日々の進歩

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内気な性格の体験談8

「君はもっと積極的に人と関わった方がいい」
中学1年生のときと、2年生のときの担任の先生にそう言われました。

「勉強の成績は素晴らしい」とほめた上で
「でも君は同級生に自分から話しかけないね。だからそこは
直した方がいいよ」と言うのです。

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内気な性格の体験談7

高校卒業後の僕の人間関係は、悪いことばかりではなかったです。
励まされるような、勇気をもらえるようなものもありました。
しかし22歳のときに統合失調症と診断されることになります。

マンガでわかる!統合失調症
この本みたいなことが起きました。

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内気な性格の体験談6

僕は18歳を過ぎてから、人と出会う機会が極端に減りました。
僕は高校卒業後、自宅でのインターネットビジネスを開始しました。
大学へ進学したり、どこかの企業に就職するなどということはしなかった
です。

そうしたら「コンビニエンスストアやスーパーマーケットなどでのお客様への
対応」以外の人付き合いが消えました。もちろんゼロにはならなかったです。
一人暮らしを始めた僕に「大学へ行け」と父親がメールや手紙、または
直接会って言ってきたりしました。
隣の部屋に住む男性からクレームというか批判的なこと
(例 音楽のボリュームが大きいから小さくしてくれ、みたいなこと)を
言われたこともあります。
高校時代のサッカー部の同級生から携帯電話に電話がかかってきて
「ホームページに書いてある、Aという箇所の文章を削除しろ!」
という怒りの電話をもらったこともありました。

しかし僕の人生から「リアルの、実際の人付き合い」はすごく少なく
なりました。
(次回へ続く)

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内気な性格の体験談5

僕は恋愛が苦手でした。なぜなら人に対して自分から話しかけなかった
からです。

特に恋愛に興味がないというわけではなかったです。他の人間と同じように
「いつか素晴らしい女性と出会って、恋愛して、結婚できたらいいな」
という思いは漠然とですが持っていました。

しかしここで僕の引っ込み思案な性格が壁になります。学校で女の子と
話をする機会があっても、自分から話題を出せない。うまく話を盛り上げる
ことができない。好意の感情を言葉に出すことができない。

それゆえに僕は女の子と付き合った経験はありません。
(次回へ続く)

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内気な性格の体験談4

高校3年生になったとき、僕は孤立しました。多くのクラスメイトが
大学受験を目標にして勉強をがんばる中、僕はサッカーをがんばっていた
ことが理由の一つです。

僕は元々内気な性格でした。人に対して積極的に関わろうとしないタイプ
でした。しかし高校に入ってからはサッカー部に所属し、その仲間とはかなり
会話をしていました。時に笑顔を見せることもありました。

高3の僕のクラスは、サッカー部の人が数人いました。ところが6月の大会を
最後に、僕以外の人間は大学受験に備えてサッカーを引退してしまいました。
僕一人だけがそのクラスで11月まで、最後の高校選手権に向けたサッカーを
続けました。

そのため僕は学校の教室で孤立感を深めることになりました。

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内気な性格の体験談3

僕は2人1組を作るのが苦手でした。小学校、中学校、高校のサッカー部では
2人組といって、2人の人間がペアになってボールを蹴り合う、みたいなことを
よく行いました。

交友関係の広い、社交的な人はすぐに仲の良い友達とペアを作ってしまいます。
僕には仲の良い友達がほとんどいなかった(サッカー部内では)ので、かなり
高い確率で余りました。つまり、他のチームメイトが2人のグループを作る中
僕一人が孤立してしまうのです。

「君はなんでいつも余るの?さっきも一人ポツンとして何もしなかったでしょ。
そんなときはちゃんと誰かに自分から話しかけないとダメだよ」
このような言葉を高校生のときに言われたこともあります。僕はこんな言葉を
言われるのには慣れていました。ですから
「ちゃんと話しかけたよ。でもN君(仮名)のグループからは少し待ってねと
言われたから(何もしなかったんだ)。」
そう反論しました。

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内気な性格の体験談2

僕が小学校2年生のときです。授業参観(保護者が子供の、学校での
授業の様子を見る機会)がありました。

算数の授業でのことです。僕は授業で使う予定だったコンパスを忘れました。
しかし隣に座っているクラスメイトに「コンパスを貸してください」と言うことは
できませんでした。

