日々の進歩

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医者への反発

僕は人がそばにいなくて寂しかったのに、それを
ストレートに医師(主治医)へ訴えることができずに
とても苦しみました。

2009年のことです。
僕は統合失調症と診断されて一人暮らしを断念して
親元で暮らし始めました。

親は近くにいるんですよ。
でも友達がいない。
近所付き合いもない。

僕は通院と服薬指導を受けながら人生を生きました。
しかし病院の先生に
「自分は人がそばにいなくて辛い(寂しい)」
という訴えをすることはなかったです。

「でもあなたは親御さんと一緒に暮らして
いるよね?」と切り返されることが怖かった。
僕は正式に虐待と認定されていなくても、相当激しい
やり取りをして家庭で育った人間です。
このブログ及びホームページの読者ならもうご存知
でしょう。

「親が嫌いだ。100点満点中80点くらい」
「親が嫌だという理由で実家を飛び出した過去がある」
そんな複雑なことを打ち明けるだけの信頼関係は当時の
主治医に対してありませんでした。

また「刺激が少なくて寂しい」ということを訴えても
デイケアのような場所を紹介されるだけだと思っていたので
当時の無気力な僕は自分の思いを内に秘めている
だけでした。

こっちは病識のない統合失調症患者の一人かもしれない。
しかし正常に頭脳が働いている部分もある。
入院を勧められても了承する訳がないじゃないか。
服薬拒否。散髪に行かない。ひげをそらない。
それらがあっても、もっと人として尊重して欲しい。
そう感じていました。
統合失調症の体験談シリーズを参照)

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不眠のはじまり

僕がリアルタイムで書いた不眠についての
訴えは「アルバイトへの不安」に詳しいです。
今回は違う角度からそれについての文章を書きます。

僕は自らのビジネスを始めた際、それが
「やってはいけないことだ」という認識はありませんでした。

しかし社会人サッカーチームに所属して感じたのは
劣等感でした。
「もしかしたら自分は、社会から肯定されないような
仕事をしているのではないか」という。

僕はメールを使った通信販売のビジネスをしていました。
本来ならば法律上「住所」と「氏名(実名)」「電話番号」
をインターネット上に公表しなければいけない立場でした。
しかし僕はそれをしませんでした。体系的にそれを
教えてくれる人もいなかったですし、身の危険
(インターネット上に自宅の住所と自分の電話番号を書けば
嫌がらせを受けるかもしれない、という不安)
も感じていました。僕はそれ故にその住所等の公表を
控えてビジネスをしていました。

ちなみに現在は大丈夫です。アマゾンを経由しての
アフィリエイトのみの運営なので、特定商取引法(その
根拠になる法律)の表示義務はありません。

「君は何の仕事をしているの?」
「収入はどれくらいあるの?」
「法律的な届け出とかはしたの?」
彼らサッカーチームの人たちは(ネット業界に関して)素人で
あれ、このような質問を僕に対して雑談で向けてきました。
そのため僕は不安になってしまいました。

これが慢性的な不眠(昼夜逆転)を招いた側面の一つです。

次回は「医者への反発」というタイトルで
僕が2009年ころに統合失調症で通院していた
ときの思考について書きます。

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統合失調症の体験記4

僕の「幻聴のはじまり」についての文章を書きます。

「周囲に会話のできる人がいない」
「恋人、彼女が欲しいのに出会いがない」
僕は高校卒業後からこのような悩みを抱えていました。

また僕は大学へは行きませんでした。
個人でのビジネスを始めたので就職して仕事につく
こともなかったです。
自由時間はたっぷりありました。

そんな僕が周囲のサポートから外れて独学で
スピリチュアル(精神世界)系を学んだり
超能力的なものへの興味を深めていきました。

それが僕の場合「頭の中に聞こえる誰かの声」という
形で現れました。最初は「あり得ない」と思っていたの
ですが、次第にそれに影響されていきました。

あくまで僕のケースですが、2008年に父親に病院へ
連れていかれて、現実でのやり取りが増えたため
服薬の効果もあり、幻聴は消えました。
元々矛盾する理論が多かった「心の声」の理論を
「これは、自分自身が作ったものなんだ」と解釈できたのが
よかったと思います。

