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日々の進歩

コメントへの個別返信は休止中です。ご了承ください。

座禅、瞑想

(非公開のコメントへの返信です)
コメントし忘れてすみません。
僕は瞑想の本を読んで実行していた時期があります。
禅(座禅)もその関係で少しかじりました。

サッカーに多少役に立ちましたね。

参考 判断能力を高める6つの方法
「その4 集中力の強化、の項目)

僕も精神面での戦いというか争いはまだ続いている
ように感じます。
テレビなどマスメディアが争いを報道し、それを
見た人(僕の親など)が攻撃的な、批判のコメントをする
ことで間接的に僕ら(日本人全員)に分散させて
いるのではないか。

そうちょっと仮説を立てた時期もあります。

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高岡英夫 副作用1

脱力しすぎて足どりがふらふらに(不安定に)なります。
ゆる体操だけを実行し続けると。

僕は2007年頃、自分の体をベースに実験(実行)して
確かめました。

ゆる体操は確かに効果がある(無意味ではない)トレーニング
ですが、あれは仕事やスポーツなどで
「絶対に体を動かさなければいけない」立場の人間への
補助トレーニングです。

僕は18歳まで培った「サッカーで鍛えた体」が
一時的にせよ衰えました。

次回へ続きます。
次回は「うつは治らない」です。

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良い流れ

「僕を(精神面で)壊してやろう」という
意図を持った相手には苦しめられましたね。

僕も学生時代からの良い流れを断ち切られてから
人生が厳しくなりました。
道しるべを失ったような感じでした。

次回からは「高岡英夫の副作用」
の連載を始めたいと思います。

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大企業の反撃

リンク先のサイト、参考になりました。
ありがとうございます。

最近は内気な性格の人間が「軽症化している」
というのはあると思います。
発達障害の「自閉症(自閉症スペクトラム)」の認知の普及で
支援者が増えたのはニュースで聞いたのを
思い出しました。

そういえば大手サイトの「サブページ」が
ライバルで登場することが多いですね…。
戦術の一つなのかもしれません。
例えば「演劇教室Aのブログ」の中の
「人見知りを治すには?」というコラム記事が
僕のサイトより上位に表示されていました…。

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不思議な現象

ホームページの反応が消えたことが悲しいです。
過去に述べたことがあると思うのですが、改めて
整理のため書こうと思いました。

僕が「統合失調症と○○」というタイトルでのブログ
記事を書いているのには理由があります。それは

2004年に立ち上げた2つのウェブサイト
(サッカー上達と、内気克服)の反応が消えたからです。

昔は感想のメールがよく届いたものでした。
Googleなど大手検索エンジンからも1位の評価を
得た時期もあったほどです。

しかし2013年頃に、閉鎖していた僕のウェブサイトを
復活させてからはずっと
「あなたのホームページを読みました」
という新規の読者、お客様(みたいな人)からの
反応が消えたのです。

ブログの方は人気があります。
稀にですが新規の人がコメントを残してくれることは
あるのです。

しかしHP(ホームページ)の方は?と聞かれると
「ゼロなんです」と答えるしかありません。

サッカーのHPを例示すると分かりやすいかもしれません。
競争相手が多いせいか、比較的早い時期に
「サッカー 上達」というキーワードでの
1位から、僕のサイトは落ちました。

