日々の進歩

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真理 スピリチュアル論6

世の中には「正しいこと」と「間違っていること」があります。
もちろん中間であったり、解釈が様々に分かれる微妙な
問題もあるでしょう。ですが大まかに言って、そのどちらかに
当てはまるのは間違いないでしょう。

よくマンガなどで「これが究極の真理であり、答えだ」
という言い回しが登場します。これは
「必ずしも真理ではない」ことが多いのはご存知でしょうか。

俺自身「真理はあるんだ」という考え方は嫌いです。
様々な解釈論のあふれるこの世の中にて
「常に柔軟性を残したい」と思っているからです。
哲学的解釈論一つを
「これこそが真理だ!」と強く思ってしまうと。
同格の教えが存在したときに、小回りが
効かなくなってしまうんです。

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唯物論 スピリチュアル論5

逆の視点から書いてみましょう。人類というのは地球上に
仲間と共に生活しています。それを今さら「あなたは神様の
子供であり、みんなも一緒です」などと言われても。
軽々しく信じられるものではありませんね。

「俺は人間だよ。親から生まれた。神様の下で生まれたという
のは一つの解釈に過ぎない」

「天国を信じる人がいるかどうかは人それぞれ。仮に信じていな
い善人がいたとしても、おかしくはないだろう」

「神様が一人なのか。複数人数の集団なのかは分からない」

現代日本にはさまざまな宗教があり。そしてその教えがあります。
それらを厳密な目で見比べると。
「神様の世界はどうなっているのか」
についての言葉には矛盾点が多いのです。

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直感省略 スピリチュアル論4

「私はここにいます」という文章をしゃべるとき人は
「私は『この場所に今』います」と言っているのと同じです。
人が何かの意図を言葉で伝えたいとき、様々な言い回しで
自分の感情を表現します。

それがとても上達した人は「省略」ということをやってのけます。
「さあね!(どうだか分からない)」
「やった!(よかった!うれしい!)」
「すごい!(私の目から見てあなたは)」

それを書き手「ライバルとしての文章家」から見ると
「よくそんな短い言い回しで、自分の意図を満足に
伝えられたりするな。」と感嘆したりするんですね。

熟練した「何年目の親友同士」は、ありえない専門用語
をガンガン連発します。それなのに驚くほどのハイペースで
会話をスムーズに継続させていきます。

これも一種の超能力と見えることもあります。

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サッカー瞬速 スピリチュアル論3

3つ目にご紹介するのは、「サッカーの達人の域」についてです。
スポーツでは一般に「これは超能力としか思えない」と言えるくら
い、すごいことが起こります。

たとえば野球の外野選手は、狙ったところへピタリとボールを
遠くから投げることができます。
バスケットボールのフリースローは、ほぼ満点に近いくらい
柔らかく決まります。

サッカーで言うならば、こんなところでしょうか。
「思いっきり足を振り上げて、ボールを前方へキックするために
構えたとき。相手が足を出してきたのに気付き、すぐに足を
『ボール』ではなく『ボールの隣』に降ろすような感じで
着地させて、普通にドリブルする」

「速いシュートを打つ瞬間、0.1秒前にDFが動いたのを察知
して、予定とは逆の方向へキックを決める」

「味方へパスを出そうとしたとき、相手がそれを予測して
先に動いてしまった。そこで相手の裏をかき、まっすぐ
ドリブルダッシュして相手を抜き去る」

これを俺は「サッカー瞬速の域」と呼んでいます。

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クリスタル スピリチュアル論2

「インディゴ・チルドレン」の続きとして、
「クリスタル・チルドレン」というお話があります。

インディゴ・チルドレンとは良かれ悪しかれ
社会と戦い、世界を切り開く存在です。
その後の世代として期待されるのが
「クリスタル・チルドレン」です。これも
同名の著書があります。

平和で、穏やかで
あまり怒らず
いつも幸せでいて
「周りに幸せを配る」ことを得意とする。

インディゴ・チルドレンが世界をある程度平定した後
彼らクリスタルは現れる、といいます。

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インディゴ スピリチュアル論1

ここからは新たなシリーズに入ります。歌はまだ
「ジョンレノンのImagine」とか「ビートルズのLet it Be」など
書きたいものがいくつかあるのですが。次の機会、という
ことにしておきます。

今回紹介するのは「インディゴ・チルドレン」というもの。
詳しく知りたい人は同名の著作が1冊出版されています
ので読んでください。

世の中には特定のグループがあります。
「穏やかな、優しい人」とか「誠実な、おしとやかな人」とか。
そのなかで「俺がまるっきり入る!」と強く決意できたのがこの
「インディゴ・チルドレン」という仮説です。

