日々の進歩

コメントへの個別返信は休止中です。ご了承ください。

楽しく話せるようになる4つのステップ第三回

第三回は実践練習でした。第一回で紹介したイメージトレーニングを
「今、目の前にあること」に対して行う。ある程度強い恐怖が和らいだ
人に対してそれを推奨していました。

これも効果は人それぞれだと思います。トレーニングとの相性が良い人
の場合、成果が出てもおかしくはないでしょう。しかし2015年現在の
僕はこれを積極的に勧めません。

過去の経験に対する向き合い方は人によって違います。
あなたの現在の苦痛・不安を増大させてしまう場合は、このイメージトレ
ーニングは中断してください。

楽しく話せるようになる4つのステップ最終回(第四回)に続きます。

スポンサーサイト

PageTop

楽しく話せるようになる4つのステップ第二回

第二回では「感謝の大切さ」について述べていました。
感謝の言葉を口に出すこと。その重要さを自分なりの言葉で語っていた
つもりです。

ただし今では修行不足であったと認識しています。
これまで多くの自己啓発書を僕は読んできました。
その影響が強かったと当時を振り返って思います。
感謝とは「自然に口に出すこと」あるいは「自然にそう思えること」が
重要です。

「言葉遣いをきれいにして、丁寧なありがとうの言葉を伝える」ことが
できればそれが一番です。
敬語やマナーについて学ぼうとする行為を否定はしません。

ただそれが「内気な性格を治す」ために有効かと問われたら
少ししか効果は出ない。
やはり「恐怖の克服」「不安の軽減」の方が優先順位が高い。
今の僕はそう思っています。

楽しく話せるようになる4つのステップ第三回へ続きます。

PageTop

楽しく話せるようになる4つのステップ第一回

イメージトレーニングを紹介します。

1.呼吸を整えて心を落ち着けます。
2.目を閉じて、つらかった経験をありありと思い出します。
3.胸のあたりに手を置いて、慰め、励ましの言葉をかけましょう。
口に出して唱えます。例えばこんな感じです。
「このときはよくがんばったね」
「もう終わったんだ。大丈夫だよ」
「これはあなたのせいじゃないよ」
4.うまくいけば胸がジーンとしてきます。

これを1日1回、数分間行います。
これを繰り返すと、その体験を思い出しても
嫌な気持ちをあまり感じなくなります。
あなたの記憶にある「辛い思い出」を全てこれを使って
浄化してみてください。

このイメージトレーニングはウェブサイト
あなたも内気・人見知り・対人恐怖症を克服できる!」内の
メールマガジンで一時紹介していたものです。
2008年まで「体験版、無料版」のトレーニングとして教えていました。

楽しく話せるようになる4つのステップ第二回へ続きます。

PageTop

楽しく話せるようになる4つのステップについて

楽しく話せるようになる4つのステップとは、僕が発行していた
全4回のメールマガジンのことです。現在は休止しています。

次回からこのブログ上で部分的ながら紹介していこうと思います。

PageTop

統合失調症と精神分裂病5

統合失調症とは精神がまとまらなくなる、考えがうまく処理できなくなる
病気です。そのため以前は精神分裂病と呼ばれていました。

自分以外の誰かから声をかけられた気がする「幻聴」。
ありもしない非現実的なことを真実だと思い込む「妄想」。
著しい無気力(例えば買い物に行きたいと思ってもやる気が出なくて、
家でゴロゴロ寝て過ごしてしまう、など)。
これらが代表的な症状です。

参考文献「マンガでわかる!統合失調症

PageTop

統合失調症と精神分裂病4

精神分裂病は医学の進歩により「治る病気」になってきました。
そんな流れの中、精神分裂病は「統合失調症」と名前を変更されました。
これまでの「不治の病」とか「怖い病気」などのイメージを改めることも
この病名変更の意図の一つであったという話を聞いたことがあります。

ちなみに「完全に治るようになった」わけではありません。
服薬や通院、リハビリなど、やることはたくさんあります。

統合失調症について書かれた本
そらみみがきこえたひ

PageTop

統合失調症と精神分裂病3

(前回の続き)
今思えばこの診察で自分のことを
「人と話をするのが怖い」
と表現しておけば歴史が変わっていたのかもしれません。
現在(2015年)で言うならば「社交不安障害」と診断されて
医学の治療の対象となっていた可能性があります。
「統合失調症」と病名が付いてもおかしくなかったです。

