日々の進歩

コメントへの個別返信は休止中です。ご了承ください。

HTMLの基礎2

HTMLでウェブサイトの原型を作り終えたら、それを
ウェブブラウザでテスト表示してみましょう。

僕が使用しているブラウザはGoogle Chromeですが、
そのトップ画面で「Ctrl+O」キーを押してみましょう。
(コントロールキー+アルファベットのオー)
windowsの場合です。

すると「開く」というコマンドが実行されます。
パソコン内にあるファイル、フォルダーが表示されると思います。
これはWordやExcelで作ったファイルと原理は一緒です。
ここでタグの書かれた文章ファイルを決定し、実行する。
するとChrome上にあなたの書いた文章が映ります。

HTMLファイルが完成していれば、タグによって
装飾されたり、青文字でリンク表示されている文章が
きれいに表示される、という理屈です。

次回はMicrosoft OfficeのソフトであるWordとExcelについて
言及する予定です。

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HTMLの基礎1

文章をタグで囲むことで、文章を強調表示したり、
リンクを作ったりできます。

ホームページを作るために大切になるプログラミング言語
「HTML」では、タグという考え方があります。

<b>と</b>の間に文字を入力すると、その範囲だけ
文字が太字で表示されます。
(実際のHTMLは半角文字です。ここでは全角で書いていますが)
この<b>が「タグ」です。

詳しく知りたい方は専門書をご覧ください。
スラスラわかるHTML&CSSのきほん
ネット上でも基礎的な情報は手に入ります。

普通の<b>が「開始タグ」と呼ばれ、スラッシュ(/)が
入った後ろの</b>が「終了タグ」です。

不明な点がありましたら質問してください。
これまで技術的な内容だと思って語らずにいたことです。
うまく説明できているか自信がありません。
(次回へ続く)

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ノートから始まった

僕のウェブサイトは自宅の紙のノートが始まりでした。
いきなりパソコンに向かって文章を執筆したのではなくて
ノートに
「大まかなサイトのデザイン」
「メールフォーム(現在は廃止)のデザイン」
みたいなものの原型を書いていったのがスタートです。

次回はHTMLの基礎について述べます。

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自力で立ち上げる

僕は本を書くことができなかったので、ホームページで
自分の理論を主張する道を選びました。

僕が育った1990年代というのはインターネットが
無かった時代です。僕は本(読書)を中心に知識を
深めていきました。

ちなみに本を出版するとなれば「出版社への持ち込み」が
必須なようです。普通に本を大手出版社から出すにしても、
自費出版で好きなことをことを書くにしても
会社(出版社)の編集者と「本の内容の打ち合わせ」みたいな
ワンクッションが必要です。

僕は当時人と話すのが怖かったし、また自分の主張を他人に
いじられる(介入される)のが嫌だったので
出版社を介さずに自分の意見を世に送り出す道を選びました。
それがインターネットです。

2004年、インターネットが急成長している(発展途上の)
時期に自分のウェブサイトをひそやかに立ち上げました。
(次回へ続く)

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SEOの仕組み

検索エンジンで上位表示される仕組みの基礎を紹介します。
本文中に「内気 克服」みたいなキーワードが
自然にたくさん入っているサイトが上位に行きやすいようです。

Googleを例にしますと、あなたが検索欄に
「料理 作り方」と入力する。そうすると
料理の作り方に言及されたサイトが多数登場します。

最終的な順位を決めるのは検索エンジン運営会社です。
複雑な計算システムがあるみたいです。

タイトルのSEOというのは
「Search Engine Optimization」の略で
検索エンジン最適化と訳します。自分のHPが上位に
表示され、たくさんの読者に見てもらうための工夫の
行為のことを意味します。

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雑記帳

僕は2004年に「あなたも人と話すのが楽しくなる」
というメールマガジンをスタートさせました。
また2006年頃に「内気な性格が明るくなる」
というメルマガもやりました。
「プラス日記」というブログも現在は閉鎖しましたが
書いていた時期があります。