・頭がいい(頭脳論考多用タイプである)
・他人に優しい、誠実である
・他人の理不尽な攻撃により、怒りを溜め込む
・察しが良くて、他人には見えないものを気付く。

この4つが「ほぼすべて」当てはまる人は、自分が
「インディゴ・チルドレン」であると思っていいでしょう。

ちなみにこの本はアメリカで出版された訳書です。
ですのでこの「インディゴ・チルドレン」は外国にもいる。
そう思ってください。英語圏であるアメリカにいるのですから。
この「アメリカ流、インディゴチルドレン」と同種の存在が
イギリスやフランス、ヨーロッパにもいるであろうことが
推測されます。

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Every Little Thing ソラアイ

昔の恋い慕っていた誰か(おそらく今は遠く離れている)
に対して「今」の自分が向けている歌。それがこの
「ソラアイ」です。

晴れるわけでもない空を それでも僕は
今日を期待して生きてみる
君が僕にくれたように 僕もまた誰かを
深く愛せますようにと

移り変わっていく季節があって
僕も少しは変われたかな
何かを見つけられたかな
この空の向こうにある光のように

・・・

いつでも。どんなときも。
俺自身を救ってくれるのは「厳密なる誰か」しかない。
いつもそう思っています。
「マンガのキャラクター、性格がとても良い」とか
「本を通してつながっている、あの人(著者)」に頼っていては
俺の本当の壁は突破できない。そう思っています。

みなさんに質問です。
「あなたは『誰かに心の底から救われた』という体験を」
「厳密なるリアル世界の誰かから」
「受けたことはありますか?」

俺はないんですね。「素晴らしすぎる教えだ!」と思える
ものでしたら。本田透さんとか、神田昌典さんとか
いろいろな人が僕に教えてくれました。
しかし「日常生活で会話できる、誰か」がこの俺に
直接手を差し伸べてくれて
「本質的に、永久に」
「確実に『無限なる幸せ』の方向へ引き上げてくれた」
ということは一回もありません。

俺のこのブログや。「内気克服」と「サッカー上達」の2つは
あなたたちに少なからずの人生の希望を投げかけたでしょう。
しかし俺の言葉に「ついてこれる」という時点で、この
「俺の圧倒的な実力と同じ世界に入る」という
デメリットがあることも承知のことですね。

俺は、まず「俺自身を幸せ」にするしかない。
そうしてこそ初めて、やっと
「他人を本当に救ってあげられる」世界に入れるんだ。
幼少時からそう思ってます。

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Every Little Thing またあした

「当たり前に続く日常」を大切に思う歌。
「また あした」。

何をするわけじゃなくてもこんなに愛しい
時間がほら今ここに流れているよ
いたずらに笑う仕草も口癖も全部
君らしいと思う程 好きになった
・・・
もうじきね 巡りあえて
二つ目になる 冬がくるから
寒がりな君に 僕が
してあげられることが あるといいなぁ~
・・・
平凡な当たり前をずっと大事にできたらいいね
君がいて 僕がいれる 相も変わらず今日も
愛してる


俺自身恋愛の歌はあまり得意ではありません。
「男と女が」
「軽い恋愛と、失恋の痛み」を歌う類の歌は
どうしても好きになれません。
僕は自分自身のことを「シンプル系」と呼ぶことが
たまにあるのですが。

「みんなが個性的と派手の方向へ向かう中で」
「あえて『そのまんまシンプル』という方向を選ぶ」
「そうすると結構個性的な個性を示せる」
というもの。このブログをお読みの方は
俺と共通点があるでしょうから。
共感できる人もいるでしょう。

デパートとショッピングに行って、どうすんの。
俺は「日常」が欲しいんだよ。生活が欲しいんだよ。
「一緒に勉強する」「登下校する」
「必要なものを購入するためのショッピング」を
するのが楽しいのであり。

「遊園地と飲食店で遊びまわる」
「男2人女3人での、グループ交際」
「仕事としてのビジネスパートナーの男女」
なんて関係は、欲しくない。あってもいいけど
それで満足することは。
とてもできない。

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森山直太郎 さくら

少し前にこの歌が発表され
「翼をください」とか「大きなのっぽの古時計(リメイク)」
のように、いつの間にか定番の歌となった
この曲です。「さくら(独唱)」

さくら さくら 今咲き誇る
刹那に散り行く運命と知って
さらば友よ
旅立ちのとき
変わらない その思いを今

・・・
いざ舞い上がれ
永遠にさんざく光を浴びて
さらば友よ またこの場所で会おう
さくら舞い散る道の上で。


俺自身「再会を強く待ち望む、待ち合わせをした誰か」はいません。
同性異性の友人とはただ卒業と共に別れて
「ほぼ合わない」毎日を続ける。それを
幼稚園。小学校。中学校。高校と繰り返しました。
ですから。いつも思うんですよね。
「学校が変わっても、ずっと友達だからね!」と約束して
本当に卒業後5年間、そのつながりが
何も変わらずに保たれ続ける。そんな人たちが
「うらやましいな」と。

