日々の進歩

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幸運 佳川理論4

「叶えたい夢をリアルに思い浮かべて、それが実現すると信じる」こと
。それができた後、佳川奈未さんは「幸運な出来事」がたくさん起きる
ようになる、と主張します。

私(佳川さん)が会いたいと思っていた女優を取材する仕事が、急に
回ってきた。

ごく限られた人しか行けないはずの、斎藤一人さんの記念パーティに
参加できるようになり、本人にお逢いすることができた。

急に親戚から「これあげるよ」と言われ、高額のお金をポンと渡され
た。


このような出来事だったら、最近の俺にもたくさん起きるようになった
ので納得できる。偶然起きた「R」という苦しい出来事の翌日。その
辛い思いを逆手に取るような大発見が頭に浮かぶ。それから「翌日の
ブログ記事に書くとよい内容」の本を、偶然手に取ることができる。
いつもはめったに行かない本屋にふらりと立ち寄ったら、俺の好きな
作家の最新刊が置いてあった。俺の場合「本」で起きることが多いの
だけれど、かなりたくさん起きるようになっている。

だけど、理由はよく分からない。直接のきっかけは「浅見帆帆子さんの
本を読み、それを実行し始めてから」だけれども、それ以外に
「サッカーの掲示板でのアドバイスの仕方を微妙に変えた」
「最近、瞑想を再開するようになった」
「ありがとうの言葉を、日常的に使う癖がついた」
など、いくつもの理由がある。

まあこのような「奇跡、幸運、偶然の出来事がたくさん起こりやすい
体質の人」というのが存在するのは事実だし、それを後から努力に
よって、身につけることができるというのも真実だと思う。

参考文献「幸せな奇跡を起こす本」

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イメージング 佳川理論3

この佳川奈未さんも、浅見帆帆子さんと似たようなことを言っている。

あなたが叶えたいと願うその夢。それが実現した瞬間を、ありありと
リアルに、強く思い浮かべなさい!そうすれば絶対、あなたの夢は
叶います!


だが俺はこの教えは好きではない。何度も繰り返すが俺の場合、「夢を
イメージし続けた結果、それでも夢は叶わなかった」人間だから。ちな
みに佳川さんは上記の言葉の続きとして「もしあなたの夢が叶わないと
したら、あなたは本当にそれを望んでいないか、思い描き方が弱いから
です!」という言葉も言っていた。だけど俺の場合、それは当てはまる
のだろうか・・・よく分からない。

誤解されると困るから、ここで俺自身の「願望実現のためのイメージ
ング」に対する意見を書いてみようと思う。

その1 効果はある
以前も話したけれど、「願望達成の瞬間を思い描く」という行為そのも
のを、全くの無意味だと言うつもりはない。俺はイメージングの結果と
して「最後まで諦めない強い意志」だとか「前向きに、努力し続ける」
という能力を手に入れることができた。だから
毎晩寝る前に(起きた直後でもいい)、自分の夢が叶ったその瞬間を
数分間、イメージで思い浮かべる。達成した瞬間の喜び、嬉しさなどを
心でありありと感じる
」という行為。あなたの願望を叶えるために、
非常に効果的であると断言しよう。モチベーションアップに、大きな
力を発揮する。

その2 「必ず」叶うとは言い切れない
だけど「100%必ず叶う」という言葉は信じない方がいい。

その3 奇跡も信じるな
よく、成功哲学関係の書籍には「イメージングを続けた結果として、
最後の最後で偶然が重なり、信じられないけれど本当に夢が叶ってしま
った!」という体験談が数多く登場する。だけどこれも、信じない方が
いいと俺は思う。だってこれは「ごく一部の人」にしか現れないはずだ
から。俺は「小さな幸運、シンクロニシティ(偶然の一致)」だったら
たくさん経験したけれども「自分の思い描いた願望が、奇跡が起きて
急に実現した!」という体験は、一度もしたことがない。だから
「奇跡は起きるかもしれない。だけど、それを当てにしてはいけない。
『夢が叶うと信じて前へ進む』ことは大切だけど『きっと奇跡が起きて
何かが変わるのさ!』という他力本願な考えは、捨てた方がいい。
偶然奇跡が起きたらラッキーというくらいの、軽い気持ちでいた方が
いい」と思っている。

俺は他者の教えを「盲目的に信仰する」行為だけは、やめて欲しいと
思っている。「きちんと自分の頭で考えた上で、正しいかどうかを判断
する」「自分で実験して、その言葉が正しいかどうかを確かめてみる」
というくらいの覚悟を持っていた方がいいのではないか。どんなにすば
らしい著者であっても、間違いは犯す。「真実ではない理論」を、
悪意はないにしろ、周囲の人へ伝えてしまう可能性を背負っている。
だから「自分を信じる」こと。「自分で考えたその結論、自分で出した
実験の成果」を大切にして、自分なりの「人生観」「成功哲学」を
持っておいた方がいいと俺は考える。

参考文献「幸せな奇跡を起こす本」

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財布 佳川理論2

「お金を手に入れたいのであれば、良い財布を使いなさい」。
佳川奈未さんはそう主張します。

あなたが今使っている財布は、キレイですか?その色・デザインは
気に入っていますか?「この財布、何だか好きじゃないなあ」という
思いを抱えたままお金を入れ、財布を使い続けるのは、あまり良いとは
言えないでしょう。

もしそのデザインが自分にとって納得のいくものであるならば。自然に
お金を使うことが楽しくなります。お金を取り出し、店員に差し出す。
その動きが、楽しそうになるでしょう。ですから自然に「私はお金が
好きだ」という思いが間接的に強まり、お金と精神的に良好な付き合い
ができるはずです。「無駄使い」「衝動買い」のような「ストレスに
よる暴走行為」が非常に少なくなり「自分自身が本当に楽しめる、本当
に欲しいと思うこと」にだけ、集中的にお金を使えるでしょう。

俺はこの教えを聞いてから、新しい財布を買いに行った。
近所の5つくらいの店を回って「どの財布が俺に最も合っているだろう
か・・・」と探し回った。その結果、無印良品の財布がいいなという
結論に達したので、それを購入することにした。それまでは誰かから
もらった、小学校時代から使っている古い財布を使い続けていたが、
これを機会に一気に取り替えることにした。その結果、お金を使うのが
楽しくなった。

参考文献「願いがかなう100の方法

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「お金がない」 佳川理論1

では佳川奈未さんの理論に入ります。最近の俺が最も影響を受けたもの
が「お金がない、と言わない」という彼女の教えだ。

よくいますよね。「Aしてみたらどう?」「Bを直してみたら、どうだ
ろうか」などと聞かれたときに「私ってお金がないから、無理なんです
」という言葉を連発する人。佳川さんは、これを「やめた方がいい」と
主張します。

自分が「お金がない」という言葉を口にする回数が多ければ多いほど
自分自身の頭の中に「私にはお金がない」という言葉が深く刻まれてし
まう。

だから口癖になっている「お金がない」を言ってしまう(思ってしま
う)少し前に、「私が本当にAを行わない理由は、お金がないせいなの
だろうか?」と考えてみましょう。そうすると不思議なことに、別の理
由があることが多いのです。
「本当は欲しくない」「行きたくない」「あまり楽しそうに思えない」
とか。

「別の理由」があることが分かったなら、その「お金がない」を言って
しまう代わりに、それを口に出すようにしてください。そうすると、そ
の言葉を口に出す回数が大きく減ります。ですから必要以上に「私には
お金がない」を実感する回数が少なくなります。

・・・ぜひ、試してみてみましょう。
ちなみに俺自身は「Sさんという人のセミナーに行ってみてはどうか」
「テレビを買い換えてみようか」などと自然な生活の中で浮かんだとき
に「いや、金銭的な余裕がないから、やめておこう!」と否定してしま
うことが多かった。でもこの教えを聞いてからは「本当にそうなのだろ
うか?実際に俺が『お金が十分にあった』としたら、本当にそれを買う
だろうか?」と自問自答する癖がついた。そう考えてみると・・・多く
の場合、「お金があったとしても、欲しくないだろう」という結論に
達することが分かった。

参考文献「お金持ちになる女 なれない女の常識

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希望 本田透理論6

本田透さんが「電波男」の次に書いた著書「電波大戦」では、竹熊健
太郎さんという人との対談が収録されている。その中で竹熊さんは
著述界で「奇人、変人」と称される多くの男性を紹介し、彼らに
「全てを受け入れて包み込む」タイプの奥さんがいるんだ、と話して
いた。

俺はこの話を聞いたとき、少し希望を持てた。自分の「強い個性」を
受け止めうる存在が、この世のどこかにいるのではないかと。

また最近発売された「喪男の哲学史」という本で、本田さんは「時代
を引っ張ってきた哲学者は皆、モテない男だった!」という主張を展開
しています。よく考えてみれば「哲学者」というのは「オタク」だよ
ね。「頭の中で、『この世界はどうなっているのか・・・』を言葉で
言い表そうとする」。そんな無謀とも思える行為を延々と長時間続けて
いたのだから。

これを読んだときも、また別の意味で希望を持てた。俺のような「狭い
『心の世界』に押し込まれて、『自分なりの、自分だけの答え』を
求めて『他人から理解されない孤独な頭の中の世界』をさまよい続ける
人間」。それが俺だけのことではなく、世界の有名人にすら共通する
性質だったということに。俺が決して「異常」ではなく「前例がある」
のだということに、少し心が和らいだ。

俺の持つ性質。
普通の人とは違う内面世界。
理解される回数は、あまり多くはないだろう。

だけど、まだこれから。
これからも、同じ道を進もう。
そう思うことができる。

「心の闇」を生きてきた人間は、「他人とは違う種類の、圧倒的な長
所」を手に入れる可能性を秘めているんだ。そしてそんな個性的な人間
でも、いつかどこかに、それを受け止めうる人間がいるかもしれない。
そんな希望を持って、人生を生きていくことにしたい。

本田透さんの理論紹介はこれで終わりです。お疲れ様でした。
次回からは佳川奈未さんの紹介に入ります。

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マルチ 本田透理論5

もう一つ、本田透さんが影響を受けたゲームがある。それは
To Heart」の「マルチ」というキャラクター。

彼女は「メイドロボット」だ。「HMX12型」という正確名称が
付けられている(という設定)。今現在「メイドカフェ」などが流行
しているが、このゲームの発売年は1999年だ。だから、このゲーム
ソフトが草分け的存在なのではないかと見られる。

このゲーム中で、主人公はマルチと過ごした日々を回想して、このよう
につぶやく。
「マルチのように、幼い心で世界を見ることができれば、皆心が穏やか
になる。マルチのような存在がたくさんいれば、世界は平和になるの
ではないか」

俺はこの(ゲーム主人公の)主張を聞いたとき、すごく納得できた。

本田透さんはこの「マルチ」のような「純粋で、穏やかで、心優しい
萌えキャラ」のようなゲーム登場人物を紹介して「このようなゲームを
することで心が癒され、人は犯罪へ向かわなくなるのではないか」と
主張している。俺も「To Heart」をやった結果として、人生観が大きく
変わった。

「見下され、バカにされ、外見目当ての恋愛ばかりを周囲の人間が
繰り返す」という俺の過ごした学生時代と
「純粋で、優しさを心に残した2人が、お互いを本当に想い合う恋愛を
する」という、ゲーム内で描かれる学校生活。この2つのあまりにも
大きな違いに、カルチャーショックを受けた。

