日々の進歩

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統合失調症と高校

中学校を過ぎると社会からのサポートが切れます。
ゼロにはなりませんが大幅に少なくなります。
「もう義務教育は終わったんだから自立しなさい」
みたいな形でのプレッシャーが多かれ少なかれ
社会から。
親から。
特定の個人から向けられます。

僕の統合失調症発症は高校卒業後です。しかし
高校時代は統合失調症の前駆期でボロボロでした。
「よし、大学にも進学したい!」と思えるような
学生生活は送れませんでした。

サッカー部では「著しい緊張」のためうまくプレー
できない。
勉強の成績は徐々に下がっていく。
(高校1年のときは偏差値69だったのが、高校3年直後
には偏差値60程度)
友達付き合いが苦手で、信頼できる人がいない。
恋愛にも消極的。恋人ができない。
大きなストレスを感じていました。

このへんの事情は僕のHPに詳しく書いてあります。
次回は「統合失調症と大学」についてです。

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統合失調症と中学校3

統合失調症は中学校でもやはり教わりません。
僕の場合はそうでした。
「うつ病」
「摂食障害」
「パニック障害」
「社交不安障害」など、メジャーな精神疾患は
ほとんど学びませんでした。

親、保護者の世代に対する配慮なのかもしれません。
「統合失調症」を認めてしまえば
「勉強をやらない。成績が伸びない」生徒に厳しく
叱ることができなくなるという理屈かもしれないです。

当然中学生でも精神科(あるいは児童精神科、思春期外来)へ
連れていけば診察してもらえます。
正確な診断を下してもらえる可能性が高いです。
しかし中学校世代全体に対する精神科領域の医学知識の啓発
はあまり積極的には行われていません。残念なことです。
(現在、および今後は変化する可能性はあります)

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統合失調症と中学校2

中学校時代の統合失調症は「不登校」として現れる
場合があります。

僕の同級生に不登校になった人がいました。
彼が統合失調症だったのかは知りません。
しかし何らかの不調を、心の中に抱えていたのでしょう。

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統合失調症と中学校1

中学校に入ると統合失調症にかかる人が出てきます。
統合失調症がやってきた」の著者は先生からの
叱責(クラスメイトに向けられたもの)が統合失調症
のきっかけになったそうです。
中学校2年生のときの出来事だといいます。

理由を僕なりに推測すると「真剣に生きる」ことを学ばせる
からだと思っています。
小学校までは「遊んでいい」「楽しく生きていい」
だったのが
「大人に向けた準備期間」「しっかり生きなさい」
というメッセージに変わります。
僕が育った中学校でもそうでした。
全校生徒が集まる朝礼に遅刻した生徒に、厳しい言葉で
先生が言っていたのが印象に残っています。

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統合失調症と小学校3

もし小学生以下の子供が統合失調症ではないにしろ
何らかの異常行動を示し始めた。そんな場合
「知的障害」と医師が診断を下す可能性もあります。
「発達障害」のことを疑う小児科医もいるはずです。

いずれにせよ小学校で統合失調症は出てきません。

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統合失調症と小学校2

小学生は統合失調症を発症しません。これは
統計上の事実のようです。統合失調症の本によく出てくる
データによると、男子、女子ともに「14歳くらいから」
発病する人が出始めて、徐々に高くなっていく。そんな
傾向があるようです。

小学校で統合失調症のような「著しい無気力、意欲の
低下」が見られたら精神科医は「うつ病」の診断を
つけるのかもしれません。

「幻聴、幻覚」を訴え出したら
「嘘をつく子」
「想像力の豊かな子ども」
「集中力が足りない。現実を生きていない少年」
などと解釈されるのでしょう。

「妄想」を言い出したら
「わがまま」
「被害意識の強い、気難しい子供」
と医者が診断するのだと思います。
(次回へ続く)

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統合失調症と小学校1

僕は小学校で統合失調症のことは教わりませんでした。
僕は1986年生まれです。1990年代に小学生時代
を過ごしました。山口県岩国市と、東京都大田区で
それぞれ約3年ずつくらい時間を過ごしました。