なぜかは知りませんが俺には、「男性は必要ない」という
幼少時からの思い入れがあります。
女の子と一緒にいると「男性にはない、何かを補ってくれる」
という気持ちがして。
男の子と一緒にいると「俺は自立した性格なので、彼らが
いてもいなくても関係ない。むしろ『役割』だ」と。

心から尊敬して「この人に自分から積極的についていきたい!」
と思えた男性は、これまで一人も目の前に現れませんでした。
当然「本の中」とか「憧れのサッカー選手」の中にそんな人は
多数でしたが。

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永遠にともに コブクロ17

結婚式で歌う歌ということでしょう。ずっとこのパートナーと
一緒にいたいという思いのこもった
「永遠(とわ)にともに」という歌。
聞いた話ですが、とある夫婦が結婚式のミュージックの一つとして
きちんと流したら、「この歌は誰か」「どこで売ってるのか」
「CDを見せて欲しい」という
年配のご夫婦からの問い合わせが殺到したそうです。
もちろん、その結婚式の主催者である「お二人に」です。

気付かぬ間に二人 似たもの同士。
仕草も笑い顔も。
・・・
ぶつかり合うときも来るさ きれいな事ばかりじゃ
ないだろうから。
全てを君と越えてゆくと 決めた
始まりの鐘の音を いつまでも 忘れない・・

ささやかな幸せが 木漏れ日のように
やわらかに降り注ぐ そんな日々を
描きながら
いつの日も どんなときも


別の場所ですが
「心は今、とても穏やかだ」
「緊張してなどいない」
「この日を迎えられた その 意味を」
「何よりも尊く感じているから」
という言い回しがあります。

俺自身結婚式は嫌いです。
もし自分が結婚をするとしたら
ただ普通に新たなる生活を
当たり前のようにスタートさせたい。
そう思っています。

結婚ってさ。
特別なことじゃないでしょ。
ただ当たり前に男女が友達に(知り合って)なって
自然に会話し、距離を縮めていって
自然に「お互いのことが好きだから」
「数ある人間関係形態の中から」
「同居と(ヘタすれば妊娠、出産、子育て)を」
「選びましょうよ」
と、決断したときのことを言います。

俺自身、怖いんです。
「見ず知らずの素晴らしきA子さん」と
結婚して
「その人に『下着の洗濯』とか『生活の依存』を」
「してしまう」のが。
ですから結婚は「絶対に嫌だ」と思って
「徹底的に話し合うんだ!」と考えております。

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轍 コブクロ16

次回にてコブクロシリーズは終了になります。
この「轍(わだち)」の後「永遠に共に」を紹介した後、今度は
少しばかり「ほかの歌手の歌」の紹介を続けます。

どんなときも 僕はいつでも ここで歌を歌ってるだけ
閉じた扉 叩きつぶして 行こう君の未来の方へ
・・・
抱えきれない夢が 不安に変わりそうな日が来たら
そんなときは 僕のところへ おいで歌を歌ってあげよう
涙枯れた その後にだけ 見える光
明日を照らす
・・・


ちなみにここで俺はブログで一日一回、文章を書いていますが
それ以外の24時間は、当たり前に日常生活を送っています。

よくこの俺のことを「自動応答、文章マシーン」みたいに見なす
人がいるんですね。この俺が「まるで魔法のように、ありえない
ナイスアイデアの文章をハイペースで量産する」から。
そんな人は、俺自身が嫌な思いをするのと同時に
「あなたたちに、日常生活はあったのですか」
と言いたい。

あんたたちは「礼儀正しい言葉遣い」を
覚えるチャンスはなかったのですか。
「先輩、年上の教師に」力づくで押さえ込まれ
「この世には絶対勝てない誰かがいる」ということを
肌で感じる機会はあったんですか。
「そんな上級者人間に、1000回」
「盲目的に突進すれば」
「まず限りなく、1000回」
「激痛と敗北は」
「待ってなかったんですか」と。

それでも1000回「そんな突進」を受け続けた
俺です。

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DOOR コブクロ15

このブログを読んでいる人ならば
「行くしかないだろう」の言葉はご存知だと思います。
あのページの最後に引用されていた歌が、この
「コブクロ」の「DOOR」です。

行くしかないだろう 自問自答を繰り返し
思い悩み立ち止まるけど
あの日夢見た 輝きだけが まだ
心を揺さぶるよ
眠れない日々を過ごすのなら 眠らない
明日を追いかけよう
夢見ることが全て じゃなくて
「叶えようとすること」が全て。
・・・
開くべきドアなんて自分で決めるのさ
不安や恐れに足元をすくわれそうになるけど
巡り来るこの時に 逆らい続けよう
航海は僕に 何を教えてくれただろう・・・
「行くしかないだろう」

この海を渡ったら ずっと・・・
そばにいよう。


この歌は本来パワーの歌ではないかもしれません。
よく考えてみると、けっこう「フツーな言い回し」も
全体にちりばめられています。
しかし高校時代から、全力で生きてきたこの俺は
これを「全力で無理にでも前へ進むんだ」と
解釈して、よく歌っていたと思います。