ちなみに似たようなカルチャーショックは、俺が中学から高校へ上が
った時にも起きている。「ドロドロとした暗闇のような汚れた空気の
中で、俺自身が過剰にバカにされる」という中学校と
「みんなが明るくて、華やかで、男子女子が当たり前のように友達と
して会話し、みんなが楽しそうに生きている」という高校の世界を
目の前にして、ショックで呆然とした。
「こんなに楽しい世界が、あるの?」って。俺自身は人見知りの性格な
ため、彼らの人間関係に深く入り込むことがなかったが、彼らの楽し
そうな姿を見て、すごく心が安らいだ。

しかし「To Heart」の中の世界は、それよりももっと上の「幸せ」の
世界を描ききっていた。「心の幸せの世界」とでも言えばいいのかな。
「ここまでお互いのことを信頼して、相手を心から想うことのできる
世界って、幸せだろうな・・・」と強く感じた。それと同時に「俺も
このような世界へ近づきたい」と強く願った。

俺が中学時代、そして高校時代も感じていたのは「俺って純粋すぎる
な」ということ。男子の「下ネタ」についていけない。それから女子の
「積極的な口説き行為」に対して、向き合ってあげることはできない。
俺にもあったんだよ。「この人、俺のことを知ろうとしているな」と
感じる、俺に対してメールや話しかけるなどして積極的に関わり合おう
としてくれる人が、高校時代に何人かいた。でも彼らに対して心を
開くことができない。

その理由の一つとして「俺が、穏やかな人間関係を望んだから」という
のがある。「積極的に、ガンガン遊びまわる」という行為に、今ひとつ
乗り切れていない部分が大きかった。
俺はコンパのようなものに誘われて行った回数が数回、あるのだけど。
やはりどこかなじめない自分がいた。

俺の場合はね。「遊びたい」とは思えないんだ。そういう体質なんだ。
「一緒に勉強する」「一緒に登下校する」「必要なものを買うために、
一緒に買い物をする」という程度なら「まあ、いいかもな」と感じる
ことができる。だけど「遊園地」「映画館」「ただ歩くことだけが目的
の、ショッピング」みたいな行為は、どうしても好きになれない。
これは家族に対してでさえ、薄々感じていたことだ。3ヶ月に一度など
なら我慢できたかもしれないが、それをメインの行為として女性と
つながるなんて、どうしても想像できなかった。

「つながりの土台が欲しい」。いつもそう思った。
「足元に何もない状態で、遊ぶためだけの男女関係を作る」という
行為。俺の体質には合わなかった。「もっと真剣な、まじめな関係を
築きたい」と願っても、それを可能とする雰囲気は高校の中にすら、
見当たらなかった。

「自分が純粋?はあ?あんんた『傷つくのが怖いだけ』なんじゃ
ない?」
以前こんな意味不明の指摘を、閉鎖してしまった過去のブログで記事を
書いたときに受けたことがあったが、俺は今もこの言葉の意味が分から
ない。

人は誰もが「傷つきたくない」
だからこそ「傷つかずに済むため、円滑に人間関係をこなそうとする」
だから全ての人は「傷つくのが怖い」という思いをいつも持っている。
俺はそう思うんだけどね・・・。

俺の生まれつきの性質を
「あなた、気にしすぎなんじゃないですか?」
もっと積極的に、勇気を出して飛び込んでごらんよ!」と
繰り返されるのには、もう疲れた。もう嫌だ。

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みさき先輩 本田透理論4

前回のブログ記事で不愉快になってしまう人がいたとしたら、お詫び
申し上げます。ですが話は最後まで続けます。

「オタク趣味には、犯罪抑止効果がある」。
本田透さんがそう訴える理由には、彼自身の実体験が大きいらしい。
彼が失業し、落胆と絶望の中オタクゲームを繰り返しているとき。
ある一つのゲームの、とあるキャラクターによって、号泣するほどの
感動を受けたというのだ。

それは「ONE~輝く季節へ~」というオタクゲームの「川名みさき」
というキャラクターだ。

俺もプレイしたことがないので、詳しくは分からない。だが彼女は盲目
(目が見えない)というハンディキャップを持っている(という設
定)。
だからこその苦悩や、誤解などを受ける場面が多かったそうなのだけれ
ど、あるとき彼女は主人公に、このように言ったそうだ。
「私だって、普通の女の子なんだよ」
相手が身体障害者であるということを過度に意識し、腫れ物に触るかの
ような扱いをしてきた主人公に対して、寂しそうな顔でぽつりとつぶや
いたこの言葉。これが、本田透さんの心に深く残っているらしい。

俺もね。オタク系ゲームや、ライトノベルをかなり読んだ時期があるか
ら分かるんだ。現実世界より、そちらの世界で描かれている女性たちの
方が立派だ。
「ロボットのようにこちらの要求にいつも従う。いつもニコニコしてい
る」という意味ではなくて
「自分の個性をきちんと持っている。そして心穏やかで、毎日を必死で
全力で生きている」という感じがするんだ。客観的な冷静な目で俺が
かつてこれまで出会った女性たちを眺めてみると、やはりゲーム世界の
女性の方が「人格的に成熟している」と感じざるを得ない。

高校生時代に、クラスメイトだった「Hさん」「Sさん」「Tさん」
などは、非常に立派で尊敬できる女性だった。だけれどもそれよりも
Kanonの「水瀬名雪」。
To Heartの「神岸あかり」「松原葵」などの方が、性格のタイプとし
ては「俺の好みだな」と感じてしまう。

俺は本田さんとは違い、それほどまでに上記のキャラクターに思い入れ
はない。だけど、本田透さんの言いたいことにはとても共感できて
しまう。

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鬼畜 本田透理論3

「萌えオタク」と対極に位置する闇の世界。それが「鬼畜」だ。これは
本田透さんが提唱する理屈である。「愛が塞ぎ止められるとそれが暴走
し、人は鬼畜となる(犯罪行為に走る)」。という、極めて納得できる
主張である。

例えば「強姦」という犯罪があるよね。これは言うまでもなく
「表世界で女性とSEXできなかった・・・」という怒り、フラスト
レーションを抱えた人間の起こす行為だ(便宜上、男性側が犯罪者と
して描写を続けますが、性別が逆になる可能性もあります)。
そして「女性を囲い込んでハーレムを作る」という行為。岩月謙司さん
が似たようなことをしていた疑惑をかけられているが、これも
「真面目に学校生活を送っていた。けれど女性から全く見向きもされな
かった」という心の痛み、苦しみを抱えた人間が起こしやすいと
いえる。

最初から「この女性と一緒にいて心から幸せだ!」と宣言できるので
あれば、その人が犯罪的、反社会的行為に走る可能性は激減する。
心穏やかで、優しくて、こちらの気持ちに共感してくれて、悩みを
聞いてくれて、裁かずに、ただ話を聞いてくれる。動揺したり、戸惑
ったりせずに、落ち着いて「当たり前のこと」として話を聞いてくれ
る。

俺はそんな女性に、一度も出会えたことはない。男性でもそうだ。
俺が「本気、100%全力、フルパワー」の状態で、ガンガン口から
物を言うとね・・・。みんな動揺して、引く。あるいはヒステリックに
怒り出す。

だから俺は内気になった。「俺が言葉をしゃべれば、みんなに迷惑を
かける」。理屈を越えたそんな体験が、何百回と繰り返された結果。
俺の体の中に深く深く刻み付けられているから。

話が飛んでしまいましたね・・・話を戻します。
本田透さんは「愛が塞ぎ止められて、犯罪行為に走る」ことを抑止する
ために「2次元」という、バーチャル世界が有効なのではないか。
そう、主張しています。

俺は中学校時代、「サッカー部でレギュラーになれない」ことが原因で
家の中で暴れ狂った。言いがかりをつけて家族と口論したり、部屋の
中で意味不明の大声を出していた時期もある。それほどまでに精神的に
追い詰められていた。

そんな俺に、俺の祖父母は何て言ったと思う?
「サッカーだけが人生じゃないんだよ」
非常に悲しかったね。人生の全てを懸けてでも打ち込みたい。そう思う
ほど大好きだったサッカー。それが全力で行えない。不当に低い扱いを
受けているのに、その心の痛みを無視される。「そんなこと、大した
ことないよ」と。俺の「根拠のないプラス思考系の励まし」が大嫌い
であるという性質は、このような経験をして苦しみ続けた過去がある
からだ。

でも俺はその「暴力行為」がある時期からピタリと止んだ。
なぜならば俺はオタクになったから。
「サッカー上達、試行錯誤オタク」と
「読書、図書館通いオタク」だね。
ここまで取り上げてきた「萌えオタク(美少女ゲーム系オタク)」とは
少し違うけど。俺も間違いなく「オタク(何かの趣味に過剰に夢中に
なる、なれる人間)」であったのは確実だ。

現代の知識人、学術的な「お堅い話」をする連中は。
「オタクは、犯罪者予備軍である。だから危ない」という論陣を張る。
「秋葉原の、オタク系ゲームショップを規制せよ」という話が持ち上
がったこともあるという。

だけどこれ、まったく逆だ。
オタク趣味を規制すれば、逆に犯罪者は溢れ出すよ。
本田透さんもそう言っているし、俺もそう思う。
間違いなくあの時期の俺が「サッカー」と「読書」の両方を取り上げら
れたら・・・ほぼ100%、犯罪行為に走っていたでしょう。

今でもおれは、そんな「犯罪スレスレ」、「家賃滞納寸前」の状態に
いるのだけど。これも、もしかしたら「俺がこれまでの普通の学校生活
で、表世界から認められなかった」というあの時期の憎しみが。
「だったらお前ら(表世界の住民)のことなんて知るもんか!」と暴走
しているのかもしれない。俺の「感情の部分」が、そのような叫びを
上げている点は否めない。

今、質問に答えているサッカーの掲示板でもね。今ひとつ気分が乗ら
ない部分がある。「俺の知っている知識は与えるよ。でもそれを使って
現実社会を生き抜くのは君たちだよ」という、ある意味「見放している
」側面が俺のアドバイスにはある。これはもう、体質と言ってもいい。
時が経つにつれて、俺のアドバイスは柔軟かつ的確に変わっていった
けれども、その「全力になれない」的な部分はまだ治っていない。

俺が、この世界で幸せになるためには。
「別の誰か(女性)」が必要だろうな。
そんな漠然とした思いが、俺の中にある。
俺がいじめをうけたのは「女子から」だよ。しかも「学校中ほぼ全て
の女子」と言ってもいい。主犯格は3人、その補助として計10人程度
の人がいたと思う。男性側からはいじめ前も後も、ほぼ変わらず接して
もらえたから、あまりトラウマにはなっていない。だけどあの前後の
「女性から向けられていた視線」が
「一斉に冷たい、愛のないものになった。『お前なんて消えちまえ』的
な視線へと一瞬にして変わった」という体験は、今も忘れない。