しかしどんなルートからか、ちょくちょく僕のページから
本を買ってくれる人はいたものです。

それが最近は本すら買われない。
メールも来ない。
クリックもされない。

副次的要因(高岡英夫さんの本が絶版になり、代わりに
新しい本が出版されている)
を考慮しても、あり得ないデータなのです。

寂しいと同時に怒りが湧いてきます。

新しい若い世代に
僕の理論を「知ってもらう、評価してもらう」
機会そのものを奪っているのは、誰だ?と。

まだ僕は立ち止まるつもりはありません。
再び僕の2つのホームページが
普通に、平凡でいいから
読者の反応を一定数、受けるようになるまで

僕は前進を続けたいと思っています。

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街が夏目漱石だ

単語の選び方や文章の作り方が
「夏目漱石の小説にそっくりだ」という感覚を持ちました。

解説を加えます。
僕は東京都大田区で小学生から高校生まで過ごしました。

そして2017年になって夏目漱石の
「こころ」
吾輩は猫である
「坊っちゃん」
などを読み終えました。

すると興味深いことを発見しました。
「重要なことから目を反らす」
「ごまかす。時間稼ぎをする」
ために使う言葉のリズムが
夏目漱石の小説とほぼ同じなのです。

あの頃の同級生や先生、保護者の使う会話の
全てが「夏目漱石の会話のリズムと同じだな」
と思えたのです。

僕は学生時代
「ナルト」や「カムイ伝」「ホーリーランド」
「ワンピース」
などを読みました。
それらとは違う「物語のリズム」があったのです。

感覚的なものなので、理解しにくい部分もあると
思います。

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絶望

コメントありがとうございました。
(非公開の方への返信です)

僕も病院に入れられたときは絶望の塊(かたまり)でした。
今もそれが一部続いています。

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ゆず(歌手グループ)の副作用

安直な励ましを過剰に強いる副作用があります。
ゆずの曲には。

断っておきますがゆず自体は素晴らしいアーティストです。
僕自体曲は好きですし、栄光の架橋などは歴史に残る
名曲だと思います。
切なさや人生についての美しい音楽です。

話を戻します。
僕は高校時代、慰めや励ましの言葉をたくさん
もらいました。
人と話をするのが苦手で、些細なことでビクビク
していたからです。

僕は最近ゆずのベストアルバムを3枚
入手したのですが
聴いて確信を深めたことがあります。

彼ら(僕の高校時代の同級生たち)は
ゆずのエネルギー(音楽の励ましの言葉)を乱用して
いたな、ということを感じます。

「そんなに泣かなくていいんだ そばにいるよ
だから自分の足で歩こう」
(雨と泪、の中のフレーズ)

「いつかまた 大きな波が あなたを連れ去ろうとしても
全ての力使い果たし 守ってあげるから」
(いつか、という曲のワンフレーズ)

時に有効かもしれませんが
深すぎる絶望や苦しみの中にいる人に
この種のアドバイスは逆効果です。
少なくとも高校時代の僕は絶望を深めました。

僕がコブクロに傾倒していったのも
この頃の体験によるところが大きいです。

話をまとめます。
ゆずの音楽に影響を受け、時にCDを購入した
人たちは、周囲の「苦しみを抱えている人たち」に
「ゆずの曲の歌詞のようなアドバイス」をして
慰めようとするようです。

次回は「街が夏目漱石だ」という話をします。

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統合失調症とゴミ箱5

障害(障害者)自体がゴミ箱扱いです。
統合失調症も精神障害に分類されますから、障害者の
一つと言えるでしょう。

「疾病が治りきらず固定化した状態」を障害と言うそうです。
ですから

子供が学校へ通い、就職して、結婚して、そしてやがて
老後を迎えていく。
それが「普通」であり標準だ。
そう社会のシステム自体が言っています。

僕は障害者雇用のシステムを少しかじりましたが
「学校を中心とした『通常のシステム』からドロップアウト
した、かわいそうなあなた(障害者)を救ってあげよう」

という言外の意図に最初はすごく戸惑いました。

僕は自分で自分に誇りを持てるような人生を
歩んできたつもりでした。
それを否定されているみたいで辛かったです。

以上でこのシリーズを終わります。

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統合失調症とゴミ箱4

乱雑に扱われます。ゴミ箱の中にある物のように。

僕は入院中、こんな体験をしました。
「ゲスト扱い」なのです。
人としての最低限のマナーは
守られているとは感じましたが
システムとして、統合失調症患者は
この病院(昔僕がいた入院病棟)では

刑務所といっては差別かもしれませんが
似たようなノウハウが活用されている、という
ニュアンスを感じました。
精神科病院の仕組みそのものに、です。

僕のひどかった無気力に対して
何の関心も払われない
(中長期で薬を飲ませていけばこの人は
よくなるさ、的な達観)
この医療のシステムに

ここは地獄のようだ、
そう感じるときはありました。

次回は障害全般について書こうと思います。

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統合失調症とゴミ箱3

精神疾患、精神病自体が社会からゴミ箱のように
扱われています。統合失調症も精神疾患の一つです。

学校を中心にした学生生活に支障をきたすほどの
無気力、閉じこもり(精神面)があれば統合失調症です。
気分が落ち込み、死にたくなるほど追い詰められたら
うつ病です。
「太るのが怖い」と食事を極端に制限し始めたら
摂食障害に該当します。

