが終わったら「ヨーロッパリーグの選手、監督」
も同様に行いたいと思う。

人数が多すぎると感じるかもしれないけど、実はそうじゃない。
「俺の中に強烈なインパクトを残しているスタープレーヤー」だけで
いいんだ。例えば鹿島、清水にかつて在籍した「サントス」という
ボランチ選手の場合、書き出す必要はなかった。その「興奮」という
感情を全く感じなかったからね。

だがそれでも人数はかなり多い。もうレシート用紙10枚以上の枚数
だけ、サッカー選手の名前を書き出した。これからもどんどん増えて
いくだろう・・・。

これは日常生活にあまり関係ないかもしれない。でも「サッカー世界」
を俺が冷静に、客観的に見れるようになるためには、非常に効果的な
方法であるのは間違いない。これからも自分の試行錯誤を続けていき
たいと思う。まだ俺には時間はある。希望は残っている。
「愚痴、不平不満をただ言うだけ」の人間にはなりたくない。
「愚痴、不平不満を時に吐き出しながら、同時に現実への前向きな
努力も続けていく」というのが、俺の理想的なセルフイメージだ。

前を向いて、努力する。
これからも続けるんだ。

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解決の糸口

まだ詳しくは言えないけど、現状を打開する糸口が一つ、見つかった
かもしれない。いまある人に対してメールを送っている最中だ。
返事を待っている状態。
彼から肯定的な返事が来れば、最高の場合俺は「アルバイトのできる
精神状態」にまで回復することができる。
今のところ俺の命運は、そのHさんという人に握られている。
彼が無理だったなら、また振り出しに戻る・・・

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雨の日の友

望月俊孝さんの「ようこそ成功指定席へ」という本に「雨の日の友」
という話がある。自分が平穏で順調な毎日を送っているときに寄って
くるのが「晴れの日の友」。自分が困難な苦しい状況にいるときに
あなたと仲良くなった人間のことを「雨の日の友」と読んでいる。
晴れの日の友は、自分がちょっとでも困難に陥ったりすると、すぐに
離れていってしまう。だが雨の日の友は、ちょっとやそっとでは
離れない。苦しいことが起きてもあなたの元を離れずに、ずっと
励まし続けてくれる。

このブログに俺が前回書いたような、「苦しみの、マイナスの文章」
を書いた結果として、俺のブログを読むのをやめた人間ってのは
「晴れの日の友」なんだろうな。俺がニコニコと幸せな気分でいる
ときだけ俺の読者でいてくれて、俺が苦しみ始めるとサーっと雲の子を
散らすようにいなくなってしまう。

だが俺はそんな人間など欲しくない。俺が本当に欲しいのは「雨の日の
友」だ。これは誰でも同じだよね。自分が本当に苦しいと感じている
ときも、いつもそばにいてくれる。何も自分にできることがなくても、
ただ応援してくれている。そんな人の方が、立派な存在だと思えない
かい?本当の友達だと言えないかな?

俺の友達にね。S君という人がいたんだよ。俺が対人恐怖で苦しんで
いた時期に、優しく俺に話しかけてくれていた。彼は「高校卒業後も
ずっと友達でいようね!」って以前言ってくれたこともあり、彼の
ことを俺は信じていた。高校卒業後も1回俺の元を訪ねてくれた。
だけど俺がHPを作り、自分の考えを正直に主張するようになったら
彼は俺の元を離れていった。俺の価値観が他人と違いすぎるのは事実
だが、その高校時代とのあまりにも大きな変化に彼は戸惑ったのかも
しれない。当然俺は寂しかった。あの当時、あんなに優しくしてくれた
人なのに、俺が次のステージへ上がった途端、俺のことを切り捨てて
しまった・・・そんな悲しみを感じた。もちろん彼が離れていったのは
「ゆっくりと」だから、その悲しみを自覚することはなかった。だが
ふと気付けば、もう何年も連絡がこない。やはり彼のことを思い出すと
寂しいなと感じてしまう。

俺は、雨の日の友が欲しい。
俺が、ちょっとマイナスの愚痴っぽい文章を書いただけで俺のことを
嫌いになるような、つながりの浅い「晴れの日の友」なんて、欲しく
ない。
俺に「雨の日の友」なんて、できる日がくるのかな。
俺の心の闇を受け止めうる、心の器を持った人間なんて、いるのかな。
以前のブログ、そしてこのブログで残酷なコメントを残した第三者と
いうのは、はっきり言えば「心の器を持たない」人間なんだろうな。
俺が書いた文章を「嘘だ!そんなの!」って否定したいがあまり
俺の書いた主張を潰しにかかる。

思えばこの世の中には。俺の苦しみを見抜いてくれる人なんて
ほとんどいなかったな。今の俺よりも、高校時代の方が10倍苦し
かったよ。でもそんな俺に対して明るく友達っぽく接してくれる人は
いても「その俺の明るさの裏側で、莫大な量の苦しみ、心のストレスを
抱いている」という俺の本性を理解できる人は、誰もいなかった。
前述のS君以外にも、俺に対して優しく接してくれた人はいた。
同級生。先生。上級生。
俺のことを冷笑するのではなく、そのように優しくしてくれたことは
感謝したいが、彼らは俺の本当の気持ちまで理解することのは
至らなかった。俺よりも心の器が狭い人間だった。
俺の抱える莫大な、底知れぬ悲しみと人間不信は誰からも癒される
ことはなかった。