とあるビジネス書の
「あなたが商品を売り込みたいと願う人が」
「共通して思い悩んでいる、悩み」
「それに対する、誠実なアドバイスを書きなさい」
という言葉をヒントに、俺は

「レギュラーになれなかった人間の、ダークサイド」
「決して表舞台の人から光の当てられることのない」
「控えメンバー本人が、リアルに」
「感じている『恐ろしきカウントダウンの世界』」
を、徹底的に詰め込みました。

あの時期のこの俺が
「ただ、一生懸命がんばりなさい」というベタな
アドバイスであるにも関わらず。
誰かに1回は、言って欲しかったメッセージ。
それがあのHPです。

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YELL コブクロ14

応援、という意味でしょうか。
「YELL(エール)」という曲です。

どんなに小さなつぼみでも
凍える冬を越えれば ほら
春が来る度に 鮮やかな花が咲くのだから
あなたが今日まで歩いてた この道
間違いはないから
春には 大きな
君が花になれ
・・・
今君は門出に立ってるんだ
はるかな道を行くんだ
誇り高き勇者のよう
風立ちぬ道のどこかで
君を探してるんだ
誰かが君を待ってるんだ
思い描く夢の模様
いつの日にかその手に 映せ
・・・
寒さに負けないであなたの足跡
誰かがたどるよ
いつの日にか春の風になれ

現実と夢が今
遠くかけ離れていても
そう無駄じゃない その姿を
遠い場所で誰かが見てるのさ・・・


実際僕はこの歌をあまり好きではありません。
門出、スタートの時期とは一瞬であり、それ以降は
「轍(わだち)」「DOOR」「桜」などの別の前向きな曲を
積極的にかけていました。

俺は「勇者」なんてかっこいいものじゃない。
冒険者だ。なぜか昔から、俺はそう思いました。
自分が「善人である」なんて自覚はどこにもなく、
ただ「グレー、灰色」をベースにして
「自分の真実」と「自分の正義」を武器に戦う。
そんな人でした。

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未来への帰り道 コブクロ13

過去の悔やみと、未来への再起を歌った曲です。
「未来への帰り道」

離れ離れになる前に もう少しだけ素直になれたら
もっといっぱいの
「ごめんね」も
「ありがとう」も言えたのに
今頃になってあふれだす思いが今
涙に変わるよ
・・・
いつもと違う帰り道 見上げたアパートの窓から
秋枯れ色のシャボン玉一つ転がるように漂う
独りぼっちの姿が まるで 自分みたいだって・・・

あの日から
はぐらたままの想いを つなげて
許し合えるなら
あのときあの場所まで歩こう
「未来への帰り道を」・・・


この俺は「トラウマの克服方法」という手法を教えています。
過去の苦しかった、辛かった体験を
「現在である、今思い出し」
「それに対して少しでも良い解釈する(健全に、本当の意味で)」
という手法を教えています。

俺は一人暮らしです。本来この「トラウマの克服法」は
「一回やったら、もう十分よ」という種類のものなのですが
「友達が誰もいなくて、ヒマだった」から
もう種類を変更しつつ、数千回くらいはやったでしょう。
今でも「良いアイデア」が浮かびますと、
「これをあの『トラウマ克服法』にヒントとして追加してみようか」
とか、よくやります。

人に出会いたい。その思いを
「過去を徹底的に」
「ヘタすれば昔の『中の上』くらいの」
「辛い体験を、500回くらい再解釈を試みる」
という思いへ向けました。

この気持ちは、誰にも分からないでしょうね。

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雪の降らない街 コブクロ12

幾通りの解釈もあるでしょうが、俺は今回この歌を
「想う誰かを恋い慕う、絶望的状況の下で」と
解釈して文章を書きます。もう一つの考え方は
「恋人と別れ、同居を止め、一人暮らしに戻ろうとした男性」
ですが、詳しく知りたい人は
本文を読んでください。

いつも同じ言葉で結んだ 届くはずもないこの手紙を
今日も机の奥にしまった
「出来る事なら 今すぐ」
「この冬空を駆け抜け」
「あなたに会いに行きたい」。

ざわめく夏が 色づく秋を越えて
やりきれない静けさの中で 曇る窓に
君想えば・・・。

白い冬が街に降りてきた
雪の降らない僕らの街に
二人手と手を重ね 見上げた
空一面の 粉雪


恋人と結ばれたい。そんな思いは誰にでもあるでしょう。
俺の場合は少し違っていて、例えば
「誰かと誰かが恋人どおし」になれたとしたら
祝福するではなくて悲しむ。そんなタイプの人でした。
俺自身、自分が善人でるという自覚を持っていて、
少なからず「優しくていい人」という評価を自他から
受けていたのですが、どうもこの分野だけは苦手です。