「普通に社会生活を送れる、健康な人」と比べると
ゴミ箱、すなわち「社会に適応できなかった人たちを
ひとまとめにして分類する言葉」として
精神疾患という単語が使われているようです。

もちろん不登校の子供や、診断前の統合失調症急性期の
人間など「精神の病とまだ定義されていない」例外が
存在することは僕も知っています。

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統合失調症とゴミ箱2

「うつ病」と比較すると統合失調症はゴミ箱みたいな
「何でもあり」の疾患として扱われることが多いです。

僕は入院中、ほぼ何もしませんでした。
無気力や体のだるさなどが強かったからです。

ある日ふと僕はこう思いました。
「自分はうつ病じゃないのかな」と。

退院後自分で調べてみると僕はうつ病ではないという
扱いだったみたいです。
「統合失調症のうつ状態」
と判断されたようです。

また2006年頃から僕は「社交不安障害」の可能性も
疑っていたのですがこれも違うようです。
僕の人への恐怖心というか苦手意識は
「統合失調症の妄想の一形態」と医師には判断できる
そうです。

「無気力」「幻覚」「感情の鈍麻」を抱えていたら
統合失調症です。これは容易に理解できることでしょう。

その後人が怖くても「統合失調症」。
気分の落ち込みがあっても「統合失調症」。
死にたいという気持ちが芽生えても「統合失調症」。

幅広い症状を含む単語なのです。
統合失調症という病名は。

重篤なトラウマ的な出来事を経験してそれの影響を
受けても統合失調症(PTSDという判断は滅多につかない)。
集中力が長続きせず、注意が散漫になっても
統合失調症(ADHDという言葉とは結びつかない)。

僕は調子の悪いとき「ゴミ箱みたいだ」という思考を
持ったものでした。

次回は「精神病」「精神疾患」についても言及します。

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統合失調症とゴミ箱1

統合失調症の当事者の部屋にはゴミ箱はあります。
「ベッド、あるいは布団」
「イス」
「パソコン」
などの家具類と同じように
ゴミ箱だって当然、置いてあるでしょう。

この記事は検索エンジン対策です。
「統合失調症 ゴミ箱」と検索した人が
様々な角度でこのテーマを考えてもらうための
きっかけの一つです。

精神面での「統合失調症当事者へのゴミ箱扱い」については
次回以降述べます。

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上下動

「何故児童虐待で親は捕まらないのだろう」
という疑問を感じました。

僕の親は感情の上下動が激しいです。
社交の場面、礼儀正しい挨拶や身だしなみが
要求される場面では通常のやり取りができました。

しかし家庭内で「オフ(余暇、家族の時間)」になると
大声で怒鳴ったり、文句を言ったり
することがしばしばありました。

なぜこの親は社会から「通常の両親」という扱いを
受けているんだ?
児童虐待で逮捕しようとしないのはどうしてだ?
そう毎日のように幼少時は考えていました。

「話がシンプルになるのに…」
そういつも感じました。
もし親が虐待の疑いで逮捕されれば
僕は親と離れ離れになって、施設で暮らすなど
しなければならないだろう。
それが幸せに必ずしも直結しないことは承知の上でした。

親が家族という密室(家庭の中、自宅など)で
虐待に等しい行いを繰り返しているのに
なぜ周りの大人たちは僕を
救いに来てくれないの?

この親は悪いことをしているよ。
(悪口、子への暴言、過剰な𠮟責など)
それを無視して「中流家庭」の位置に
それ相応の高い位置にランク付けしようとする
のはどうしてだ?

