日々の進歩

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太宰治の「人間失格」

僕は小説はあまり読まないタイプなのですが、読む
読解力はあります。普段は実用的な本を好んで読んで
います。
今回「統合失調症のひろば 8号(2016年秋号)」に
太宰治についての言及があったので、母に聞いてみた
ところ、本棚から「人間失格」という本を出して
くれました。
それを読みました。

ちなみに偶然にも
「心を病んで精神科病院に入院していました。」という
マンガにもこの人間失格に影響を受けたとの記述があったので
驚きました。

感想としては「薬物依存(薬物中毒)」と「アルコール」が
混ざった主人公だな、という印象を受けました。
自問自答というか葛藤は興味深く読めました。

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小論文の課題

「日本は外国人労働者を受け入れるべきか?」
このようなテーマで文章を書きなさい。高校3年生の
とき小論文の通信講座を受講していたとき、このような
課題が出ました。

僕は以下のような要旨の文章を書きました。
「自分ならば迷わず受け入れる」。

それを郵送したら、添削されたその文章が返ってきました。
驚くほどの低評価でした。
理由についてその添削者は
「そんなに簡単なことじゃない」と。更に続けて
「しかし、このようなシンプルな理論の方がいいのかも
しれない」というフォローもありました。

今の僕が反論するとすれば、こうなります。
「言葉の壁や文化の違いはあるだろう」
「しかし本来人間は助け合うのが自然なはず」
「日本において『外国人だから』という理由のみにおいて
就労面で彼らを差別することは望ましくない」
「高い能力を持った外国人ならば、働いてもよいはず」

おそらくこの添削者は「複雑で否定的な理論」を求めていた
のではないだろうかと推測します。
「日本の文化と違う、例えばアフリカで生まれ育った人間が
日本で働くべきではない。なぜならば言葉の壁があるからだ。
私は労働者を受け入れるべきではないと主張する」
みたいな感じです。

でも、これってよく考えると変ですよね。
貧困や紛争で苦しい思いをしている人がたくさんいるのに
「日本に混乱をきたすから」というズレた理由で
日本という世界にバリケードを張る。
僕は違和感を感じます。

資金援助や支援(発展途上国への支援)も大切なことだと
思います。しかし理屈の上では
「日本は、外国人労働者を受け入れるべきだ」というのが
正解であるはずです。

僕は現場を知りません。
ですから机上の理論しか言えません。
異論はあるでしょう。
僕の考えが正答とは思っていません。

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統合失調症と視覚障害の併発2

先天性の統合失調症は存在しません。なぜならば
統合失調症には思春期以降に「発病」があるからです。

しかし視覚障害には先天性のものがあります。
生まれつき目が見えない方は点字や音声を頼りに
物事を学んでいきます。

僕はここにヒントがあると思います。
周りの人間と緊密に連携が取れている人の場合、統合失調症は
発病しにくくなるのではないでしょうか。
視覚障碍者が子供、若者、そして大人へと成長していく。その中で
統合失調症を発症する人は単純計算で100人中1人いるはずです。
ところがほとんどそのような例は報告されていません。
その理由としては「周囲からの支援」の存在がありそうです。

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統合失調症と視覚障害の併発1

僕は会ったことがありません。
ここで定義する「視覚障害」とは、完全に目が見えないとか
メガネやコンタクトレンズを使用しても視力が0.1に
届かないという人たちのことです。

統合失調症の方が視覚障害を負う。例としては文章で
聞いたことがあります。しかし僕は直接知り合った
ことがありません。

理由については前述のブログ連載と重なる部分がありますが
ご理解願います。
「統合失調症と聴覚障害の併発1」からのシリーズです。
次回以降詳しく書いてみます。

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統合失調症と聴覚障害の併発4

聴覚障害者には会話(声、音声を使ってのコミュニケーション)
の概念がありません。だから幻聴が発症しにくくなる
のではないでしょうか。

もちろん手話にだってスラング(暴言)、放送禁止用語み
たいなものはあるでしょう。聴覚障害者が怒ったり、
気分を害することだって当然あり得ます。

なお稀にですが幻覚の一形態として幻視(げんし、人には
見えない幻が見える)というのも統合失調症には
例として存在します。
しかし多くの場合幻聴(誰かからの声)として症状は
現れます。