俺は良くも悪くもレベルが高い。高すぎる。
俺の抱えている悩みを周囲の人間に話しても、誰も解決できない。
これは中学校時代からそうだった。俺が「判断が悪くて周りが見え
ない・・・」と、チームメイトだったS田君に話してみたところ
「だったら、首を振って周りを見ればいいんだよ!」とまったく
正論のアドバイスをされた。
・・・
それができないから困ってるんだよ!
試合になると緊張して、周りを見れない。ボールばかり集中してしまい
視野が狭くなる。しかも過剰に集中しすぎるあまり、そのボールコント
ロールさえも乱れる。しかし遊びのサッカー、ミニゲームでは俺は
大活躍できる。Aチームの、レギュラーの人間さえ敵わないだけの
圧倒的な実力を示せる。俺のK高校のセンターバックだったY君、
10番をつけたボランチだったY野君、ほかにもM君、O君など
レギュラークラスとして活躍する人間を俺はボコボコに抜くことが
できた。だから俺のチームはいつもミニゲームで5連勝くらいできて
いた。もちろん彼らが遊びで、手を抜いているからかもしれない。
だが「あのときの俺のパフォーマンス」を100とすると、肝心の
部活の試合、サッカー部での練習の俺は20くらいの力しか出せな
かった。これは俺自身が内側から感じていたことなのだから、紛れも
ない事実だ。

そんな俺の悩みを、苦しみを。俺のそばには誰一人解決できる人は
いなかった。もし今の俺が「高校時代の自分」に対してアドバイス
できるなら。「この本を読め」とか「トラップの技術を高めてごらん」
と効果的なアドバイスができただろうし、当時の俺もそれを素直に
聞き入れて効果を出せたのはまず間違いない。だが
かつての俺の目の前に、俺はいなかった。
だから俺は自分の手で自分を救い出すという道を選んだ。

結局、今回もそうすることしかできないのかな。
残されたこのわずかな時間の中で。制限時間ぎりぎりまで粘って
俺が「これまで思いつきもしなかったような、新たな発見」をして
この現状を突破するしかないのかな。
俺はこのまま、誰からも救われることのない人生を送り続けるのかな。
俺は、一生涯だれも信じることができずにこの世を去るのかな。
このままのペースでいけば、そうなってしまう。

誰かに頼りたい。甘えたい。
誰かを信じたい。心から慕いたい。
そう思う心は今もある。
幼子が母親に向けるような、あの絶対の信頼。
それを向けることのできるような、俺の気持ちを受け止めてもらえる
ような、そんな存在がそばにいて欲しい。
でもこれは、叶わぬ悩みなのかな。
俺が「自分を救おう」とがんばったらその結果として、俺は他人より
頭が良くなる。その結果として、俺の抱える悩みのレベルが他人より
さらに一段高度になる。
だから、誰からも救われない。
俺の悩みは「誰からも分かってもらえない高度な悩み」となる。

このまま。
今の自分の命の炎が消えるときまで。
俺はただひたすらに、もがき続ける。
「雨の日の友」が俺を見てくれる。助けてくれることを信じて。
誰も助けてくれないならば、俺自身が俺自身に対するそれになって
やる。
孤独な世界の中で、自分だけを信じて世界の全てを敵にして
戦いを挑むなんてのは、もう慣れている。簡単なことだ。
これからも、ずっとそれが続くのかもしれない。
もしそれが運命ならば。それを受け入れる。

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佳川奈未さん

同じ女性つながりということで、今度は佳川奈未さんについて。
この人のことを知って最初に感じたのは「この人は、俺と同類だな」
ということ。俺と同様「ただのオードソックスな成功哲学」を
心のよりどころにして、前へ進み続けてきた人間だ。

「人がイメージしたことは、現実になる。だから否定的なイメージは
しないようにしなさい」
「自分のしゃべった言葉は現実となって戻ってくる。だから常にプラス
の言葉だけを口にしなさい。決してマイナスの言葉(不満、愚痴など)
は口にしてはいけない」
90年代から存在する、古い成功哲学の本は皆そう教えている。
だから俺も、そして佳川さんもこの教えを純粋に信じて、最初の頃は
夢を目指してがんばっていた。

ただし俺の場合。その「ただの成功哲学」の論理の矛盾に次第に
気がつき始めた。
「時と場合によっては、否定的なイメージをした方がいい。最悪の
結果を想像し、想定し、それに対する建設的な準備をしておこう」
「やむをえず戦う場合は、愚痴でも不平不満でも何でもいいから
ガンガン相手に言ってしまいなさい。あなたを人格的に傷つけた
相手には何の容赦もする必要はない。相手を徹底的に叩き潰せ」
今の俺はこのように考えている。前者は小阪裕司さん。後者は
船井幸雄さんと斎藤一人さん(後述)の教えだ。俺はその
「オードソックスな成功哲学」の教えとは違う、別の誰かの教えを
参考にしながら「自分なりの哲学」を作り続けて今に至る。