僕は子供の頃そんな疑問を抱えていました。

シンプルに「人の悪口を言う。だからあなたの
親は出世できないし、仕事にもつかせない。
お金も与えない」
そう社会から見られていれば
納得できた。

次回は「統合失調症とゴミ箱」をテーマにする予定です。

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金の流れが逆だろう

「お金の流れが逆だろう」と感じた出来事があります。

僕の親はペットを飼い始めました。
数年前です。
そのとき僕がこのような思考で考えました。

「発展途上国には貧しい子供が苦しんでいる。
自己啓発など、自分を高める方向へお金を使うのも分かる。
でも、なんであなた方は『ペット』にそんな大金を
費やすの?
お金の流す方向が間違っているよ。
捨て犬を救うとか、ならまだ比較的理解はしやすい。
でも新しい命にそのタイミングでお金を使うのは
金の流れが逆だろう」

僕の当時の考え方です。
正しいと自信を持って言えるものではありません。

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離婚

「ねえお母さん、どうしてお父さんと離婚しないの?」

「だってもし離婚したら私も、あなたたち(子供たち)も
生活に(お金に)困るでしょ。だから離婚しないの」

弟と母親の会話です。かなり弟が幼い頃の話です。
僕は横で聞いてただけです。

僕は当時、この言葉を聞いて「違う」と心の中で
思ったものでした。
納得できない気分でした。

もやもやした思いを抱えたまま僕はその家庭で
大人に(成人に)なるまで育ちました。

なぜこの頻度で口論、暴力的な単語を連発しての
コミュニケーションを繰り返してまだなお
「出ていく(離婚する)」という選択肢が
ないのだろう。

幼児期の僕は疑問を感じながら生きました。

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不愛想な教授2

NHKで見た放送大学の教授も不愛想でした。

Eテレで偶然見つけた「統合失調症の治療と看護」
みたいな番組があったので、昔の僕は気になって
録画して見ました。

そこで登場した教授も不愛想でしたね。
冷静に、淡々と、必要最小限のことを
話すだけでした。

統合失調症の研究、治療に情熱を捧げている。
そんな様子は全く見えなくて
「授業だから、仕事だから」なのか
モチベーションが低めな方だったのが印象に残っています。

ちなみに僕は実家のテレビで
「統合失調症」というキーワードで検索をしてます。
ときおり、テレビの番組内容に「統合失調症」が含まれる
テレビがあったらヒットする仕掛けなのですが
驚くほど検索結果に表示される数は少ないです。

「アカデミズム(学術、学問の体系)」の中の
一分野だ。だから仕方なしに教える。
そんな態度が見え見えでした。
当然、本人には言い分はあるでしょう。
しかし僕があのテレビ番組を見た瞬間
「そのように感じた」ことだけは指摘したいと思います。

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不愛想な教授

しかめっ面をした医師(医学部教授とみられる人)が
講義をしていました。

僕が本格的に通院を始めたX病院でのことです。
病院の待合室に「統合失調症とは何か」という
タイトルのテレビが映されていました。おそらく
ビデオやDVDなどの連続再生だと思います。

僕はその映像を見る気になりませんでした。
なぜならそこに写る男性教授が不愛想
だったからです。表情から読み取れる
(予測としての)その人の感情は
熱心かもしれませんが険しいものでした。

次回へ続きます。

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輪廻転生と大切な人

(非公開コメントへの返事です)

輪廻に関する俗説が変なのは僕は感じています。
「あなたが今世出会った大切な人たちは、前世でも
関係がありました。そして来世以降もあなたの
大切な人としてそばにいて、一緒に過ごせる
でしょう」

普通に親に親近感とか、愛情(恩返しをしたい気持ち)を
感じていない人にはこの理屈は逆効果です。
「またあの親と、次回の人生もそばにいて一緒に
過ごさなくてはいけないのか…」
僕はそう嫌な気分が残った記憶があります。

「例えば性的虐待をされた子供は
何でそんな苦しみを抱えなければいけなかったのですか?
その苦痛も『必然だった』のでしょうか?」

10代のための「神との対話」
という本に、そんな青少年からの問いかけがあったのを
かすかに記憶しています。

僕もそのお父様とのやり取りに違和感は感じます。
気持ちへの寄り添いが「違う方向へ向いてる」。
そんな印象を抱きました。

僕も高校卒業直前に
「俺は大学へ行かないのだから、何も怖くないぞ」
という気持ちで暴力(に近い行為)をしたことが
あります。いじめっ子への反撃で、です。

「人には人それぞれの事情があります。
『親を大切に』は大切な言葉かもしれませんが
虐待を受けて育った人には
『親を大切に』は、更なる虐待です」
水島広子さんの言葉です。