統合失調症の診断基準を満たすには「幻覚の有無」が
非常に大切です。

次回は「統合失調症と視覚障害の併発」について
掘り下げてみようと思います。

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統合失調症と聴覚障害の併発3

聴覚障害は福祉の対象になります。
しかし本格的な発病前の統合失調症の人には
それがありません。ここにもヒントが眠っていそう
です。

公の手話通訳とか、支援の専門家と緊密に連携が
できている人の場合。統合失調症のような
「非常に追い込まれる」状況は起きにくいです。
これは僕自身の体験を元に言っていることです。

次回は幻聴について考察します。

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統合失調症と聴覚障害の併発2

自問自答の存在。それが統合失調症の発病を
読み解くキー(鍵)の一つでしょう。

私たちは通常「声」で思考を組み立てます。
「あー遅刻しちゃった。学校に間に合うかな?」
などと頭の中で考えながら焦るのです。

ところが聴覚障害の場合。
手話と文字がコミュニケーションの主手段になります。
頭の中でものを考える頻度が減るのではないかと
僕は推測しています。

僕自身頭の中でけっこう「言葉」を使って思考します。
それが精神的に追い詰められていたり、興奮していたり
怒っているときに「暴走」する。
それが幻聴や妄想に変化するのではないかという
仮説が成り立つのです。

統合失調症と聴覚障害の併発が「ない」とされているのには
人間の思考のメカニズムが関わっていそうです。

次回も統合失調症と聴覚障害の併発について考えていきます。
「医療、社会との連携」について書くつもりです。

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統合失調症と聴覚障害の併発1

僕は聞いたことがありません。難聴または
聾唖(ろうあ、完全に耳が聞こえない)の人が
統合失調症を発病する。あるいは
統合失調症を発病した人が耳が聞こえなかった。
難聴だった。

僕はこれまで通院、入院で数多くの精神疾患を持った
方と会ってきました。しかし
「補聴器をつけている方」が1名(彼は統合失調症では
なく別の病気でした)いましたが

統合失調症と聴覚障害を同時に持つことは
とてもレアだと言えるでしょう。
ここから導き出せる結論がいくつかあります。
(次回に続く)

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体験談4

僕には性被害(未遂)の体験があります。

僕が高校生だったころ。とあるデパートの
トイレに入りました。用を足そうと思って
便器に近づいたとき、隣の男性に声をかけられました。
「ズボンを降ろしてみな?」
僕は意味が分からず
「なぜですか?」と返事をしました。
返ってきたのは
「いいから!(そんなことどうでもいいからズボンを降ろして
みろ)」
という、訳の分からないやり取りでした。

彼は「人目が気になるならほら、こっちで」と
大便用の個室を指さして僕に入るように促しました。
僕は嫌だと思いました。

不審に思って立ち去ろうとすると
「仲間を呼ぶよ!」と脅されました。
僕は不安になり、少し躊躇しましたが
勇気を出してその場を立ち去りました。

すぐそばに家族(母と姉、弟など)がいたので
僕はすぐに彼らと合流して何も起きることがなく
無事家に帰れました。

現在の僕が振り返ると彼は同性愛の性犯罪者の一種でしょう。
当時は意図が分からずひたすら苦痛だったのですが、
今なら推測が可能です。
100万人の男性同性愛者がいれば、1人くらいは
犯罪的な方向へ欲望が流れる人がいてもおかしくはない
でしょう。当然大多数の同性愛者は相手の同意を
得た上で、社会で肯定される形で人と向き合っている
のだと思います。

しかし僕がこんな経験をしたことは事実であり、これまで
内に秘めていた体験談を話させてもらいました。

補足 性被害を受けるのは一般に女性(女の子)ですが、
稀に男性(男の子)も被害に遭うことがある。
これは児童虐待の専門家は当たり前に知っていることです。
加害者は男性の場合も、女性の場合もあります。

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体験談3

僕の父親にはストーカーの気があります。
ここで言うストーカーとは、相手の気持ちを
考えないで一方的に自分の感情を優先する、という
意味です。

僕が一人暮らしを始めたときのこと。
部屋を借りた初日に「いざという時のために合鍵を
作りたいから、そのお前の部屋の鍵を貸してくれ」
と言われました。僕は非常に不快になりました。
渋々従いましたが、わだかまりは残りました。

