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日々の進歩

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統合失調症と犬3

サッカー選手と犬には統合失調症の概念が存在しません。
解説します。

僕は学生時代サッカーをしていました。
中学生時代に受けたいじめの影響か
試合中、そして練習中に「恐怖」を感じていました。
かぎかっこで「恐怖」と書いている理由は後に述べます。

後に僕は統合失調症と判断されることになります。
そのとき医師たちは僕の不安感、恐怖心、恐れに
伴うぎこちなさ、用心深さ、慎重さなどの姿勢を
外から判断して「妄想」だと診断しました。

つまり、思考の中にある思い込みの一種だ、と。

僕はこれに違和感を感じます。
サッカー選手が試合に出ればボールと、そしてゴール
など、現実世界のことに集中が向かいます。
僕は昔からサッカー内で独特の思考回路を持っていましたが

試合で活躍する、結果を残す(ゴールや素晴らしいプレーなど)
が全てだと思っていたため、とくに気に留めることはありません
でした。

自分のサッカーにおける「プレーに支障をきたすほどの恐怖」
を妄想とはとても言えませんでした。
僕は自分の感情を「恐怖」と呼んでいました。

犬にも同じ論法が使えそうです。
多少個性的な犬がいようと
言葉にして訴えないため、獣医師は犬の精神を
統合失調症だとか、妄想だと判断しないのでしょう。

一般。学校。教育。学術界には「統合失調症」が存在します。
しかし言葉のほぼ伴わない「サッカーの試合中」とか
「犬の内面」には統合失調症は存在しなくなります。

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統合失調症と犬2

無気力を訴える犬というのは存在します。
統合失調症の診断基準の一つ、「著しい無気力」というものが
存在します。

やる気はどこから来るのか」で僕は学びました。

犬の手足を縛り付け箱の中に入れる。
そして電気ショックを浴びせる。
犬はそれから逃れようと様々な動きをするが、やがて
諦めてじっと電気ショックを耐えるようになる。

その後、その犬を違う場所へ移動させる。
そして今度は手足を縛らずに電気ショックを与える。
少し動けば回避できる状況でも、その犬は電気ショックを
黙って受けるだけ。

今度、別の犬で実験する。
手足を縛るのは一緒だが、犬の鼻先にボタンを取り付けて
そのスイッチを押せば、ショックが止まるように作っておく。
電気ショックを複数回受けたその犬は、やがてボタンを押して
それを押すことを学んでいく。

その犬を別の場所へ、手足を縛らずに移動させる。
そして電気ショックを与えると、ジャンプして
電気ショックを避けた。

ネット上でもこの実験について言及されたサイトを
見ることが可能です。
「無気力な犬 電気ショック 心理学」と検索すれば
出てきます。

上記の文は昔僕のウェブサイトの「次なる闇の中へ」ページにて
発表していた時期もあります。

話を統合失調症に戻します。
統合失調症の「無気力」だけなら犬など動物でも
発症しうるという仮説が導き出せます。

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統合失調症と犬1

犬は統合失調症になりません。幻覚や妄想を訴える犬
というのは見たことがありません。

認知症の犬。
白内障の犬。
足に障害を負った犬。
これらは存在しますが

「統合失調症の犬」
「精神障害の犬」は聞きません。

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個人宗教2

僕にとって有益な知識は宗教の本からある程度
入手できました。

過去にこのブログで連載したこともあります。

ただ個人差の大きなテーマであるため、大きな
反響はなかったです。

以下は僕の仮説です。
この世の全ての宗教系の教えは全て
「精神論」に置き換えることができる、と思っています。

「この世にはAと、Bという神様がいる」
「それは『A』という名前である」

で、それが何なのか?というところをじっくり読んでいくと
「周囲の人に親切にしなさい」
「親を大切に」
みたいな、平易な結論に要約できる。

その意味では僕は宗教論を「意味がない」と思っています。
過剰反応せず、そして拒絶しなければ
それほど怖いものではありません。

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個人宗教

僕は学生時代、宗教系の本を読んでみようと思いつきました。
そのときに考えをのは「組織宗教(に関する本)を避けよう」
ということと「個人の教えに耳を傾けよう」ということでした。

組織宗教は「信者集め」「お金儲け」のために、布教のため
本を出版している可能性がある。
また「キリスト教」「仏教」など大手でメジャーなものは
「既に知っている」部分が大きい。

だから、なるべく個人が執筆した本を選んで読もう。
本当に伝えたい「何か」を持った一人が
誠実に書いてくれた本を読もう。

そう考えて読書を続けました。

僕は新興宗教の教えについて詳しく知りません。
また大手宗教(イスラム教、ユダヤ教)についても
学校卒業程度の知識しか持ちません。
僕が持っているのは
「個人宗教」、多くの個人が書いた
宗教に近い教えに関する知識です。

