日々の進歩

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ホーリーランドの副作用2

ホーリーランドは夜の街を美化します。暴力と危険が潜む
治安の(比較的)悪い世界を肯定する部分があります。
これも副作用の一つです。

僕はホーリーランドに憧れて深夜の町を歩き回りました。
しかし何も手に入りませんでした。
生活リズムが乱れ、体の調子が狂いました。
最終的には統合失調症の陽性症状の悪化につながることに
なります。

実写版 ホーリーランド vol.2(DVD)

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ホーリーランドの副作用1

マンガ「ホーリーランド」は戦いを肯定します。

僕はホーリーランドに大きな影響を受けました。そのうちの一つに
「他人との闘争」をするようになった点を挙げておきます。
実際に街へ出て暴力を振るうことはしませんでしたが、インターネット上で
議論になった際は強く戦うことを意識しました。

僕はホーリーランドに夢中になった人間の一人です。
勇気をもらえましたし、感謝しています。
しかし副作用も多かったです。
それを今後指摘していきます。

テレビドラマ版 ホーリーランド vol.1(DVD)

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統合失調症と警察3

僕は警察が怖かったです。もちろん「道が分からなかったら
答えてくれる」「落とし物をした時に相談に乗ってくれる」という
良い部分もあることは百も承知です。しかし警察の主な仕事は
「殺人」「窃盗(盗み)」「犯罪」を取り締まる、町の治安を維持するのが
中心だと思っていました。

僕が高校を卒業し、一人暮らしになった後。
僕は深夜に外出することが増えました。
交番の前を通り過ぎることもありました。
そんなときに「不審者として怪しまれたらどうしよう」という恐れを
感じていました。

僕が統合失調症を発病した時も。
幻聴や妄想を受けながらも「警察に捕まらないような言動」を
するように心がけていました。
それでも不審者として質問されたことはありましたが。

これにて「統合失調症と警察」シリーズは終了です。
次回からは「ホーリーランドの副作用」について述べようと思います。

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統合失調症と警察2

僕は統合失調症の急性期に警察署にパトカーで連行されたことが
あります。

前回のブログ記事の出来事の続きです。僕は幻聴と妄想の影響を
受けていました。ある日幻聴の声が僕に指示を出しました。
とあるマンションの前でした。入り口の自動ドアの周囲でうろうろして
いたら、管理人の男性に怒られました。
「お前そこで何をやっているんだ」と。

僕はびっくりして、怖くなりました。
それでその入り口を離れて様子を見ていたら、警官がやってきました。
そして僕は質問にまともに答えなかったため、彼らは僕を
パトカーに乗せて警察署に連れていきました。

警察署の取り調べで僕が自分の主張をしたら、彼らは僕を解放しました。

当時僕には現実と幻聴の区別がついていました。
誰か「現実の人」に「頭に響いてくる、心の声」をストレートに伝えても
理解してもらえないだろうということは分かっていました。
だから自分の内部でそれを解決するように心がけていました。
(次回へ続く)

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統合失調症と警察1

統合失調症の人間と警察は一定の関係があります。重症の状態に
なった人は「措置入院」といって、警察に保護されて病院へ運ばれる
ことがあるそうです。
参考文献「マンガでわかる!統合失調症

僕にはその体験がありません。しかし一歩手前までいったことがあります。
幻聴の指示に従い街を歩いていたらある日、制服を来た警察官に呼び止め
られました。
「君は、同じ道を何十回も歩いているね」
「なぜそんなことをしているの?」
僕は「人と待ち合わせをしていた」
「インターネットで知り合った人だったので、来るかどうか分からなかった」
「じっとしているのも暇なので、歩いていた」と適当に話を合わせました。

当時僕は「人と人とのやり取り」は普通に行える状態だったため、警察に
それ以上突っ込まれることはなく終わりました。氏名と住所をメモされて、
持ち物チェックをされた後解放されました。

ほかにも警察と僕が関わった出来事があります。それは次回に書きます。

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統合失調症と探偵マンガ

統合失調症の人間が事件を起こす、探偵マンガを僕は
見たことがありません。

「名探偵コナン」
「金田一少年の事件簿」
「探偵学園Q」
僕は少年時代これらのミステリーマンガを少し読んでいました。
これらのマンガの事件にはパターンがあります。

統合失調症で自分を見失い、事件を起こす。
そういったエピソードが「ゼロ」なのです。
統合失調症の発病の割合は1%です。
単純計算で100回の連載された探偵マンガがあったとすれば、
1回の事件くらいは「統合失調症患者が犯人である」とか
「事件の当事者の家族に統合失調症の人がいる」という設定が
あってもいいはずです。