その後僕は親に叱られました。
「どうして隣の友達に借りなかったのよ。私(親)はすごく情けなかった」
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うでしょ。ちゃんと言葉に出しなさい」
詳細は覚えていません。確かこんな趣旨の言葉を言われました。

僕の当時の心境としては「恥ずかしかった」「馬鹿にされるのが怖かった」というような
感じでした。僕は親に叱られて悔しかったです。屈辱的な気分になりました。

僕はこのような体験はたくさんしています。

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内気な性格の体験談1

「もっと声を出せ!」と僕は言われていました。
僕は昔サッカー部に所属していました。そのときの出来事です。

僕はおとなしい性格で、人に対して積極的に関わらない方でした。
試合中での「5メートル先の味方」へ届く声は出せるのですが、
フィールド全体に響き渡る、元気のいい声を出さないタイプでした。
そんな僕にコーチたちは「声を出さない選手だ」というレッテルを
貼りました。

今考えるとおかしな話です。大声を出すのが苦手な選手に
「ボイストレーニング(はっきりとした声を出すためのトレーニング)」
「発声練習」をやらせるならまだ分かります。しかし彼らはそんなことを
せずただ怒って不満をぶつけるのです。

「何でお前は応援歌を歌わないんだ!しっかり応援しろ!」
高校時代のトップチームの公式戦で、同級生からこんな言葉を
浴びせられたときもありました。ちなみに僕は自分なりに応援を
していました。しかし「応援団長」のような、注目を浴びるような
大きなかけ声は出せない状態でした。

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統合失調症とプロサッカー選手4

統合失調症は長いリハビリ期間を必要とします。個人差はありますが
落ちてしまった集中力や体力、社会生活能力(料理や買い物に行く力)を
取り戻すことが必要です。

プロサッカー選手は表面だけを見ると「スタジアムで試合をがんばれば
いい」という結論になります。しかし仕事として日本中、世界中を飛行機やバス、
新幹線で飛び回ったり、自己管理として食事や睡眠、体調を安定させたり
することが重要です。

10代半ばから、日常生活能力が落ちる。
人としゃべるのが苦手になる。
世間から引きこもるようになる。

おそらくこういった統合失調症の特徴が、プロサッカー選手の卵(プロになれる
サッカーの素質を持った者)が本当にプロになるのを妨げているのでしょう。

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統合失調症とプロサッカー選手3

運動不足も統合失調症患者がプロサッカー選手になれない理由の一つ
でしょう。統合失調症にかかると多くの場合やる気が出ないというか、
無気力な状態になります。そのため体を動かす機会が減り、運動能力が
衰える場合があるのです。

高度な激しい動きを要求されるサッカーでは、こうなってしまえば
ハイレベルなプレーはできません。

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統合失調症とプロサッカー選手2

統合失調症のプロサッカー選手がいない理由の一つとして
「前兆期」と呼ばれる統合失調症の初期症状を挙げておきます。

統合失調症は本格的に発病するまでに、予兆というか前触れのような
状態になることがあります。無気力や不眠、イライラなどが現れるのです。

サッカーは、小さい頃から練習していないとうまくなりません。
そのため10代前半から早い人では
「一生懸命練習をがんばりたいのに、それができない」
「規則正しい生活を送れず、サッカーを断念する」
「不安や焦りのため、サッカーの試合中に活躍できない」
という状況になります。

それがサッカーのコーチ、監督、プロのスカウトから
「この人はサッカーが下手だ。ゆえに試合には出せない」
「プロには向いていない」
などと判断されるのでしょう。
(次回へ続く)

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統合失調症とプロサッカー選手1

10代後半で統合失調症を発症して、その後回復してプロサッカー選手に
なった。そんな話は聞いたことがありません。

統合失調症とは、100人に1人がなる病気であるとされています。
そして10代後半から20代にかけて発症することが多いそうです。
僕は単純計算で「100人のプロサッカー選手が存在すれば、
1人は統合失調症を発症した人がいてもおかしくないはずだ」と
考えていた時期があります。しかしJリーグが開幕してから
現在(2015年)まで、一度もそのような人物を見つけることは
できていません。

検索エンジンで調べても外国の選手が一人ヒットするかしないかという
程度です。日本人は無名のプロ選手を含めてまず見かけません。
なぜでしょうか。これにはいくつかの理由が考えられそうです。
(次回へ続く)

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