学校の保健の授業で「薬物乱用」「二次性徴」などの
ことは教わりました。しかし統合失調症(当時は精神分裂病
と呼ばれていた)のことは一切教えてくれませんでした。

「気が狂う」
「頭がおかしい」
「きちがい」
という一般的な日本語は知ってましたが、深く考えないで
いました。

あとはマンガ「遊戯王」の「海馬瀬人」など
精神に変調をきたした人物についての描写が
頭に残っていました。
(次回へ続く)

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あえて外す

僕は「内気 克服」のためのホームページを
立ち上げました。その際意識したのは
「内気という単語をあえて外す。なるべく使わない」
ということです。

具体例を見てみましょう。例えばこれは
1ページ目の
「勇気を出して話しかける」必要なんてない
の引用です。

本当はもっと明るくふざけ合いたいのに、いつも
おとなしいまじめな自分を演じてしまう。
楽しく冗談を飛ばしている友人の中で、自分の全てを
出し切れていないような、用心深さのような気持ちが
常に自分の中に存在している。

もっと積極的に人と関わりたいのに。
自分から友達を作り、仲良くなっていきたいのに。
自分から話しかけることが、どうしてもできない。
クラスメイトが大小さまざまなグループに散らばった休み時間。
他人の目を半分気にしながら、劣等感を感じたまま
一人ぼっちで時間が過ぎ去るのを待つ。

学校の学活(学級活動)の時間。
自分の意見を堂々と発表したいのに、みんなからの注目の
視線を浴びるのが嫌だから、いつも口をつぐむ。
議論の行く末を見守りながら「私はそうは思わないんだけどな」
と感じながら、無色透明な自分でいるのが
当たり前になっている。

隣にいる異性が、何かのことで困っている。
あ、それなら俺(私)が助けになれる。
そう分かっているのに、親切の手を差し伸べることができない。
だって、怖いから。
話しかけた直後の、相手の「ええ!?」という驚きの表情が頭に浮かび、
それが自分に対する人格否定と感じてしまうため、わざと
「助けない」という選択肢を選ぶ。
自分の心にある純粋な「やさしさ」に目をつぶり
「どうせ俺には関係ないさ」と無理に言い聞かせて
見て見ぬ振りをする。
そんな自分がものすごく嫌でたまらない。

いかがですか?一度も「内気」という単語を使っていない
のが分かるでしょう。
これはわざとです。

内気な性格ではない外部の人間が
「内気 克服」についての文章を書いたら
例えば
「あなたは自分の内気な性格について悩んでいませんか?」
「自分の殻に閉じこもってばかりじゃダメですよ」
「自分を変えようと考えたことはないですか?」
みたいな感じになるはずです。

僕はここで一つの戦術を用いました。
内気な性格の人間が(僕を含めて)本当に頭の中で
(心の中で)悩む、その内部世界を描いたのです。
こうすれば中途半端な新規参入者と差別化を図れるだろう、
という狙いです。

念のため言っておきますが軽いノリの
「実は私も人見知りなんです。しかしそれを克服しました!」
というサイトや本は論外です。
彼らの文章の結論もやはり「軽い」。
「やはり、内気な性格は治すべきなのです」
みたいなありきたりの結論で終わっていたりします。

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障害区分認定とは

障害区分認定とは、あなたが自分の町の障害者向け
福祉サービスを受けようとする際に受ける認定のことです。
僕は専門家ではないので詳しいことは知りません。
しかし「あなたはこの施設へ通えるか」
「通うことが本当に必要かどうか」などを
審査するためにある、と僕は解釈しています。

知っていますか?Googleで「障害区分認定とは」と
検索するとなぜか「障害程度区分とは」の検索結果ばかり
が表示されます(2016年7月25日時点)。
僕はとある就労支援施設の職員から口頭で「障害区分認定」
という単語を初めて聞いたのですが、インターネットで
検索しても上記のような検索結果ばかりで
イライラしたのが記憶に残っています。

