日々の進歩

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好き・嫌いの勘違い 岩月理論7

岩月謙司さんの本のなかで、俺が一番衝撃を受けたのが、この
「好きと嫌いをあべこべに取り違えてしまう」という現象だ。岩月さん
はこれを家庭内ストックホルムシンドローム(通称 DSS)と
呼んで紹介していた。昔「3日後日記」のところで書いた内容と少し
重なる部分があると思うけど、ここで再びまとめて書いてみる。

これは恋愛にて、特に女性が発症することが多い。
「自分にとって大嫌いな人間」にばかり恋愛感情を抱いてしまう。
「こんなやつ、どうしようもない」というダメ男にばかり惹かれて
しまう。そのようなことが起きるそうです。

俺は「3日後日記」を使って、このDSSが発症していないか
確かめてみた。そうしたらなんと、日常生活の喜びの90%がこの
DSSによる「勘違いした喜び」であったと気が付いた!これでも
俺は「トラウマ克服」の専門家。医学的、心理学的な本をたくさん読み
自分でも克服法を作り上げ、成果を出せた。だから少なからず
「もう両親との間のトラウマは、ほぼ解消された」と思っていた。
だがこの3日後日記の作業を続けて、そこで出てきたものが
「ニセモノばかり」であったことに少しショックを受けている。

でも逆に、それを発見できて良かったとも思う。
俺はこの3日後日記で、自分の誤りに気付けたのだから。
俺は今ももちろん、3日後日記を続けている。日々新たな発見があり
すごくすがすがしい。これまで「こんなもの食べたくないな。自分の
好みじゃないな」と思っていた食品を何気なく口にしたら「あれ、これ
ってけっこうおいしいじゃないか!」って発見する。そのようなことが
食べ物に限らず、全てのことに対して起きている。
「3日前の日記」を読み返すこと。今の俺にとってはすごく
待ち遠しい。

参考 娘の結婚運は父親で決まる

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コメント


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昨日のコメント返信ありがとうございました。とても参考になりました。昨日の続きの話をしても良いですか?
クールなキャラを演じることで孤独を自分の中で否定せず、むしろ肯定しようと考えるように努力していました。でもやっぱり僕は漫画のキャラのようには行きません。他の人がコソコソとこっちを向いて話をしていたりするといつも悪い方向に考えてしまいますし、元々鈍感な性格ではなく、敏感な性格です。表では鈍感を装い、裏ではいつもビクビクして敏感に反応してしまっています。いつも鈍感でいたいんですが、やっぱり無理なんですよね。
僕はいつもこう思います、一人のほうが動きやすい、と。例えば朝練習に行くとき、野球部がグラウンドを使用しているので狭いコートでの練習を余儀なくされるので狭いから一人で自主練したい。例えば、部活後帰宅するとき、僕が着替えを終えて帰ろうとするとチームメイトが「待ってよ~」と言ってくる。それで見捨てて帰る勇気もなく、15分待って帰ることになる。僕はマイペースな性格で、人と一緒に行動することが好きではありません。試合会場に行くときも僕は必ず一人で行くことにしています。
ですが、朝の練習で僕は一人の練習時間を確保したいから定刻より30分前に行くと、僕は一人です。部室を開けてボールカゴとマーカーコーンを出し、自主練しようと準備をする。他の部活の朝練習を始まり、サッカー部は僕一人、野球部、バスケ部、陸上部など人が集まってくる。そんなとき、僕は一人で練習をしているとかなり虚しくなります。一人で練習したかったのに、むしょうに虚しくなります。仲間が来て欲しい、そう思います。でも、朝の練習で皆が集まると一人で練習したい、と思ってしまいます。やっぱり性格が全てなんですかね。

ロム | URL | 2007年02月11日(Sun)18:19 [EDIT]


他人の噂話

それは僕もありました。すごくよく分かります。
ちなみに僕は耳がいいんです。普通の人が離れた席で話している
会話の内容を、全て耳でキャッチしてしまいます。ですから
僕に対する噂話、悪口のようなものは全部聞こえました。
中学2年から始まったいじめの時期はそれがものすごく辛かった
ですね。それでも僕は何も抵抗できないので、聞いていない、
聞こえていない振りをしていました。その方が何もトラブルが
起きずに済みますからね。

なおき | URL | 2007年02月12日(Mon)01:12 [EDIT]


学校の帰り道

そしてチームメイトの「一緒に帰ろう」の言葉も、いつも断れな
かったですね。高校3年になって、半数の人間が引退してからは
「Cチームの三年生は僕一人」になったため、寂しかったですが
気楽に一人で変えることができました。ただしそれまでは
「一緒に帰ろうよ」と言われたら、断りきれずにいつも
「うん、いいよ」と返事してしまいました。「本当は本屋で
読みたい本があったのに・・・」と思っても、いつも断れなかった
ですね。

そして僕も試合会場へは一人で行ってました。
「みんなについていけば絶対に安心だ」みたいな考え方をするのが
僕はすごく嫌いです。ですからいつも地図で試合会場の位置を
調べ、自力で行くことにしています。一度道を間違えて迷った
ことがありましたが・・・。

なおき | URL | 2007年02月12日(Mon)01:16 [EDIT]


矛盾した2つの感情

そしてその矛盾した感情も、僕は持っていました。ある日の
公式試合の帰り道のことです。僕はあらかじめ自分で地図で調べた
おかげで、「B駅まで歩いた方が近いな」と分かっていました。
だから当然B駅まで行こうとしました。しかし前方を歩いている
多くの先輩、同級生はなぜかぞろぞろと「A駅」まで歩いて
行こうとするのです!その高校はほぼその2つの駅の中間点に
あるので、大きな距離の差はないのですが、僕は迷いましたね。
このまま「みんなと一緒に、自分の知らないA駅までの道を進む」
のか「自分ひとりで、B駅まで歩いて帰る」のか・・・。

結局僕は当然B駅へ行くことに決めました。彼らの行列から
一人すっと外れて右折し、とぼとぼと一人ぼっちでB駅までの
道を歩きました。自分を貫けた喜びがある反面、やはり自分が
孤独なんだという寂しさをずっと感じ続けました。
このまま「金魚のふん」でいられたら、どんなに楽だったでしょう。
でも僕はそれができません。そのようなことは大嫌いだから
です。大嫌いながらも、直接誰かから声をかけられると断れない。
嫌われてしまいそうで怖い。そんな2重の苦しみをいつも
感じ続けていました。

翌日、学校で友人たちから「なんでお前は急に違う道へ進んだの?
みんな不思議に思ってたよ?」みたいに言われました。僕は
すました顔をして「だって、B駅の方が近いんだよ」と答えました。
でもその無表情な顔の裏で僕は、すごく傷ついていました。
僕の「人と違う個性」に対して友人たちから
「お前それは変だよ、おかしいよ」と言われているに等しいの
ですから。

もちろん50人程度いた同級生の中には、僕のその個性を暖かく
受け入れてくれる人もいました。その人たちの前ではすごく
安心できました。ですがそれ以外の45人以上は僕に対して
「お前何変なことやってんだよ!ギャハハハ~!」みたいな
嘲笑の言葉ばかりを浴びせられ続けましたね。
非常に苦しい思い出です。


なおき | URL | 2007年02月12日(Mon)01:28 [EDIT]