次回は「不眠のはじまり」です。

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僕は医者にはならない

僕の近くにいるとある人物に「君はこれまで
医者になろう(目指そう)と考えたことがないの?」
と聞かれたことがあります。それに対する僕の答えです。

僕は医者にはならない。
なぜなら、ベタだから。
この世に医者を目指そうとする人は、たくさんいる。

また仮に医者になれたとしても、その先に待っている
のは病院に勤務しての1対1の診察だ。
対人恐怖的なものを持っている僕としては、そのプレッシャー
に耐えきれないだろう。

また「手術」も苦手だ。無理だろう。
人の死に頻繁に立ち会うことも、精神的に辛くて耐えられ
そうにない。

どうせ人生を歩くんだったら僕は「非医学(一般、普通)」
の業界で、誰にも歩けないような、自分だけの冒険の人生を
生きたい。だからとりあえずスタートとしては
インターネットを使用しての、個人の自営のビジネスを
始めたい。

18歳前の僕が感じていた価値観を復元するとこのように
なります。今現在の僕はかなり違う価値観を持っています。
医者にはほど遠いですが、ある程度の医学知識は
独学で学びました。

次回は「統合失調症の体験記」に戻ります。

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統合失調症の体験記3

僕の妄想のはじまりは「輪廻転生」と
「ジョン・レノン」でした。僕が抱えていた妄想は
複数あったのですが、最も分かりやすい、説明が容易な
これを紹介します。

幼少時の僕は、こう考えていました。
イエスキリストは殺された。
ガンジーも暗殺された。
キング牧師も殺された。
ジョンレノンも殺された。
この世の中で「世界平和」とか「周囲への愛」を
ストレートに訴えれば僕も殺されるかもしれない。

だから、僕は政治家にならない。
自分の考えを、主張を別の形で表現しよう。

また唯物論者の「人は死んだらそこで終わりだ。
死後の世界なんて存在しない」という理論に反発を
感じていました。
そのため「人が死んだらその後どうなるのか」について
考察した本をいくつも読みました。その結果当時の僕は
「死後の世界は実在するらしい」という人生観を持つことに
至りました。

前置きが長くなりました。
本題に入ります。
僕は18歳を過ぎ、一人暮らしを始めたあと
非常に孤独で苦しい生活が続きました。

そんなときに「輪廻転生は実在する」という僕の
人生観と「イエスキリストたちの結末」を自分なりに
解釈して「もしかしたら僕は、某宗教家の生まれ変わり
かもしれない」という考えが頭の中で強くなりました。

これは妄想に分類されます。

注意 この現代の日本には「私は○○の生まれ変わりだ」
とか主張する人が一部存在します。
僕はそれに嫌悪感を持っていたので
「この内側の考えを、積極的に人へ伝えるのは避けよう」とも
思っていました。

また「自分の前世が誰であろうとも」
「この今の自分が何をこの世で成すかが大事だ」とも
思っていました。

ということでこれはネット上に初公開する情報です。
次回は「僕は医者にはならない」というタイトルで
統合失調症とは関係ない文章を書きます。

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統合失調症の体験記2

僕は2004年から、著しい無気力の症状が出始めました。

普通の人が「無気力」という単語を聞いたら
「1時間の勉強をすべきところを10分しか続かない」
「やるべき学校の仕事をサボって怠けている人」
「反抗心にあふれた、生意気なヤツ」
というイメージを持つかもしれません。しかし僕の場合は
レベルが違いました。