障害区分認定についての情報は、あまりインターネットに
出回っていないみたいです。
「障害程度区分」においてさえ難解なサイトが多く、
僕は混乱しました。

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「性格を変えろ」

僕は母を中心とした周囲の人間から
「性格を変えなさい」と幼少時からいつもプレッシャーを
かけられ続けていました。

「お前は自分から友達を作ろうとしない」
「人と積極的に関わらない」
「もっと積極的にコミュニケーションを取りなさい」
そういつも言われました。

僕のこの内気は先天性のものです。
しかし完全な自閉症のような「周囲と意思の疎通ができない」
わけではありません。
安心できる環境さえ与えられれば、僕は話はできます。

「内気な性格はそのままでいいんだよ」
この類のアドバイスに僕は嫌悪感を持っていることは
自分のウェブサイトにて言いました。
参照 他の方法との違い

僕は読書と自分での試行錯誤を重ねて自分なりの答えを
見つけられたと思います。

もう一つ、最近嫌いになった言葉があります。
それは「あなたは人と話はできてますよ」。
言葉で説明するのは難しいのですが、僕は
人と必要事項の伝達はできるのですが雑談的なものは
苦手です。
訓練中というか、まだ試行錯誤を続けている段階です。

僕の性格の特性(性質)を「なかったことにしようとする」
アドバイス。よく言われました。

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統合失調症と腰痛

統合失調症の一部の人は腰痛を発症します。
理由は消耗期の圧倒的な運動不足です。
それに対する解決策と、改善点について僕から
アドバイスをしたいと思います。

統合失調症の人は「知識」は一般の人と変わりありません。
「運動不足は体に悪いですよ。ヘタすると腰痛の原因に
なります」
「適度な運動は体にいい」
そんな原則は学校に通う中で既に知っています。

しかし前駆期、急性期、消耗期、回復期と通り抜ける中で
僕は腰痛を発症しました。
「体の使い方」を消耗期に忘れてしまい、回復期に入って
パソコンやテレビを見始めたからです。
整形外科医の先生からは
「運動不足ですね。水泳をお勧めします」という
ズレたアドバイスをされました。

基本的な解決策は健常者とほぼ一緒です。
しかし統合失調症の人間は「無気力」と「感情の鈍麻」が
ありますので手法は少し異なります。

自分に合った運動習慣を探すこと。
真面目な医学のテレビ番組で、腰痛対策の体操を勉強すること。
僕が自らの体験からお勧めできるのはこの2点になります。

具体的な本を紹介するのなら
まる得マガジン 猫背なおして健康ボディー
を紹介しておきます。これはもうこのブログで言いました。

あの最もひどかった時期の無気力。
あれに対して「運動をすれば、体がラクになりますよ」は
残酷なアドバイスです。
「トップアスリートのような、ケガの危険の伴う激しい運動」
でもなく
「日常生活内の自宅での立つ、歩く、座る」でもなく。
その2つの中間の、自分にとって最も適した運動の程度を
探していく。
これは非常に難しいことです。

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知的障害について

アルジャーノンに花束を」を読んだので知的障害に
ついて書いてみたいと思います。

この小説をきっかけに人間の精神、頭脳(知的活動)に
興味を持った人がいたとすればそれはすばらしいことです。

しかしこの物語には現実と違う点がいくつかありますので
僕は指摘したいと思います。

1.知的障害者の個性
知的障害者も人間です。しっかりした人もいれば明るくて
元気な人もいます。責任感も強い人もいれば弱い人もいる
でしょう。この小説の主人公「チャーリィ・ゴードン」は
一つの例にすぎません。

2.精神障害者の差別
主人公チャーリィは物語終盤に暴走します。自暴自棄に
なって周囲のサポートを拒絶する場面があります。
僕はこの部分の描写が辛く感じました。
これは統合失調症の方によく現れる症状です。
アパートの大家さんから「あなたは最近どうしたんだ。
病気なのか。怠けているのか」と問われて
病気だと思うとチャーリィが答える場面が登場します。