それに対してこの佳川さんはまだ完全には脱し切れていないと
俺は感じてしまう。「あなたの夢は絶対に、叶います!叶わない
夢なんてありません!」って著書で繰り返し主張している。
だが彼女の主張は誤りだ。だって俺の夢は叶わなかった。
「サッカー部でレギュラーになってやる」「プロサッカー選手に
なってやる」と思い続けそんなイメージを日々繰り返した俺は
結局そのどちらの夢も叶わなかった。しかも人格的に成長した結果と
して「俺にとって、プロサッカー選手は目指すべき夢の世界じゃない」
という結論まで出てしまった。だから結果論で言えば、叶わなくて
良かったと今は思えるのだが、話を戻すと佳川さんの「人が思い描いた
夢は絶対に叶う」という主張は誤りである。

俺がそんな人にアドバイスするとしたら「あなたの夢が叶うと信じて
前へ歩き続けなさい。でも『もしかしたら叶わないかもしれない』と
いう覚悟は持っておいた方がいいですよ。そしてそのあなたの今の夢
自体が自分とは合わなくなる可能性もありますよ」と言っておきたい。

「あなたの夢は、絶対に叶う」
聞こえがいいけど、この言葉はかなり危険だ。
自分の実力が明らかに足りないのに、盲目的な努力を他者に強いる
力がある。「俺には実力が足りない。だからこそ人とは違う努力を
しよう」と俺は考えて努力を続けたが、この世のどこかには
「俺の夢は絶対に叶うんだ!」と妄想を走らせすぎて、ガムシャラに
無意味な努力をたくさん続けるだけしか能のない人間が生まれてしまう
可能性が含まれている。

俺の高校時代の友人にね。Y君という人がいたんだよ。
彼は少し乱暴な性格だけど、すごく素直。純粋に「サッカーがうまく
なりたい。俺もレギュラーになりたい」と信じながらいつも筋トレに
励んでいた。だけどその筋トレ、実は無意味だったんだ。今彼は
初動負荷理論という特殊な筋トレを教えるジムに所属しているのだ
けど、彼はここのトレーナーにこう言われたそうだ。
「お前がこれまでやってきた筋トレは、全て無意味だった」
彼はものすごく落ち込んだそうだ。俺に電話でそう話してくれた。

なぜ彼がそこまで「無意味な努力」を続けていたのか。それには
理由がある。それはYコーチの存在。彼は体育関係の大学に通って
いるらしく、レギュラー陣に対して筋トレのアドバイスなどをして
いた。「ニーベントウォーク」なる、彼の独自のトレーニング方法を
作り上げ、それを生徒に行うよう指導していたのも覚えている。

だが彼のそのトレーニングは、まったくの無意味なんだ。
俺は高岡英夫さんの本をたくさん読み、高校時代と比べてずいぶん
知恵がついた。その今の俺から冷静に眺めると、そのYコーチの指導は
ウソだ。あんなトレーニングを続けても、決してサッカーの実力は
高まらない。今の俺からなら、そう思える。

その証拠が、Y君だ。彼はYコーチのことを信頼し、信奉し、彼の
アドバイスに従ってトレーニングメニューを組んでもらっていたに
違いない。この2人はすごく仲が良かったから。でもその結果、
Y君は無意味なトレーニングをずっとやらされていた、ということに
なる・・・

夢を信じて、ただガムシャラに歩く。
それだけでは、決してあなたの夢は叶うことはない。
頭を使いながら、努力しなさい。
「どのようにすれば、今の壁を突破できるのか」
それについての試行錯誤を続けなさい。
そしてあなたの「夢」とは無関係なことについても、本を読むなどして
常に学び続けなさい。そうすればそこで得た知識が、あなたの
その夢の実現に役立つかもしれないから。そして「今、自分が思い描
いている夢」とは違う、別の夢を発見する可能性もあるのだから。
だから、学び続けなさい。本を読みなさい。
頭を使いなさい。自分の頭を良くするための努力を続けなさい。

俺が、俺自身の人生経験から基づくアドバイスをしようとすれば、
このようになる。
今俺の言ったことを注意した上で、彼女の本は読んでみてください。
いいこともたくさん書いてあります。ですが盲目的に取り入れるのは
非常に危険な教えです。自分の頭でよく吟味した上で取り入れれば、
すばらしい効果が出せます。
俺も。佳川さんも。「ただの成功哲学」を信じ続けた結果、荒削り
ながらも今の世界にたどり着けたのだから。