「このメルマガ『内気な性格を治す』っていうテーマなのに
どうしてこんなこと書くの?関係ないじゃん」
そう何度か言われたのが嫌だったので、このブログ「日々の進歩」
は最初から「雑記帳」みたいなイメージで
スタートさせました。
本の紹介や日記、体験談など。
僕が何を書いても読者に「無関係なこと書くな!」と怒られる
ことのないように立ち位置を工夫したつもりです。

補足 サッカーのことを書いた時期もあります。
2004年頃には「プロサッカー選手になりたいですか?」
というタイトルのメールマガジンを発行していました。
2007年頃は「サッカー質問・上達掲示板」の回答者を
やっていたこともあります。

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アクセス数が伸びない

前にも同じことを言ったと思いますが、また
悩んでいるので書こうと思います。

このブログの今月の売り上げなんですが、ゼロ円です。
HP(ホームページ)の状態も同じです。
12月26日までの時点でクリック数は
(Amazonのサイトを僕のブログ経由で閲覧してくれた人は)
それなりにいるのですが、買ってくれた人はいません。

念のため言っておきますが僕はここで
「高額商品の販売」は絶対にしないつもりです。
時々僕のようなアフィリエイトサイトで
「NECのノートパソコンが15万円です!」
などと画像付きで紹介している人がいます。
しかし僕は読者を萎縮させてしまうだけだと思っている
ため、これまでやってきませんでした。

また「パソコンマニア」にもならないように心がけています。
僕も結構詳しいんですよ。HTML(プログラミング言語の一つ)
とか、自力でウェブサイトを立ち上げるだけのスキルは
持ち合わせています。

読者の皆さんの意見が聞きたいです。
僕にどんなことを書いて欲しいですか?
これまで自分の体験談を中心に書いてきました。
共感されることはあってもアクセス数につながっていません。
本を紹介しても図書館や古本屋に流れるのか、
僕の手元にお金は入ってこない状態です。

新規の読者の獲得はコメントを見る限りほとんどない状態です。
「商品を買ってください」と言うつもりはないですが
定期的にコメントを残してくれる方がもっと増えて欲しいです。

このブログの在り方を含めて検討中です。
(次回へ続く)

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自動書記実験

前回の記事同様、僕は文章を書く(PC上で
ホームページ用の文章を入力する)ときも
書籍「神との対話」のやり方を参考にしました。

大まかなタイトルと、書く文章の内容を決める。
そしてパソコン、あるいは紙の前に座る。
そして心を無にする。
そうすると文章が浮かんでくるので、それを書きつづりました。

初期の「あなたも内気・人見知り・対人恐怖症を克服できる!」
の文章は、こうやって書いたものです。ブログ「日々の進歩」も
同様です。

「第7チャクラ」を開く。頭のてっぺんから
すがすがしい、気高いエネルギーが降ってくるような
感覚をイメージしながら
文章を書いていきました。
「7つのチャクラ」についてはヨーガ哲学からヒントを
得ました。

現在の僕はやっていません。
「そんなことしなくても同じだな」と分かったので
普段の自分の、ありのままの文章を書いています。

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自問自答実験

僕は書籍「神との対話」の影響を受けて、日常生活での
ちょっとした選択において「神様とのコミュニケーション」
を試みていた時期があります。
その結論は「うまくいくときもあったし、うまくいかない
ときもあった」です。

上記の本のあらすじはこうです。著者ニール・ドナルド・
ウォルシュさんは日常生活で困難を抱えていました。
ある日ふと「神さまへの手紙」を書こうと思いつきました。
どうして私はこんなに苦しいのか。
なぜこんな生活をしなくてはいけないのか。
それらを紙に書き出して、文章にまとめたのです。

その手紙を書き終えたとき。
彼の手が勝手に動き始めました。
その手紙の「答え」が勝手に書かれたのです。

事実かどうかは分かりません。
しかし当時の僕はその内容に夢中になりました。

僕も似たことをやろうと思いつきました。
例えばコンビニで「今日はどのおにぎりを買おうか?」と
自分自身に問いかけるのです。
そうすると自分の内側から「こんぶのおにぎりにしよう」
などと答えが返ってくるようになりました。