物語中の、主人公による「とっさの一言」とはいえ、この
言葉は本当の病気(精神疾患)の人を追い詰める言葉です。

3.知的障害者の程度
知的障害には大きく分けて「重度」と「軽度」があります。
軽い知的障害の方はコミュニケーションを取ることも
できて、働くことも可能です。
重い知的障害の人間は「車椅子に座ったまま、食事や排泄の
世話をされるだけ」という人も一部いるでしょう。

もちろんカテゴリー分けは簡単ではありません。
上記の二つの「中間」に位置していたり、微妙な場所に
ポジショニングしている人もいるでしょう。
是非あなたはこの小説の知的障害者が、知的障害の全てだ
とは思わないでください。

僕は障害についての本を読んで知識を深めました。
知的障害でしたら歴史が古く(精神障害と比較して)、
学校内での支援や教育のメソッドが確立されています。
参考文献を当たってみてください。

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コンサータとエビリファイ

コンサータとエビリファイの併用については「データが
少ない」のが現実のようです。

コンサータとは、ADHDの治療薬です。
エビリファイとは統合失調症治療薬です。
僕は「集中が散る」「だらだらと無気力な毎日を過ごして
しまう」という時期に、この2つの薬の併用を考えた
ことがあります。実行に移してはいません。

インターネットで検索しても「発達障害をお持ちの方」が
エビリファイを処方されたケースがほとんどで、
統合失調症患者の体験談は見つけられませんでした。

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エビリファイについて

僕は「エビリファイ」という名のお薬を服用しています。
もちろん医師の指導のもとで、です。

僕は医療従事者ではありません。
製薬会社関係者でもありません。当事者です。
その視点からこの薬についての情報を提供します。

この薬は統合失調症の無気力を和らげる効果があります。
また「自閉」や「感情の起伏がなくなる」という
陰性症状に対する効果も高いです。

僕の場合リスパダールという薬によって既に幻聴
(自分の心の中からの声)は消えていました。
目立った妄想もないです。
あえて言うのであれば「対人恐怖」と呼んでいた
普通の人より臆病で、びくびくした部分が
あります。これを医療者が
「妄想」にカテゴライズするかもしれません。
これの真偽についての言及は避けます。

エビリファイには過度の興奮を鎮める効果もある
そうです。双極性障害、そううつ病に対しても
認可の降りた薬です。

僕は自分の内部で感情が暴走する癖を抱えた人間です。
参照 そううつと僕シリーズ
そういう意味では丁度良かったのかもしれません。

なぜ僕が自分の薬をオープンにしたかというと。
次回のブログ記事で実験的な試みをする為です。

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こだわりと僕3

僕は初めて精神科病院に入院したとき、著しい恐怖を
感じました。

このブログの過去記事でも書いた通り、僕は精神科の
病院への入院経験があります。その時の出来事です。

「何をされるか分からない」
「どんな人がいるのだろうか」
そんな事を考えていた記憶があります。

僕は文章優位の人間です。
紙に書かれた内容や、テレビの番組などの情報を頼りに
育ってきた人間です。
「理屈重視」「理論重視」と言った方が分かりやすいかも
しれません。

当時の僕の頭の中にあったのは
マンガ「ホーリーランド」や「カムイ伝」に描かれる
ような「地獄」「修羅場」「争いの絶えない世界」でした。

しかし2008年当時の病院の様子は
もっと穏やかで、落ち着いて、丁寧でした。
2009年に再入院した別のところでも同じでした。

昔の僕を「偏見に満ちていた」と指摘されれば
その通りです。
しかし僕は繰り返しになりますが「文章優位」。
学校で教わった
「薬物乱用」
「アルコール依存症」程度の知識しか
精神科領域の知識はありません。
強いて言うなら「うつ病の初歩」の知識があった
程度でしょうか。