彼女の本「幸せな奇跡を起こす本

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浅見帆帆子さん

今度は浅見帆帆子さんについて紹介しよう。

彼女の「あなたは絶対!運がいい」を始めとする著書で、継続して
主張されているのは「日常の幸運と、精神レベルの関係」というもの。
人に親切を配るような毎日を送っているときはラッキーな出来事が
立て続けに起こり、逆にイライラした乱暴な気持ちで日々を過ごして
いる時期には、悪い出来事がたくさん起こるそうだ。これは「目の前
で付き合う人間」だけでなく「偶然としか思えないようなちょっとした
出来事」にも当てはまる。それが彼女の主張だ。例えば「調べ物を
したいなあ」と思っていたそのときに玄関のチャイムが鳴り「新しい
タウンページをお持ちしました」という人が現れた。ふと「あの人
どうしてるのかな」と感じたその瞬間に、その本人から電話がかかって
くる。自分の意識を高いレベルに保てているとき、そのような偶然が
たくさん起きる。彼女は著書で繰り返し述べている。

これは俺自身も試してみたから、非常に納得できる。
彼女の著書自体は3年前にすでに知っていたのだが「これは俺のやり方
に合わないな」と思い、俺は話半分に聞き流して(読み流して)しま
っていた。だが最近、金銭的に困窮したこともあり「ものは試しだ、
とにかくやってみよう」という気持ちになった。

俺が「精神レベルを上げる行為」として使用したのは3つ。
毎日部屋を掃除すること。時間に余裕がある場合はサッカー掲示板
以外の、もう一つの掲示板に行って質問に答えてあげようとすること。
そして、毎日をできる限り明るい気持ちで過ごすこと。(彼女は
「どんなことでもいいから、自分に合ったものをやり続けてみなさい。
1つや2つだけでいいから」と主張しています)
とりあえず、この3つを意識的に行いながら過ごすことにした。

すると、3日後くらいから変化が現れ始めた。
それまではコンビニで弁当、おにぎりを買うとき「いいものがない
なあ」と立ち止まってしまうことが多かった。でもこれを実行して
からは「よし、これとこれにしよう!」と決断するスピードが速く
なった。それから「あの本を読もう」と感じたとき、その本が目の前に
あったり(本屋にて)、それから「そうだ!あれをやってみよう!」
というひらめきの回数もすごく増えた。

以前俺は神田昌典さんの本のことを「闇の成功哲学だ」と称した。
それに対して浅見さんの本は「光の成功哲学だ」と言ってもいい。
素直さ、純粋さ、周囲への優しさなどを残しているタイプの人間だった
ら、彼女の教えですばらしい成果が出せるだろう。

ちなみにアマゾンの「あなたは絶対!運がいい」の紹介ページへ
行ってみよう。そうするとこの本に対する罵言雑言のレビューが多い
ことに気が付くはずだ。俺もこれを最初に見たときにはものすごく
心が痛んだ。「そんな簡単なことで、現実が良くなるはずないだろ!」
って激怒した人間が、大量の否定的レビューを残している。
だがこの人たちは「闇の成功哲学」を読めばよかったんじゃないのか
な?俺はそう思っている。今現在苦しい状況の中で必死になって
歯を食いしばって生きている人間からすれば、この彼女の言葉は
きれい事にしか聞こえないだろう。俺もかつてはそう感じていたから
その通りだ。だが「未来が好転していくことを、素直に信じる」ことの
できるだけの心のゆとり、穏やかさがある人間ならば、この本ですばら
しい成果を出せるはずだ。俺も3年かけて多くのことを知り、人格を
磨いた結果として、やっと彼女の教えを素直に受け入れるだけの心の
ゆとりができた。

ということで、今心にある程度余裕を抱える人なら。ぜひ彼女の
本を読んでみてください。

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本田健さん

次はいよいよ本田健さんだ。この人のことを紹介するのは楽しみだ。

彼を一言で言うならば「大金持ち」。
複数の会社を経営し、なおかつ実際の経営は他人に任せている。
だから放っておいても自分の元に、莫大なお金が流れ込んでくる。
そんなシステムを会社として作り上げている。今現在はアメリカに
在住している。妻、娘と一緒に。

俺自身は彼の著作に出会ったとき、そこに書かれている基本事項を
すでに知っていた。だがそれは何十冊もの本を読んだ結果として
たどり着いた世界であり、彼の本である「ユダヤ人大富豪の教え
を最初に読んだとき俺は「すばらしい本だな」と感じた。
俺がこれまで地道に歩き続けて身につけた知識を、分かりやすく
コンパクトに1冊にまとめてある。そんな風に感じた。

彼が著作を通じて主張し続けている基礎理論は「幸せな金持ちに
なりましょう」ということだ。

普通の人が「お金持ち」という言葉を聞いて、どんな人をイメージ
しますか?威張っていて、宝石をじゃらじゃらと着けていて、
ガッハッハと笑い、他人を蹴落として成功し、乱暴で、意地悪で、
労働者を、社員を残酷に扱う。社員たちが長時間労働で苦しそうな
顔をしているのにその横を何くわぬ顔で通り過ぎて、銀座のクラブに
でも遊びに行ってしまう・・・


でも、そうではないんですよ。

この世の中には「不幸な金持ち」と「幸せな金持ち」の2種類がいる
んです。前者はお金を手に入れた結果として傲慢になり、周囲の人間
から嫌われて、寂しい孤独な人間関係を送る。でも後者は周囲の人間
に感謝を絶やさずに、いつもみんなから慕われ、一番下の社員からも
尊敬されている。だから暖かい人間関係にいつも包まれている。
あなたはどちらになりたいですか?もちろん「幸せな金持ち」の方
ですよね。だったら目指しましょうよ。「お金持ち」自体を全否定する
のではなく、「幸せな金持ち」の方を目指しましょう。「不幸な金持ち
」になるべきではないのは分かりますが、お金持ち自体を全否定して
しまうのは良くないことですよ・・・