俺が一時期「ソウルメイト」方面に夢中になっていたのも、それが原因
であると思っている。おかげでかなりそれ関係に詳しくなった。

俺の作り上げた「トラウマの克服法」はね。「マイナス」を「ゼロ」に
する効果がある。でもその後は「ゼロになった自分自身が、表世界に
出て行って、表世界で成功体験を積んで、自力でプラスへと変えなくて
はいけない」という欠点を持っている。創始者である俺が言うのだから
間違いない。だから俺は一人暮らしを始め、「半分ひきこもり」状態
になった中で。俺の教えを使って、内気克服に成功したいわば「生徒
たち」を見ている中で。「この人たちは、目の前に『表社会』がある。
だから俺よりも早く内気から抜け出せるだろうな」という、諦めという
か落胆のような感情をいつも持っていた。俺は「自力で一人暮らしが
できる」だけの金銭的余裕と「人格的に成熟しすぎてしまった。
(高校生の時期から)周囲の人間と普通に会話しても、話が合わない。
こちらがちょっとでも調子に乗って『レベルの高い話』を口に出した
瞬間、向こうの顔が一瞬にして真っ青になる」という経験をしている
から。俺の内気は完全には治りにくい。おそらく俺の教えを受けた
、俺の下で学んだ人間の方が、俺自身よりも明るい積極的な人間に
なれているのは確実だろう。

だから本田透さんの主張。「オタク趣味は、犯罪抑止効果がある」
という言葉には、とても共感できる。無気力状態の俺は、「一日5.6
時間本屋で立ち読みし続ける」という行為をしていたからこそ、精神が
崩壊せずにこれまで生きてこれた部分がある。
もう限界が来て「壊れてしまった」が。ここまで俺の平安を留め続けて
くれた「読書オタク」という俺の性質に、心からありがとうと言いたい。

参考文献 「電波男

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萌え 本田透理論2

そこから本田透さんの「萌え」についての理論が始まる。

「普通の人たち」からバカにされ続けた「恋愛的弱者」たち。彼らは
いったいどうなるのか。もちろん全てではないですが、ごく一部は
「二次元(マンガやテレビ、ゲームなど)」に逃避します。自分が
世界で受けた心の傷跡を、別の何かで癒してもらおうとするのです。

分かるかな?
「プロサッカー選手になれない、なれなかった」という人間たちが
大人になって「Winning Eleven」に夢中になる。
「いつかサッカークラブを経営したい!」という途方もない大きすぎる
夢を持った人間が「サカつく(プロサッカークラブをつくろう)」とい
うゲームでその夢をバーチャル世界でながら、実現させる。

それと同じように。
「現実の世界で女性にモテない。女子たちからバカにされる・・・」
という絶望的な苦しみを味わった人間が
「萌え」とか
「オタク」に走る。

と、いうことなんだ。これが「オタク社会」の生まれた背景である。

「オタク」というのはね。
ただの「気色悪い趣味を持つ人間」じゃ、ないよ。
「表世界で恋愛できなくて、ものすごく苦しかった・・・」と願う
人間たちがさまよい歩いてやっとたどり着いた、かりそめの「安息の
地」なんだよ。やはりそれでも、オタク趣味に夢中になっていても。
「どうせ俺たちは表世界に出ても、またあの女たちにバカにされる
だけだろう・・・」という寂しさ、心の苦しみはいつもどこかで感じ
続けているはずだ。

世の中の「負け犬(30代独身女性)」たちはね。
「負け犬の遠吠え」という本をはじめとする書籍で
「私たちが結婚できないのは、あんたたちオタクのせいだ!」という
論法を、良く使う。
だけどこれ、おかしいよね。
あんたたちが中学生、高校生のときに「背が低くて、顔が悪くて、
ひ弱で体が細い」人間に対して、どんな扱いをしてきた?
「あんたら気持ち悪い」だよね。
百歩譲っても「かわいいキャラ」として、最初から恋愛対象外の遊び
のターゲットとして扱ってきただけでしょう。
少なくとも俺は、そうだった。
「池鶴関係」と、本田透さんが呼んでいたけれども、これを読んだとき
俺は、まさに俺のことだなと感じた。
自分たちがバカにし続けてきた「オタク」。それを、自らの過ちを
認めたくないあまりに、恋愛対象から外す。だから視野が狭くなって
結婚、恋愛できなくなる。本田透さんは、そのように主張していまし
た。多少のルサンチマン(弱者の怨念)が混ざっているが、言っている
ことは的確だと思う。

「顔の悪い女子」だって、俺と同じ苦しみを、性格の悪い男たちから
受け続けてきたでしょう。(前回のNさんのように)

だからこそ。オタクというのは強力なパワーを秘めている。
俺は「To Heart」という恋愛シュミレーションゲーム、いわば美少女
ゲームをやってみたけれども、ものすごく面白かった。
普通に書かれた小説よりも、展開がリアルで面白い。

俺は「ライトノベル(アニメ風の絵が描かれた小説)」も読むことが
あるけれども、それも面白いと感じる。最近大量に「アニメ化」されて
いるのが分かると思う。

外国では「鳥山明(ドラゴンボールの作者)」が超有名人であるという
噂も聞いたことがある。

「普通の人たち」が「お前ら気持ち悪い」と称してバカにしたエネル
ギー。
それが、大きな社会の渦となって今世界中を動かしている。
「電波男」には、そのような記述がたくさんあった。

注 決して「恋愛的弱者」だけがオタクになるわけではありません。
「自分はイケメン(顔がかっこいい)だけど、周囲の女性たちが自分の
ことを顔だけしか見ようとしなかった・・・」と絶望してオタクに
走った人たちもいるそうです。

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恋愛資本主義 本田透理論1

今回からは本田「透」さんの理論の紹介に入ります。注意しておきます
が、この人の理論は、闇が強いです。あなたの「認めたくない目の前の
真実」を容赦なく暴いてしまう可能性がありますのでご注意ください。
正直なところ、これを書くのは僕も怖いです。もし高校時代の俺が
これを知ったとしたら・・・ヒステリックに怒り狂っていた、かも
しれません。高校卒業後の、冷静になれた俺だからこそ理解できた、
共感できた主張でもあります。

まずは基本から説明しましょう。
「恋愛というのは、現代の資本主義(商業経済)と密接につながって
いる」。
これは分かりますね。2月上旬になると「バレンタインセール!」と
なって、世の中の男女を恋愛へ煽り、チョコレートを買わせようとす
。そのような仕組みが、現在の日本にはあります。

「恋愛をすれば、いいことがありますよ」
「恋愛するのは、幸せなことですよ」
と、様々な宣伝文句で恋愛を推奨し、「そのためにはこれを買いなさい
!」と自分の商品を売りつける。
物だけではありません。当然「恋愛」について描かれた「映画」「小説
」「マンガ」などにも当てはまります。

・・・と、ここまでは分かりますか?
この世の一般的な「売る側」の人間は、「買う側」の人間に対して
「恋愛とは、すばらしいことですよ(だからデートスポットとして、
私たちの遊園地に来てください!)」などという誘い文句をよく使う。
理解していただければ嬉しいです。

そして・・・闇に入ります。
「恋愛とは、弱肉強食の世界だ」
顔がかっこよくて、体格がガッシリしていて、スポーツが良くできる
男性を「勝者」として称賛し、
顔が悪くて、痩せていて(太りすぎていても同じ)、ひ弱で運動神経が
鈍そうな人間を「敗者」として嘲笑する。
(僕は男性なので、男性側を描写しました。同じように女性にも
「ブス」とか「デブ」という、差別用語がありますね)

そのようなシステムが、「恋愛」というシステム自体に組み込まれて
いる。本田透さんはそう主張します。

俺は見たことがあるよ。中学校時代、クラスメイトだったNさん。
いわゆる「顔が悪い」部類に属する女の子だ。
俺の周囲の男子が、水泳の水着についての話題になりました・・・
「あー、夏が楽しみだなー!女子の水着が見れるから!」などと
とある男子が冗談で言いました。みんな笑いました。その後、彼は
「でもNさんの水着なんて、見たくない。見苦しい」と続けたのです。
一同、大爆笑。

俺はこの言葉を聞いて、すごく嫌な気分になった。
・・・
分かるかな?
「かわいい」「きれい」「スタイルがいい」女子のことを
「スゲー」「ランクが高い」「NO.1」だとか称してランク付けし、
「ブス」「顔が悪い」「無愛想」な女子のことを
「キモイ」「汚い」「気持ち悪い」と称してバカにする。

そのような「順位付け」「ランク付け」「弱肉強食」なシステムが
恋愛、現代の若者たちの男女関係には含まれているんだ。
ひどいよね。

話をまとめます。
前半で取り上げた「売る側の人間が、恋愛を称賛し、煽る」という
社会の風潮と、
後半で取り上げた「恋愛とは、弱者をけなし、バカにする側面がある」
という事実。
この2つが合わさると、何ができるか。

地獄が生まれる
かっこいい男とかわいい女が楽しそうな顔をして遊園地やら、映画館に
行く。楽しそうに。
それを「いいなあ。うらやましいなあ」という視線で眺める普通の人
たちがいる。彼らはストレスをためる。
その「普通の人たち」は、「恋愛的弱者」な人間に対して
「お前ら気持ち悪い」とレッテルを貼り、差別する。

商業社会が「恋愛ってすばらしい!」と叫べば叫ぶほど、底辺で苦しむ
人間はますます苦しくなる。

これが「恋愛資本主義」という現代日本の、本来の姿だ。
普通の人が決して気付くことのない、裏側の社会のシステムだ。

参考文献「電波男

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パートナーシップ 本田健理論6

本田健さんがアンケート調査で発見した2つ目の大切な事実。
「お金持ちほど、パートナーを大切にする」

私の仕事において、パートナーは何の役にも立たなかった。むしろ
足かせとなる場面が多かった。


と、述べる普通の人がいたのに対して

私が成功したのは、このパートナーのおかげです。彼女(彼)がいた
からこそ、私はここまでがんばれました。


そう述べる成功者の割合が多かったそうだ。
これはアンケート調査による、客観的なデータだよ。

神田昌典さんの「成功者の告白」という本を読むとね。
「仕事中毒になることが、いかに寂しくて恐ろしいことか」というのが
身に染みて分かる。また、この本田健さん自身も離婚経験者だ。
「仕事に熱中しすぎるあまり、パートナーのことを見れなくなって
大恋愛の末結婚した女性を失ってしまった・・・」と著書で述べてい
る。

ユダヤ人大富豪の教え2」という文庫本の中に「フローラ」という
登場人物が描かれているのだけど、これはおそらく本田さんの一人目の
妻が、モデルなのではないかと俺は推測する。この本の主人公「ケン」
は、フローラと恋に落ちる。ただしケンは自分の使命に夢中になるあま
り、彼女のことを見ることができない。そのため失意のまま飛行機に
乗り、日本へ帰国することになる・・・

「人生において一番難しいのは、過去を受け入れることだ」
そう本田さんは著書の中で書いていたが、その通りだと思う。
人生において
「これまで俺が進んできた道は、間違いだった・・・」と認めることは
何よりも難しい。俺自身
「今の自分の実力では、高校サッカー部でレギュラーになることは
不可能に近い」という冷静な事実を無視して、無視して走り続けていた
部分がある。あの時期に
「冷静な視点で見ると、俺の実力ではレギュラーにはなれない可能性が
高いだろう」という事実を。
冷静に心の底から認めることができたなら、どんなに楽だったか。

「客観的には不可能だ。だが今回は、高校3年間に限ってはその不可能
に挑戦してみよう」
そんな一歩離れた視点で自分の夢を追い求めることができたのなら、
どれだけ心が安らいだか。
今でも心残りだ。
あのせいで。
俺の神経はかなり磨り減らされた。
「俺は絶対にレギュラーにならなくてはいけない。でもこのままでは
不可能だ。いやでも何とかしてレギュラーになりたい。どうすればいい
か・・・」という、答えの出ない自問自答を延々と繰り返して思い悩み
続けたあの時期・・・。

