日々の進歩

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親によるマインドコントロール 岩月理論6

非常に恐ろしいことだが、親が子供をマインドコントロール(洗脳)
して子供を意のままに操ろうとすることがあるらしい。これを岩月さん
はDMC(domestic mind control=家庭内洗脳)と呼んで紹介して
いる。

やり方は、こうだ。
まずは子供を厳しく、激しく叱る。
「Aにしなさい!Aにしなくちゃだめだ!」と。
そしてまた別の日には
「Bにしなさい!Bにしなくちゃだめだ!」と子供に指示する。
子供は「ええ?前と言っていることが違うじゃないか!いったい
お母さんの言葉の何を信じればいいのさ!」と頭が混乱する。
そして精神的に疲弊した子供は
「もう、どうにでもなれ。ただお母さんの言っている言葉に
黙って従おう」
という結論を頭で出す。
ロボットのように、彼女の指示に従うようになる。

具体例を挙げよう。これは岩月さんの著作にあったことだが
ある母親は、息子に「公務員なんて、ただの税金泥棒だ!」と
あるテレビを見ていたとき、そう吐き捨てた。
しかしその息子が大学を出ていよいよ就職するというとき。彼女は
息子に「あんた、公務員試験受けなさいよ」と指示したそうだ。
その男性は頭が真っ白になり、これまで信じてきたものがガラガラと
音を立てて崩れ去ったような気がしたという。

このような「言葉の矛盾」が、日常生活のありとあらゆる全てのことで
起きたなら。その子供は思考停止に陥ってしまうのは無理はない。

ちなみに俺は幸運にも、DMCにはかからなかった。もちろん20%
ほど、思考停止に陥っていた感は否めない。ただし俺は生来
自我の強い人間。母親に対し
「言っていることが違うじゃないか!」
「だったら、どうすればいいのさ!」
「そんなの言いがかりだ!」などと反論し続けた。
逆に言い負かされることは多かったものの、かろうじて自分の、
自分の意志という自我を保てていた。
その「かろうじて残っていた自我」によって、地道な努力を淡々と
続けたからこそ、今の俺がある。

俺はサッカーの掲示板で、中高生の技術的な質問に答えているけれども
その中で「思考停止した人間」に出会うことがたまにある。
「Aって、どうすればいいんですか?」
「Bって、どうやればいいのか教えてください」
みたいなことを逐一聞いてくるのだ。
別に質問すること自体が悪いわけではない。俺が変だと感じるのは
「あきらかに俺に対してもたれかかる。依存する」という
精神的な心構え。ちなみにこういった人間は、俺が「相手の自主性を
重んじるアドバイス」をしていることに落胆して、掲示板から
去っていく。何か物足りないと感じているみたいだ。
今常連として残っている人には、そのような「DMCの人間」は
ほとんどいない。喜ばしいことだ。

俺の「その掲示板での質問の回答」が、質問者である方々の
「自分の頭で物事を考える能力」を取り戻させる手助けになればいいと
いつも思っている。
高校時代の俺は、さっきも言ったが「20%ほど、DMCのせいで
思考停止に陥っていた」部分があった。だから本に書かれている内容を
そのまま鵜呑みにして、目の前の状況に対して微調整することができず
いつも失敗を繰り返してばかりいた。

そんな俺の高校時代の大量の失敗が。
彼らを今、助けている。
「俺と同じ過ちを犯させない」ための、彼らの気持ちに歩み寄った
アドバイスをできている。
そう考えると、あの時期の「盲目的な、無駄な努力」も決して
無駄ではなかったと思える。

参考文献 なぜ、母親は息子を「ダメ男」にしてしまうのか
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コメント