朝起きます。
しかし「体を起こす気力がない」。
そのうち体が痛くなってくるので気力で立ち上がる。

朝食を食べました。少し昼寝をします。
ところが「1時間も2時間も無意味だと分かっているのに
横になり続けてしまう」。

当時の僕は一人暮らしをしていました。
ある程度時間の融通が効く状態でした。
そのような側面もあり、日常生活状態がどんどん悪化していきました。

風呂に入らない。
ひげをそらない。
服を着替えない。
食事は自炊できなくなり、コンビニやスーパーの弁当で済ます。
昼夜逆転の生活になる。

これらは全て無気力が大きな原因の一つでした。
こんな僕が何のサポートもなしに表社会に復帰するのは
不可能なのは明らかでした。

補足 当時の僕は「ネット依存」「パソコン依存」「ゲーム(テレビ
ゲーム)依存」に近い状態でもありました。
それが自分の生活を破壊させたという側面も確かにあります。
午後11時から5時間
「風来のシレン外伝 女剣士アスカ見参」とか
「To Heart」
「ブリガンダイン 幻想大陸戦記(プレイステーションソフト)」
などに熱中していたこともあります。
当然ネットサーフィンや、インターネットを使った
自営の仕事を行ったこともあります。

次回の「統合失調症の体験記」は「妄想のはじまり」です。

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統合失調症の体験記1

僕は2008年に統合失調症と診断され、本格的な治療を
始めました。今回はその昔のことについて話してみたい
と思います。

僕は2004年、高校を卒業しました。僕は3月生まれ
ですから18歳です。

僕は大学へは行きませんでした。理由は「行きたいと思える
学部、学科が無かったから」です。例えば医者を目指す人間が
「医学部」へ行く。これは当然であり、自然なことです。
同じように専門学校とか、短大を目指す人だっているでしょう。

僕は14歳から自分の意志で図書館で本を借りながらの
読書をしていました。そのため「心理学」に興味があったの
ですが、いざ「心理系の学部」のパンフレットを見ても
「うーん、この学部へ行ってもお堅い教授からの学術的な
退屈な講義しか受けられないだろうな」という絶望感を
持っていました。それがスタートです。

当時僕はサッカーも続けていたので、高校3年生になっても
本格的な受験勉強は避けました。

そして「本で読んだ知識、知恵をヒントに」
インターネットビジネスで生計を立てようと思いつきました。
僕は両親と口論になりましたが、自分の意志を通しました。

そして僕は一人暮らしを始め、収入も月10万円を超え
順調な滑り出しをしたはずでした。

しかし精神的に変調をきたすことになります。
この続きは次回のブログで述べてみます。

補足 うちの父親は「とにかくどこでもいいから大学へ行け」
という考え方の持ち主です。僕は
「飛行機のパイロットになりたい人間が、大学で園芸を学んで
意味がありますか?」
「音楽の先生になりたい人間が、法律や裁判の訓練をしても
ほとんど無意味でしょう」
そう切り返していました。

「お前は優しい性格だから、福祉の学部が向いているのでは
ないか?」と言われたこともあります。
当時の僕は「もっと頭を使う仕事がしたい」と反発して
耳を貸しませんでした。老人ホームのヘルパーや、ケア
マネージャーになって自分の人生何が幸せなんだろう。
そう考えていました。

また「心理学部」に進んだとしても、将来待っているのは
カウンセラーや臨床心理士です。僕の歩みたい人生とは
大きくかけ離れた人生プランでした。ゆえに拒絶しました。

「大学に行けば色んなことが学べる」
→それは社会に出る(普通に高卒で仕事をする)ことでも同じ
では?勉強は社会経験でもよいのでは?
「大学とはモラトリアム(猶予期間)だ」
→それは「1人の学者による説であり、世界の真理ではない」
モラトリアムが高校までである人は、この世にたくさんいる。

当時の僕の主張を並べてみました。
現在の僕の考えとは必ずしも一致しません。
その点は留意ください。

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金の力でもみ消した

僕の父親は僕のビジネス(事業)の失敗を
「金の力でもみ消しました」。

順を追って説明します。
僕は2004年から、インターネットを使用した
個人の仕事をしていました。しかし2008年、統合失調症
を発症してビジネスを続けることが難しくなりました。

当時僕は顧客を抱えていました。
「2000円で、一つのメール講座を送信する」という
案件が二つ残っていました。僕のブログには
「お金を振り込んだのにメールが送られてきていません」
という問い合わせが複数来ていました。