少し俺の主観が混じっているけれど、彼が言いたいのはこういうことだ。

俺はこの教えを知ったとき、すごく衝撃を受けた。
これまでの俺は「お金持ちにはなりたくないな」とずっと思ってきた。
なぜならマンガやテレビなどに映し出される「お金持ちの人間」という
のは、皆悪い人であるかのように書かれていたから。でもこの本田健
さんの著作を始めとする「幸せなお金持ち」の人が書いた本を何冊も
読んでいくうちに、その気持ちは消えていった。
そうだよな。俺も金持ちになりたい。
そう素直に思えるようになった。

ちなみに彼の「ユダヤ人大富豪の教え」の本は
マンガ版でも出版されている。活字が苦手だという人は、こちらを
読んでみるといい。
ユダヤ人大富豪の教え(上)
ユダヤ人大富豪の教え(下)

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來夢さん

次に紹介するのは來夢(らいむ)さん。この人は占い師だ。
神田昌典さんや小阪裕司さん、本田健さん(後述)、浅見帆帆子さんも
この人のアドバイスを参考にしているという。

彼女と神田昌典さんの共著「なぜ春はこない?」は、この俺も衝撃的な
インパクトを受けた。(厳密には、神田昌典著の來夢監修)
神田昌典さんの書いた本の中で一番好きなのはこの本だ。
続編である「人生を成功に導く星の教え」や「春夏秋冬占い」の本は
近くの本屋に置いてあるので、俺は3ヶ月に1度くらい、アドバイスを
求めてその本を読みに行く。それだけ影響力のある理論を彼女は
作っている。

俺はこれまで、占いというものをまったく信じていなかった。
だが唯物論的な雰囲気を持つ神田さんが信じている、ということもあり
すんなりとこの理論は俺は受け入れることができた。何より神田さんの
論理的な文章が、彼女の「春夏秋冬理論」に説得力を持たせてくれた。

では、この來夢さん、神田さんによる「春夏秋冬理論」とはどんなもの
なのか。ここで紹介してみよう。基本的な教えは「人生には、大きな
流れがある」というもの。エネルギーに満ち溢れてガンガン前へ進める
時期もあれば、停滞して地面に根を伸ばす時期もある。それがこの
理論の基礎だ。ここまではみんな同意できるよね。

そこでこの理論は「そのエネルギーの上下動は、12年周期で一回り
する」ということを教えている。エネルギーが少なくて、地道な
試行錯誤が必要な「冬」。努力が実を結び、現実が好転し始める
「春」。強烈な勢いでもって、ガンガン前へ進めてしまう「夏」。
そして勢いは落ちるけども、これまでの努力の成果がひとつのピークに
達する「秋」。これら4つの季節が3年ごとに移り変わり、12年で
一巡りする。それが彼女の理論だ。

ちなみに俺は「秋生まれ」で、2007年の季節は「夏2年目」で
ある。(意味不明だと思います。彼女の本を読んでくれれば、この
言葉の意味が分かるはずです)

分かりやすく言うならば、今の俺の季節は「夏」。リスクを犯して
もいいから、ガンガン前へ進め。それが今年一年についての、この
「春夏秋冬理論」に基づいたアドバイスだ。

俺が「アルバイトをしない」という決断をすることができたのは、
実はこの理論の影響が大きい。俺の性格、そしてこれまでの人生を
ことごとくこの理論によって言い当てられていたから、俺はこの占いを
信じている。この占いの「リスクを犯せ」という言葉を聞いて、俺は
「では俺にとっての『リスクを犯す冒険の一手』とは、何だろう?」
と考えてみた。そうしたらその答えは「アルバイトをしない」という
道であった。

最終的な決断は3日後日記によって固まったが、それ以前にこの
「春夏秋冬理論」のおかげで、ある程度この進路は自覚できていたこと
を今、申し添えておく。

この理論を使えば
「いまは勝負するときなのか、引き下がるときなのか」
「地道な努力を続けるべきか、無理してでもがんばるべきか」
「この先人生は上り坂か、下り坂か」
「今の自分は傲慢になっていないだろうか」
みたいなことをかなり予測できる。俺はこの理論にずいぶん助けられた
し、これからも心の支えにしていくだろう。

ちなみにこの「春夏秋冬理論」の本は、今現在合計4冊の本が出て
いる。
なぜ春はこない?
「人生を成功に導く星の教え」
「春夏秋冬占い」
『「運」をつかむ法則!』
それぞれ微妙に違うし、新しい理論も後の著作になると少しずつ
増えていっている。だから専門的にこの理論を使いたい人は、4冊
全て読んでみるといいと思う。