偏見や差別的な描写ではなく
ブラックジャックによろしく 9」のように正確で的確な描写で
統合失調症を描いて欲しかったな。
今になってそう思います。

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統合失調症と探偵

僕は人と接するのが怖かったため、統合失調症の急性期に
探偵に相談するという選択肢はありませんでした。

マンガでわかる!統合失調症」という本によると、統合失調症の初期
(急性期)の患者さん。
彼らは探偵に依頼して
「盗聴器がセットされているので調べて欲しい」
「誰かに盗撮されている、小型カメラがどこかにあるはずだ」
と調査をお願いする人がいるといいます。
(26ページ目のコラム)

「世界仰天ニュース」というテレビ番組でも似たような描写は登場しました。

以下はあくまで僕の場合の話です。
誰かに一人暮らしの自宅の部屋を「見張られている」という漠然とした感覚は
ありました。しかし甲野善紀さんの影響で
「現代の科学技術には穴(欠陥)が多い」という考えに染まっていました。
そのため「超能力」とか「テレパシー」的な妄想へと発展していったように
思います。

現実でのやり取りが想定される「探偵事務所」に相談しても
「この人は、オカルト趣味に染まっている変人だ」と一蹴される、取り合って
もらえないのではないかと予測しました。
また僕は学生時代から周囲の人間が怖かったため、積極的に5人、6人と
悩みを打ち明けて解決を図る、そんなこともしなかったです。

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七田眞と超能力

僕は七田眞さんの「超能力」のトレーニングを行いましたが、安定した
成果は出せませんでした。

まずは「透視」。トランプのカードを伏せて、その裏に
「これは、ハートの3だろう」みたいなことを予想してから表に返す。
そのような訓練を何回も行いました。僕は一度だけ統計学上の
数値を大きく上回る得点を出したことがあります。しかし安定的に
成績を上げることはありませんでした。最終的に僕は
「自分には、どうやらESP(透視能力)を身に付ける才能はないようだ」
という結論を出しました。失望感と挫折感を味わったのを覚えています。

そして「念力」。ろうそくを燃やしてそこにイメージというか「気」の力を
込める。そうして炎が揺れたり、反応するかどうかをチェックする。
これも「3分間」とか時間を区切って、一日一回、数週間練習しました。
しかしこちらは全く変化はなかったです。

七田眞さんの著書には超能力に関する記述が多数あります。
七田チャイルドアカデミーの生徒である幼児が、透視能力を発揮したり
イメージヒーリングで家族の病気を治す描写が繰り返し登場します。
僕はそれに憧れて高校時代、かなりトレーニングをしましたが
効果は現れませんでした。

念のため言っておきます。
僕はテレビの「超能力ブーム」は知りません。
また本山博さんの「自分でできる超能力ヨガ」とか
「平和のためのスプーン曲げコース―スピリチュアル・ピースメーカー」
西野皓三さんの「西野流呼吸法」
など、別の人の理論も取り入れて工夫しました。
それでも僕の場合効果は出ませんでした。

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七田眞さんの著書との出会い2

「記憶術」を学んだのをきっかけにして、七田眞さんの
様々な本を読みました。

「波動速読法」
「英語勉強法」
「イメージヒーリング」
「幼児教育」
それから僕は自己催眠についての知識もあったので
七田式右脳全開催眠法 上級編」という本もかなり真剣に読んで
研究しました。

ちなみに僕の催眠術、自己催眠についての体験は
自己催眠について1」から
自己催眠について9」をご覧下さい。このブログの過去記事です。

七田眞さんについての話はまだ続けます。

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七田眞さんの著書との出会い1

僕が七田眞さんのトレーニングを知ったのは「記憶術」が
きっかけでした。

雑誌の広告に当時よく出ていた「記憶術」というのを
通信講座ではなく「図書館で」学ぼうと思ったのが始まりです。
様々な著者の書いた「勉強法」「記憶のコツ」などの本を読み進めて
いく中で、その一つに「七田眞」の著書がありました。
(次回へ続く)