そんなとき僕の父は僕の代わりに
「2000円を返金する」ことでそれを乗り切りました。

今思い出しても複雑な心境になります。
悔しさと屈辱感、劣等感。
そして「義務、約束から解放された」安心感。
それらが混ざった気持ちでした。

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円を小さくして放つ

僕が18歳で自営のインターネットビジネスを始めたとき。
心がけていたことの一つが「なるべくビジネスを広げない」
ということです。

会社を作って事業を拡げれば、お金がかかる。
人を雇わなくてはいけない。
万が一自分の体に体調不良が起きたら、みんなに迷惑が
かかる。

そう考えたので、積極的にビジネスを展開することはしません
でした。検索エンジンからの顧客を呼び込んで商売する。
そんな形式のビジネスが何年も続きました。
「細々と」ビジネスを回転させていたつもりです。

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週刊少年ジャンプの不思議2

前回記事の続き)なぜ僕がこんなことを言うかというと
自分の実体験が大きいのです。

毎週1回コンビニエンスストアにならぶ、新しいストーリー。
僕が一人暮らしを始めたとき、数少ない魅力の一つでした。
この時期、かなり週刊少年ジャンプを読んだと思います。

しかしそこから「自分の人生に本当に役立つ知識」を
仕入れることができたかというと疑問です。
「彼らは真面目な話をあえて避ける(外す)」。
2016年に僕が昔を振り返って感じる感想です。

いちばんマシなのは
「ブラックジャックによろしく」の9巻から13巻です。
俗に「精神科編」と呼ばれているものです。

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週刊少年ジャンプの不思議

統合失調症と週刊少年ジャンプには関係があります。
注 大手マンガ雑誌ならどこも当てはまることでしょう。
しかし最もメジャーで僕が良く知るこの雑誌を指摘します。

マンガ「バクマン」や他の作家さんの話から推測すると、
週刊少年ジャンプ編集部には「マンガの感想、ファンレター」
がたくさん来るそうです。電話やメールが送られてくることも
当然あるでしょう。

そうすると統計上「100人に1人」の疾患である統合失調症
の当事者からの手紙や電話だって当然あるはずです。
症状の比較的安定した統合失調症の人もいれば
発病直後で興奮が強い、自覚のない統合失調症の方だって
いるはずです。

しかし2016年現在。それを積極的に医学へつなげている
様子は見えません。悲しいことです。

(次回へ続く)

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Googleの不思議

僕の書いたブログ記事
「統合失調症とプロサッカー選手」シリーズは
2016年6月15日時点でGoogle検索の
「統合失調症 プロサッカー選手」で1位と2位を
獲得しています。ありがたいことです。

しかしここで不思議な現象が起きています。
僕が書いたそのブログ記事は4つあったはずなのに
2つだけしかGoogleの検索結果に反映されていません。

それ以外は支離滅裂な内容だったり、部分的に
「統合失調症 プロサッカー選手」のキーワードを使用して
いないのに。
なぜか3位以降は別のサイトが並ぶのです。

僕の書いた「統合失調症とプロサッカー選手1」と
「統合失調症とプロサッカー選手3」はどこへ行ったんだ?
そう疑問を感じています。

ちなみにfc2(このブログの運営元)からは削除されてはいません。
その証拠にブログ内検索で上記のキーワードを入力すればちゃんと
その2つはヒットします。

理由は推測することが可能です。
「1」は社会の矛盾をストレートに指摘していますし
「3」も当事者にとっては「痛い所を突いている」側面が
ない訳ではありません。

ここで結論が見えてきます。
Googleは僕の書いた文章をチェックした上で、都合の良い
部分だけを自らの検索結果に反映させているようです。
そう解釈せざるを得ません。

この現象はSEO(サーチエンジン対策)業界を知る人からは
当たり前に認知されている事象です。
しかしここの読者はインターネット初心者もいるでしょうから
あえて解説を載せてみました。

僕は今、少しイライラしています。

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統合失調症の疲労感の克服

ここで書くのは僕の実体験に基づく仮説です。
統合失調症の疲労感の克服に大切なのは
安定的な服薬のほかには「世の中への信頼」ではないか
と思います。

僕の統合失調症の体験談についてはこのブログにてもう
書きました。今回のはそれへの補足です。
僕は幼稚園から高校卒業までサッカーをやっていました。
その頃から小さな「首への違和感」がありました。