マンガ「ワンピース」「ナルト」の影響もあったと
思います。

参照
タンタンの冒険と統合失調症
統合失調症の体験談11

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こだわりと僕2

僕は中学1年生の冬に、肺炎にかかりました。
原因の一つとして僕のこだわりの強さがあります。

当時のサッカー部ではTシャツの上にジャージを着る。
それが基本の服装スタイルでした。
しかしそれだけだと寒いのです。多くの部員たちは
その学校指定のジャージの上に、ウインドブレーカーや
別のジャージを着て練習に参加していました。
そして暑くなってきたら練習中に1枚それを脱いで
運動を続けるのです。

ところが僕の場合「みんなに注目されるのが怖いから」
という理由で学校指定の青いジャージしか着ませんでした。
とても寒かった記憶があります。寒さで凍えていました。

僕は体調を崩し、肺炎で2週間寝込みました。

もちろんこれには別の側面もあります。
毎朝7時からの朝練に伴う睡眠不足とか、僕の運動能力
が悪い(サッカーが下手だ)のに根性で練習に参加し続けた
という部分もあります。

しかし僕の独特の価値観(ジャージを着ることに関する)が
肺炎(風邪を悪化させた病気)に大きな影響を与えたのは
事実だと思います。

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こだわりと僕1

僕は独特の「こだわり」を持った子供でした。
最初に思い出すのは、高校3年生のときの出来事です。

僕はサッカー部に所属していました。
高校3年生の6月頃になると、一部の3年生は「引退」に
入ります。大学受験を目的とした勉強に専念するのです。

しかし引退しない3年生もいます。
11月の高校サッカー全国大会の地区予選に向けて
最後の頑張りを見せるグループもあります。
僕はこちら側でした。
彼らはサッカーを続けます。

しかし僕はコーチからのサッカーの実力の評価は
低かったのです。
多くの3年生はAチーム(レギュラーとして公式試合に
出れる、トップチーム)やBチーム(いわゆる2軍。Aチームに
次ぐ控えチーム)に入るのですが、僕が当時いたのは
Cチームでした。
3年生は僕一人しか残りませんでした。
僕以外の3年生は引退してしまったのです。

ここで不思議な現象がおきました。
僕は雑談をしなくなったのです。
それまでの僕は同級生と楽しく会話をすることができました。
しかしチームに僕と同学年の人がいなくなったため
練習中や練習終了後に会話をする。
それが、ほとんどなくなったのです。

当然僕は寂しかったですよ。
しかしそれ以上に僕の信念が強かった。
「同級生ならくだけた会話をしてもよい」
「下級生には上司というか上の立場で話をせねばならない」
そんな価値観に僕は支配されていたのです。

もちろんこれは「傲慢になる」とは違います。
僕は丁寧な性格で、自慢したり暴言を吐いたりはしません。

僕がここで言いたいのは僕が
「自分自身で作り出した考え方の枠」
「こだわり。こうあらねばならないという信念」
に強くしがみついていたということです。

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注意欠陥と僕3

僕は授業中立ち歩いてばかりでした。
小学校低学年の頃のことです。

僕は普通に授業を理解することができました。
しかし集中が長続きせず、黒板まで歩いていったり
先生を困らせるような行動を取ることが多かったです。

ちなみにその頃は対人恐怖はあまりありませんでした。
「人から見られている。だからきちんと自分の行動を
制限せねば」みたいな考えはなかった記憶があります。

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注意欠陥と僕2

僕は学級委員ができませんでした。
小学校6年生の3学期に、無理やり委員をやらされた
ことがあります。しかしその注目度の高さと責任の
重さに耐えられず、うまく務めることができなかった記憶が
あります。

用語を整理します。
「学級委員」とは小学校のクラスで司会を務めたり、
学芸会(文化祭)の役割分担をしたりする、いわば
リーダー的な役職です。

僕はその当時「頭の良さ(回転の速さ)」やリーダー
シップの能力などで、クラスで一目置かれる存在でした。
あの頃は対人恐怖はあまり悪化しておらず、自分を堂々と
周囲に主張することができました。

僕はいざという場面でもヘラヘラ笑っているような
いわば「やる気のない」子供でした。弱者への優しさ
や学校の成績の良さ(小学校当時)などで
「やればできるヤツ」と認められてはいました。
しかしこの学級委員の際はうまくいかなかったようです。