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神田昌典さん3

そして彼はビジネス書だけではなく、自己啓発書も執筆している。
代表作は「非常識な成功法則

「まずはお金を稼げ」
この本の主要なテーマはこれである。
「社会貢献をしろ」とか「立派な人格であれ」などといったきれい事は
後から考えればいい。まずはエゴイストでもいいから、「お金持ち」
への階段を登ってみろ。そうなってから、ゆっくりと自分の人格を
磨く旅に出ればいい・・・
彼はこの本で、そう主張している。
普通の人とはまったく違う彼の主張に、最初に読んだとき俺は
すごく驚いた。

だがそれも、理にかなっているんだよね。
「なにくそ、このやろう!」
「絶対に見返してやる!」
などの憎しみ、怒りをベースにして前進した方が、俺の体験から言って
も効果的な人も多いだろう。これらの力には強烈なパワーがあるからね。

だがこれはあくまで「闇の成功哲学」に分類される理論だ。
今現在強い劣等感や悪い環境に悩まされ、その中で苦しんでいる人間。
そんな人に向けた成功法則である。もともと穏やかな、幸せな気持ちで
毎日を過ごせている人格的に立派な人は、この本の教えは取り入れない
方がいいと思う。

俺も最近になって、ようやくこの「闇の教え」から抜け出せるように
なってきた。これまでは「劣等感をばねにしてガムシャラにがんばれ!」
みたいな部分が自分の中にあったが、今ではそのような側面は
どんどん消えていきつつある。
「周囲の人間を幸せにしよう」
「周りの人の役に立ちたい」そんな気持ちで、今を生きれるように
なった。

読む人を選ぶ、副作用の大きい本だけど。
読みたい人は、読んでみるといいと思う。
「パワーのある、すばらしい本だ」という事実はそれでも変わらない。

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神田昌典さん2

では今回は彼の「マーケティング理論」について大まかなことを紹介
していきたいと思う。
彼の一番大切な主張は「安売りは、バカにやらせておけ」。

商品の値段を下げて物を売ることは、誰にでもできる。
それよりも、頭を使おう。
「どうすれば商品を売ることができるのか」について、クリエイティブ
なアイデアを出して問題点を解決しよう。

そして彼は具体的なキャッチコピーについての説明や、企業戦略に
ついての説明に入っていく。
「直に商品を売るのではなく、2ステップで商品を売ろう」
(最初に資料請求や、無料小冊子などを配れ)
「お客の心に訴えかけるような、分かりやすいキャッチコピーを
つけろ」
(例 割引航空券の販売会社の広告に「まだ、無駄ガネを使いますか?」
家を売る会社のチラシに「家はまだ買うな!」)
などなど。
非常に分かりやすい具体例と共に、売るためのノウハウが紹介されて
いる。

もちろんこれらのやり方が、全ての業種に当てはまるわけではない
だろう。実際に俺も試してみて「これは俺のHPでは使えないな」と
感じて手放した彼の理論はいくつもある。
だが多くの人に役立つ、普遍性の高い理論であることは間違いない。

彼のマーケティング系の本のオススメは、初心者向けの
あなたの会社は90日で儲かる!」。そして上級者向けの
60分間企業ダントツ化プロジェクト」。
この2冊を紹介しておく。特に後者の戦略分析のやり方は、俺のHP
の大まかな方向性を定める上で非常に役に立った。

そして彼の業績は、ビジネス関係のことだけではない・・・
(続く)

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神田昌典さん

次に紹介するのは神田昌典さんだ。ちなみにこの人と小阪裕司さんは
親友であると言われている。

この人は、すごいよ。一応の肩書きは「経営コンサルタント」である
のだけど、この人の指導の成果として
「売り上げを10倍にまでアップさせた会社」
「年収が億に届くくらいになった会社社長」みたいな人がぞろぞろと
誕生したそうだ。俺も彼の本はほぼ全て読んでいるので、あの人の
教えのすばらしさ(恐ろしさ)は実感できるし、そのような成果を
出せたことも非常に納得できる。

そして、どうして俺がこの人のことを「恐ろしい」と表現したのかと
いうと・・・彼は闇の世界に足を踏み入れてしまったのだよね。
「成功者のダークサイド」というやつだ。
売り上げを10倍にした会社で内紛が勃発し、社長が会社を
追い出された。
年収をアップさせたその社長の家庭はバラバラに崩壊した・・・
彼がビジネス方面で他者を成功させると、同時に彼らは人間として
どんどん不幸になっていったそうだ。


彼の最高傑作のひとつ「成功者の告白」には、その「会社の発展と
内紛、そして再起」という一連の過程が、生々しく描写されている。
この本の主人公のモデルは神田さん自身であるが、その他の彼の
クライアントの体験談も参考にしているらしい。

人格的に未成熟な人間を、分不相応な成功へ導いてしまったが故の
悲劇。
彼はどこかで、そう言っていたと思う。

今現在の彼は自分の会社を実質上他人に譲り、今は「セミリタイア」の
ような暮らしをしている。今はコンサルティング業も廃業してしまった
らしい。

俺も彼の理論には、ずいぶん助けられた。おそらく俺がHPから収入を
得ることができたのは、80%は神田さんのおかげだろう。
(残りの20%は、小阪裕司さん)
自分の作り上げてきた理論、ノウハウを「どのように他者へ伝えて
いくのか。どのように売り上げを発生させるのか」についての仕組み
の発想は、ほぼ全て彼からいただいた。