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こちらでは初めましてですね^^

なおきさんのサイトを何気なく見ていたらいつの間にか最後まで読んでしまいました。サッカーのほうももちろんですが、内気・対人恐怖のほうのサイトも面白いですね。・・・というか、僕自身と何か共通なところを感じるのだと思います。僕も世間的には内気とか対人恐怖症を持っている人間だと思われている(特に母親)。
それを作ってしまったのが小学生のときにやっていた僕のサッカーです。僕はGKをやっていました。小学4年のときにはクラブの選抜にも選ばれ、正GKをやっていました。そのときの僕は明るく、冗談を言ったりして笑ってもらうのが好きだった、と今は思います。しかし、僕の存在を消す人物が現れました。それは新たなGKです。僕より体格が大きい選手でしたが、入ってきた当初は僕のサブとしての扱いでした。ですが僕にとっても彼にとっても大きな転機が訪れます。僕は愛知県に住んでいるので愛知県の強いチームと試合をすることが多かったんですよね。それで名古屋グランパスエイトのジュニアユースと8人制の試合をしました。いつもどおり僕が正GK、スタメン、試合に臨む、しかし強かった、試合開始早々いきなり相手のシュートがポストに当たり、僕は一歩も動けなかった。そしたらベンチ陣が「おいおい、反応出来ないのかよ?」みたいな罵声を浴びてきました。僕はスネる性格でそれが原因でスネてしまいました。試合はボロボロになり、僕は何も言えなくなり、サブだった彼がGKに入り、見事なセービングをしていました。僕はそのとき「本気でやればあいつに負けない」と思いましたが、次の試合から先発メンバーが僕ではなく、彼でした。僕のスネる性格が試合に出れなくなるという事態に陥ってしまいました。練習でどれだけ調子が良かろうが、週末の試合のメンバーは彼でした。そして彼は見る見るうちに上手くなり、いつの間にか県の代表に選ばれ、県内でも有名になっていきました。僕は彼のことが憎くて憎くて仕方がなかったんですが、彼は本当に優しくて、暖かい人で、そんな彼を嫌いになることが出来ませんでした。本当に憎かったのに、彼を嫌うことはどうしても出来なかったんです。そして僕が試合に出場する機会を失ってから母親は僕のサッカーに見に来ることがなくなり、僕にサッカーを止めるという選択までしてきました。僕が小学校5年の後半のときに、泣きながら「あと一年後は俺がスタメンで出場する」と言いました、が、「無理だ」と否定されてしまったのです。僕はそのとき凄く傷つきました。信頼していた母親にサッカーを諦めろまがいなことをいわれたんですから。その反面、絶対勝ち取ってやるって言う意識も生まれました。しかし夢は叶いませんでした。僕が出場するのは楽勝なときの後半残り5分か、ボロ負けのときの残り5分。一回強烈な思い出があって、1-0で勝っている状況のときに監督が「行くぞ」って行ってきました。一体何を考えているのか、俺に恥をかかる気か、と様々な思いが頭をよぎりました。そして僕が出場し、残り5分程。僕は必死にシュートを打たれないように願っていました。しかし、打ってきました。ロングシュート、取れると思いましたが、僕は身長が高いほうではなかったので高いボールだけで決められました。決められてしまった瞬間、相手チームの歓喜、そしてチームメイトの絶望な眼差し、この世から消えていなくなりたいと思いました。でも一つの嬉しい誤算もありました。PKになれば、俺がファインプレーをしてそれで勝ったらスタメンに上がれるかもっていうものでした。そして予想通りPKになり、恐怖と喜びが混じった感情で望もうとしました。しかし、GKは僕ではなく、彼でした。なぜか、彼はGKでピッチ外に出たあと、フィールドプレーヤーとして出場していたからです。また僕に絶望が襲いました。彼はビッグセーブを連発し、チームを勝利に導きました。そんな彼は現在清水商業でGKをやっています。
それから僕は中学に入学し、サッカーからすっぱり切り替えようと努力しました。でもサッカーで僕の中に出来た心の傷は他のところで大きな影響を及ぼすことになります。学校生活。中学に入学した僕を待っていたのはいつも孤独な生活でした。授業が終わり、他の皆はクラスでバカ騒ぎを楽しそうにやっています。でも僕は休み時間も机の上に座って、あるときは寝たり、本を読んだりするようになりました。僕はこんな性格でも良いんだ、クールに行こうと思うようになってきました。(当時僕に大きな影響を与えたのが集英社・週間少年ジャンプに連載されているテニスの王子様の主人公・越前リョーマです、また、スラムダンクの流川楓)ですが、そう思ったんですが、孤独の恐怖は常に持っていました。漫画のキャラのように演じてもどこかで引っ掛かりがありましたね。クールに過ごすのはやめようかな、といつもどこかで思いながら現在に至ってしまっています。今でもそんなような性格をなんとか通していますが、怖いです。怖さを感じず、いつも流川楓のようにいたい。もう高2になるんですけど、まだこんな幼稚な考えを持っています。
本当はブログに挨拶でもしようかと思ったんですが、いつの間にかこんなに書いてしまいました。何故でしょうかね・・・きっとなおきさんなら分かってもらえると思ったからでしょう。ブログじゃ無理だったんで、メールにしました。長文失礼しました。