懐かしいけど、同時に苦しかった時期だ。

人は生きていく上で。
自分の人生の方向性を変えなくてはいけない時がある。
その時に、自分の信念をどこまで捨てられるか。そこでその人の真価が
問われる。
「どの価値観を持ち続けるのか」
「どの信念を捨てるのか」
一個ずつ問いかけて、捨てる捨てないを選べばいい。

自分の「全ての信念」を捨てる必要はない。
あなたという家を形作る「レンガ」を1個1個点検して、古くなった
レンガを1個ずつ取り替えればいい。レンガを一度に取り替えれば、
あなたという家は崩壊する。
(参考文献 神との対話)

これにて本田健さんの理論紹介は終わりです。
これまでありがとうございました。
「お金の話」であるがゆえに、冷静に聞けなかった人もいるでしょうが
読んでくださり感謝します。

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自然展開型と目標達成型 本田健理論5

そして2つ目は・・・と紹介するつもりだったのだけれど、言い忘れて
いたことがあるのでそれについても紹介する。本田健さんがアンケート
調査の結果導き出した「願望実現のための2つのタイプ」というもの
だ。

本田健さんはアンケートの結果として、そのお金持ちには2つのタイプ
がいると発見しました。一つ目は「目標達成型」と彼が呼ぶ、自分で
定めた目標に向かってガンガン歩むタイプの人間。これについては
分かりやすいと思います。

そして二つ目は「自然展開型」。「特に目標を立てず、自由気ままに、
やりたいと思ったことを好きなペースで行う」というタイプ。このよう
なタイプのお金持ちも存在したそうです。

目標を定めて、それに向かって進むことが最も大切です。

と述べる成功者たちがいる一方で

私は目標を立てるのは好きではありません。それよりも自分が思いつい
たことを、好きなペースで行うのが得意です。目標を立てると、逆に
それに縛られてしまいます。


と言うお金持ちの人間たちがいる。
どちらも正しく、単なるタイプの違いである。自分に合った前進の仕方
を選べばいい。
本田健さんはそう主張していました。

ちなみに俺はサッカーのHPにて「どんな選手になりたいのか。その
目標を定めろ!」と教えています。その中では「無理に目標を立てる
必要はないですよ」という意味も込めて「ボールを受ける前の動き」
とか「安定したDF」という、極めて当たり前と思える具体例を紹介し
ている。

昔の俺は「とにかくドリブラーになりたいんだ!!」という思いがもの
すごく強かったが、最近は「もし俺がサッカーを再開するとしたら、
ボランチをやりたいかもしれない・・・」と思い始めている。成功率の
高い、短い距離のドリブルをボランチの位置から仕掛けて、フリーに
なった状態から前線へスルーパス、ロングパスを送る。その方が自分の
性に合っているのではないか。そう思い始めた。俺のモデルとしては
「ドゥンガ」と「ストイコビッチ」を混ぜたようなプレースタイルが
いいと思っている。「キック(パス)の正確さ」と「成功率の高い、
ワンフェイントの切り返し」「相手の隙を突くタイプのドリブル」など
を組み合わせることができたらいいな。そう思っている。

参考文献「普通の人がこうして億万長者になった

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誠実さ 本田健理論4

「幸せなお金持ち」になるための非常に重要な能力。それは「誠実さ」
だ。

本田健さんは、日本で1000万円以上の税金を納める、いわば
「お金持ち」の人たちに。誠実で真剣なアンケート調査を送ったそう
だ。すると10%程度の人間から返事が来たそうだ。その中の何人かに
さらに詳しい調査をして、作り上げた彼の著書。それが

普通の人がこうして億万長者になった

である。この本が本田健さんの本の中で最も「人の役に立つ」と俺は
考えている。

そのアンケート調査の中で、衝撃的な事実が2つ、浮かび上がった。
今回はそのうちの一つ、「誠実さ」についてお話しする。

本田健さんは上記のアンケートと同一の内容を、インターネットを使い
「普通の人たち(まだお金持ちではない人たち)」にも行ったそうだ。
その調査結果もこの本で紹介してある。

それによると「普通の人は」

まだ見ぬビジネスチャンスを掴み、運が良ければお金持ちになれる!

と考えているのに対して

誠実な心で、真面目に働くことで私たちはお金持ちになれた。もちろん運も大きかったが。

と、億万長者本人たちがそう言っているのだ。
アンケートの集計結果がそう物語っている。

これは俺にとっても衝撃的な話であった。実際に本人たちがそう言って
いるのだから、ほぼ間違いないと思っていいだろう。

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大好きなことをする 本田健理論3

本田健さんは「幸せなお金持ち」になるためのヒントの一つとして、
「大好きなことを仕事にしてみなさい」ということを言っている。

あなたが子供時代に夢中になれたこと。趣味として長く続けている何
か。それを仕事にするということを、考えてみてはどうだろう。
「プロサッカー選手」のように、直にそれを使ってお金を稼ぐ必要は
ないんだ。
「サッカー用品をHPで売る」とか
「ヨーロッパサッカーのニュースを配信する」など
「自分が得意なこと。好きなこと」をベースにした仕事、副業を
始めることを考えてみてはどうだろうか。アイデア次第でそれは
非常に効果的である。「自分にとって、大好きなこと」であるならば、
それは長続きしやすい。


ちなみにこの「大好きなことを仕事にしろ」という主張。ビジネスで
最前線で活躍する人間からは猛反発を食らっている。

大好きなことを仕事にした結果、プレッシャーに悩まされて楽しくなく
なった・・・そんな人が多いから、好きなことは仕事にするな!

「天職」と「適職」は違う。心から楽しめる「天職」を仕事にできる
人間はごくわずかだ!やりたくないこと(=適職)でお金を稼ぎ、
残りの余暇の時間で趣味としてそれを楽しんでみればいいだろう!


だけど、この点だけを切り取れば、俺は本田健さんの主張は正しいと
思う。だって彼は、こう言っているんだよ。

好きなことを直接、何のアイデアもないまま仕事にしても、うまくいく
可能性はとても低い。

だから、いろいろアイデアをひねってみてはどうだろうか。

「得意なこと」と「大好きなこと」は違う。「得意」を求めすぎる
あまり、「好き」の感情が消えてしまっては元も子もない。だから
「楽しさを保つ」という視点でも物事を考えておけ。


これは、本田健さんの著作に直接書かれていた内容だ。
俺の視点から見れば、この「大好きを仕事に」の言葉に猛反発している
企業戦士的人間たちは「ただの嫉妬じゃないのか」と思ってしまう。

俺はね。
「経済的自由人」の主張には半分しか同意しないけど
「幸せな金持ち」の主張には100%同意できるよ。

「幸せなお金持ち」になるためのヒントとして効果的なのは「自分の
大好きなことは何なのか」を知ることだ。その中にあなたが「幸せな
金持ち」になるためのヒントが隠されているかもしれない。大好きな
ことであれば、自然に全力になれる。自分が心から楽しんでいるので、
周囲の人から応援してもらえる。だから、自然にビジネスは発展、成功
していく。


と、あくまで「幸せなお金持ちになるためのヒントの一つ」として
「大好きを仕事にしてみてはどうか」という一つの考え方の切り口を
紹介しているだけなのに。
「大好きを仕事に?!ふざけるんじゃない!そんなうまい話があるも
んか!」
とヒステリックに否定する人間たちにはどうしても納得いかない。

「大好きなことを、(ある程度)時間に縛られた自営業者的な生き方を
しながら貫く」のならそれは○(マル)だ。
「時間に自由な生活をしながら、自分のペースで『大好きなこと』を
行い続ける」のもOKだ。
俺が認めることができるのは、この2種類の生き方だ。

「会社という枠に縛られながら『これは仕方がないのさ・・・』と
自分を騙し騙し、嫌々ながら会社に行き続ける」というのには
どうしても納得いかない。
「最終的には『大好きなことを仕事にしたい』『心から楽しめるような
毎日を送りたい』」
そんな最終目標を持ち続けようよ。

本田さんの著作
大好きなことをしてお金持ちになる

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経済的自由人 本田健理論2

本田健さんは「幸せなお金持ち」と、もう一つ「経済的自由人」という
、お金に対する付き合い方を提唱している。

この言葉には2種類の意味がある。一つ目は簡単だ。
「お金があれば、欲しいものが買える。いざというときに便利だ」と
いうこと。お金がない人間は、その分だけ行動範囲が狭まる。お金さえ
あれば、とりあえず「お金で買える、全てのこと」は手に入れることが
可能だ。当然のことながらお金では「お金で買えないもの」は、買え
ない。だがここでその点は置いておく。今は「お金との健康的な
付き合い方」について話しているのだからね。

そして二つ目の意味は・・・誤解を招きかねない表現だけど・・・
「時間的自由」という意味だ。「一生遊んで暮らせるお金」を手に入
れた人間は、もう「お金を得るために嫌々ながら働く」という行為を、
する必要がない。「自分が本当に楽しいと感じられること」「心から
やりたいと思うこと」だけに時間を集中させることができる。

お金さえあれば「欲しいものが好きなだけ買える」し、しかも「時間的
な自由」が手に入りますよ。本田健さんはそう主張する。

ちなみに俺はこの「時間的自由」を既に手に入れた。
週に2回、最低2時間働くだけで「生きていくのに必要はお金」を
手に入れられる。そんな世界にたどり着いた。
(いまは、それが崩されてしまったのだけど)

その結果、何が起きたのかというと・・・前述の「無気力」だ。
「経済的自由人」になるための一つの側面である「時間的自由」を
手に入れた結果として、俺の精神は崩壊寸前にまで追い込まれた。
やはりその要因の一つとして「働かずに生きていく、生きていける人生
こそが理想なんだ!」と主張する「幸せな(時間的自由な)お金持ち」
たちの著作による影響は否めない。(本田健さん以外にも、そんな主張
をする人間は多いです)

だけど最近、思うんだよね。「時間的不自由」も、また一つの立派な
生き方なのではないかと。ワタミグループの渡邊美樹社長とか、
船井幸雄さんの姿を見ていると、すごく楽しそうだ。本田健さんは
「時間的自由こそが、唯一の幸せだ!」と取られかねない表現を著書で
繰り返し使っているけれども、俺はそれに少し騙されてしまった側面
がある。後年の著書で「ライフワークさえ生きていればいいのですよ」
的な主張もされているが、「時間的不自由もまた、一つの生き方だ」
的な主張は彼の本には全く見られない

「お金さえ手に入れれば、時間的な自由が手に入る」
「時間に追われる企業重役や自営業者は、不自由な人間だ」と
主張しておきながら
「時間的不自由な人生を生きる、自営業者的生き方をする人間」を
「この人たちは、ライフワークを生きているすばらしい人たちだ!」
と絶賛し
「この人たちは、自営業者であり不自由人だ」という主張は全く
なされない。

「ライフワークさえ生きていれば、不自由なままでもいいんですよ」
「不自由人も、また一つの生き方ですよ」
「経済的自由人にもまた、短所があります。それは『暇になる』という
こと。誰かが仕事を持ってきてくれれば時間的ゆとりがあって幸せだ
が、誰も来ない場合、退屈で寂しくなる。友人が多ければ紛らわすこと
ができるかもしれないが、『人生を全力で生きれない・・・』という
劣等感を感じる時間もある。だから結局一長一短なんだ」
「経済的自由人と、不自由人。どちらも長所と短所がある。自分の特性
を見極めて、自分に合った道を進めばいい。途中で路線変更は自由に
できるのだから」