重要な結論は当然、自分の頭で考えました。
またそこで導き出された「答え」が常識とあまりにかけ離れている
場合は再度確認をしました。

それでも「自問自答」のこうした試みは2008年まで
続きました。

のちに僕は統合失調症の「幻聴」を発症します。
これまで聞いてきた「心の声」のボリュームが大きくなり
自分の生活に干渉してくるようになったのです。
最終的に僕はこの「神との対話」を終了しました。

次回は「文章の執筆」についてです。

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昔から、統合失調症

僕は2004年、いわゆる「デビュー」時から
統合失調症でした。

病院に通院し、服薬を始めたのは2008年です。
しかし1度2004年に心療内科を受診した
経験を持ちます。そのため障害年金の書類上は
「20歳より前に統合失調症を発病していた」
という扱いになっています。

これがどういう意味だか分かりますか?
僕が「あなたも内気・人見知り・対人恐怖症を克服できる!」
を立ち上げて、インターネット業界に参入した時点で僕は
「統合失調症」という病気を背負っていたことになります。
無気力がひどくなるのは2005年でしたが、それよりも
もっと昔に無気力の弱いやつは感じていました。

メールを使っての有料講座の運営。
掲示板での質問回答。
ブログの執筆。

これらを「統合失調症を背負いながら、未治療な状態で」
行い続けていたという意味です。

*僕が高校を卒業したのは2004年3月。そして
ウェブサイトをスタートさせたのは2004年1月です。
一人暮らしを始めたのは2004年9月です。

相方は、統合失調症
今回の記事のタイトルの元ネタはこの本です。

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アメリカも苦労している

僕は英検(実用英語技能検定)準二級を持ってます。
そのため英語で書かれた本をたまに読むのですが
変わった出来事があったので紹介します。

僕はADHDに興味があり、アメリカ合衆国で出版されている
それに関する本を読もうと思いました。日本語のADHDの本は
ある程度読みました。また英語のウェブページの基礎的な
部分も既にチェック済みでした。

そこでアマゾン(Amazon.com)のトップページにて
「ADHD」と検索をかけてみました。

そうしたら何と検索1位に

「Smart But Scattered(賢いけれど、乱雑だ)」
検索10位以内に
「ADHD Does not Exist(ADHDなんてものはこの世に
存在しない)」

みたいな本が表示されます。(2016年12月現在)

僕はもっと基礎的な本が欲しかったので、最終的に
ADHD:Productivity with Attention Deficit Hyperactivity Disorder for Child ADHD and Adult ADHD
(意訳ADHD 子供のADHDと大人のADHDを持つ人が生産性を
持つ)
を買いました。

アメリカでは発達障害に対する理解が不十分なようです。
「ADHD」と検索して「ADHDのことを理屈でこね回す」
本ばかりが上位表示されます。
これは英語圏の読者がADHDに対して感情的になっている
ことを示している。
僕はそう解釈しました。

注意 ここで使用した英語とその訳は僕が書いたものです。
学術的正確さ、文学的な正しさは問わないでください。

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配慮

離婚や死別などで親がいない人に一定の配慮を
見せているのが僕の
あなたが内気だった本当の理由
のページです。

僕は2004年にこの文章を書き上げた当初から
こんな気持ちでした。

「この世の中には親がいない人がいる」

だから本文中で
「あなたが臆病なのは『両親など近くにいる大人たちのせい』
です」と述べています。

おばあちゃん(祖母)が親代わりで、母親は働きに出ていた。
しつけや教育を祖母が担っていた。
そんな人もこの世にはいます。

病気で父親を亡くし、シングルマザーの元で育った。

虐待で親から隔離され、児童養護施設で育った。

この世の中には一部、そんな人たちがいます。そんな子が
「私には親がいないんだ…」と寂しい気持ちにならないように
内気な性格の原因を
「近くの大人」だという理論を提示しました。