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注意欠陥と僕1

高校2年生のときです。僕はサッカー部に
所属していました。

ところがある日練習開始時間を間違えて高校に
来てしまいました。理由はコーチによる直前の
時間変更です。前日の練習終了後にコーチから
「明日は予定表に2時から(練習開始だ)って
書いてあるけど、1時からスタートに変更に
なったからな」
こんな趣旨の発言が言われていたようなのです。

しかし僕は聞きそびれました。
ボーっとしていたり、考え事をしていたのかも
しれません。とにかく頭の中に入っていませんでした。

僕はこのような「集中力の欠如(一時的な低下)」による
うっかりミスが多い人間です。

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そううつと僕5

2006年あたりに起きた出来事です。
僕は自分のウェブサイトを運営していますが、それに対する
批判的な文章がインターネット上に掲載されました。
ブログです。

どうして僕がそれを知ったのかというと、その頃僕は
自分のホームページに「アクセス解析ソフト」を搭載していた
からです。

その人の文の趣旨はこうでした。
この人(僕のこと)の文章では
「あなたのお母さんは大声で怒鳴る人ではなかったですか?」
とあるけれども、うちの母親はそうではない。
どちらかというと違うタイプの人間だなあ。

さらに僕が我慢していると、新しい文章が更新されました。
そのホームページにあったメールマガジンに登録すると、
有料のメール講座が紹介された。
これって効果があるの?

そんな趣旨のブログ記事に
「そうですね。確かに怪しいよね」
「その人を信じない方がいいですよ」
みたいな肯定的なコメントも返されていました。

堪えきれなくなって僕はキレました。
そのブログに対して反論したのです。
コメントを記入しました。

その人はびっくりしたらしく、こんなコメントを
返してきました。
「何かあるのでしたら私のこのメールアドレスに
メールしてください」
「このような公開の場でコメントで反論されて
驚いています。今も手が震えます」

僕はメールに切り替えて、反論を続けました。
「他人を批判するのなら、それに対する更なる批判を
受ける覚悟をしてください」
「僕は自分のHP(ホームページ)にかなり批判的な
文章を書いていますが、立ち上げた当初は
『もし僕のこの部分を指摘されたなら、こう反論する』
みたいなことを徹底的に考え抜きました」
「何を当たり前のことを言っているんですか。
僕も自分のウェブサイトを始めた頃は同じでした。
緊張と恐怖でガタガタと震えていました」

「僕はもう負けるわけにはいかないんです」
「2005年から父親からメール、手紙で『お前の生き方は
間違っている』『大学へ行け』『お前はどこかおかしい』
という言葉を浴びせられて苦しんでいます」
こんなこともメールで言った覚えがあります。

最終的にその執筆者は謝罪し
「あなたがそう思っているのでしたらそれは正しいと
思います」みたいなことを言って議論は終わりました。

実はこのとき僕はものすごく怒りました。
すぐに反論するのを避けて、パソコンの電源を切って
頭を冷やしに散歩に出かけました。

それでも自分の内側から溢れ出てくるものは消えませんでした。
「自分ひとりがこの怒りを我慢することさえできれば、全てが
丸く収まる」
そう考える部分もあったのですが、上記のような
反論を言う(書き込む)ことを決断しました。

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そううつと僕4

統合失調症の急性期エピソードについて
違う角度から書いてみます。

僕はツインソウル(運命の恋人)についての執着が
ありました。

そして僕の場合幻聴で「私はあなたのツインソウル
です」と名乗る人物と対話しました。
統合失調症の体験談シリーズを参照)

当時の僕は複雑な心境でした。それと同時に
興奮というか、精神の高揚を感じていたのも
事実です。
「やっと探し求めていた運命の人に出会える
かもしれない!」
そう思っていました。

そしてその心の声に従い
5日間くらい、ろくにものを食べず、睡眠も取らず
幻聴との対話、会話を続けました。家の中にいると
気が滅入るので、外で散歩しながら行うこともありました。