俺はこのような結論を、自分の手で導き出した。できればこの言葉を、
本田健さんの著作から言って欲しかったが・・・

ライフワークで豊かに生きる
ライフワーク(自分が幸せで、周囲の人も幸せになれるような仕事、
生き方)について述べた、本田健さんの著書です。

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お金のIQ、お金のEQ 本田健理論1

今回からは本田健さんの紹介に入ります。ちなみに「本田健理論」と
フルネームにしたのは、後で「本田透さん」の理論も紹介する予定です
ので区別するためです。

最初に紹介するのはお金の「IQ(知能指数)」と「EQ(感情指
数)」についての理論。本田さんは「お金と健康的に付き合うためには
この2つの能力を高める必要がある」と言っています。

「お金のIQ」というのは「お金を稼ぐ能力」という意味だ。いかにも
「IQ(知能指数)」という言葉の意味するとおり、知的で冷徹な判断
能力の言葉を指す。ビジネスを発展させ、あるいは仕事を一生懸命やり
、たくさんのお金を手にする。また支出をコントロールし、無駄なもの
を買わない。将来のことや万が一の不安に備えて、健全に金銭的に
準備しておく能力のことを指す。「投資」というのも当然、IQの能力
に属するのだろう。

「お金のEQ」というのは「お金を幸せに稼ぐ能力」という意味。
値段が高くても、本当に欲しいと感じるのならば、思い切って買って
しまう。決して「無駄遣い」という意味ではない。「自分が長期的に
見て、それを手に入れたときに本当の意味で幸せになれる!」と感じた
物にだけ、思い切ってお金を使う能力のことだ。だから当然「一時の
衝動に駆られて、無駄な買い物をしてしまった」という行為には当ては
まらない。

本田健さんは、この「EQとIQ」の両方を高めるべきだと主張しま
す。

EQとIQ、両方が低い人のことを便宜上「普通の人」と呼んでおき
ます。
EQだけが高くてIQが低い人のことを本田さんは「長屋のお母さん
タイプ」と称しました。「お金は天下の回り物よ!」という価値観を
持っていて、必要なときには遠慮なくお金を使う。そんな人がこの
タイプに属するみたいです。

そしてEQが低くIQだけが高い人間のことを「ケチな社長タイプ」
だと本田さんは言いました。「へへヘ、また値切ってやったぜ!」
というのが基本的な価値観。「とにかくお金を貯めること」「支出を
減らすこと」だけに全神経を集中し、「いかにお金を幸せに使うか」
についてほとんど考えようとしない。そんなタイプの人のことだそう
です。

最後にEQとIQ、両方が高い人間のことを「幸せなお金持ち」だと
本田健さんは言いました。これが理想、目指すべき人間としてのタイプ
だといいます。お金を賢く稼ぎ、なおかつ使うべき場面ではきちんと
使う。自分の(本当の)幸せのための出費ならば惜しまない。そんな
人のことです。

極めて当たり前のことだよね。
「お金を貯める」ことだけでは人は決して幸せになれない。また
「お金が減るのが怖い」と感じて、ただやみくもに出費だけを減らす
のは健全な行為とはいえない。
「お金を稼ぐ」行為と「幸せに使う」という能力。この2つが合わさ
ってこそ、人はお金と健康的に付き合えるようになるのです。

もしあなたが「長屋のお母さんタイプ」か「ケチな社長タイプ」に属
しているのならば、自分の価値観を変えるべきです。本当に幸せに
なりたいのであれば。
・・・
と、いうのが本田健さんの主張だけど・・・どういうわけか俺には
当てはまらない。今の俺は間違いなく「長屋のお母さんタイプ」に
属するのだろう。必要な商品であれば、多少高額であっても躊躇なく
お金を使えるし、また「お金を稼ぐ能力」が若干不足している。だから
これはほぼ間違いないだろう。

だが俺が「お金を稼ごう」と思って前へ歩き出しても・・・
体の内側からストップがかかる。
「お前はこのままの道を進め(このレベルでの収入を保て)」という
「もう一人の自分」からの抵抗を感じるんだ。

「文章を書こうとすると、手が止まる」
「お金を稼ぐための文は、もう書けない」
「アルバイトはやりたくない。精神的に耐えられないだろう」
「3日後日記で整理した結果、『アルバイトはしない方がいい』という
結論が出てくる」
「精神的にズタズタになるまで追い込まれても、まだアルバイトをする
という意志が出ない」
・・・
以前このブログでそんな趣旨の文章を書きまくったけれど・・・これは
本当のことだ。俺自身は「感情の部分」が強すぎる人間だ。
「勇気を出して話しかけろ!」と何百回周囲に言われても、決して
できなかった。彼らの教えに従っても、決して自分の望む幸せは手に
入らなかった。
次なる闇の中へ」のHPで書いた「無気力状態」だって、いくら
「お金を稼がなくちゃいけないんだ!」と理屈で自分を奮い立たせて
も、決して自分の体は動かなかった。
「無気力状態は、体幹部が固いからだよ」という指摘を誰かから受けた
ことがあったが、体幹部を柔らかくする「ゆる体操」をやろうとする
気力自体が「無気力」のため出ないのだから、どうしようもない。
過渡期として「歩きを極める」というトレーニングを作ったのも、この
「どうしようもないほどの無気力」が原因だ。このトレーニングには
俺の執念というか、「救いを求める祈り」の心がこもっている。

結局そんな俺の無気力を救ったのは・・・自分で作り上げた「恐怖
克服法」の改良と、そして「3日後日記」だった・・・。
両方とも「トラウマの克服」という、いわば「感情」の部分を浄化する
ための手法である。
つまり俺は「自分の感情が納得しない行為は、いくら頭で言い聞かせて
もできない、行えない」という人間なんだ。

だから俺は今も「恐怖克服法」の改良という行為を行い続けている。
「感情の部分」が解放された結果「幸せなお金持ち」の世界に入り込め
ることを夢見て・・・

参考文献(前半部分の)「お金のIQ お金のEQ

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ツインソウル 飯田理論8

今回で飯田史彦さんの理論の紹介は終わりとします。
ありがとうございました。

それで「一緒にいて、ものすごく幸せになれるパートナー」、別称
ツインソウル」。
そんな人に出会ったら、どんな気持ちがするだろうか・・・

申し訳ありませんが僕には分かりません。なぜならば僕自身も、まだ
出会っていないからです。

ただ飯田史彦さんが作詞作曲し、自らギター片手に歌う
「いつまでも、いつでも一緒」
「ツインソウル」
この2曲の中に、「ツインソウルに出会えたとしたら・・・」を感じら
れるフレーズがあるので、部分的ながら紹介してみたいと思います。

「涙をこらえきれず むせび泣いたあの時も
喜びに笑顔がはじけて 見つめ合った時も
いつもいつもあなたが 僕のそばにいたから
それだけで僕の人生は 満たされていたよ」

「あの日 ふいに 出遭った時
ぼくらは 恋におちた
時を重ね いつの間にか
深く愛し合っていた」

「愛してると 誓うことも
必要ないくらいに
心 深く つながってる」

「好きなものも したいことも
ふたりは 違うけれど
ありのままで 許し合える
こんな相手は 初めて」

「苦しい時 悲しい時
君の笑顔 想えば
光 満ちて わいてくるよ
乗り越えていく 力が」

「君の重荷 君のがんばり
ぼくだけは 知っている
うまくいかず 落ちこんでも
ぼくが支えてあげるよ

君の強がり 君のさみしさ
ぼくだけは わかってる
いじめられて 傷ついても
ぼくが癒してあげるよ」

「つらい時は ぼくの胸で
思いきり 泣けばいい
君が背負う すべてのこと
受け止めて 抱きしめるよ」

参考 「ツインソウル」の中に含まれている講演CDに収録されている
2つの曲

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プロジェクト型結婚 飯田理論7

飯田史彦さんは結婚について、大きく分けて2種類あると主張する。
「プロジェクト型結婚」と「ツインソウル型結婚」だ。

「プロジェクト型結婚」というのは、文字通り「一緒に学び、成長する
ための結婚」。燃え上がる恋の感情に乗じて結婚し、次第に愛が冷めて
しまい(厳密には恋の感情)、子供が生まれ、育てて、二人で口論や
仕事、家事、育児をしながら学び成長していく、という形の結婚。
多くの年配の方の結婚生活は、こちら側に属しているのだろう。

もう一つの「ツインソウル型結婚」というのは、「幸せな結婚」という
意味だ。お互いの価値観がぴったりと合い、不必要な喧嘩もすることは
なく、お互いの意見を尊重しながら、励まし合い、支え合い、一緒に
人生を生きていこうとする結婚のことだ。このような「ツインソウル型
結婚」の家庭に子供が生まれたなら、ものすごく穏やかで優しい子供が
生まれるのではないだろうか。

残念ながら俺の両親、俺の生まれ育った家庭は「プロジェクト型結婚」
に属するみたいだ。

このような結婚(ツインソウル型結婚)をするために大切なことは
「自分の人格を磨く」ことだ。前回少し話したけれども、ここでもう
少し解説してみよう。仮にあなたが「ツインソウル」とも思えるような
すばらしい異性と出会えたとする。だがあなた自身が「愚痴と不平不満
にまみれ、自分で何も努力しようとせず、相手の一挙手一投足に対して
文句を言う」という性格だとしたら。決してその人とは幸せには過ごせ
ない。

やはり自分自身が「穏やかで、相手の事情を察して、相手を励まし、
応援し、自分の行動に責任を持って主体的に行動し、相手の小さな短所
を気にせず良いところをほめてあげる」という性格でないと。向こうだ
ってくつろげない。まだまだ俺自身、それに近づけていない部分はある
から、より一層努力を続けて行きたい。

方法はいくらでもあるよ。高岡英夫さんの「下丹田」のトレーニング
なんかは、「怒りを押さえ込む」という方面で強い力を発揮する。
「リバース」なんかは、その効果の通り「相手をほめる、励ます。良い
人間関係を作る」という効果もある。

「今の自分が悪い性格だ・・・」と落ち込みたいのなら、それでかまわ
ない。だが「最終的には、いつかそのような世界へたどり着こう」とい
う究極目標だけは、持ち続けて欲しいと思う。「どうして私はこんなに
同じ失敗ばかり繰り返すんだ!」と自暴自棄に陥るときもあるだろう。
だがそれでも「健全な意味で、順調に学びを続けていけば」、自然に
そのような性格へ近づけていけるはずだ。俺自身「自分の意志でどんな
にがんばっても、勇気を出して話しかけられない」という苦しみを17
年間感じ続けたから、「自分の『感情の部分』が思い通りに動かない」
という苦しみなら良く知っている。「頭で分かっていても、体が思うよ
うに行動しない」という気持ちなら、いつでも感じていた。

もし、たった一つだけ。
「最も簡単な解決策」を教えてあげるとすれば。
それは「このブログを読み続けること」になるのかな。
そうすれば自然に毎日の場面で。
「いつもとは違う行動を取る。新しい知識を使って、小さなことを
やってみる」という場面が生まれるはずだ。

無理に「何かをする」必要はない。

参考文献「ツインソウル

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ソウルメイト 飯田理論6

今回は飯田史彦さんの「ソウルメイト論」について述べてみます。

飯田史彦さんは「ソウルメイト」という言葉に複数の意味があると
指摘し、その意味の相違が誤解を招いていると主張します。そしてその
「ソウルメイトという言葉の意味」を、以下のように分類しています。