僕は父と母双方に原因を見出しますが
「親代わりだった祖父母」の子育てに原因があった場合は
そこに原因を見つけられると思います。

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薄い味のスープ

僕は「薄い味」の文章をあえて書いています。

*過去記事「濃い味のスープ」と矛盾したタイトルですが
本質的な意味を汲み取っていただけるとうれしいです。

僕は恵まれた家庭に育ちました。
「両親の離婚」
「親の不倫、浮気」
「犯罪被害」
「近親者の自殺」
「親の死」
「国家クラスの大問題」
そして戦争ですか。それらを経験したことはありません。

普通に当たり前の家庭で育ち
父親と母親がいて、兄弟がいて、
極端にお金に困ることがない。
親に仕事があって、母は主婦で
家の中はきちんとしている。

僕は親の離婚とか、貧困家庭に育った人の体験談を
聞くと悲しくなります。
戦争世代の人の話にも同じ気持ちです。

そういった「当たり前の家庭」で育った僕が
学校内のトラブルとか、悩みとか
部活動(サッカー部)での悔しい思いをぶつけたのが

あなたも内気・人見知り・対人恐怖症を克服できる!と
サッカー上達のための「頭のテクニック」の
2つのウェブサイトです。

これが上記の「厳しい家族環境」の人に思いが届かないのは
承知の上です。理解はされるでしょうが彼ら彼女らを
救うことはできないでしょう。

最近小説を読み出したから、分かるんですよね。
あの人たちを救うことはできない。
アルコール依存症とか、自殺未遂とか。
太宰治の小説に出てきます。

その意味で僕の語る言葉は「薄い味のスープ」に過ぎない。
そう思っています。

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統合失調症と気(気功、気のエネルギー)

気は統合失調症を悪化させます。
「気のエネルギーがあなたに影響を与えている!」という
意味ではなく
「気功、気の概念そのものが統合失調症の悪化因子の一つになる」
という意味です。

僕はスポーツをやっていました。(サッカー)
うまくなるための試行錯誤の一環として「気」を勉強しました。
合気道とか、気を使用する中国武術(中国拳法など)。
西野式呼吸法や、高藤聡一郎さんの「仙道」も勉強しました。

何も知らない読者のために、気功の初歩を伝授します。
拳を握ってパンチを出してください。何も考えずに、です。
次に「気を意識しながら」拳を突き出してみてください。
水の中で体を動かすときのように、空気の重みを感じながら
ゆったりと拳を前へ出すのです。
そうするといつもよりも重いパンチが出ると思います。

マンガに詳しい方はハンターハンターの
「ゴン」の「ジャジャン拳」を参考にしてください。

話を戻します。
統合失調症の当事者が気を意識すると、自分の世界に
入り込む恐れがあります。

武術の達人が「気」を自然な範囲内で扱うのでしたら
僕は否定しません。あなた個人の範囲内でご自由に
お使いください。

しかし統合失調症にとって気は危険です。
僕の経験から言えることですが、「あの人のオーラが
こんな風に出ていると私には見える」
「自分の気のエネルギーを強化しよう」と考えると
運動による筋肉、筋力の強化とは別の思考回路が
出来上がってしまいます。

「このテニスボールに気を込めて、相手が打ち返しにくい
重いショットを打ってやろう」
例えばテニスでそう考えると、人によっては効果が出る
かもしれません。

しかしそこから「気のエネルギー」について深堀りして
しまう恐れが出ます。

注 高岡英夫さんの理論「身体意識図」に出てくる
「熱性の気」「冷性(天性)の気」「ガイアのエネルギー」も
深掘りするのは控えてください。高岡英夫さんご本人以外が
考えると、理論が歪む恐れがあります。

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統合失調症と超能力

この世に超能力は存在しません。現在の僕はそう考えて
います。

また統合失調症患者が「この私の現状は超能力者が
絡んでいるのかもしれない」
「私は超能力を身につけてしまったのかもしれない」
と考えているのでしたらそれにもNOを言います。
なぜなら僕自身が体験したからです。