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七田眞トレーニングの体験談

僕は14歳から18歳あたりまで、自分の意志で右脳開発トレーニング
を行ってきました。しかしその効果が満足に現れたかというと
疑問です。

最初に断っておきますが僕は「七田式教育」を受けていません。
幼少時に七田さんの教材を使った体験はないですので
これについて言及をするのは避けます。

また「効果が全くのゼロだった」とまで言うつもりはないです。
記憶力や集中力、イメージを頭の中に描くテクニックについては
参考になる部分は多々ありました。

次回以降、僕と七田理論の出会いや軌跡について書いていきます。

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虐待 体験談3

僕は自分の受けた子育てを「普通のこと」だと思っていました。
しかし大人になった今、昔を振り返ると普通じゃなかったなと
感じます。

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虐待 体験談2

僕の父親は感情の落差が激しい人間でした。
彼からも虐待に等しい子育てを受けました。

まだ言葉をしゃべり始めたばかりの、おもちゃで遊ぶ
子供(僕)に対して「はりたおしたろか」と脅すのは
異常でしょう。ちなみに「はりたおしたろか」は大阪の方言で、
標準語に翻訳すると「手で突いて、押し倒してやろうか?」
という意味ですかね。

父親と遊んでいました。ちょっと冗談の言い合いというか、
明るいふざけ合いのような雰囲気になります。その時に
僕が何気なく言った一言に対して(具体的な言葉は覚えて
いません)急に父は怒ります。

僕の胸元に手を伸ばし、洋服をつかみ、上へ引っ張り上げて
いわゆる「かつ上げ」のような、一般的な「不良」のようなポーズを
取り、顔を近づけて低い声で「はりたおしたろか」と言うのです。

僕はものすごく怖かったです。苦痛を感じました。

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虐待 体験談1

僕は母親から「大声で叱られる」「理論をことごとく否定される」
「時に暴力を振るわれる」などの虐待的な扱いを受けて育ちました。

断っておきますが僕は厳密な意味での虐待は受けていません。
児童相談所に保護されたり、児童養護施設に隔離されたりする。
そのような回数はゼロです。

しかし当時の母の言動は僕を大きく傷つけました。それが現在でも
非常に大きな生きづらさにつながっています。
このブログ記事の連載ではそれについて詳しく語っていこうと思います。

虐待の分類でいえば「精神的虐待」「身体的虐待」の2つです。
典型的なパターンを紹介しましょう。
僕が例えば食事中にお皿を落として割りました。
母親が「こら!なおき!ダメでしょそんなことしちゃ!」と怒ります。

僕はその大きな声と、強い口調に恐怖を感じます。
そして反発を覚えて、言い返します。
しかし彼女は僕が素直に「ごめんなさい」と謝罪しないのを
いいことに、延々とお説教を続けます。
そして終盤になると、脅しが入ります。
「ひっぱたこうか?」
「言っても聞かないならば叩いて言い聞かせてやる。犬と同じよ」
そして実際に、暴力を振るわれるケースもありました。

以上のエピソードは僕の創作です。時期(幼稚園時代か、小学校時代か)
によって対応は大きく違っていました。しかし分かりやすくするため
あえて「ぼかした」具体例を載せてみました。

小さい頃の僕は「どうしてうちの親は社会的な制裁を何も受けないのだろう?
僕はこんなに辛い思いをしているのに」という疑問をいつも感じて
いました。

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いじめ 体験談4

僕は中学生時代、恋人が欲しいと思っていました。もちろん
ナンパしたり、口説いたり、積極的に女の子にアタックするような
ことはできませんでした。しかし自分なりに努力を続けていたつもり
です。

ところが中学校時代のいじめにより、僕は「自分に恋人ができる
可能性がゼロになったな」と思いました。非常に絶望感を感じたのを
覚えています。

それから僕はおびえながら人生を生きるようになりました。高校進学後も
「また、あの時のように強く人生を否定されたらどうしよう」という恐怖を
感じることは続きました。

あなたも内気・人見知り・対人恐怖症を克服できる!
僕の感じていた対人恐怖というか人への苦手意識の詳細は
このホームページをご覧ください。

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いじめ 体験談3

僕は幼少時から抱えていた「A」という癖がありました。
(詳しいことは伏せます)
そしてそれが幾度となく学校生活においてトラブルの原因と
なりました。

前回の記事の続きです。その女子生徒と、もう一人と、
さらに数名の計7名くらいの女子にある日の放課後、話がある
と言って呼び出されました。
やはりそれも「A」についてでした。
僕のそれを「やめろ」と。
それが彼らの主張でした。

1回目は軽く注意されただけでしたが、僕が「A」を止めなかったので
2回目はもっと強い口調で指摘されました。
1回目は「うん、わかった」と答えて受け流しただけでしたが、
2回目は僕は拒絶に回りました。
俺は「A」なんて知らない。やってない。
具体的な証拠でもあるのか。
そう反論しました。

彼女らはそれで表面上は引き下がりました。
(次回へ続く)

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