2006年あたりには「大学へ行け」「医者に行け」
を手紙やメール、更には直接押しかけて言われました。
印象に残っているやり取りの一つを紹介します。
僕が「なぜ大学という手段にこだわるのですか?」と
メールで問いかけたところ
「こだわる」という返事が返ってきました。
意味不明なやり取りで、とてもイライラした記憶があります。

僕は元々父親から歪んだ子育て(教育)を受けた
人間です。溺愛と言われても否定はしません。
虐待と言われても正しい部分があります。

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体験談2

僕が「いじめ2」と自分で呼んでいる出来事が
あります。今回はそれについての補足です。

僕が中学校時代いじめを受けていたことは過去記事で
すでに述べました。その際強く感じたのは
「こいつらは俺のことを『いたずらっ子』として解釈
しているんだな」
ということです。

あの当時僕がとっていた行動は、女子からは意味不明に
思えたようです。

小学校1年生のクラスであるなら「好きな女の子の気を
引く」ためにスカートめくりとか、着替えを覗くのは
自然なこととして認知されているみたいです。僕の
クラスでも当時そんな男子児童はいました。

「あなたは好きな女の子に向かって話しかけたり、
口説いたりしてもいいんだからね。みんなと同じように」
このいじめ2の出来事の終わりに、ある女子生徒から
言われました。僕は泣いていました。
強く心の中で「違う」と反発しました。

俺は異性の注目を引くために、こんなことをしていた訳じゃない。
これ自体があの当時の俺の性の喜びだったんだ。

いたずら(女性が嫌な顔をするのを見て、自分が面白がる)。
そんなことはした覚えがない。
ここに女子たちと僕の間にずれがありました。

正直に自分のことを話せば病院送り
(性的逸脱者として医療の対象になる)になったり
警察送り
(性犯罪者、性加害者として刑罰の対象になる)になる。
または「キモイ(気持ち悪い)。それって変態だし」
とか暴言を吐かれかねない。

だからこそ僕は中学校時代、自分の性嗜好について
ノーコメントを通しました。
(次回へ続く)

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体験談1

2013年頃のことです。
僕が近所の公園を通っていたときの出来事について
話します。

「おい」
「お前よくこの公園のそばの道を通るなあ」
「お前の顔はよく見る」
「なんでこの道を通る?」
「小さい女の子がいるからか?」
「もしお前が変なこと考えていたら、殺すぞ」
「お前歳(年齢)はいくつだ?20歳くらいか?」
「家はどこだ?言えよ!」
「お前の顔は覚えたからな。この俺(話し手)の顔、
よく覚えておけよ」

このようなことを言われました。
僕はものすごく怖かったです。辛い思いをしました。

ちなみにここでは一方的なやり取りにしていますが、
実際は会話でした。僕は以下のように返事をしていました。
「僕の家はこの公園とコンビニの近くにあって、この道は
よく通るんですよ」
「住所は言いたくないです。言えば(あなたが)来るじゃ
ないですか」

注釈を加えます。
僕は以前も言いましたが女性を女性として意識して
しまうタイプの人間です。それが5歳児だろうと
20歳であろうと同じことです。
「かわいいな」「きれいだな」と視線が向かう部分が
あるのは自覚しています。

おそらくここで彼が言っていた「変なこと」というのは
性犯罪のことであろうと思います。
痴漢とか声かけ、強姦などの行為を指すのでしょう。
彼はマスメディアに踊らされていたのだと推測します。
もしかしたら彼はその公園で遊んでいた女児の父親
だったのかもしれません。

こちらにそのような意図はない。
お前が頭の中で空想を膨らませているだけだ。
そう反論したい気分もありましたが、言い返せませんでした。

これからネガティブな体験談を続けます。

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やりたいこと2

(前回の記事の続き)
恋愛、結婚もやってみたいことの一つです。
ちなみに僕はLGBTではありません。普通に
女の人を好きになります。性的少数者に対する
差別の意図はないですのでそれはご理解願います。