この世の中には何ががあるのだと思います。
まだ隠されている真実が眠っているのだろうと思います。

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ワーキングメモリー削り

父と母は僕のワーキングメモリー(短期記憶、
集中力の範囲、という意味)を削りにくることが
よくあります。

父は「からかい」を向けることがあります。
「お前彼女作らないのか?」など
そこそこ(強く、ではない)マナー違反な発言を
家庭内で僕に雑談、会話として振っておいて
僕が嫌な顔をするとそれを見て
ニヤニヤ笑うというか、自己満足のような表情を
するのです。

「死ね」
「バカ」
「出ていけ!」
などの直接的な責め言葉よりは「軽い」。
しかし温かい人としてのやり取りではない。

中途半端な、中程度(そこそこな重み)の発言を
懲りずに繰り返しては、僕が止めろと言っても
改めない(訂正する様子が見えない)。

母は前回書いたような「父親に対しての大声での
𠮟責」で、僕の認知機能を「そこそこ」奪います。

大音量で走るバイクとか、大きな音ほど
「ひどくない」。
暴言を吐けば話は単純になるかもしれないが
(虐待とか警察の介入、という領域に入る)
調節しているのかいないのか

家族である僕を「苦しめる(実質、結果的に)」
という形で憂さ晴らしをしているように見えます。

僕は理解不能なことを言われると固まる
(頭が真っ白になって、人としての判断が鈍る)
癖があります。
専門用語で「ワーキングメモリーの低下した状態」
といいます。

次回は「不愛想な教授」というタイトルの記事に
する予定です。

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ロジックエネルギー

「騒がしくして、人の会話のエネルギー(話の方向や
強さなど)を煙(けむ)に巻く」

母親がよく行っている行為がこれです。

人は会話するとき「会話の流れ」があります。
サッカーの話をしていたらサッカーに関心が向いていますし、
お金の話をしたいときにはそれが頭の中にあるでしょう。

ところが人は強い興奮状態や忙しいときに、その流れを
「見失う」ときがあります。
強く叱られたときに母親は
「あんたはAができてない!それにBも!Cも!」
とどんどん話が飛躍することがよくありました。

今の母は僕と父の間に割って入ることが多いです。
(会話の次元で、です)
僕は父に対して怒りたいのです。彼の不快な言動を
たしなめたり、「そういうことはやめてくれないか」
と直接言いたいのです。

しかし母はそれを「そらす(エネルギーを少しずらして
僕の注意、指摘を父にあまり当てないようにする)」
のです。サッカーの番組をつけたり
大声で会話をしたりして
僕の注意のエネルギーをどこかへそらしてしまう。
非常に多いです。

話がそれる、こと自体は誰でもあることです。
僕にだってあります。
しかし母はそれへ僕を導こうとしているようにさえ
感じます。

煙に巻かないで欲しいものです。

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ふざける父親

普通の人は雑談をします。学校の授業の合間や
帰り道などに友達と
「今日の夕食、何食べるの?」
「数学の授業、ついていけなかったよね」など
たわいもない話をするでしょう。

僕の父もそれをします。ニュース番組を見ながら
多くは不平不満だったりしますが
家族である他の人(僕や母など)に話題を振ってくる
場面もありました。

少し話を飛ばします。僕が小学校6年生のときです。
同級生(クラスメイト)の女子と会話していました。
「うちの弟って酒を飲むんだよ。正月みたいな日に」
と何気なく彼女が言ったとき、僕はこう
切り返しました。
「それじゃ、大人になったとき大酒飲みになるんじゃ
ないの?」

僕は何気なく明るい話題を振ったつもりなんですが
その女子は怒りだしました。
詳細は覚えていないのですが不機嫌になって
会話が弾まなかったのをかすかに記憶しています。

