日々の進歩

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思い残し 岩月理論3

子供というのは、親から愛されたいと願っています。だから
毎日の中で、自分と遊んでほしいという気持ちも当然持っています。
ですがその「遊んで欲しい」という小さい頃の欲求が満たされなかった
場合。その子供は心に寂しさを抱えたまま大人になります。
その「満たされていない幼少時の欲求」のことを「思い残し」と言いま
す。これが心の不安定の原因となるそうです。
・・・
俺の例を紹介してみる。
俺は小さい頃、よく父親に絵本を読んでもらっていた。
だが彼は「子供と真正面から向き合う」ことのできない人間。
俺たち3人の子供が、彼に絵本を読んでもらうとき、彼は
裏声を使って変に高い声を出し、面白おかしくふざけ半分に
俺たちに物語を語って聞かせた。
(注 俺には兄弟が3人います)

今の、自分を冷静に見つめる力を手に入れた俺だからこそわかる。
俺にとって、この「絵本を読んでもらう」という行為。おそらく
思い残しになっているだろうなと。
「穏やかな愛情を込めて、優しく丁寧に絵本を読んでもらえた」
という経験はおそらく俺には皆無。
この「親から十分にそれを受け取れなかった」という出来事が
幼少時の中にすごく多いと、それが精神的不安定の原因になると
岩月さんは主張する。

その証拠に彼が「育て直し」という行為をすると、その人は驚くほど
精神的に安定した人間になるらしい。その育て直しというのは、
いわば「大人になったその人に、暖かい心で絵本を読んであげること」
である。大人になった後でさえ、その幼少時に満たされなかった欲求は
残っていて、それは大人になってからでも満たせるそうだ。

ただしこれには条件がある。その「詠み聞かせをする人」が愛情豊か
な人間であること。だから「自分の両親」がその対象者である可能性は
きわめて低い。「親の出せない類の愛情を出せる人」を、これまで
出会った第三者の中で探さなくてはならない。
(もちろんこれは「思い残しがある」人が「思い残しを晴らしたい」と
思っている場合の話です。最初から思い残しのない人の場合は
探す必要は最初からありません。ただし、「親から十分に愛されなか
った」と思っている人の場合。ほぼ確実に何かの場面で「思い残し」
はあるでしょう。)

俺もいつかは、この「育て直し」を受けてみたいと思っている。
ただし、今の俺にはそれはできない。なぜかというと俺は
「人見知りの激しい、対人恐怖症気味の人間」であるから。
冷静に分析すると、「この人だったら、その『育て直し』をしてもらう
に値する人だな」と思える人の顔は何人か思い当たる。
ただしその人に「絵本を読んでください」と大の大人が意味不明の
お願いをするのは正直怖い。恥ずかしい。
岩月さんは「勇気を出してお願いしなさい!泥臭くてもいいから
努力すれば、いつかはきっと報われます!」と著書の中で叫んでいるが
俺はその言葉を絶対に受け入れたくない。
「勇気を出して人に話しかける」という行為。それは俺にとって
人生最大のトラウマであるから。
自分の美学の一つとして、そのような「盲目的突進」は絶対に
やりたくないんだ。

参考 「勇気を出して話しかける」必要なんてない

だからとりあえず今は静観しておく。いつかそれを素直にお願いできる
ような人が、俺の前に自然に現れることを願いながら。
「育て直し」以外の岩月さんの理論を参考に、自分を変えていく作業を
地道に続けたい。

参考文献 思い残し症候群
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| | 2013年06月19日(Wed)06:00 [EDIT]