14歳からの精神医学
精神の病気について深く知りたい方はこの本を読んでください。

PageTop

統合失調症と精神分裂病2

僕は高校卒業後に心療内科を受診したことがあります。
自分がインターネットを使ってのホームページ運営で生活を
していこうと思っていたときです。

問診票には「人と打ち解けて話をすることができない」と書きました。
元々内気な性格だった上に、とあるクラスメイトから
「どうして君はあいづちしか打たないの?」
「自分から話題を出したり、質問しないのはなぜなの?」という趣旨の
事を言われた経験があるからです。

そして診察室に通され、医師と話をしました。
ちなみに父親も一緒でした。

その先生(医師)は
「でもここで(診察室)では普通に話ができてるよね」と
言ってきました。僕は同意しました。

先生はその後も「うつ病」とか「統合失調症」に関すると思われる
質問を2、3個してきました。このあたりは記憶が不鮮明なので
定かではありません。

最終的には「あなたは何も異常はない」という結論を出されて
終わりました。

父親は少し、食い下がりました。
「この息子は大学へは行かず、インターネットを使って生きていこう
としています。私は心配で心配で・・・」と涙ぐみました。
先生は「大丈夫ですって」となだめた記憶があります。

診察が終わり、受付の人から診察券を渡されて、料金を支払って
そのクリニックを後にしました。

長くなったので続きは次回にします。

PageTop

統合失調症と精神分裂病1

僕は統合失調症についてほとんど予備知識がありませんでした。

統合失調症は以前、精神分裂病と呼ばれていました。
そして2002年に統合失調症と病名が変わりました。
僕は1986年生まれです。ですから16歳のときにこの病名変更が
起きたことになります。

僕は中途半端な記憶しかないのですが、新聞の連載記事に
妄想(ありもしない非現実的な考えを抱く)を抱える患者さんのことを
面白おかしく取り上げた精神科医のコラムを読んだことがあります。

また「心理分析 なぜ、人は宗教にすがりたくなるのか」という本を
父親から手渡されて、読むように言われたことがあります。
そこには統合失調症と思われる患者さんが一時的にせよ
宗教的な信念を持つ様子が描かれていた記憶があります。
僕が宗教に関心を持ち、スピリチュアル系の本を読むようになったことを
父親が心配していたのでしょう。

僕が持っていた統合失調症(精神分裂病)に対する知識はこの程度です。

PageTop

脱出への試み3

2005年、自宅の洗濯機が壊れました。

僕は一人暮らしを始めたとき、こんな物件を選びました。
「風呂無し、トイレ共同。洗濯機が付いている」
しかし僕が入居して1年で、洗濯機が動かなくなりました。
大家さんに「洗濯機が故障したので、修理して欲しい」とお願い
すればいいだけの話です。
ところが当時の僕は、それを口にするだけの勇気がありませんでした。

しかも「仕事をしていない(自宅でインターネットを使った仕事をしている)」
という状況下だったので、手洗いで自分の洗濯をするという
道を選ぶことにしました。
それでも生活が大きく狂うことはなかったです。

PageTop

脱出への試み2

一人暮らしを始めた僕に、問題がいくつも発生しました。

まずは「料理ができない」。独立するまで自分の食事を全て
自分で管理する習慣はありませんでした。そのためそれが
ストレスになり、3ヶ月で料理に挫折しました。
レトルトカレーやスープを作るくらいのことはあったのですが
2008年に親元へ引き取られるまで、コンビニやスーパーでの
弁当が主食である日々が約3年続きました。
(次回へ続く)

PageTop

脱出への試み

僕は高校卒業時に、自分の目の前の世界を変えようと試みました。

僕がこれまでしてきた「サッカーがうまくなるための努力」など
陰でこっそりと続けてきたことを周囲に公開して
それで生計を立てようとしたのです。

自宅内で日常的に家族から暴言、悪口を浴びせられるのが嫌だった
ので、一人暮らしを始めることを選びました。
もちろん大学へは行かなかった(進学しなかった)です。
アルバイトも、しませんでした。
就職する気ももちろんありません。

インターネットを利用しての個人運営のビジネスにて生きていく。
当時の僕はそんな決断を選びました。
(次回へ続く)

PageTop

少年非行について

書籍「ざけんなよ―非行に走った少年の寂しさをあなたは理解できますか?」や
家栽の人」を読んだ影響で僕自身には
少年非行への親和性があることが分かっていました。

自分自身がいつ犯罪に走ってもおかしくない。
学生時代の僕は、そのような認識を持っていました。
強いストレスと、家庭内の問題。
僕は薄々自分が抱えている状況を把握していました。

PageTop