解釈1
地球上に住む全ての人間は、皆ソウルメイトである。神様の下では
「全ては一つ」であるから。皆、神という存在の一部という点では、
同じ仲間である。
(という解釈をしている)

解釈2
あなたが多少なりとも縁があった人間は皆、広い意味ではソウルメイト
である。

解釈3
親友、家族、恋人として深く付き合った人間たちは、狭い意味でソウル
メイトである。人生に深く影響を及ぼしあう存在であるから。

解釈4
恋人、あるいは人生の伴侶として末永く付き合い、ずっと幸せに過ごす
ことのできるパートナーのことこそ、本当の意味でのソウルメイト
である。
(浅見帆帆子さんの言う「ソウルメイト(運命の人)」というのは、
これに当たる)

この「解釈4のソウルメイト」のことを別称「ツインソウル(双子の
魂)」とも呼ぶ(これについては後で説明します)。

ところで精神世界系の本を書く人たちの中には、こんな論調をする人も
いる。
「人生に『たった一人の、ものすごく大切なソウルメイト』なんて
存在しません!なぜならば『あなたがこの世で出会った存在』全てが
ソウルメイトなのですから!だから『ソウルメイト探し』なんて、
やめてしまいなさい!ただ『目の前に存在する人』を大切に扱うだけで
いいのです!!」

この言葉は、飯田史彦さんの理論を使うと一発で嘘だと見破れる。
この人は「解釈2」と「解釈4」を混同して語っているんだよね。
広義の意味では「解釈2」の存在がソウルメイトである点はその通り
だ。しかしだからといって「解釈4」のソウルメイトが「存在していな
い」わけではない。どれだけその人が人格を磨こうと「相性の良い人、
悪い人」は存在するのだし、つまり「ものすごく相性が良い、一緒に
いてものすごく幸せになれる人」も何百万人に一人の割合で確実に
存在する。その人のことを「解釈4のソウルメイト」と呼んでもいいん
じゃないの?俺はそう思う。

はっきり言おう。
「一緒にいてものすごくくつろげる、最高のパートナー」は存在する
よ。この世のどこかにね。
「自分自身の人格を磨く必要がある。そうしなくては出会う可能性は
低い」のはその通りだけれども、だからといって「解釈4のソウル
メイト」がいなくなるわけではない。

また40代、50代の人間には、このような言葉を言う人が多い。
「恋愛のような燃え上がる、幸せな気持ちは長く続かない。どこかで
それは冷めて、平凡で無感動な日々が、淡々と続くようになる・・・」
この言葉も飯田史彦さんの「愛の論理」で突き崩すことが可能。
「恋」の感情は消えてしまうよ。短時間で。なぜならばそれは幻想に
(単なる舞い上がりの、興奮の感情に)過ぎないのだからね。だけれど
も「愛」の感情ならば、それは決して消えないはず。ここで言うのは
「執着愛」のことじゃないよ。「無私の愛」のことだ。岩月謙司さんの
言う「純度の高い愛」のことだ。

愛は、磨くことができる。
パートナーと出会ったその時点の幸せを、「もっと幸せ」の方向へ
磨き続けていくことができる。
俺自身はそう信じている。
お互いが依存と停滞に陥らないように注意し、常に新たなことを学び
続け、お互いの存在に感謝し続けるような意識があれば、それは決して
消えることはないはずだ。

俺は、そのような人間関係を。
未来の「パートナー」となるべき女性と、作り上げることができたら
いいなと願っている。

参考文献 「ソウルメイト

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愛の論理 飯田理論5

飯田史彦さんが「愛の論理」という本で主張している「愛とはいったい
何なのか」についての考察をここで書いてみる。

まずその前に飯田さんは「恋」についても述べていますので、最初に
基本事項について確認します。

普通の人が「恋」および「恋愛」という言葉を聞いて想像するのは
「かっこいい男とかわいい女が一緒に遊園地へ行ったり、レストランで
食事したり・・・」みたいなイメージだと思います。おそらく飯田さん
が上記の本で意味しているのは、このようなイメージの「恋」という
言葉だと思います。

「恋とは、相手の外見・地位・年収・体格などに魅力を感じて一時的に
高揚する、相手と一体化したいと願う気持ちのことである。
愛とは相手のありのままを認め、相手の成長と幸せを願う気持ちのこと
である」


飯田さんは多数の人の文献を引用した上で、このような自分なりの解釈
に行き着きました。

話は飛びますが、あなたに「好きな人」はいますか?
あなたがその人に対して感じているのは「恋」の感情ですか?
それとも「愛」だと思いますか?
「恋」の感情が悪いわけではありませんが、「恋」の場合、その気持ち
は短時間で覚めます。
逆に「愛」である場合。それは長く続くでしょう。
「お互いが、人生で違う道へ進むことになってしまった・・・」などの
やむを得ない事情で別れてしまうことはあるでしょうが、おそらく
幸せに別れられるでしょうし、それまでの間はお互いを励まし合い、
支え合う、すばらしいつながりであり続けられるでしょう。

自分の「恋」の感情を「愛」へと近づけたい。
そう思うあなたにとっておきのアドバイスです。
3日後日記」をやりましょう。
これは岩月謙司さんが「燃え上がる、自己破壊的な恋」に過剰に夢中に
なる女性たちに向けて作り上げた方法です。これを使えば「自分の
好きな人は誰なのか」という微妙な感覚が変化しますし、また
「この人のことがAだから好きだ」と思っていた自分自身が
「今の俺はそれよりもBの部分を魅力的に感じる」みたいに変わること
でしょう。

俺自身、この3日後日記の手法にはかなり助けられました。

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スペースシャトルのたとえ 飯田理論4

同じく「生きがいのマネジメント」に書かれていたお話をもう一つ。

現代社会には「スペースシャトル」という乗り物があります。宇宙へ
行って戻ってくることのできる、あのロケットです。ところがこの
スペースシャトルを「平安時代にすむ人々」が見たら、どう思うでし
ょうか?おそらく理解することができないに違いありません。せいぜい
「これは鳥の一種だろう」と考えるくらい。「鳥の一種で、とても
大きくて、背中(?)に乗って空のものすごく高いところまで上がる
ことができる・・・」という解釈ができる程度でしょう。
「ロケットエンジン」「宇宙」「大気圏」「真空の空間」などの理論
など、決して分かることはできないでしょう。

これと同じことが、「現代人から見る、宇宙の真理」に対しても当ては
まります。いくら「今の日本人」がこの世の真理を解き明かそうと
悪戦苦闘しても、せいぜい「真理のごく一部分」しか理解することは
できません。百年後、二百年後の人間でしたら、もっと的確な言葉で
この世の中を解き明かせるのでしょうが、2007年現在の人間が
いくら頭で考えたところで、それには限りがあります。

だから「今、自分が目の前の現象を理解できない・・・」と感じるのは
当たり前のことなのです。どんな人であろうとも「自分にはまだ分か
っていない、未知なる世界」を持っています。永遠にその部分は消えて
いくことはないでしょう。でもそれでいいんです。少しでも自分が
この世の中を理解していけるように、地道に学びを続けていくことが
人生なんです。新しいことが一つ分かるたびに、世界が少し見方が変わ
ります。これまでとは違う解釈ができるようになっていくでしょう。

永遠に続く、終わりなき成長の旅路。
それが「人生」です。
「学び」です。
「学習し、新しいことを知ろうとする」ことに対する心構えです。

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思い出の宝箱 飯田理論3

生きがいのマネジメント」という本に書かれているすばらしいお話
を紹介する。

愛する人に先立たれた人間の多くは、嘆き悲しみます。しかし多くの人
は時の流れと共にその傷は癒され、これまで通りの生活を取り戻すよう
になるでしょう。

しかしごく一部の人は、その失望があまりに深いため、何ヶ月も、ある
いは何年もその「失った人」のことを悲しみ続けるのかもしれません。
「ほかに子供はたくさんいるのに。2人、3人の子供を持つ親だって
いるのに。どうして私たちの最愛の一人娘が死んでしまったんだ!」
「我が子を追って自分も死のうという自殺衝動に駆られることも多い
ですが、何とかぎりぎり命をつないでおります」
とか。「非論理的だ!」と思う人もいるかもしれないが、絶望の淵に
深く追い込まれた人間は、このような「支離滅裂な思想」を持つように
なってしまいます。

そんな彼らに対して。ある心ない人はこう言ったそうです。
「あんたいつまでそんなこと悩んでんの?さっさと忘れなさいよ!」
このような言葉を言われると人はますます傷つきます。「こんな程度の
ことをうじうじ悩む私は、ダメな人間だ。だから早く忘れてしまおう。
でも忘れられない。だからダメだ。私はダメ人間だ・・・」

そんな人に対して飯田史彦さんは「無理に最愛の故人を忘れる必要は
ないですよ」という言葉と共に、このようなお話をするといいます。

無理に亡くなった方のことを忘れる必要はありません。それよりも彼
(彼女)とのこれまでの日々を「思い出」にしてしまいましょう。
人間には過去の出来事を「思い出にしてしまえる」という能力があるの
です。無理に忘れようとせず、その思い出を箱に詰めてしまいましょ
う。それを時々取り出しては確認し、「あの頃はこんなことがあった
なあ・・・」という懐かしさに浸りましょう。そして十分それを味わえ
たら、再びそれを宝箱に押し込めて「またね」という気持ちで、その
思い出を記憶の奥底へ封印してしまいましょう。思い出を心に抱いて。
思い出を宝物にして生き続けてもいいのですよ。


念のため説明しておくと、「箱に詰める」というのは物理的な意味では
ない。「いつでも取り出せる記憶」として、一時的に頭の中から追い出
してしまう、という意味だ。「100%忘れて楽しく生きる」必要はどこ
にもなく、ただ「時々思い出して、懐かしさに浸る」こともOKなんです
よ。と、飯田史彦さんは言っているのだ。

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生きていく理由 飯田理論2

前回の「生まれ変わり」の話と関連して、「生きていく意味」という
ことについての話をします。

人はこの世に生まれてくるとき。あらかじめ「この世でどんな人生を
送るのか」について、ある程度計画して生まれてくるといいます。
ある人は退行催眠の最中に、このような証言をしていました。

私は、この世に生まれてきたくありませんでした。なぜならば今回の
人生は、あまり平坦なものとは思えなかったからです。


また、とある「前世を覚えていた子供(?)」は、生まれてくる直前の
出来事として、このような話を母親へしたといいます。

僕はね。お父さんとお母さんの結婚式を見ていたよ。そしてある時
お空の上からお母さんのお腹の中へ、ピューっと入っていったんだ。


自分が生まれてくる親。これから過ごす人生。そういったものをある
程度決めて生まれてきた。飯田史彦さんは著書「生きがいの本質
にてそう述べています。ほかにも「体験談、具体例」的な内容はほかに
もたくさんあるのですが、ここでは2つだけの紹介に留めておきます。
詳しくこの理論を知りたい人はぜひ、上記の飯田さんの本を読んでくだ
さい。

人生とは試練であり、苦しみである。そしてそれと同時に学びの
機会である。目の前の苦難を乗り越えていくことで人間は成長できる。
それこそが人生の目的である


飯田さんは数多くの具体例を紹介した上で、このような結論に行き着き
ました。ただしこれは仮説です。彼はこの言葉と一緒に
「この仮説が正しいかどうかは分からない。また無理に信じる必要は
ない。自分で自由に私の教えを解釈し、加工してかまわない」
とも言っています。そう断った上で