「あの人たちは」「本当に幸せなのだろうか」
「この俺から見るに、あの人(2人)たちは」
「まだ『恋人関係を安定的に持続させる』だけの」
「人間としての社交的スキルがない」
「順調に歩む、二人一緒に」
「それはできるだろうが」
「この先幾通りもの試練が」
「彼らを待ち受けているだろう」
「大丈夫かな」と。

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YOU コブクロ11

やっと恋人に出会えた人、ですかね。この歌のモデルとなっている
主人公というのは「YOU」。

君は今頃何を思ってるかな 少しは僕のことを・・・
ってずっと考えてる
優しくただ空へと誓うように 壁にもたれ 描き出す未来
ほら 君の手を引く 僕が見える
この町が僕にくれた ただ一つの 宝物さ
「君と出会えたこと」。
流れる時のスピードを追い越さぬよう
いつも二人同じ歩幅で・・・


男女関係とは幸せなものであるべきだ。当たり前のことですが
俺はずっとそう考えてきました。
一般的に男女は結婚し、夫婦になったのならば
「必ず全員が不仲になり、喧嘩を繰り返すのさ!」
「失敗を相手のせいにして、乱暴にね!」
というおかしな一般風潮があります。
もちろん現実はそうではないでしょう。

「学術」と言いますか。「大学教育」ですか。
「週刊誌(少し固い、社会問題系)」ですかね。

これらには必ず「夫婦不仲な男女に向かって」
「軽く暗い、後ろめたい」
「文章の結末が『バッドエンド』で終わる」
「おどろおどろしい、将来絶望系の文章を書こうぜ!」
という裏の常識があります。

個々で逆らう人は多いです。ときたま
「危険な状況へ突入して、誠実に現地をレポートした」
という人もいます。

何をやっているんでしょうかね。
「不幸な人間」の目指すべきは
「原因発見と修正、反省」
「そして現状再回復(幸せへ向かうための)」
であるべきです。

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starting line コブクロ10

道を探し求める者に向けた歌「starting line」。

誰もがいつか 本当の自分にたどり着くための
向こう側にある光を見つめて
少しずつ 少しずつ歩き出す
「誰のためでもないこの道を」
「弛まずに(たゆまずに)無くさずに」
「目を反らさずに」
揺るぎない思いだけを 今胸の真ん中に

探して 見つかるくらいの
そんな確かなものじゃ ないから
あやふやな今に しがみついて
手探りの日々を 繰り返して・・・


この俺が進んできたのはいわば「裏ルート」です。
とあるマンガで、激動の展開があったのですが、俺は
その「青春時代をモデルにしたマンガ」に心を
揺さぶられることなく、着実に読んでいました。
普通の人だったら、きっと
このストーリーで頭がボーっとして、呆然とした
大きすぎるショックを受けるんだろうな。
そんなことを感じながら、冷静に読みました。

俺は「人間関係のドラマ」を無視する道を選びました。
サッカーに自分の「本当の努力」の全てを向けて
ただひたすら「友人との心のつながり」に目を背けて
自分の目標を追い求め続けました。

ですから僕は「人間関係のドラマ」に強いんです。
誰かが悲しんでいて「この人に俺ができることは、何もない」
と判断できたのであれば。その時点で終了。
劣等感や、心配をすることなく「冷徹に無視」できる。と。

「俺は未完成な存在だ(当時)」
「まだ知らないことが多すぎる」
「ゆえにこの学校内にいる」
「全ての人」
「悲しそうに、苦しそうにしている」
「全ての男の子、女の子」
「彼らに手を差し伸べても」
「俺が引き受けることができず」
「共倒れになってしまう」
「だから俺は、今は」

自分の実力を高めるための。
「修行」とも呼べる行為を繰り返して。
長い目で見たその先に、
他人を救い、なおかつ自分自身が生き残る。
冷静さと「もう一人、あとで助けてみようかな」という
余力を残せるような人。

修行のその先に。そんな人間になることを目指したのです。

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blue blue コブクロ9

年上の女性と、年少の男の子との恋愛でしょうか。ちなみに
「男の子」といっても5歳ではなく、16歳ってところでしょうか。

今日も 知った風に誘ったcafeで
たどり着けば closed 「準備中」。

切ないけれど サイズ違いかな
君と僕の 恋愛経験
通り過ぎていく 恋人たちがみんな
似たような顔で 笑っている

慣れない歩幅で 君の斜め前歩いてた その
ポケットに滑り込む 君の左手


この歌はストーリー形式で、物語のようになっています。
最後のフィナーレは
「その僕のポケットの中に」
「君が手を滑り込ませるときに」
「その手を捕まえて」
「kissできるくらいの」
「そんな立派な男に」
「なれるといいのかな?」
という感じで終わっていきます。