次回へ続きます。

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社会的ひきこもりと統合失調症

統合失調症が精神分裂病と呼ばれていた1998年。
社会的ひきこもり」という本が出版されました。

この本に「スキゾフレニア」という病気についての
言及があります。つまり統合失調症のことです。

本格的に引きこもりを治す前に、注意すべきことがある。
それはその人がスキゾフレニア(統合失調症)に陥って
いないかの鑑別である。スキゾフレニアの場合は
病院、医者、医療の関係者との連携が必要になる。

そう書かれていました。

僕は2004年3月に高校の卒業を迎えてから
父親と将来のことで議論というか、激しい論戦を
繰り広げていました。

その中で父親は「お前は引きこもりだ」というニュアンスを
込めて僕を見下そうとしてくることがあったので
その都度こう反撃していました。

「俺は引きこもりではない。起業家と呼べ」
インターネット上でホームページを立ち上げる準備を
していた僕なりの、精一杯の反撃でした。

また同じ論法で「ニートだ」と言ってくることもありましたが
「俺は働いている(ネットで収入を稼いでいる)。ゆえに
ニートではない」と言い返していました。

別の時期にはオウム真理教を引き合いに出し
「息子は特定のムラ(思想を持った集団)に属してしまった
ようだ」と言い出したこともありました。

参考文献 オウム真理教とムラの論理

これにも下記のように反論していました。

「この世の中に『ムラ』に属していない人なんていません。
この世の中には大きく分けて2つのムラがあります。
一つは若者ムラ。もう一つは老人ムラ。
あなた(父)は後者に属しているのではないですか?
良く言えば時代を引っ張ってきた先人たち。
悪く言うならば時代遅れの古い考え方のムラです」

次回は宗教についての考えを少し述べてみようと思います。

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サッカー11

世界中の誰もが目指す国際大会、それがワールドカップ(W杯とも
記載する)です。

「僕は、大きくなったらプロのサッカー選手になりたいです。
夢は、日本代表に選出されて、ワールドカップで日本を優勝に
導きたいです」

そう心の片隅で思うサッカー少年、少女は多いことでしょう。

サッカーでメシが食えるか?―サッカーのお仕事大紹介
職業紹介の本です。

これでサッカーの連載は終わりにしたいと思います。

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サッカー10

サッカーはコミュニケーションになります。
友人との話題の一つになるのはもちろんのこと、
初対面の人との雑談のネタの一つになります。

次回はワールドカップについて書こうと思います。

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サッカー9

テレビをつけるだけです。
そしてチャンネルをサッカー番組に合わせます。

サッカーを見るのは容易です。
上記のほかにはネット、Youtubeなどの動画サイトで
お気に入りの選手の名前を検索する、という手段もあります。
これは前述しました。

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サッカー8

ルールはやや複雑ですが、慣れると容易に
理解できます。

ゴールにボールを入れたら1点入る。
手を使わず、足を中心にボールを運ぶ。

オフサイドなど例外的なルールはありますが、
少し勉強すれば簡単についていけるでしょう。

最新版 覚えやすいサッカールールブック

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サッカー7

サッカーは見ていて楽しいです。

例えば「ジダン(ジネディーヌ・ジダン)」という
選手がいます。2006年のワールドカップで活躍して
注目を浴びた選手です。

少しサッカーを知る人なら、彼のプレーの良さ
(他の選手との違い)は分かると思います。

Youtubeで検索すると、彼の動画が見れます。

ジネディーヌ・ジダン~フランスの新将軍 世界最高のファンタジスタ~
このDVDは2001年までのプレーしか収録されていません。
ご注意ください。

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2018年

あけましておめでとうございます。

イギータという選手、かすかに記憶にあります。
Youtubeで確認しました。
前へ出るGKのようですね。

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サッカー6

サッカーとは夢と希望です。
一部の人がサッカーのことを「娯楽・遊び」だと
解釈しているようなので解説を加えます。

幼い子供がサッカーのルールを知る。
サッカーの遊び方を覚える。
楽しいと感じるようになる。

ここまでは一緒です。

しかし違うのがここからです。
プロサッカー選手を見て
「すごいなあ、自分もできるようになりたいなあ」
と感じる。感動を覚える。
部分的にせよプロサッカー選手という職業を知って
「もしかしたら、自分もなれるかな」と思い始める。
実際に自分の所属するサッカーチームで
少しプロの技を真似たら、ちょっとうまくいった。

もっとがんばる。
そうするとうまくいったり、うまくいかなかったりする。
試行錯誤を重ね、サッカー人生を歩んでいく。

学校生活と並行して行うものだ、という点では
サッカーは必須ではありません。
しかし単なる娯楽で終わらないのがサッカーというスポーツです。

世界に通用するプレーヤー育成のためのクリエイティブサッカー・コーチング
指導者向けの本です。

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サッカー5

サッカーは運動不足解消になります。
体を動かす喜びを知れば、腰痛や体の不調など
様々なことから解放されるでしょう。

ジーコの考えるサッカー LEVEL3

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サッカー4

サッカーとは人生の縮図です。

仲間との協力関係。
ライバルとの(レギュラーポジション獲得)競争。
勝利の喜び。
負けたときの悔しさ。

それらを体感することができます。

そして、それだけではありません。
時として監督(顧問の先生)から提示された
戦略、戦術方針に不満を感じることもあるでしょう。
チームメイトが移籍して、あなたの前を去る可能性だってあります。
お金に困って、サッカー以外のことに労力を注がなくては
ならないときも出てくると思います。