僕は小学生時代テレビゲーム「ポケットモンスター(以下ポケモン)」
に触れました。その中の属性タイプの一つに
エスパーというものがあります。

蛇足ですがエスパーというのは
「ESPer」と英語で表記し、
「Extra Sensory Perception」の頭文字を取った
「ESP(超感覚知覚)」の持ち主のことで
「Play」の変化形が「Player」になったり
するのと同じです。
要するに超能力を持つ者のことです。

統合失調症の患者が独学で「超能力」について
本やテレビで情報を入手し、自分の症状を
超能力と結びつけて語るのは仕方がないことです。

いまだフィクション(映画、アニメ、マンガ、ライトノベルなど)
の領域では超能力が多数取り上げられます。

僕も影響を受けた一人でした。
統合失調症の急性期を迎え、興奮が高まったときそこには
超能力系の妄想がありました。

この世に「超能力があるかもしれない」と匂わせる
マスメディアには僕は不快感を示します。

彼らがいかにお金に困っていようと公共の情報媒体
を用いて「超能力」を題材にするのは納得できません。
あなたがたは統合失調症の悪化因子をまき散らしているのですよ。

次回は「統合失調症と気(気功、気のエネルギー)」についてです。

マンガでわかる!統合失調症をご一読ください。

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統合失調症と涼宮ハルヒ

もし僕がもっと早く「涼宮ハルヒの憂鬱」を読んでいれば
統合失調症は発症しなかったかもしれません。

この本のあらすじはこうです。
主人公「キョン」は幼い頃オカルトに興味があったようです。
サンタクロース(クリスマスにやって来る赤い服を着た
おじさん)とかテレビの超能力特集。UFOに関する番組など。
しかし年を重ねるにつれ興味は薄れ、平凡な生活を送りながら
高校生になった。

そんなとき「涼宮ハルヒ」という女子高校生に出会う。
そして数々に不思議現象に遭う。

僕はこれを読んだとき「谷川流(この本の作者)は統合失調症
の知識を持っているんじゃないか」と疑うほどでした。
そこまで完成度の高い作品でした。

以下ネタバレ含みます。
僕は統合失調症の急性期に、このライトノベルの登場人物
「古泉一樹」の超能力とまったく同じことを考えていました。
この現実世界のどこかに、異空間とつながる穴があるのでは
ないか、と。詳しく知りたい方は原作を読んで下さい。

タイムトラベル(過去、あるいは未来への移動)も考えました。
マンガ「ドラえもん」のタイムマシンみたいなものです。
朝比奈みくるのエピソードにはそれが登場します。

アニメ版「涼宮ハルヒの憂鬱」もあります。

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統合失調症とNHKニュース7

統合失調症はほとんど語られることがありません。
NHKで午後7時から放送される「NHKニュース7」では
統合失調症という単語は滅多に聞きません。

「障害者」
「精神障害」
「精神疾患」
「抗精神病薬を服用している方」
など、様々な言葉で言い換えながら
明言を避けているようです。

それがNHKの方針のようです。
仮に統合失調症がテレビに登場したとしても
「クローズアップ現代」とか
「NHKスペシャル」
など、別の番組を使用して取り上げようとします。
当事者としては寂しい気持ちになります。

Eテレでは取り上げられるんです。
「バリバラ」
「ハートネットTV」
「きょうの健康」
しかしNHK総合の「ニュース7」では見ません。
それがNHKの方針のようです。

検索エンジンで調べてもヒットしません。
「世界仰天ニュース」という民放の番組ばかり出てきます。

「がん」「熱中症」「認知症」とかは登場するのに
統合失調症は出ないんです。

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姉とN先輩

僕は女性側の性欲について、詳しいことを知りません。
ただ1歳年上の姉がいるのですが、彼女の言動で
「これは性欲の一種かもしれない」
と感じるものがあったので考察してみます。
一部プライバシー保護のため改変している部分があることは
ご容赦ください。