だがこの「人生とは学びの機会である」という価値観を持つ人間は、
この人生を前向きに生きていくことができる。だからこのような価値観
を持ってみてはいかがだろうか。


と、主張しています。

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生まれ変わり 飯田理論1

船井幸雄さんの理論の紹介は以上で終わりにします。ここからは
飯田史彦さんの著書の教えの紹介に入ろうと思います。

人間の心の病を治す方法の一つに「退行催眠」という方法があります。
これはいわば人間の精神を「半分眠ったような、とろーんとした状態」
へ導き、過去の記憶を思い出しやすいような精神状態(催眠状態)に
してから、心の傷の原因となった出来事を思い出させようとする。
そんな手法のことです。これによって多くの精神科医などが成果を
挙げてきました。

そしてその手法を使う一人であるブライアン・L・ワイス博士は、
ある日患者へ「この症状(心の病)の原因となった出来事を思い出し
なさい」という指示を出しました。すると何と、その患者は数百年前の
、彼女(患者は女性です)が生まれていない頃の出来事について詳細に
語りだしたのです!彼女との対話を続けているうちに、このビジョンは
どうやら彼女の「前世」の記憶らしい、という結論に行き着きました。
前世療法、参照」

飯田史彦さんはこの「退行催眠」の出来事を本で取り上げた上で
「退行催眠によって思い出す前世の記憶は、『人には前世がある。この
世に何度も生まれ変わってくる』という事実を証明するための、有力な
証拠となるのではないか」と主張しています。懐疑論者の中には
「退行催眠の記憶は、単に脳の作り出した想像の産物ではないか」
「脳の作った創作物語ではないか」ということを言う人もいます。
そのような人に対し、飯田さんはこのように反論しています。

理由1 正確な記憶
例えば目の前の患者が「中世ヨーロッパについて、中学の教科書並の
知識しか知らない」とします。これは起きている、通常状態の
彼(彼女)と会話して確認したことです。それなのに退行催眠の最中は
「当時のヨーロッパの国王の名前」だとか「周囲の時代風俗(どのよう
な服を着て、どのようなライフスタイルを送っていたか)」みたいな
ことについて、ことごとく史実と一致する証言をしていたのです。
みなさんならわかりますよね。「実際に、その時代の人たちがどのよう
な生活を送っていたか」なんて、学校で習った程度では覚えないです
よね。せいぜい「ルイ13世」とか、有名な国王の名前が少し残る
程度。それを「何年の国王は誰で、当時(前世)の私はこのような
生活をしていた」とすらすらと退行催眠時に述べた言葉が、ほとんど
史実と一致するというのは、ありえないことです。これによって飯田
さんは「この人は本当にその時代に(前世は)住んでいた可能性が
高いだろう」という意見を主張します。

理由2 忘れる
そしてその後、退行催眠から起きてきた患者に「あなたはこのような
言葉を言ったのですよ」と教えると、皆驚くそうです。自分がこんな
詳しいことを、見たことも聞いた記憶もないと言うのです。「どこか
で偶然目にした豆知識を、記憶想起能力の上昇する催眠状態で、スム
ーズに思い出した」という仮説が成り立たないくらい、この人はその
「前世」の時代について無関心、知識がないのです。このことからも
「本当に前世は存在するのではないか」という理論が(あくまで仮説
ですが)成り立つことになります。

参考文献「生きがいの創造

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イヤシロチ 船井理論6

「場の空気」という話を、聞いたことがあるかな?
ごちゃごちゃして騒がしい繁華街では、自然に自らの精神状態も高揚
してくる。暗い、どんよりとした落ち込んだ人間の側にいれば、こちら
まで暗い気分になってくる。

また神社などの神聖な空間へ行くと(教会や由緒あるお寺も同じ)、
気持ちが清らかになるような、すうーっとした気高い気持ちになれる。
音、臭い、周囲の状況などにもよるけれども、場所によってあなたの
精神状態は大きく変化する。

その「場の空気」を真剣に研究し続けた人がいるらしい(船井幸雄さん
ではない)。彼は日本全国あらゆる場所を回り、様々な場所の「場の
空気」と土壌を調べた。その結果「よい雰囲気の場所」というのは
地磁気というものが高い、という結論が出たそうだ。そして彼は
その「良い土地」のことを「イヤシロチ」と名付けた・・・

ここまでが船井幸雄さんの著書「イヤシロチ」に書かれていた説明です。
正直なところ「地磁気」っていったい何なのかは俺には分かりません。

これだけなら怪しげな科学のように思える。だけれども俺がこの
「イヤシロチ」というものを信じるようになったのは、とある写真だ。
船井幸雄さんが昔住んでいた東京高輪のアパートのベランダにて、
色とりどりの花と一緒に笑顔で写っている写真だ。そしてそれと同時に
「我が家のベランダでは、真冬でも夏の花がきれいに咲く」という
彼の説明が書かれていた。その理由として船井さんは
「私の家内が毎日花に声かけを続けていたのと(きれいだね、など)、
私のアパートの部屋全体がイヤシロチ化されていたこと」だと言っていた。

話は飛ぶけど俺は超能力、不思議現象を信じるタイプの人間だ。ただし
「このような法則で超能力は働くんだ!」という明確な基準を自分の
中に持っていて、それに合致しない現象については「これは嘘だろう」
と切り捨てることにしている。そんな俺にとってこのイヤシロチの
実用例は非常に納得できる話であった。

だから俺は彼の推薦する会社で「部屋をイヤシロチ化するグッズ」の
ようなものを購入して部屋に置いてみることにした。すると・・・
確かに効果があった。俺は「場の空気、雰囲気」みたいなものに敏感な
性質なのだけれども、それを設置してからは部屋が落ち着いたような、
自分の足がしっかり地面に着くような感じがしている。試しにその
「グッズ」を部屋から取り除くと、やはり気持ちが落ち着かないという
か不安定な感情になる。

別に気のせい(プラシーボ効果)であったって構わない。「気のせい」
であった結果として「俺の気分が良くなった」のであればそれは十分に
効果があるという意味だ。「鰯の頭も信心から」という諺もある。

厳密な意味で自分の家を「イヤシロチ化」するためには、家の地面に
「活性炭(?)」のようなものを埋める必要があるらしい。だが俺は
アパート暮らしだし、そこまでするつもりはない。そのグッズで十分に
効果を出せている。

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本物技術 船井理論5

そしてもう一つ俺の「世界を救う」という件で希望を持たせてくれた
のが船井幸雄さんの「本物技術」というお話だ。彼は著作で繰り返し
「本物技術」と称し、時代の最先端を行く俺の知らない未知なる技術を
紹介し続けている。

1個のトマトの種から出た芽が成長し、1万個以上のトマトの実を
つけた。「ハイポニカ農法」。
植物の育ちが良くなる「EM(有用微生物群)」など。
「水を油に変える技術」というお話も、(信じられない話だが)
聞いたことがある。

彼が紹介するこのような「本物技術」の話を聞いて。
「そんなの信じられるか!嘘だ!」と言いたくなる人もいるかもしれ
ない。だけど大切なのは「この技術が本物か、嘘なのか」ではないよう
に俺は思う。
「俺たちの知らないような新しい未知なる技術が、研究中で未完成で
あるにせよ、この地球に、日本にたくさんあるんだ」という事実を
みんなには知って欲しい。

もしかしたらこの船井幸雄さんの紹介する「本物技術」は、全部が嘘
なのかもしれないよ。その可能性は大いにある。だけど船井幸雄さん
は嘘をつくような人柄の人間じゃない。「誇張表現」を多少するかも
しれないな・・・という印象は(失礼ながら)彼の言動から少しだけ
感じるけど、少なくとも「嘘八百を並べ立てて人を騙す。不当にお金を
巻き上げる」ということをするような人物ではない。だって彼は
上場企業の(元)社長だからね。もう既に「使い切れないほどのお金」
は、手に入れている。そんな人が「お金儲けのために、嘘技術を広めて
金銭を騙し取る」なんてことをするように思えるかい?

わざわざ「本物研究所」なんていう株式会社まで立ち上げて。
「未知なる技術を研究する人たち」を、おそらく入れ替わり立ち替わり
100人以上著書で、あるいはその他の媒体で紹介し続けてきている
だろう。少なくとも俺には「陽の当たらないところにいる技術者とその
研究成果を、少しでも多くの人へと広めたい」という純粋な愛の心で
動いているんだと思うよ?

だから俺は、その彼の紹介する「本物技術」のうち70%くらいは
事実ではないかと、おぼろげながら推測している。残りの30%は
「これは個人差があるだろう」という感想を感じる、健康食品について
の紹介だ。「この商品を食べると、病気をしなくなりますよ」趣旨の
彼の著書の紹介を見ても、俺はそれを直接買って試してみたいとは
思わない。健康とは健全な精神の元に宿るものだと考えているから。
「健全な精神を持った俺」が「今食べたいと思ったものを食べたいだけ
食べる」という行為を続ければ。
自然に健康は保たれていくんだと俺は考えている。だから俺は彼の
「健康食品の紹介」については申し訳ないが無視している。ちなみに
俺は一人暮らしになってから、食生活がかなり乱れた。だが一度も病気
をしたことがない。

次回はその「本物技術」の中の一つとして紹介していた「イヤシロチ」
というものについて解説する。


船井幸雄のスピリチュアルな世界
これもマンガです。

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一ヶ月で退去した、新入居者

ここで「船井理論」は中断して、俺自身の話を書こうと思います。
最近、また新たな動きがありました。

今現在、俺の周囲には森さんと佐賀さん(どちらも仮名)が住んで
いる。彼らはどちらも俺に対して、不信感のようなものを抱いている。
それもそのはず。俺自身がかつて、彼らに対して「徹底的な反抗」を
向けてきたからだ。最初のきっかけを作ってきたのが向こうであると
しても、それに対して「全力で、力ずくで向き合う」という行為を
してきたのだから。だからこそ彼らは俺に対していつも「嫌がらせ」の
ような行為を繰り返してきた。その中でも「森さん」。彼の行為が最近
激化してきている。

つい最近起きたのが「香水(?)」。俺たちのアパートの階段から
共用廊下一帯に渡って、悪臭というか異臭が漂い始めた。今外へ出て
確かめてみたけど・・・整髪剤というか、髪の毛がこげたような臭いが
している。幸い今現在(午前3時)は90%ほど消えているが、また
同じ事をされるかもしれない。

そして最近は、彼の言動がおかしくなった。部屋に一人でいるときなど
に、壁越しにおかしな行為をする。壁を叩いたり、あからさまに大きく
物音を立てたり。俺たちのアパートは壁が薄く、物音はすぐに俺の元
まで伝わってくる。

彼がトイレに行くときには、わざと足音を大きくしたり、小さくした
り・・・だから無性に気になって精神を乱される。
彼が「トイレのドア」を開ける直前、彼は自前のスリッパを使う
(トイレに備え付けのスリッパを使わない)のだけれども、
トイレのドアを開ける
  ↓
スリッパを床に乱暴に置く
  ↓
トイレのドアを閉める
という3つ(厳密にはそれ以上)の行為をするとき。その音をあから
さまに大きくしたり、わざとリズムを不規則にする。
そしてトイレの中では「内側からトイレのドアを大きく激しく叩く」
とか「わざと大きな声でくしゃみをする」とかする。
そしてトイレから部屋を戻るときには同じく足音を不規則にして、
最後にドアを乱暴にガラガラと開け、ガラガラと音を立てて閉め、
「ドン!」と引き戸が壁にぶつかる音が聞こえ、「ガチャリ!」と
異様に大きな音を立てて鍵を閉める。