人生の全てを知るには不十分ですが、ある程度
「予備練習」というか「学びの場所」として
サッカーは非常に有効です。

ジーコの考えるサッカー LEVEL2

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サッカー3

サッカーを知る第一歩はYoutubeがオススメです。

大手動画サイト「Youtube(ユーチューブ)」では
世界一流の選手たちのプレーが紹介されています。

「ネイマール」とか
「メッシ(リオネル・メッシ)」
「クリスティアーノ・ロナウド」
などと入力して検索してみましょう。

すごく上手な選手のサッカーが見れます。

YouTube

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サッカー2

生きる意味が少し分かります。

楽しく遊ぶというよりは「力いっぱいがんばる」
という感覚です。

サッカーをやれば、ある程度「人生」が分かると
思います。

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サッカー1

人生が退屈だ。
平凡な毎日がいつものように過ぎていく。。
この先どうなるのだろう。
そんな心配が頭をよぎることもある。

学生。
会社員。
サラリーマン。
主婦。
皆自分の役割をこなしているのに自分だけひとりぼっち。

家族はいる。でも心を通わせることはできない。

…そんな人には一つの選択肢を提示できます。
それは「サッカー」
見る(観戦する)だけでも、やる(プレーする)のも
OKです。

次回以降、サッカーに関連する情報を連載していこうと
思います、
僕はサッカー界から退いた身です。
言えることと言えないことがあるとは思いますが
できる限りの情報は発信したいと思います。

ジーコの考えるサッカー
自己管理能力の大切さやメンタルの持ち方が分かります。

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提言2

統合失調症を小学生へ教えてください。

僕はこのような主張を何度もこのブログで主張して
いるのですが、届きません。
「私のクラスでは統合失調症を教えません。
なぜならこんな理由があるからです」
という現役教育関係者からの意見、誠実なコメントも
もらったことはないです。現在のところ。

親たちに過剰なストレスを与えるから?
教師への負担(心の負担)が大きいからか?
いろいろと自分で仮説を立てますが分かりません。

「教師がうつ病になった人数」はたまに新聞で
報道されます。しかし
「教師が統合失調症になった人数」はなぜか非公表扱い
です。おかしいです。
「精神疾患を罹患して労災認定を受けた」という文脈に
いつもすり替えられます。

現在のところ統合失調症は「原因不明」とされている。
それも加味しても僕のもやもやした気持ちは消えません。

次回はサッカーの話をしようと思います。

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提言1

プロサッカー業界に障害者雇用制度を採用してください。

例えば「株式会社セレッソ大阪の事務係」に1人障害者を
雇用するのではなく(これは既にもうやっているとは
思いますが)。
プロのトップチームに2%の割合(法定雇用率)で
障害者を採用してみてはどうか、という提案です。

日本サッカー業界はブラインドサッカー、デフサッカー
に力を入れ出したようですが
精神障害者には「遊び程度のフットサル、サッカーチーム」
しか与えていません。

僕のような一個人がこのような意見を言っても無視される
だけだとは思います。しかしここでインターネット上で
考えていたアイデアを発表してみます。

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ヘレンケラーと統合失調症

ヘレンケラーのエピソードは統合失調症を「外す」意図で
使われることが多いです。

耳が聞こえない、目が見えない障害を背負った女性
ヘレンケラー。
誰もが道徳の教科書やお話などで聞いたことがあるに
違いありません。

サリバン先生による「water(ウォーター)」のつづり
の教えも有名ですね。

ただし彼女は「聴覚障害」と「視覚障害」のみの
障害者であり
「精神障害」「知的障害」ではありません。
統合失調症も発症しませんでした。

「スパルタ式(厳しい)教育が時に有効なんですよ」
「目が見えない、耳が聞こえない人だってがんばって
いるのだから、あなたも勉強しなさい」
色々な解釈を教育者は子供に、このエピソードに乗せて
発信するでしょうが僕は違う角度から見ます。

幼児(子供)に身体障害のみを教えて。
精神障害(統合失調症)を教えない。
そのためのネタ(題材)の一つだと解釈します。

テレビ、本、雑誌、新聞、おもちゃ。
子供を「統合失調症以外」の情報で頭をいっぱいに
させて、障害者を子供から遠ざける。

世の中の教育システムは何かおかしい。
そんな思いは消えません。

次回からは「提言」に入ります。
「社会に僕が求めること」をテーマにします。

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