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君という名の翼 コブクロ8

「まるで今の俺のために書かれた曲のようだ」というのが
この歌を最初に知ったときの正直な感想です。
「君という名の翼」

勝ち負けじゃない何かを 教えてくれたレースがある
一緒に走った 冷たい夏の雨
青い飛沫(しぶき)と重なる残像
水際に浮かべた感情 喜びや悲しみの傷さえ
包み込んだ 約束の光

呆れる程 まっすぐに 走り抜けた季節を探して
まだ 僕は生きてる
間違いだらけのあの日々に 落とした涙と答えを
・・・
この一瞬に賭けてみたい
最後まで放さずに握り続けた願いが
導く場所を目指せ
・・・


俺自身18歳までは「サッカー部でレギュラーになりたい」という
思いが心の全てでした。そのため不健康なときには
「もしこの夢が叶わなかったとしたら、どうしよう」と
一瞬なりとも考えがそちら側へ流れる癖がありました。
どうやら僕は弱い存在みたいです。

そんなときにいつも心に浮かんだものは・・・何も、ありません。
「怖いけれど、苦しいけれど」
「それでも前へ進むんだ」
「だって、それが俺の『叶えたい目標』だから」
と自分を言い聞かせ奮い立たせ、
胸に痛みと、怯えた顔を完全に消せないまま

また、次の日の練習に出かけていく。それが俺の毎日でした。
幸せな友人(同性、異性)がいたのであれば俺は
いくぶんか心の安らいだ日々が過ごせたのかもしれません。
いつも俺は、こう思っていました。
「複雑なサッカーの理論なんて必要ない」
「ただ日常会話と」
「分かる範囲内の俺のサッカーの話を」
「良し悪しはあまりこだわらずに、ただ聞いてくれて」
「悪口を混ぜることなく集中して」
「しっかり受け止め、自分らしい答えを返してくれる」
「会話のキャッチボールを数回繰り返してくれる」

そんな、人がいたならば。
ただそれだけで俺の健康状態(精神面)が向上し
サッカーの研究、試行錯誤は非常に楽になったはず。

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あなたへと続く道 コブクロ7

「未練と悔やみ」の曲。それがこの「あなたへと続く道」。

会いたくて 会いたくて
涙の海 一人 漕ぎ渡る
・・・
あなたへと続く道 通い慣れた歩道に
椿が真っ赤に こぼれる
静かに過ぎる時は 淡く切なく か細くて
途切れそうな心知らずに
巡り巡る風のように
・・・


壮大ではあるのですが「静かすぎる」というのが俺の感想です。
正直言って健康な気分のときにはこの歌の波長が合いません。
悲しんでいる訳でもなく
苦しんでいる訳でもなく
「あのとき、昔の俺に」
「この今くらいの」
「実力さえあれば」
「あの壁を無傷で突破できたかもしれないのに」
と穏やかに言葉を語る。

そんな曲です。

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miss you コブクロ6

「今、あなたの好きな曲は何ですか」と聞かれて真っ先に浮かぶのは
この「miss you」という曲です。寂しさと切なさを歌った曲、でしょうか。

もし願いが叶うならば 「もう一度」なんて言わないよ
出会う前の二人に 戻しておくれ
存在さえも知らぬままでいさせて
出会うはずもない程 遠い町へ

人は皆恋の中で 心狂わせる
自らも 止められぬほど
坂道を転がるように
突然訪れる
別れなど 見えなかった
光でまぶしくて

I miss you so much...
言葉選びながら 君は
別れの言葉を告げたね
僕にくれた最後の優しさ
今も


普通人っていうのは「寂しい人を助けたくなる」存在ですよね。
「+30」の5人に「-10」の友人がいたならば、自然に
歩み寄って助ける、優しさと慈しみを示す存在です。
どうもこの俺は。
「他人の優しさの許容範囲」を超えたところに生まれてきたみたいです。
「あなたを助ける。あなたを救う」というお願いをされたことなど一度もなく
「私にできることは限られているけれど、全力を尽くします」という
メッセージしか、投げてもらった記憶はありません。
良い人は多かったです。
しかし俺にできることは
「心配しないでください。僕の人生は僕が生きます」という
彼らの援助に対する誠意の態度くらいでした。

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太陽 コブクロ5

テーマは「初恋」。太陽という歌です。

突然襲った夕立に 逃げ込んだ木陰で
初めて手を握った
雷が鳴るたびに ぎゅっとぎゅっと握ってた

あの夏の太陽追いかけ裸足で走った
遠い町から来た君は 僕の太陽

誰もが胸焦がしたあの初めての恋のように
僕もまた誰かを優しく愛せればいいな

君はもう戻らない
君は僕の太陽


俺自身恋愛経験は非常に少ないです。誰かとデートした回数は
「ゼロ」。「女友達」であると胸を張って言えた人は、一度も
存在したことがありませんでした。それでも人を好きになることは
あり、遠くから誰かを眺めていた回数も多かったです。

僕は恋愛勝者ではありません。言うなれば「0勝8敗」の勝率を誇る
学校生活経験者です。ですからこのような成功体験はないので、
この歌はいわば「永遠の、夢の憧れ」というところですか。