話は飛びますが運動不足は健康に悪いです。
しかしテレビでやっていたのですが、サッカーをやっている
とある少年に「運動不足の症状が出た」というケースが
あったそうです。
このことを僕はこう解釈しています。
「体の使う部位が偏っていると、人はどんなに運動をしても
運動不足症状が出る」。

最終的に僕の「首の後ろ当たりの違和感、苦しみ、痛み」は
統合失調症の陰性症状の現れだという結論になります。
僕は専門的な治療を受けて、かなり体は楽になりました。

あとテレビの「まる得マガジン ねこ背なおして健康ボディー
も効果がありました。注意は僕はこの本ではなく
テレビ番組の方を実行しました。

普通の人に向けて書かれた本にも答えが隠されている
可能性はあります。

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統合失調症の倦怠感の克服

小さな磁石を粘着テープで体に固定する
ピップエレキバン」という貼り薬がオススメです。

あなたが統合失調症と診断されていて
日常的に気分がだるい。気持ちが乗らない。
そんなとき僕は「医学を頼れ」と言っておきます。

1に統合失調症の治療薬の服用。
2に医師との定期的な面談。
3に周囲との相談を大切にする。

ここまではどんな統合失調症の本にも書かれていることです。
それでも物足りない人のために僕の持論を述べてみます。

4に適度な運動。
5にバランスの取れた食事。
6に読書。勉強。常に新しい知識を仕入れ続ける。
そして7になって「ピップエレキバン」をお勧めして
おきます。僕は母親に勧められてこれを使ったのですが、
倦怠感の克服にそれなりの効果がありました。
僕の場合「首、肩」に貼ります。

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まとめて克服する

「私って人見知りなんです」と申告する人というのは2種類
に分類されます。
一つは「本当の人見知り」。初対面の人と話すのが苦手で
緊張してしまう。そんなタイプの人です。
もう一つは「ニセモノの人見知り」。大勢の前で普通に
話をしたり、初対面の人に話しかけることができるのに
「俺って実は人見知りなんだよ」と雑談の中で口に出す。
そんな人も一部います。

僕は人見知り克服サイトを運営しています。
僕のその2タイプの人間への対策は
「まとめて克服する」というもの。相手の現在地点に
関係なく、とにかく「人と話ができる人間を目指す」。

本当の人見知りの人間は人見知りを治す。
ニセモノの人見知りの人にも、コミュニケーションのヒント
や緊張の軽減のコツを教える。
そうすれば「あなたが本当に人見知りかどうか」なんて
関係なくなりますよ。という理屈です。

僕のホームページ
あなたも内気・人見知り・対人恐怖症を克服できる!

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ソウルメイト(ツインソウル)探し

僕のホームページには「ツインソウル探し」という裏の
意図がありました。ツインソウルというのはスピリチュアル
用語で「運命の恋人」などと訳されることが多いです。

「僕はこんな人間です」ということを分かってもらって。
「この人とだったら仲良くなりたい、友達になってもいい」
と思ってくれる人を探す。

インターネットのみを利用した通信販売ビジネスだけでは
将来が不安だったので、人とのつながりも求めようとしました。
結論を言うと、あまりうまくはいきませんでした。

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視線

通常人と人との会話の場合、視線は目へと向かいます。
中には「相手と目を合わせるのが苦手だ」という人もいる
かと思いますが、今回のお話はその方向へはいきません。

男性から女性へ視線が向かうとき、その目線が
目ではなく「胸のふくらみ」や「スカートの中」へと
向かうことがあります。僕にもそんな部分はあります。

なぜ僕がこんなことを言うのか。
それは、僕が昔それをネタにしていじめられたからです。
中学1年生のとき、とある同級生女子から「変態(へんたい)」
と呼ばれ、陰湿な嫌がらせを受けました。
それ以外にも僕の性、性欲に関するいじめはあったのですが
それは過去記事に書きました。