ロム | URL | 2007年02月10日(Sat)22:08 [EDIT]


レギュラーを奪われた体験

ロムさん、コメントを書き込んでいただきありがとうございます。確かに僕とかなり過去が似てますね。

僕が小学校のレギュラーを奪われたのは小学5年のときです。「W君」という内気であまりしゃべらない男の子がある日の練習でコーチから「Wはうまいなー、うまいなー、じゃあ今度から試合で使おうかな」ってみんなの前で、言いました。僕はすごく悲しかったですね。「わざわざ俺の前でそれを言うことはないだろ!」って思ってしまいました。そのコーチはすごく冗談が面白く、教えてくれるサッカーの技術もすごく良かった。中学、高校時代に僕はその力でかなり優位に立てていた部分があったので、すごく感謝しています。ですが彼の「他人に対する残酷な、デリカシーのない発言」にはいつも傷つけられていました。

そのW君ですが、すごく不安そうでした。2人組を作るときなどに「一緒にやろうよ」と僕によく声をかけてくれました。僕はその当時明るく、冗談も言えるような性格でした。しかもどこか心に傷を持つような、弱気な側面もある。さらに周りの人間に対して優しく接することもできる性格。そんな僕を慕ってくれたんでしょうね。僕も彼を恨めませんでした。悔しい気持ちを押し殺しながら、いつもベンチで試合を見ていました。

下へ続きます。

なおき | URL | 2007年02月11日(Sun)01:16 [EDIT]


途中出場で大失敗

そして小学5年生のときです。チームが3-0で勝ってました。W君は左サイドバックとしてレギュラーに定着してしばらくした頃のことです。僕はコーチに呼ばれ「Wとどっちが左サイドバックにふさわしいか、見せて来い!」とハッパをかけられてピッチへ送り出されました。しかし僕は絶不調。そのコーチのプレッシャーが悪く作用して「いいプレーをしなくてはならない。よいところを見せなくちゃいけない」と緊張してしまい、ミスを連発しました。コーチの顔は怖くて見れませんでしたが、内心呆れ顔だったでしょう。「ああ、コイツはだめだ」と・・・

やはり、体験が似てますね。

なおき | URL | 2007年02月11日(Sun)01:21 [EDIT]


マンガのキャラクターの真似

そして「クールさ」というところも同じです。僕が参考にしたのは名探偵コナンの「江戸川コナン」でした。彼のような「クールでかっこいい」人間を参考にして、小学6年生くらいから暗めの性格に変わりました。あとファイナルファンタジー7の「クラウド」という主人公の影響も大きかったです。そうするとよけい周囲から孤独になり、自分の心にも何か満たされない部分が残りました。それまでは友達と明るくふざけあうことができたのに、それ以降は「お前ら、そんなことで夢中になってバカじゃないの?」という冷ややかな視線を浴びせて遊びに参加しない、という人間に変わりました。本当は一緒に遊びたかったにも関わらず・・・

なおき | URL | 2007年02月11日(Sun)01:25 [EDIT]