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宝島 コブクロ4

「学校を卒業した後の自由」というところでしょうか。ところどころに
卒業式を思わせるキーワードがちりばめられているこの曲です。
「宝島」。

卒業証書丸めて 筒にしまいこみながら
これからの道のこと 少しだけ話した
誰よりも大きな夢 誰よりもひそやかな声で
それぞれ違う道の 先には
あるのだろうか
宝島
・・・
今いる場所が地図の真ん中
見渡す限りの どこにだって 歩き出せる
与えられた自由 なんかじゃない
トゲに囲まれたフェンスも ない
風が君の背中 押すだけ


参考までにこの俺の高校卒業直後の心境を教えてみましょう。
大学進学をやめて、自力生活をすることを選んだ、そのとき。
俺の中にあったのは「自由」でもなく「喜び」でもなく「決意」でした。

学校では「あまり目立たない、おとなしい人」。サッカー部では
「試合に出れない、地味な補欠メンバー」だったこの俺は、
この新たなチャンスを目の前にしたときに「生きるんだ」と思って
いました。生活費を自力で稼いで
社会の歯車のひとつとして、立派に稼動する。
そんな人間になることを目指したのです。
当然不安はありましたが、頭の中にあったのは
「生きていく意志」。

それしかありませんでした。

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風 コブクロ3

「風」という曲があります。うちの弟が(俺の)高校時代、好んでかけていた
のを少しだけ記憶しています。

人は誰も 恋をして 初めて知る
本当の自分の強さと弱さと向き合っていくんだ
雲が 遠ざかる
・・・
あなたを忘れてしまうほどの恋が 胸を焦がすまで
この道は誰とも歩けない あの日のように
・・・
この風はあなたですか
次の春も
吹きますか


この歌を聴いて、まず思い出してしまうのは、昔の辛かった時期です。
他人の理不尽な配慮によって、追い詰められた日々。
「死ぬかもしれない」
「このままでは社会生活からドロップアウトして」
「末は犯罪者かホームレスか」
という段階に入って、けっこう道を歩きながら
この歌を口ずさんでいた記憶があります。

「風(偶然)は俺の元に」
「あなた(俺を救ってくれる誰か)を運んできてくれるのですか」
「この俺に次の春(来年)という時間は」
「存在しているのでしょうか」
「この危機を、苦しみを」
「俺は乗り越えていけるのだろうか?」
「春の暖かい陽射しと穏やかな風の下で」
「何の心配事もない状態で」
「幸せに道を」
「今年(当時)と同じ、この道路を」
「幸せな顔をして歩いている未来など」
「俺にあるのだろうか」と。

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ここにしか咲かない花 コブクロ2

穏やかな音楽と、風の匂いが感じられる歌
「ここにしか咲かない花」。

ここにしか咲かない花
ここにしか吹かない風
ここでしか聞けない歌
ここでしか見えないもの
・・

雨上がりの道はぬかるむ
けれど 今ここに生きている証を刻むよ
・・・
どうかこの涙を しおれかけの花に
喜びの彼方で もう一度咲けるように
願いは海風に吹かれて大空へ
風が運んで星に変わる そんな日を待っている


俺にとってのこの歌のイメージは「悲しみの中での希望」。
コブクロの歌には前へガンガン進むイメージが強いのですが、
たまに「悲しみの歌」「弱めの決意」の曲が含まれます。
18歳までの俺は、あえてそれらを拒否して
「前へ進むための応援歌」だけを流し続けて生きてきました。
この「ここにしか咲かない花」は微妙な位置にあった曲で、
買うかどうか悩んだのですが。

今ではお気に入りの一つです。
良かれ悪しかれ今の俺は
「穏やかな前進しか、できない」状態ですので。

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桜 コブクロ1

コブクロという、音楽グループがあります。メインは2人の男性で、
彼らがマイクを片手に歌います。現在も活動中のグループです。
その彼らの曲を部分的ながら、ここで紹介していきたいと思います。
最初は最も有名な曲である「桜」です。

名もない花には名前をつけましょう この世に一つしかない
冬の寒さにうちひしがれないように
誰かの声で
また起き上がれるように


という歌いだしから始まる、美しい歌です。

何も話さないで 言葉にならないはずさ
流した涙は雨となり 僕の心の傷 癒す
・・・
土の中で眠る 命の固まり
アスファルト押しのけて
・・・
桜の花びら散るたびに届かぬ思いがまた一つ
涙と笑顔に消されてくそしてまた大人になった
追いかけるだけの悲しみは 強く清らかな悲しみは
いつまでも変わることがなく
君の中に 僕の中に咲く LOVE


散文調で、歌詞はかき乱していますからご了承ください。
本文を知りたい人はコブクロの「ALL SINGLES BEST」
をご覧ください。ちなみにここからしか歌の引用はしないつもり
です。