いじめ 体験談1
いじめ 体験談2
いじめ 体験談3
いじめ 体験談4

なぜ僕がいじめられなくてはならなかったのか。
いろいろな解釈があります。
僕が成績優秀な生徒だったから(偏差値69)というのも
あるでしょう。
また当時「背が低くて体の線が細い」外見だったこともある
と思います。周囲から「かわいいキャラ」として思われ、性欲が
存在していないかのような扱いを受けた時期もあります。

それから「冗談を言うのが苦手だった」というのもありそうです。
女の子から「エッチ!」とか言われたときに
「エッチなのはお前のほうだろ!」とか冗談半分に、からかい気味で
コミュニケーションを返す。それがものすごく不得意でした。

念のため言っておきますが、僕は成績を他人へ自慢したことは
一度もありません。僕の育った1990年代から2000年代は
学習障害とか知的障害への理解が十分ではなかったというのも
ありそうです。
僕自身にADHD的な要素があったのも背景としてあると思います。

「ほら、あのなおき君を見なさい。あの子はいつもテストで
(100点満点中)95点とか、98点を取ってるでしょ。
それなのにあんたは何なのよ。60点?もっと勉強しなきゃ
ダメでしょ!」

おそらくこんな会話が他の平均的な得点を取る生徒の家庭で
母親とか父親から、受けていたのでしょう。

人には人それぞれの事情がある。
頭の良い子もいれば、悪い子もいる。
弱者に優しくしよう。
自分がされて嫌だったことは、他人にはしないようにしよう。
僕個人はそう考えていたので、
「俺100点とったぜ、すごいだろ!」とクラスで自慢したり
「お前30点しか取れてないのか!バカじゃないか?」
と嘲笑したりすることはしませんでした。

「こいつムカつくから、弱点を突いて
引きずり降ろしてやろう」
そう男女から思われたのかもしれません。
非常につらいことです。

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アクセス数が減った

僕は「あなたも内気・人見知り・対人恐怖症を克服できる!」の
管理人です。2004年からこのウェブサイトを運営している
のですが、最近変化がありました。

ちなみに僕は「Amazonアソシエイト」というものに参加して
います。僕のホームページやブログを読んだ人なら分かると
思いますが、ときどき文章中に本(書籍)へのリンクが
貼られています。それをクリックすると大手通販サイト
「Amazon」のページへ飛ぶ。そんな経験をした人も多いでしょう。

実はそれは「アクセス数」と「実際に商品を買ってくれたかどうか」
を僕はチェックできる仕組みになっています。

そしてその売り上げとクリック数なんですが、ここ2ヶ月で
「ゼロ」に等しくなりました。寂しいです。
ブログの個別記事に、ちょくちょくクリックをしてくださる方が
いるので、1か月間完全にゼロだった訳ではないです。

検索エンジン「Google」からの「内気 克服」というキーワード
でのランキングも、大幅に落ちました。悲しい気持ちです。

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ADHDとプロサッカー選手9

中長期的な努力不足も、ADHDの方がサッカーに
情熱を注ぎきれない理由の一つです。

僕の体験を例にお話ししましょう。
僕は「学校での部活動」とは別に「自主練(自主的な個人練習)」
という時間をとっていました。筋トレやランニング、ボールを
使ったキックやドリブルの練習を1日30分くらいやって
いました。もちろん学校で激しい練習をした日は、疲れている
ので自主練しません。そして意図的に「自主練をお休みする日」
も作っていました。

そんな自主練を始める際。困ったのが僕のADHD的な性質です。
テレビゲームに夢中になりすぎて練習時間を減らしてしまう。
そんなことはたまにありました。
また「1日30分程度のランニング(ジョギングではない)」を
行うとき、頭の中ではものすごい葛藤がありました。
「俺は走るのがしんどいから、今日は走るのやめとこうかな」
と思ってしまう日がとても多かったです。

僕はADHDではありません。
小学校卒業後から徐々にその傾向が抜けていったので、
正式に精神科医にADHDと言われてはいません。
しかし精神科医との雑談の中で「君は昔ADHDだったね」と
言われたことはあります。

サッカーにおいて。
ADHDは明らかなマイナスです。
学校でのクラブ活動での練習ならば、比較的集中して
その刺激の多い練習を1時間、2時間とこなせるのに
家に帰るとその自由の広さゆえに、自主練をサボる。
僕の友達はそんな人ばかりでした。
きっと彼らは現代ではADHDと診断されるのでしょう。