これから社会に出る人。
いまビジネスマンとして活躍している人。
ぜひ彼の本を読んで欲しいと思う。
「ビジネスのための具体的ノウハウ」の本は、高校時代の俺が読んでも
スッキリと簡単に理解することができた。
「生きていくための知恵」を伝える彼の自己啓発関係の本には、俺も
精神的にずいぶん参考にさせてもらった。

最近は「悩み相談」の本を書いたり、小説を書いたり、いろいろ
試行錯誤されていらっしゃるようだけれど・・・彼の今後の活動に
これからも注目していきたい。

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小阪裕司さん2

そして俺が小阪裕司さんから受け継いだものがもう1つある。それは
「文章力」だ。俺の今現在の文章のスタイルに一番大きな影響を与えた
のは、彼だ。

俺のこの文章スタイルのモデルとなっているのは、2人。この小阪裕司
さんと、そして神田昌典さん(彼については、またあとで書きます)。
神田昌典さんからはその「論理的な文章」。小阪裕司さんからは
「美しい感性」を参考にさせてもらった。

例えば僕の大好きな彼の著書である「冒険の作法」。
これは「人生、いかに生きるべきか」みたいな指南書だ。「冒険に
出よう」という彼の主張を、映画や小説などを題材にしてすごく
美しい言葉で文章を紡いでいる。

「階段を1段1段登るたびに、見えてくる新しい景色がある」
「冒険に出ることを決めたのなら、自然に仲間が集う」
「試練が起きるのが冒険である。それを仲間と共に乗り越えよう」
いま思い出しても涙が出るほど、彼の考え方の美しさに感銘を受ける。

俺が今、HPやブログで書いている「文章途中に詩を混ぜる」という
スタイル。実は元ネタはこの人だ。彼がこのようなスタイルの文章を
書いているのをみて「ああ、こんな書き方もあるんだな」とすごく
参考になった。その後も俺がこうやって文章を書き続けていたら、
自然に俺も彼のように「詩のような美しい言葉」が文章途中に混じる
ようになった。

どうやら俺は他人の能力をコピーする力があるらしい。これは
ずっと小さい頃から感じていたことだ。例えば高校時代に俺は一時期
「マルセイユルーレット」という、ジダンの技を使えていた時期が
あった。あと彼の「ボールをゆったりと何回もまたぐシザース」
という技も、なぜか同じ時期に使えていた。

ヒールキック。
アウトサイドキック。
その他特殊な高等テクニック。
俺は練習したわけじゃないのに、なぜか突然ひらめきが起きて、試合中
に使うことができた。

同じことが実はこの「文章」「議論」「口論」などについても
当てはまる。相手が使ってくる何気ない言い回しをコピーして、
別の人との会話の際に、それを使って対話する。ごく当たり前のこと
なのだが、俺はその「他者をコピーする」という能力に恵まれて
いたみたいだ。

だがもちろん、いいことばかりではない。高校サッカー部では、
周囲の意識の低い人間に影響を受けてしまい、すごく困った。

今の俺は幸いにも、「これが自分だ」というスタイルをしっかりと
定めることができている。だから、問題が起きるほど他者の悪い部分に
引きずられることは起きない。でも「相手の良いところ、未知なる技を
真似する」という作業は、今も無意識のうちに行い続けている。

俺の書いた。
自然な何気ない文章が。
「あ、これは○○さんが使っていたあの文章と同じだな」と
自分でも思い出すことができる。
そのときには懐かしさのような、その人に対する尊敬の感情が
沸き起こる。

俺がここにいられるのは。
このように文章を書き続けられるのは。
俺がこれまで出会った、ほんとうに多くの人たちの支えがあるからだ。

彼らが俺の内側にいる。
俺の「文章の小さな言い回し」という形で、俺の中で生きている。
俺がこれまで出会えた全ての人たちに。
「ありがとう」と言いたい。

俺はこのような形で、あなたたちから受け継いだこの能力を
ほかの人へ伝えていきます。あなたたちが俺に対してそうやった
ように・・・

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小阪裕司さん

これからはシリーズのような形で、俺が影響を受けたこの世の著述家を
紹介していこうと思う。第2回の今回は「小阪裕司さん」だ。

「人をワクワクさせてこそ、商売の売り上げは上がる」
彼の主張を一言で言い表すと、こうなる。
ただ商品を売り場に並べるだけでなく「どうすればお客に喜んで
もらえるか」「どうすればお客に役立つ情報を提供できるか」など
のことについて考える。それが彼の主張する商売のやり方だ。

「そんなこと当たり前じゃないか。どんな会社でもやってるよ」
って思う人もいるかもしれない。だが彼のやり方は少し違う。
それはさっきも言ったように「ワクワク」だ。彼自身が主催する
コンサルティンググループの名称は
「ワクワク系マーケティング実践会」
俺自身もここのニュースレターを購読していた時期もあるから、彼が
どのようなことをしているのかはよく分かる。