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天界 神との対話4

「あの世」「天の神様と、その使者」の世界について、この本では
次のように言っています。

しかしその前に、基礎一般理論を再復習しておきます。
人間が死ぬと、自分自身が光の中に導かれて
「あなたの人生は、こんな感じでした」
「Aという分野は、非常によくがんばりました」
「次はBの課題に挑戦しましょう」と、高級霊のような存在から
アドバイスを受けるといいます。

またこれは「輪廻転生」という本に書かれていた話ですが、人は
死んだ後来世、生まれ変わる直前に「3人の老人」のような存在と
対話するといいます。そして「今回の人生のテーマはどうするか」
「大まかなシナリオはどうするのか」などを、アドバイスを参考にしつつ
自分自身で作り出すそうです。ここまでは5つくらいの本に共通して
書かれていた一般見地です。

ではここの上に、この「神との対話」に書かれていた新しい理論を
紹介してみましょう。

「信頼できる霊能者に『あの人はどうなっているでしょうか』と」
「問いかけてもいい」
「しかし不当に大金を巻き上げようとされたなら」
「その人は『いんちき』『まがいもの』である可能性が高いだろう」

「多くの臨死体験の帰還者は、こう言う」
「無意識状態にて、はっきりとした死後の世界のビジョンを見たと」
「わざわざ身内の人間に、何の利益にもならないのに」
「そんな嘘をつく人が、いるだろうか?」

「死後の世界で起きる出来事は」
「とても複雑で、言葉で全てを説明し切れる性質のものではない」
「だから『あの聖者はCという世界を見ました』と言ったとしても」
「それはある一面しか見ていないのかもしれない」

これにて神との対話シリーズは終了いたします。

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教育 神との対話3

二ールさんは精神世界だけではなく「マクロ経済」と言いますか。
日本規模の政治や外交、教育や所得格差などの理論にも詳しいです。
ですので頻繁に、それらについての話題が登場します。

特徴的なのは「究極論であること」と「善」です。俺なおきもときどき
想像したりしてましたが
「みんなが礼儀正しくて、性格が良い人間ならば」
「ややこしい100か条の規約とか、犯罪抑止法律など」
「いらないのではないか」

というのをガンガン言いまくります。

「必要最低限の法律はあってもいい」
「しかし約束を他人に強制的に守らせても」
「うまくはいかないものだよ」
「最終的に平和な社会を実現するためには」
「全ての人が人格者、自分で自分を律せられる」
「人間になるしかない」

「子供たちは12歳から17歳になって、自分の体の内側から」
「自分が男、あるいは女であるというサインを感じ取る」
「しかし大人たちは『それはいけないことだ』『やめろ』と」
「それを封じ込めにかかる」
「子供に性の誤った価値観を、伝えるのをやめなさい」
「できる限りありのままの真実を伝えようとしなさい」

「アボリジニや先住民系(非現代文明)の男女は」
「性というものを隠そうとはしない」
「だからそれらの世界では性犯罪とか性的欲求不満など
存在しはしない」

「あなたたちは子供たちへ、こう言う」
「子育ての責任が取れるまでセックスはするな、と」
「しかしそれは人間の本能に逆らった要求だ」
「私はこう言う、子育ては50代や60代の」
「本当に信頼できる大人たちに任せて」
「20代30代の若い男女は、自由に遊び」
「好きなときに自由に子供に会いに行けばいい」
「人生経験が未熟な若者のうちに」
「良い子育てができるなんて、思うな」

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始まり 神との対話2

この本の著者ニール・ドナルド・ウォルシュさんは、失業者だったそうです。
政府の保険か何かで、生きていられた時期に、ふとどこからか怒りが
わいてきました。元々スピリチュアル系の本が大好きな彼は、そうだ、
神様に手紙を書こうと思いつきました。
「どうして私は、こんなに苦しいのですか?」
「私は何か、間違ったことはしましたか?」
「話は変わりますが、なぜ世界はこんなに」
「醜い状況なのでしょうか」
「金持ちだけが幸せに生きて、貧乏人は」
「政府からも搾取される、幸せになるチャンスそのものがない」

そんなことをただ、誰かに向けるでもなく、怒りに任せて
ガンガン書きむしっていると、ついに終わりが生じました。
心もいくらかスッキリしています。
手がしびれて、少し自由がきかなかったと思いきや、その瞬間
彼の手が自動的に動き始めました。
「あなたが今書いた疑問は『ただ八つ当たりしているだけなのか』」
「それとも本当に答えを知りたいのか」

ニールさんはこう答えました。
「もちろん八つ当たりの部分もあるが、もし答えを教えてくれるのならば、
ぜひ、知りたい!」

その後「神」と名乗る存在と「ニールさん」の対話形式の議論が
始まりました。

神との対話
神との対話2
神との対話3
神との友情 上巻
神との友情 下巻
とりあえずこの5冊を読めば、基礎理論は完璧にできます。

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