「ねーねー、そういえばN君ってこの前
こんなことを言ってたんだよ」
うちの姉は中学時代、よくこんな話をしていました。
中1のときは「K君」2年生のときは「Y君」、そして3年生
のときは「N君」です。

(僕から見て)安心できるはずがないと思うのに
しつこくしつこくN君の話をするのです。
家族に「お前、またN君の話かよ!」と冗談半分で
突っ込みを入れられてもまだなお続けるのです。
父や母、そして僕や弟が「冗談やからかい、皮肉や
悪口をよく言う」タイプであると分かっていたのに
「いいじゃん!」と開き直って話を続けました。

僕はここにヒントがあると思っています。

ちなみに僕は恋愛の好みをこの侮辱を繰り返す
父と母に打ち明ける勇気を持たなかったので
あまり自分の女性の好きなタイプについては
口に出しませんでした。

「お前の好きな女優は小泉今日子か?お前赤ん坊の時
彼女のポスターを見てニヤリと笑ったのだぞ!」
今でも言われます。非常に不愉快です。

僕は一時期Every Little Thingの「またあした」という曲を
好んで聞いていた時期がありました。
どちらかといえば持田香織(このグループのボーカル)の
方が好きでした。

「アニメ『けいおん!』の平沢唯の人が好きなんでしょ?
あとハルヒ(涼宮ハルヒ)の声優、平野綾がタイプなの?」
母から言われたこともありますがそれも違います。
自分を理解してくれない寂しさを感じます。

僕は穏やかな女性が好きです。アニメで言うなら
朝比奈みくる(涼宮ハルヒの憂鬱のキャラクター)とか
神岸あかり(To Heartに登場する女の子)などが
イメージです。
マイナーすぎるのであまり現実の世界で口にしても
共感してもらえません。

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建設的な感情表現

僕の場合特に我慢しているという感覚はないです。
入院中など、女性からの性の刺激がとても少ない
状況に置かれたときは、半年間射精がないことも
ありました。

ただ夢精(睡眠中の夢による興奮と射精)はありました。
深夜の病院のベッドの横で、暗い部屋で下着を取り替えた
記憶もあります。約1年の入院生活の中で2,3回ですね。

性の刺激が少なくてイライラした経験はありました。
中学1年生のときに、男女別の着替えがルールとして
採用されたときは、慣れるまで1年かかりました。

僕の性の好みは時期によって変化します。
2015年までは「それが人生なんだ」と思っていました。
(前回記事参照)

僕は「強姦だけは絶対にやめよう」という強い意志がありました。
特定の女性、あるいは女性全体に対して恨み、憎しみを
抱いたとしても。
それを破壊的な方向へ流すことだけは嫌だと
感じていました。

他人に迷惑をかける行動はしない。
社会の許された枠(わく)のなかで性を表現する。
そう心がけていました。

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自慰

自分で自分の性器を刺激することを
「自慰」「オナニー」「マスターベーション」などと
呼びます。

僕は中学校時代、いじめを受けました。
元々引っ込み思案で、臆病な性格でした。
中学校に入学したときから、その新しい雰囲気に
馴染めませんでした。
そのため同級生(同性)との性の知識の交換は
ないに等しかったです。

高校でも同じでした。サッカー部に所属し、周囲から
温かく受け入れてもらえたため、耳で聞きながら
性に対するキーワードを学んでいきました。

僕は女性側を知りませんので、男性側を描写します。
性的な刺激を受け、男性が気持ちが高まると
男性器が反応します。僕が小学生時代に見た
男性、女性両方に向けられた性教育ビデオでは
「映画のキスシーン」を例として挙げていました。

ちなみに僕は反応しません。
「女性の乳房」「肌」「体」など個人差はありますが
一般的にはこのようなものに反応するようです。
(僕が高校時代男子更衣室の会話で学んだことです)

トイレに行きたいときや風邪をひいているなど、
明らかに体が不調なときは例外として、男性が
女性の性の魅力を感じる場面を想像しながら
自分の体に触れる。そうすると
うまくいけば体の反応が強化されます。
(個人差が大きいので、深く悩まないでください)