俺にとって、彼の著作との出会いは衝撃的な影響を与えた。
それまでは「無料メルマガを与えます。こちらへどうぞ」みたいな
無機質な、感情のこもらないHPを作ろうとしていた。だが彼の教え
に出会えてからは「HPを読んでくれた人を喜ばせよう」という
ミッションの元、彼らの心を豊かにしようという意図を持って
文章を構成していった。

「気持ちを込める」
「ネタを仕込む」と言えばいいのかな。彼の主張は
「俺たちはエンターテイナーだ」というもの。
商売人である俺たち自身が自らの感性を磨き、よりお客をワクワクさせ
る行為をしてこそ商売だ、というのだ。
「俺たちは芸人だ」とも言ってたな。

人に喜びを与えることこそが商売だ。
俺にとって、そんな彼の主張はすごく納得できた。
ただ商品を相手に与えるだけでなく。このご縁を大切にして相手の
人生をより豊かに、より快適にするための手助けをしてあげよう。
彼は繰り返しそう述べている。

彼の教えの成果として
「女子大生からファンレターがくるお米屋さん」とか
「毎日が楽しくて仕方がない、とまで言っている酒屋さん」
「大幅な売り上げアップを果たした布団屋さん」
みたいなことが起きている。これらのお店には同業者からの視察が
頻繁にくるという。

「売り上げを上げて、会社を大きくする」ことではなく
「小さな規模で、人を大きく喜ばせること」もまた商売のあり方の
一つなんだよ。俺は彼の著作からそう教えられた。
俺はあのHPを立ち上げた当初「これを会社組織にして、もっと大きく
日本中に発信したい」という気持ちが少なからずあった。でも
彼の本を読み進めていくうちに、その思いは消えていった。

「お客と近い距離を保って、小さな世界の中で物を売る」
そんなスタイルを目指すべきなんだと知れた。
(続く)

代表著書 あなたにもできる「惚れるしくみ」がお店を変える!―大繁盛のしくみづくり

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この時代に生まれてよかった

俺は「この時代に生まれてよかったな」と感じることがたまにある。
もちろんそれは「戦争のない平和な時代だから・・・」みたいなありき
たりの理由ではない。俺が感謝したいのは「すばらしい人間に恵まれ
た」という点である。俺がここまで人間として成長することができた
のは、これまで出会った数限りない「すばらしい本」のおかげである。
今回は、それを紹介してみたいと思う。

とりあえず今回は本ではなく、人について。
一人目として紹介したいのは「船井幸雄さん」だ。
この人は「船井総研」という上場企業の社長であった人だ。
俺がこの人のことを知ったのはつい数年前のこと。だから「これだ!」
という劇的な成長をもたらせてくれたタイプの人ではない。ただ
これまで身につけてきた知識を別方向から再確認させてくれた、という
感じの影響を受けた。

賢者たちのメッセージ」という本に、船井幸雄さんのインタビュー
が書かれていた。その中での印象的な記事を思い出しながら書いて
みる。あらすじですので、小さな事実関係については違っている箇所も
あるとは思いますがご了承ください。

私はあるとき妻を亡くして、精神的にすごく落ち込んだ。それが
きっかけとなって、「人は死んだらどうなるのか」についての本を
読み始めた。よい師にめぐり合えたこともあって、スウェーデンボルグ
やエドガーケイシーなどの本を原著で少しずつ読んだ。そうすると
どうやら人は生まれ変わるらしい、という結論に達した。


彼は経営者として珍しいことに「輪廻転生」に賛成派だ。しかもそれを
かなり早い時期から、著作で主張し続けている。だがそんな彼も初めて
「人は、どうやら生まれ変わるらしい」と本にさりげなく書いたら、
会社の得意先が大幅に減ったらしい。そこまでのプレッシャー、社会
からの冷たい視線を受けながらでも「輪廻転生」といういわばタブーの
ことに踏み込んだことには心から敬意を払う。

彼はそのほかにも「本物技術」と称する時代の最先端を行く技術を
紹介したり、超能力、占い、地球の未来に関する自分なりの見解を
示している。俺は彼の本を読んで「この世には、こんなにすごい未知
なる技術があるんだ」と感心するとともに「これだけの技術がある
ならば、この地球の未来は大丈夫だろう」と安心することもできた。

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最後まで

崖っぷちで、根が半分空中に露出しながら生きている木がある。
その木は「もうすぐ自分が死ぬかもしれない」とは考えない。
ただ自分が生きていくことだけを考えて、必死で根を伸ばし続ける
だろう。もちろん「地面の方向へ根を伸ばす」くらいの小さな工夫は
するだろうが、それでも「自分自身が、これからも生きていくんだ」
という決意を揺らがせることはない。
嵐が起きて。
地震が起きて。
何かの弾みで自分の根元の土が崩れて、崖の下へまっすぐ落ちてしまう
リスクといつも隣り合わせにいるのに。
それでも生きていこうとする。
前へ進むことしか頭にない。

俺は、そんな生活を送りたい。

参考文献 「あなたを生きて
詩集のような本です。

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