僕はこれを「統合失調症の急性期エピソード」だと
解釈していますが、それと同時に「そう状態(興奮状態)」
でもあったなと思います。

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そううつと僕3

小学校6年生の頃です。学校での出来事です。
僕はとある男子(A君と呼びます)と、ある女子
(Bさんと呼称します)の、計3人で遊んでいました。
そうしたら遊びがだんだんエスカレートして
(詳細は忘れました)、担任の先生が介入しました。
僕は叱られて、紙くずのようなものの掃除を命じられました。

モヤモヤしたものを抱えながら掃除をしていた時に、
偶然通りかかったBさんが
「自業自得だよ」と言い放ちました。

僕は1分ほど、耐えていたのですが我慢できなくなりました。
階段を駆け下り、下駄箱で友人の女子と一緒にいた彼女の
ところへ行って殴りました。
そして「さっきの遊びのときだけどな。俺だけのせいじゃないぞ、
お前(Bさん)とA君の部分もあったんだからな!」と言って
その場を去りました。彼女は泣いていたと思います。

コメント欄復活させました。

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そううつと僕2

小学校3年生の頃です。僕は地元のサッカークラブに
所属していました。

そこには「ガキ大将」みたいな子がいました。同級生です。
僕は彼に目をつけられて、いじめられていました。

しかしある日僕は反撃に出ました。少しずつたまっていった
不満を、攻撃に使ったのです。
次に彼が僕をいじめたとき、彼の後ろに飛びついて
顔をひっかきました。4,5回くらいです。

サッカークラブの練習後、彼は僕に言ってきました。
「見ろよこの俺のメガネ。お前のせいで曲がってしまった
じゃないか。次やったら許さないからな」
たしかこんな趣旨の言葉を言われたと思います。

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そううつと僕1

僕が小学校4年生のときです。
僕のいた小学校では「校庭開放」という時間がありました。
平日の午後4時から5時まで、学校の校庭を好きなように
使える。そんな時間です。児童たちは
サッカーをしたり、バスケットボールをしたり、鉄棒で
遊んだり、砂場で遊んだりしていました。

そんなある日の出来事です。
僕は同級生たちとサッカーをしていました。
しかしそばに、同じようにサッカーを始めようとしている
上級生の一群がいました。
彼らの存在を多少は気にしましたが、僕たちはサッカーを
始めました。

彼ら(上級生)は僕らの行いが気に食わなかったようです。
突然、ボールを遠くに蹴り出されて邪魔されました。
僕は多少ムッときましたが、別の子のボールを使用して
サッカーを続行ました。

そして事件が起きます。
上級生の中のとある一人が、僕のところへ来て
「ボールを貸して」と言ってきたのです。
先ほど「ボールを遠くへ蹴られた」経験を持っていた
僕は警戒します。
「蹴らない(遠くにキックしない)んならいいよ」
と言ってボールを彼に手渡しました。

そうしたら。
念を押したにも関わらず。
彼はパントキック(サッカーの技の一つ)でボールを
蹴ろうとするモーションを見せたのです。

僕は「やめろお!」と叫びました。
彼に飛びかかり、後ろから顔をひっかきました。
いわゆる暴力です。

当然振り払われて、反撃に遭います。
僕は殴られ、泣きました。
ほかの上級生や、保護者も駆けつけて
大惨事です。
サッカーどころではありませんでした。
サッカーはそこで中断です。

僕にはこんな経験がすごく多いです。
理不尽な目に遭うと、多少は我慢するのですが
どこかでキレる(爆発する)のです。

次回も似たような体験があるので発表します。

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統合失調症と僕

僕には自閉(対人関係における気持ちの疎通の少なさ)が
あります。
感情の鈍麻(感情表現の少なさ)も自覚しています。
そして「著しい無気力」により今も苦しさを感じています。

昔は幻聴もありました。
妄想的な思考回路を持っていた時期もあります。
認知機能障害(判断力の低下)も少しあります。

僕は自分に統合失調症の診断基準が当てはまることは
理解しています。

参考文献 マンガでわかる!統合失調症

そしてそれ以外の
「そううつ病」
「ADHD」
「自閉症スペクトラム」
に近い部分があるのも知っています。
しかしこちらは確定診断を受けていないので
断定はしません。
(次回へ続く)