そして自分の体を動かしたり、手を動かして
男性器に刺激を与え続けると射精に至ります。

うまくいかないときもあります。
僕は2016年になってやっとこの意味が分かりました。
以前は男子の行動を「なぜあんなことをしているの
だろう」「なぜあんな行為に夢中になるのだろう」としか
感じられなかったのですが

今は「ああ、この感覚のことを言おうとしていたんだな」
と少し推測できるようになりました。

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ありのままの自分

ありのままの自分でい続けると、性の好みが変化します。
これは僕自身が経験したことです。

水島広子さんの
「自分の居場所がない」と感じたときに読む本
を実践したのが始まりです。
この本では「自分のという個人の存在や生き方を尊重して
(リスペクトして)もらえる。そんなときに感じる、あの
何とも言えない温かい感覚は、何ものにも代え難い、人生で
得られる最高のものの一つだと私は思っています。」
(51ページ)
と記述されていますが、僕はこれに大きな影響を受けました。

異性の目の前で自分を作らず、ありのままの自分をさらけ出そう
とする。自分の会話の話題の選び方や、好き嫌いに正直でいる。
最終的には個人個人が気付くしかないので詳細の言及は
控えます。しかし僕の場合女性を素直に愛せるようになりました。

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性の話題の変化

(前回の続き)
高校に入ると状況が少し変わります。
性行為が話題に入り始めるのです。

前述の「からかいタイプ」は
「週に1回くらいで(女性と)やってるんじゃないの?」
「調子が悪い?お前昨日我慢できなかったのかよ!
(彼女がいる男性に向かって)」
など、女性のいない男子更衣室などでそんな言葉を
投げかけていました。もちろん冗談半分です。

「ストレートタイプ」は恋人を作り始めました。
「俺たち付き合っているんだ」と公表し、一緒に行動したり
登下校、勉強などを一緒に行う人たちはいました。
彼らが具体的にどのような仲まで進展したのかは
知りません。情報がありません。

ちなみに「からかいタイプ」にも彼女がいることがありました。
必ずしも「ストレート」の方がモテていた訳ではないです。

次回は「ありのままの自分を受け入れる」についてです。

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からかいとストレート

世の中には性のモデルとして
「からかい(茶化す、冗談を言う)」タイプと
「ストレート(率直に本音を言う)」タイプの2つが
大きく分けて存在します。

小学校一年生のときK君という男子と同じクラスでした。
彼はイタズラ好きでした。
女の子と会話しているとき、ちょっとした冗談というか
挑発に「うるせえ!」とキレたふりをして
スカートめくりをする。
そんな子でした。

また同じクラスにN君という子もいました。
彼は人気者でした。
あっという間にクラスのきれいな同級生(女子)と
仲良くなって、楽しそうに話をしていました。
僕は劣等感と、挫折心を感じたのを覚えています。

K君のような性格を「からかい」
N君のような人間を「ストレート」と呼ぶことに
します。
(次回へ続く)

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芸能人

芸能人の一部には「体を見られても平気な人」が
いるようです。テレビドラマやバラエティー番組で
男女問わず薄着で登場しても平気な顔をしている
人がいます。

これも「性は個人差が大きい」ことを示す証拠の一つ
となりそうです。

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水着とフィギュアスケート

僕の場合は女性の水着と「フィギュアスケートの衣装」には
反応しません。

一般論では若い女性の露出度の多い服装を男性は好むという
風潮があります。ですが僕の場合違うようです。
似た理由で「アイドルグループのミニスカート」とか
「チアリーディング」にもあまり興味が湧きません。

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アンバランス

男性が女性の裸を見ると「興奮する」とされています。
しかし逆は違うようです。

僕の場合年齢が上がるにつれて減っていきましたが、
幼稚園および小学校低学年時代は、同年代の女の子
と同じ部屋で着替える機会はありました。
僕は周囲を観察していたのですが、女性の裸を見て
反応する男児は一部いました。
僕にもそんな部分はあったように思います。