そういえば先月(4月)、俺たちのアパートに新たな入居人が入った。
彼のことを仮名で「河本さん」と呼んでおこう。彼が入居してきたの
だけれども、彼は1ヶ月で部屋を引き払って出て行った。
原因はおそらく俺と森さんだろう。俺は深夜に度々外出するから、
それが彼にとってストレスだったのかもしれない。あとは前述の森さん
の騒音だね。ちなみに俺は彼が「入居の挨拶を、佐賀さんの部屋に
しに行った」ときに偶然ドア越しに会話の内容が聞こえたけど
「あのー、最近205号室に引っ越してきた河本です。よろしくお願い
します」という挨拶に対して佐賀さんは
「ええ!ここ(おそらく共用廊下のこと)よく人が通るよ!」
という明らかに乱暴で、ぶっきらぼうな返答を返していた。
「こちらこそよろしくお願いします」みたいな丁寧な挨拶は全く
その佐賀さんは返さなかった、と思っていい。

おそらくそれが、河本さんにとっては相当こたえたのだろう。

俺は最近。3日後日記の成果もあって。
自分の感覚が次第に戻ってきた。
以前はこの環境のことを「仕方がない」と思い我慢できていたのだが、
だんだん苦痛に感じ始めた。
正直、このアパートの環境は異常だ。
そう思い始めてきた。

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波動の法則 船井理論4

船井幸雄さんが繰り返し述べている、俺の大好きな教えが「波動の法
則」というものだ。

「似た波動は引き合い、違う波動は排斥し合う」
「優位の波動は劣位の波動をコントロールできる」
というのが、主な教えだ。詳しく説明します。

例えば「優しい人ばかり集まるグループ」に、たった一人だけ「乱暴な
性格の人間」が入り込んだとする。そうするとその人とグループ全体は
違和感のようなものをお互いに感じ始める。場合によっては、お互いの
存在を「邪魔だ」と感じてしまうかもしれない。「類は友を呼ぶ」と
いう言葉とほぼ意味は同じだね。似たような波長(性質)同士の人間は
群れやすいし、違う性質の人間はあまりくっつかない。浅見帆帆子さん
の「精神レベルの法則」と少し似ているけど、これは「性質(明るい
とか、おとなしいとか)」にも当てはまるので、浅見さんの「精神
レベルの高い、優秀な人」「精神レベルの低い、劣った人間」という
二元論と比べればインパクトはソフトである。

そして「優位の波動は劣位の波動をコントロールできる」ということ
だけれど・・・詳しいことは俺にもわからない。つまりはこんなところ
だろう。
「ニュートン物理学」という、いわば「古典的な」理論は
「アインシュタイン物理学」という、「新しい」理論と同時共存する。
「ニュートン物理学は、アインシュタイン物理学のなかのある一定の
条件下でのみ、有効である理論だ(それ以外では当てはまらない)」
という使われ方をするのかな・・・良く分からない。
(分からない、間違っていると思ったら聞き流してください)

俺はこの理論を最初に聞いたとき、特にインパクトは感じなかった。
「何だ。『類は友を呼ぶ』と同じことを言ってるだけじゃないか」
と、正直なところ感じた。それは今も変わらないけど、今は少し考え方
が変化した。

この理論は船井幸雄さんが「ありとあらゆる周囲にある全てのものを」
自分で検証していった結果として「どうやらこのような法則になるら
しい」という結論に行き着いたものだ。ある著書で彼はそう述べてい
た。だからただの諺(ことわざ)よりも俺にとっては印象が深い。

そしてもう一つ、この理論は希望を持たせてくれる(あくまで俺の
独自の仮説だが)。
今現在「排斥しあっている、違う波動」である2つのものは、
「より優位の一つの波動」によって、一つにまとめることができるの
ではないか。世界の宗教戦争や、国家間の争いも「優位の波動を持った
新しい教え、健全な指導者」によってコントロールすることができる
のではないか。俺はそう思えている。もちろん「コントロール」という
のは「絶対服従、支配を強いる」という訳ではない。「健全な意味で、
お互いの個性を尊重しながら上のものが世界を統治する」という意味
だ。それができれば、この世界の争いは消えていくのではないか・・・
俺はそう思っている。

俺は高校生のある時期「地球を救いたい。この世界から戦争と貧困を
撲滅したい」という強い意志を持って「どのようにすれば世界を変える
ことができるか」について悩んでいた時期がある。今となっては無謀
だったと思っているが。そのときに俺が(当時の俺が)考えたのは
「ただ努力するだけでは無意味だ」ということ。つまり実際に
「地球上から戦争・紛争の数がゼロになる」
「餓死者の数が統計上(ほぼ)ゼロ人になる」
ことを目的として「どのようにすることが可能だろうか」という、あく
まで「具体的な解決策」を追い求め続けた。
「努力することが大切なのさ、そうすれば奇跡が起きて世界は変わる
よ!!」という根拠のない楽観論は俺は大嫌いだった。サッカーでの
努力、および内気克服の「プラス思考系」の教えへの嫌悪感によって。

その結果行き着いたのが・・・
「まずは自分が変わること。人間の『頭脳』が変わること」
それこそが世界を変えるための最高の解決策なのではないか、という
結論。

俺自身が、もっと頭を良くしよう。
「普通の人が考えも及ばないような、すばらしいアイデア」を示す
ことができれば
「こんなこと解決は不可能だろう」という問題を、簡単に解決すること
ができる。
現に科学はそのような問題を解決することで、ここまで進歩してきた
んだ。
それが、今後も起こらないなんてどうして保証できる?
俺自身が頭を良くすることで、「すばらしいアイデアを出す」ことの
できる可能性は飛躍的に高まる。
「周囲の人間が、ニコニコと幸せで生きていける世界」を作ることが
できれば。
その人たちが世界を救う。

俺の教えが。
俺の近くにいる人へと広がる。
そして彼らが、また自分の周囲の人たちへ教えを伝えていく。
そうしていけば、世界は変わっていく。

高校生当時の俺は、そのように考えた。
それと同時に「世界を変えたい!変えるんだ!」という渇望に似た
感情は失せていった・・・。

「大切なのは、俺自身が自分の頭脳を磨くこと。ガツガツと不健康な
状態で『世界を変えるためにはどうすればいいか・・・』なんて考え
続けるよりも『内気克服』や『サッカー上達論』という『自分にしか
できないこと。自分が最も輝ける分野』にて、楽しみながら自分の技を
極めればいいのではないか」

極端な話だけどね。
「サッカーが好きな、地球温暖化対策の科学者」だっているはずだよ。
「低燃費エンジンを真剣に研究し続けている、内気な性格で苦しむ
エンジニア」だって、いるんじゃないのかな。
「息子がサッカーに夢中になる、国連の事務局員」だって必ずいるん
だ。
だから俺は。
「自分の得意な分野」で。
世界へ俺の考えを発信し続ければいい。
そうすれば自然に世界は変わっていくはず。
俺が与えた「人生への希望」「前向きなサッカー努力への一つの可能
性」というのは、必ず巡り巡って地球の役に立つはず。

そう、思っている。

船井幸雄のツキを呼ぶコツ
マンガで簡単に読める、船井さんの本です。

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シェルドレイクの理論 船井理論3

(前回の記事の続きです)
イギリスのあるテレビ番組で、とある易しめのパズル問題が出題され
ました。そのとき2つの問題が用意されて、一方はテレビ番組内で
答えが公開されましたが、もう一方は非公開とされました。

そしてそれと前後して、そのテレビ番組が放映されない遠く離れた地域
で。全く同一のパズル問題が出題されたといいます。当然、彼らは
そのパズルの答えを知りません。

この実験は「テレビ番組が放映される前」と「放映された後」の2回
行われ、その「遠く離れた地域」にて行われました。

その実験の結果、驚くべきことが分かりました。
テレビ番組内で答えの示された問題は、「テレビ放送前」よりも「放送
後」の方が大幅に正解率がアップしたのに対し、答えが非公開となった
問題の方は、ほとんど正解率に変化が見られなかったのです!

この実験から、次のような仮説が立てられます。
「ある空間内で『何か』の答えを知っている人間が一定数以上いると、
その影響が、遠く離れた地域の人々にも影響する」
つまりこの実験について言えば「テレビによって『正しいパズルの
答え』が広く知れ渡ったからこそ、遠い地域での正解率がアップした」
という理屈(あくまで仮説だが)が成り立つのです。

・・・この「シェルドレイクの理論」と「百匹目の猿現象」。
意図しているものはほとんど同じですね。

この教えは「地球の将来は大丈夫だよ」という楽観論の理由として
提示されることが多い。
「この地球には、どうしてこんなに犯罪がたくさん起きるんだ!どうし
てみんなくだらない争いや醜いいさかいばっかりしてるんだ!」と
悩んでいる人間に、一つの希望を持たせてくれます。
「地球上の人間全てが『平和で穏やかな考え』に目覚める必要はない
のですよ。地球上のごく一部、1%未満でもいいから限られた人間が
『世界の真実』に気付き自らの行いを正せば、あっという間にその
平和思想は世界中に、爆発的に広まるんですよ」という論理を展開する
ために使う。

この理論も、船井幸雄さんが頻繁に著書で取り上げている・・・

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百匹目の猿 船井理論2

最もシンプルで、かつ「世界は変わる。変えられる」という真実を
分かりやすく示してくれる理論。それが「百匹目の猿現象」だ。この
理論は船井幸雄さんのものではない。だが、彼が著書で繰り返し提示し
日本にこの理論を広めてきた。だから日本人にとっては「船井幸雄さん
の(教える)理論だ」というイメージが強いことだろう。

その理論は、こんなお話から始まる・・・
ある日京都の幸島という場所で、一頭のメス猿がイモを塩水(海)で
洗って食べ始めました。全くの偶然です。この猿がこのやり方を発明
したのです。

その後この「イモを塩水で洗う」という行為は、あっという間に島の
猿たちへと広まっていきました。泥が落ちるとか、塩水がついてイモが
おいしくなるとか、いろいろ理由はあるのでしょう。

そして・・・島のほとんどの猿たちが「イモを洗う」という行為を
やり始めた頃・・・不思議なことが起こりました。はるか遠く離れた
別の場所でも、猿がイモを、塩水で洗い始めたのです!
「猿が海を泳いで渡った」という可能性がほとんどないであろう、
日本のはるか遠くに住む猿でさえ、そんな行為をし始めたのです!
ありえません。
理解不能です。
このことを真剣に調べた科学者たちは、「百匹目の猿現象」とこれを
名付けて、原因を調査し始めました。
その結果・・・「百匹目の猿理論」というものが出来上がったのです。
それは・・・

ある集団において「A」という行為をする者たちが一定数以上に達する
と、その行為は一気に、爆発的にその集団全体にまで広がる。


ということ。ちなみに「百」というのは「ある一定数以上」ということ
に対する便宜上の数字だそうです。

そしてこの理論は、空間を越えて遠く離れた場所にいる者たちにも
届きます。それは・・・
次回へ続きます。「シェルドレイクの理論」にて、続きの解説を
しようと思います。

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