やがて僕は気づきました。
「僕の親たちの雑談が、悪口の度合い(振れ幅)が
ひどすぎるんだ」
ということに。

つまり
「あなたは少しドジだね」と言うところを
「お前バカじゃないか?そんなことも分からないの?」
と強い口調で言うのです。

僕はこれに気付いてから、親に心を閉ざしました。
「自分の親と同じような会話をしていては、
トラブルを招くだけだ」
と気付いて

何気ない雑談でさえも言葉を慎重に選んで、相手を
傷つけない言い方を心がけようとしました。

「ふざけるな」と今も思います。
ここでは「真面目になって欲しい」という意味です。
完全にお堅い話(息苦しくなるような)でなくていいから

少しくらい相手の気持ちを尊重する話をして
くれよ。

父にはそう伝えたい位です。

次回は母について書く予定です。

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ビジョンクエスト

僕は「聖なる予言」の影響で、自分の知らない町を
直感(あるいは幻聴)の導かれるがままに歩き回った
経験があります。
スピリチュアル用語で「ビジョンクエスト」といいます。

前掲書にはこのようにありました。
あなたが森の中を「自分の直感に従いながら」歩き続けなさい。
すると人と出会ったり、思いもよらぬヒントを見つけて
現実を突破できるでしょう、と。

僕は過去のブログ記事で「これは危険だ」と書きました。
しかしそれにもかかわらず「強制的にやらされた」のです。
あくまで自分自身の作り出した「幻聴」によってですが。
当然結論は芳しいものではなく
何も手に入らなかったり、警察のお世話になったり
気絶して倒れたりとかする場面もありました。

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サッカー掲示板

コメントありがとうございました。
僕も昔サッカーの掲示板で似たような被害がありました。
「お前が悪い、間違っている」的なメッセージを強く
投げかけられると痛い(苦しい)ですよね。

断定はできないですが「あれがADHDなんだな」と
推測できるエピソードでした。

僕のケースですが、レス(掲示板の返信コメント)が
明らかに変でしたね。

議論の枝葉(メインの流れではない小さな部分)にこだわり
僕の「サッカー現役選手向け、アドバイス掲示板」を
「プロサッカー選手批評掲示板」に塗り替えようとするかの
如き振る舞いでした。

僕は精神的にダウンしてしまい、その掲示板を閉鎖しました。

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ADHDの小学生

印象的なADHDの体験談があったので紹介しようと
思います。

おとなしい性格で、学校の成績も悪いDさん(仮名、女子)
はある日児童精神科でADHDと診断されました。
精神刺激薬(ADHD治療薬)を処方され、経過観察となりました。

すると変化が現れるようになりました。
「集中できるようになった(勉強に)」というのです。
学校の授業にも、比較的ついていけるようになりました。
自宅での授業の予習等がうまくいったからです。

ところが担任の先生はこう語ったそうです。
「私にはそれほど変わったように思えない」
すなわちADHDの服薬開始前と開始後で変化が
見て取れない、と。

これはよくあることのようです。
「女子のADHD」の場合、不注意(集中力欠如型)
として症状が現れることが多く、勉強不振が
「ましになる」とか「普通に(平均に)近づく」
という形で薬の効果が現れることがよくあると
僕が読んだ書籍にはありました。

具体的な参考文献はどれだっかか忘れました。
ごめんなさい。

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女性にだけ心を開いた

若い女性にだけ心を開くことができた、という
実体験を書こうと思います。

僕は統合失調症の急性期(発病直後)に警察官に
警察署まで連れていかれたことがあります。
詳細は省くのですが
現場(僕が歩いていた道、道路上)で男性の制服を着た
警官とはまともなやり取りができなかったのに
警察署に勤務していた若い女性職員(私服)には
心をある程度開いて会話ができた、という体験があります。

僕はその当時「恋人(彼女)が欲しい」という思いを強く
持っていました。
それなのに出会いのチャンスがほとんど訪れなくて、強い
不満を抱えていました。
それが幻聴を聞かせ始める側面の一つだったと今では思って
います。

高校までは周囲に女子がいました。
しかし卒業後にきちんとしたつながりのできるような
出会いの頻度が極端に減りました。
僕が大学へは行かず、ネットでの自営ビジネスを始めた
ことが理由です。