しかし女性側が男子の裸や、着替え中の姿に
注目を注ぐことはほとんど見なかったですね。

ごく稀にそんな女性はいました。しかし冗談半分
というか、からかい目的で話題に出すだけでした。

このことから導き出されるのは「性の好みは個人差が
大きい」ということです。
男性も「女性に興味が持てない」人たちが一部いたことは
僕も気づきました。
僕が魅力を感じる女性の「Aさん」に対して例えば男性の
「Bさん」があまり関心を持たない。
そんなこともよくありました。

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アダルトビデオが合わない

僕はアダルトビデオが駄目です。体に合いません。
本やインターネットも「試してみた」経験は
ありますが、あまり気分は良くなりませんでした。

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医学モデルと一般モデル

男性の体はどうなっているのか。
女性の体はどうなっているのか。
違いは何か。
それぞれの器官の名前は何と言うのか。
子供を作るためにはどうすればいいか。

これらの疑問に対して「医学」の立場から答えることを
僕は「医学モデル」と呼んでいます。

それに対して「当たり前の普通の言葉で」男女関係や
体のことを答える姿勢を「一般モデル」と呼ぶことにします。

僕は小学校時代不思議に思いました。
どうして性教育では「ビデオ」とか「保健の先生」みたいな
担任の先生ではない教育手段で教えるのだろう、と。

僕の小学6年生時代の担任は結婚している男性でした。
子供もいました。

今だから分かるのですが彼には性教育を教える能力が
無かったのだろうと思います。
自分の気恥ずかしさとか、罪悪感のようなものがあったのでは
ないかと推測しています。

僕の知る限り「医学モデル」の性教育教材は充実しています。
しかし「一般モデル」の性の情報はあまり質が良くありません。

次回は「アダルトメディア」について言及する予定です。

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性教育の本

僕は小学校、中学校、高校で性教育を受けました。
また読書好きだったため
みんなのH ボーイズ編」を始めとする
性に関する本も数冊読みました。
その時に感じたのが「軽いな」という感想でした。

女性を軽はずみな感じで扱う。
あっという間に性行為に走る。

そのような人間が一部いることは事実ですが
僕はもっと「重い」人間でした。
強烈な違和感を感じました。

女性と誠実にコミュニケーションを図る。
思いを率直に伝える。
一段ずつ階段を登っていくように、少しずつ距離を縮める。

自分が本当にそうであるかについては分かりません。
ですがそうありたいと願っています。

次回は「医学モデルと一般モデル」について書く予定です。

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提示された条件がのめない2

中学、高校時代の僕も「提示された条件がのめない」
という思いを感じました。恋愛関係のことです。

学校の中心は勉強です。
友達関係、男女関係は副次的な扱いになってます。
「デートする」「一緒に遊ぶ」「買い物に行く」
などを中心とした女性との関係なんて僕には考えられ
ませんでした。

当時僕は強烈な「生きづらさ」を感じていました。
「内気な性格」と呼んでいた対人関係の悩み。
家に帰れば親からの暴言。
学校の先生からは意地悪と嘲笑。
クラスメイトからは「いじめ」。
(すでに過去記事で述べたことです)

周りにお手本となる大人なんていませんでした。
恋愛においても同じです。

仕方がないからマンガやテレビを参考にして
自分の異性への思いの表現方法を学んでいきました。

マンガ「ママレード・ボーイ
「セーラームーン」
「アイズ(I's 桂正和著)」など、少年マンガ、
少女マンガ問わず様々なマンガを読みました。

補足しておきますが恋愛そのものを取り上げたハウツー本も
かじりましたよ。しかし「対人恐怖を発症していない」
「ある程度異性と関係を持てている」ことを前提とした
これらはほとんど僕には的外れでした。

「冗談を言い合う」
「一緒に行動する」
「思いを伝える。告白する」
これらの文化を「なんか違うな」と感じながら
現在に至ります。

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