日々の進歩

コメントへの個別返信は休止中です。ご了承ください。

愛の純度 岩月理論5

岩月謙司さんの著作に繰り返し出てくる理論に
「純度の高い愛情、純度の低い愛情」という言葉がある。
彼自身はこの言葉の言い換えとして「ホンモノの愛、ニセモノの愛」
という言葉も使っているが、俺はこちらは好きではない。
「純度の低い愛情」であっても、それは決してニセモノではない
からだ。「本物の愛情ではない」と言われればその通りだが、広義の
意味ではやはり「愛情」と呼んでもいいのではないかと俺は思う。

「純度の高い愛」というのはどんなものなのかというと、それは
「無私の愛」のことである。打算や見栄などを廃して、ただ相手の
幸せだけを純粋に願っての行為のことを指す。

「純度の低い愛情」というのは「打算的な愛」のこと。あるいは
「執着愛」とも言い換えてもいい。
「せっかく結婚したんだ。子供もいることだし、こんなにダメな
夫(妻)でも無理して愛してみよう
「彼は大金持ち!だから私、がんばって彼のことを好きになる!」
こんな愛情のことを「純度の低い愛」と呼ぶ。
自分の見栄、打算、執着、不安、自己欺瞞、寂しさを紛らわすため
などのために、相手を「愛そうとする」行為のことだ。

ちなみにこの「純度の低い愛情」が悪いわけではない。心の清らかな
人であっても、一時的に「純度の低い愛」で行動することはあるはず
だ。だが悪いのは「純度の低い愛情」こそが「本当の愛だ!」と
勘違いすることにある。そして「純度の高い愛」を見たときに
「こんなの嘘っぱちだ!何か裏があるに決まってる!」と
相手を鼻から疑ってかかることである。

あなたが「他人に親切をしても、なぜか嫌な顔をされてしまう」
「彼を愛しているのに、ちっとも報われない・・・」と思っているの
なら、そこに「愛情の勘違い」があることを疑ってみたらどうだろう。
「息子を愛しているから」やっていた行動が、実は
「親としての威厳を保つため」という「純度の低い愛情」で
行動してはいなかっただろうか?
よく見直してみるといい。

この「純粋な愛」と「不純な愛」。
この理論を知っておくと、人を見抜くのに非常に役に立つ。

参考文献 結婚力 30代でかなえるハッピーウェディング


スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する