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意図が分からない質問

僕は2009年頃、とあるメンタルクリニックに通って
いました。その時の印象的な出来事が一つあります。

僕はそこの医師と会話しました。いわゆる診察です。
その時に受ける質問が「何かズレているな」という感じを
持ったのです。

知識を手に入れた現在の僕が振り返ると、あの人は
僕のことを
アスペルガー症候群(現在で言うところの自閉症スペクトラム)
とかADHDなどの発達障害かと疑っていたようです。

「あなたは、誰かから声が聞こえてくるなどの体験を
していますか?」
こんな統合失調症の「幻聴」の有無を聞いてくることは
1回しかなかったです。

現在の僕が見解を言っておきます。
僕の「こだわりの強さ」「対人交流の乏しさ」は
生まれつきのものです。
僕は活発性もありましたが、同時に多動性(注意力の
欠如)も少しありました。

僕は当時自分のことを「社交不安障害の症状が当てはまる」
と思っていたのですが。医師はそう診断することは
なかったです。

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活字の読書を中心に

僕はマンガをあまり読みません。
テレビを見る回数も多くないです。
それよりも「活字の本」、小説ではない
自己啓発書や実用書を中心に読書を続けています。

普通の22歳の若者が趣味として行っているのは
「マンガ」「テレビ」「ゲーム」「ネット」などでしょう。
僕が2009年頃に通院していた当時の主治医もそのように
解釈していました。

しかし僕は違いました。
サッカー(プロ選手を目標とした、真剣なもの)。
読書(前述のとおり)。
内気な性格を克服するための試行錯誤。
速読や右脳開発などのトレーニングなど。
高校時代、これらが中心でした。
マンガやテレビは補助的な趣味と位置付けていました。

僕を「学校での学業を中心とした知識習得をした人間だ」
と解釈する人間には、あまり良い気分にはなりません。
僕の内面世界はもっと豊かなんだ(人と違うんだ)と
言いたい気持ちになります。

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文章の質

このブログはアクセス数があまり多くないです。
以前は積極的にコメントを残してくれていた読者は
いたのですが、ここ1年は全くいません。
非公開のコメントを含めてです。

僕は魅力のある文章を書けていないのだろうか。
何かおかしなことを書いているのだろうか。
そんな寂しさ、疑問を感じています。

追記 最近の記事はコメント欄を廃止しています。
それも理由の一つだとは理解していますが、それでも
「過去記事に対する反応」の数は圧倒的に減りました。
アクセス数が減った」を参照してください。
コメント欄の復活は検討中です。しばらくお待ち下さい。

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大切にする

僕は笑顔を見せません。
もちろん「ほほえみ」はありますし、口角を上げる
(ニッコリする)ことはあります。
しかし雑談の中で「アハハ」とか「フフフ」などの
笑い声をあげることはできなくなりました。

理由はいくつかあります。
統合失調症の「著しい無気力」によって体が思うように
動かない時期を通り過ぎた経験も大きいです。あの時期の
心身の苦痛は耐え難いものがありました。

そして人間関係も大きな割合を占めます。
僕は中学校時代、および高校時代は成績優秀者に分類
されました。そのため
「けっこう楽しくて、笑える(笑うことができる)」人間なのに
真面目な顔をして何時間も机に向かうタイプだと誤解された
ことがありました。

そんな僕ですから、笑顔を見せることができる人間を見ると
「この人が明るく過ごせるような状態を守りたい」と
思ってしまいます。他人を侮辱してゲラゲラ笑うという
意味ではなく、自然に相手のことを見て優しい笑顔を
見せることのできる人間は好きです。尊敬します。

僕と同じ苦しみは味わって欲しくない。
この人たちの笑顔を守りたい(笑顔を見せ続けられる
状態を保ってほしい)。
それが今の僕の願いです。

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