普通に笑顔で、身だしなみがきちんとしている。
「ビジネス風のOL、キャリアウーマン」ではなくて
平凡な当たり前の生活を大事にできるような人がいい。
当時の僕は僕なりの価値観を持っていました。
完全に正しいことだとは今も思っていません。

あなた方は俺に包囲網(女性との出会いの機会を
奪って、恋愛的兵糧攻めをする)を作るのか?
やめてくれよ。助けてくれよ。
そんな思いがこの警察署での女性とのやり取りに
現れていたのかもしれません。

男は強く、元気でありなさい。
女は優しく、丁寧な人になりなさい。
言葉にするのは難しいのですが、社会を広く眺めると
まだ男女差別というか、接し方の違いが
明らかに見られます。

僕は女性全般に憧れを抱いていました。
それが僕なりの「女性像」を形作ったのだと思います。

次回はADHDを抱えた女の子(小学生)のエピソードを
書く予定です。

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言葉

最近の出来事です。
メールのやり取りをしていた人から、このような
言葉を(メールで)言われました。

(抜粋)
「この前のメールを受け取って、正直気持ち悪いと感じました」
「私には理解できない考え方、価値観です」
「気持ちが一気に覚めました」
「友達ではいられません。生理的にダメです」

僕はショックを受けました。

個人情報保護のため伏せる部分は伏せてあります。
理解不能と感じましたら読み飛ばしてください。

また同じ人にはそれ以前にこんな発言を言われたことも
あります。
「今度の約束は中止です」
「大切なのはあなたに大切な人が『いるかいないか』その
一点のみです。詮索するつもりは一切ありません」

次回は僕が2007年に、警察へ連れていかれたときのことを
書こうと思います。

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親戚付き合い

親戚との関係が落ち着いたようで良かったです。
僕も安心しました。

(非公開コメントへのお返事です。)

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畜産差別

「Vちゃん(仮名)のお父さんって、牛を殺す
工場で働いているんだって。気持ち悪いよね」

僕はこのような会話を交わしている同級生を
目にしました。

これは小学校時代の出来事です。
うろ覚えなので時期ははっきりとはしませんが、
5年生か6年生だったと思います。

僕が冒頭のVさんとはクラスメイトでした。
彼女は引っ込み思案というか内気で、人とうまく
話ができませんでした。
授業中に先生から問題を解くように言われても、間違える
回数が多かったです。
現代で言うところの学習障害と社交不安障害です。

あの頃の僕はそれほど対人恐怖は現れておらず
「この人は何故、こんなに不愛想で無口なんだ」
と感じはしましたが、深く掘り下げることなく
小学校生活を終えました。

冒頭の会話はVさんの友人女性たちによるものです。
休み時間に一緒に行動する回数の多い女子たちでした。

以下、僕の意見です。
あなた方はハンバーグ、ステーキ、焼き肉いつも
食べているんじゃないの?
普通に牛肉を食べているあなた方が食肉処理系の従事者
を差別する権利なんてない。
誰かがやらなくてはいけない、この世になくてはならない
お仕事だよ。Vさんのお父様の仕事は。

そう昔の僕は思いました。違和感を覚えました。

僕は現在「内気な性格を治す」ウェブサイトと運営しています。
このVさんのような人間に、少しでも僕の言葉が届くといいな
と思います。

彼女は「先天性の内気」に分類できるのではないかと
個人的に思っています。
物心ついたときから臆病で、会話が苦手だったのではないかと
推測しています。

ちなみに僕の記憶は曖昧なので、冒頭の言葉は
多少僕の記憶違いがあるかもしれません。

おそらくVさんは友人や周囲の「偏見の視線」を敏感に
感じ取って、自分の劣等感を心の内側に溜め込んでいた
に違いありません。

参考になるマンガ「銀の匙 Silver Spoon

小学校時代の「みんな仲良く」「動物を大切に」
「ワンちゃんネコちゃん、クマさんとウサギさん
(擬人化された動物のキャラクター)」
に現実とのずれがある。今の僕はそう感じています。

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