以上をもちまして「ADHDとプロサッカー選手」の連載記事は
終わります。

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ADHDとプロサッカー選手8

周囲からの偏見も、プロサッカー選手の前に
立ちはだかる壁の一つです。

普通学童期にADHDと診断されたら、その後は
「いかに学校生活を無事に終えられるか」に焦点が
当てられます。すなわち言葉の習得や単純な計算など
、知識や当たり前のスキルの獲得に焦点が当たります。

良くも悪くも学校のメインは勉強です。
サッカーなどのスポーツ、部活動は「余暇、レクリエーション」
として低く見られていることが多いです。

ADHDの少年少女がサッカーに強い興味、憧れを持った。
でもその先に待っているのは専門家による教育です。
「ほどほどになら楽しくサッカーをしてよいですよ」
という許可しか与えられないでしょう。

サッカーを勉強の下に位置づけ、軽視する。
僕はこれを偏見だと思っています。
「プロサッカー選手」という職業はちゃんと成立しているのに
「あなたはプロになってはいけませんよ」と間接的な
プレッシャーを与える。
社会の仕組みがそんな風にできている印象さえ受けます。

昔の僕のように。
偏差値69程度の成績をコンスタントに出す。
それでも「俺は勉強より、サッカーが好きなんだ」と思う。
学年で200人中5位以内の成績を残しながら
勉強よりサッカーの自主練に精神的な重みを置く。
そんな人はたくさんいたはずです。

「そんなのサッカーへの依存じゃないか」と感じる人も
いるでしょう。
「もったいない」「勉強をがんばれ」と主張する人も
いるでしょう。
だけど繰り返しになりますが、サッカーが好きな人間は
プロを目指してますますサッカーに人生を捧げるのです。

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ADHDとプロサッカー選手7

放置されたADHDの人間は非行に走ります。プロサッカー選手
を多少なりとも目指す心を秘めた子供にとってこれは
致命的なマイナスポイントです。

ADHDの症状の一つに「衝動性」があります。
カッとなって相手を傷つけたり、暴言を吐いてしまう
という特徴があります。

誤解しないで欲しいのですが
「適切な介入と支援を受けた」ADHDにそれは起きません。
自己理解や、本人の努力も必須ですから
衝動的な行為に走る可能性はゼロにはなりません。
しかし大幅に減ることは事実でしょう。

深夜まで夜遊びすれば睡眠不足でサッカーのプレーの
質が落ちます。
チームメイトに暴言を吐けば雰囲気を悪くします。
試合中ならレッドカードです。
女遊び(異性との過度な交流)に走ればサッカーに
支障をきたします。

現在、医師による「ADHD」の診断を下されている
プロサッカー選手はいません。それは才能を秘めた
サッカー少年、サッカー少女が途中で挫折して
プロへの道を諦めてしまっているという、まぎれもない
証拠です。

参照「ADHDとプロサッカー選手2

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ADHDとプロサッカー選手6

流行に踊らされやすい。それがADHDのサッカー少年が
プロになれない(現在のところプロに届かない)理由の
遠因の一つです。

僕はサッカーが好きでしたが
マンガもよく読んでいました。
そしてミニ四駆やハイパーヨーヨー、ルアーフィッシング、
テレビゲームなどにもかなりの時間を割いていました。

サッカーだけに自分の情熱を注げていたら、僕はもっと
高いところに行けたかもしれないと思います。
実際ADHDの人間は依存症を発症しやすいという報告も
ありますから、サッカー以外の誘惑に負けてしまう
という側面はどうしてもありそうです。

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ADHDとプロサッカー選手5

ADHDの人は人の話に集中を続けることが困難な
場合があります。指示を聞き洩らしてしまったり
周囲の雑音や第三者の話に気を取られてしまう
割合が普通の人より多いです。

これもADHDのプロサッカー選手が現在、一人も
いない理由の間接的要因の一つです。
コーチの言っている言葉をきちんと理解しなければ
試合中良いプレーはできません。

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