ただこれは「自然に実現する」類のものであり、
実際に候補になっている女性に対して積極的に
アタックするつもりはありません。

ありのままの自分を大切にして。
人に依存せず自分の人生を歩む。
それを心がけています。

昔ひどい目に遭ったのでこれまで避けていました。
しかし最近になって考え直すようになりました。
完全に恋愛というステージから降りない方がいい、と。

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やりたいこと1

目の前の人間関係を大切にしたいです。
今僕の周囲には様々な人がいます。その人たちと
良好な関係を築き上げていきたいというのが
ささやかながら、僕の夢というか願いの一つです。
(次回へ続く)

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無気力克服の体験談9

僕は現在も無気力と戦っている最中です。
ときどき体を横にして休みたい衝動に駆られることは
多いです。また姿勢をだらしなく、ぐにゃりとさせたい
気持ちになってしまうこともしばしばあります。

これにてこの連載シリーズは終了となります。
リクエストがあればまたコメント欄に残してください。

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無気力克服の体験談8

僕と対人関係療法との出会いは僕を変えました。

これまで父親や母親から非難、暴言、嘲笑を向けられた
とき「徹底的に反抗する」とか「無視する」といった
選択肢をとってきました。しかし水島広子さんの著書を
読んで
「一回だけ反論する」
「言葉遣いに気を付ける」
「重要な他者に対してコミュニケーションを取る」
「嫌いな人でも頭ごなしに否定しない」
みたいなコツを学ぶことができました。

(詳細は過去記事『対人関係療法のやり方』シリーズを
参照ください)

これが全てではないですが、僕の無気力と
引きこもり(厳密にはデイケアに通っていましたが)を
改善するきっかけになったことの一つです。

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補足 幻聴について

リクエストをもらったので、僕の経験した幻聴
について詳しく書いてみます。

「頭の中に別の人からの声が混ざる」
一言で言うならばそんな感じです。

普通の人でも「空想」「想像力」というのはありますよね。
それと同じで「音楽を思い出す」
「誰か男性(女性)の声を思い出してみる」
というのは誰もが可能だと思います。

それと似たような感じです。
例えば男性の登場人物Aさんの声で
「この道をまっすぐ行けば、コンビニがあります」
などの声が僕には聞こえました。

単純な「おはようございます」「おやすみなさい」
みたいなやり取りもありましたし、複雑な会話も
少ししました。僕の場合「会話」「対話」が
可能でした。

「あなたは今はどこにいますか?」と僕が
頭の中で声の主へ問いかけると
例えば「ここから徒歩10分ほど離れたマンションに
います」みたいな返事が返ってきました。

思考を常時監視されているような感じでした。
自分の頭で思っていることが、前回の記事で書いた
メンバーに一部伝わってしまう。
そんな状態でした。
そう思い込んでいました。

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無気力克服の体験談7

これから統合失調症の幻聴と妄想について書きます。
もしもあなたが読んでいて気分が悪くなってきたら
無理をせずに小休止を入れてください。

「世界の術」
そう過去の僕が呼んでいた理論があります。
「自分の頭の中で導き出した結論は、空間を超えて
世界中の人に届く」
紆余曲折はあるのですが、最も陽性症状がひどかった
頃はこのような結論を持っていました。

また当時
「某大手マンガ雑誌のアシスタント」と
「現役のマンガ家」数人から
テレパシーのようなものを使って交信して
いた(と、思い込んでいた)時期がありました。
具体的に誰であるかは迷惑がかかるため伏せます。

これとセットで「著しい無気力」
「感情の鈍麻(感情表現が鈍くなる)」
「自閉(社会的、精神的なひきこもり)」
などが起きて僕は統合失調症と診断されたわけです。
とはいっても僕は幻聴と妄想を伏せた状態で
病院に行き、医者に統合失調症と診断されましたがね。

次回は対人関係療法について書く予定です。

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無気力克服の体験談6

僕は高校卒業後自由を手に入れました。
一人暮らしを始めて、自営の仕事をして
自分の自由に使える時間が増えました。

しかし「周囲の他人」から干渉される割合が減った
ことは僕にとってマイナスでした。
僕が当時抱えていた無気力を悪化させる要素の一つに
なりました。

その無気力と「何でこんな所にいなくちゃいけないんだ!」
という自問自答。それが極限にまで達したとき
僕は「幻聴」と「妄想」を発症することになります。
次回へ続きます。

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