日々の進歩

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あえて外す

僕は「内気 克服」のためのホームページを
立ち上げました。その際意識したのは
「内気という単語をあえて外す。なるべく使わない」
ということです。

具体例を見てみましょう。例えばこれは
1ページ目の
「勇気を出して話しかける」必要なんてない
の引用です。

本当はもっと明るくふざけ合いたいのに、いつも
おとなしいまじめな自分を演じてしまう。
楽しく冗談を飛ばしている友人の中で、自分の全てを
出し切れていないような、用心深さのような気持ちが
常に自分の中に存在している。

もっと積極的に人と関わりたいのに。
自分から友達を作り、仲良くなっていきたいのに。
自分から話しかけることが、どうしてもできない。
クラスメイトが大小さまざまなグループに散らばった休み時間。
他人の目を半分気にしながら、劣等感を感じたまま
一人ぼっちで時間が過ぎ去るのを待つ。

学校の学活(学級活動)の時間。
自分の意見を堂々と発表したいのに、みんなからの注目の
視線を浴びるのが嫌だから、いつも口をつぐむ。
議論の行く末を見守りながら「私はそうは思わないんだけどな」
と感じながら、無色透明な自分でいるのが
当たり前になっている。

隣にいる異性が、何かのことで困っている。
あ、それなら俺(私)が助けになれる。
そう分かっているのに、親切の手を差し伸べることができない。
だって、怖いから。
話しかけた直後の、相手の「ええ!?」という驚きの表情が頭に浮かび、
それが自分に対する人格否定と感じてしまうため、わざと
「助けない」という選択肢を選ぶ。
自分の心にある純粋な「やさしさ」に目をつぶり
「どうせ俺には関係ないさ」と無理に言い聞かせて
見て見ぬ振りをする。
そんな自分がものすごく嫌でたまらない。

いかがですか?一度も「内気」という単語を使っていない
のが分かるでしょう。
これはわざとです。

内気な性格ではない外部の人間が
「内気 克服」についての文章を書いたら
例えば
「あなたは自分の内気な性格について悩んでいませんか?」
「自分の殻に閉じこもってばかりじゃダメですよ」
「自分を変えようと考えたことはないですか?」
みたいな感じになるはずです。

僕はここで一つの戦術を用いました。
内気な性格の人間が(僕を含めて)本当に頭の中で
(心の中で)悩む、その内部世界を描いたのです。
こうすれば中途半端な新規参入者と差別化を図れるだろう、
という狙いです。

念のため言っておきますが軽いノリの
「実は私も人見知りなんです。しかしそれを克服しました!」
というサイトや本は論外です。
彼らの文章の結論もやはり「軽い」。
「やはり、内気な性格は治すべきなのです」
みたいなありきたりの結論で終わっていたりします。
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