日々の進歩

毎日の出来事を記録しています。

部屋の家具4

俺のその机の上にあるパソコン。かったのは2004年の1月だ。
いまふと思い出したので、その思い出を書いてみる。

俺は2003年9月あたりに、家族に向かって
「俺は大学へは進学しない。HPを作ってその収入で生きていく。
もしダメだったらバイトをしてでも夢を追いかける」と打ち明けた。
しかし両親は「ダメだ!ダメだ!」の一点張り。
そこで俺はセンター試験を申し込まないという
強制行動に出た。この時点で俺の、国立大学への受験はほぼ不可能と
なった。さらに「もし家のパソコンを使わせてもらえないのなら、
家の周囲でチラシを配って自力で商売することも考えるぞ!」と
脅した。彼らは真っ青になって「それはやめろ!絶対に!」と
静止して来た。

しばらくしたら親はしぶしぶ「今年(2003年)中に親としての
結論を出すから、それまで待ってくれ」と言ってきた。
同時にホームページ作成のための(親の)パソコン使用も禁止された。

この時期は非常に辛かったね。
「まあ、仕方ないか」という気持ちでノートにアイデアを書きとめる
などして準備を進めていたが、やはり「実際にパソコンでの作業が
できない」というのは非常に苦しかった。自分のパソコンを買っても
いいとは思ったが、この時点でこれ以上親の神経を逆撫でするような
行為には走らない方がいいと思ったので、パソコンを買わずに
そのまま年末へ突入した。

そして、12月31日。大晦日。
俺はその他3人の家族が別の部屋で紅白歌合戦を見ている中。
父に別の部屋へ呼び出された。
彼の、両親の結論は「家のインターネット回線を使ってもいい。ただし
家のパソコンは使うな」ということだった。まあ当然のことだね。

だから俺は、1月の3日。秋葉原へパソコンを買いに行った。
直前に地元の郵便局で、10万円の定額貯金を解約して、軍資金を
調達してきた。

秋葉原でいろいろパソコンを見ていった結果、俺は
7万8千円のSOTECのパソコンを購入することにした。
さらにキャンペーン価格で7万3千円にまで値下げしてもらった。
(ラッキーだったと感じる)

そのパソコンを今も俺は使っている。
ちなみに使い始めてから半年後あたりに、キーボードのある一部が
壊れてしまい、使えない。このパソコンは「画面、キーボード、本体」
がすべて一緒になっているタイプなので、交換は効かない。一応
USB式のキーボードを買って取り付けてみたりはしたが、結局
俺のパソコンはそれを受け付けなかった。マウスで動かしたり、
文字を変換するなどすればそれで全ての文字は打てるので実質上
困らないのだが、それでもやはり不便だ。
例えばキーボードの左上にある「半角/全角」キー。
押しても全く反応しない。
同じく「無変換」のキーも動かない。
だから俺は使う文字を変更するとき、わざわざマウスで画面にある
ツールバーをクリックして変更している。

さらに「↓(矢印下方向)」のキーもまったく使えない。
だから俺はマウスでスクロールさせたり、上方向の矢印を何回も
叩くことで、画面を下へ動かす。
おかげで「PageDown」というキーもよく使うようになった。

できればパソコンも買い換えたい。だが俺の貯金は前にも言った
とおり、11万円程度。これを買ってしまってはお金が不足する。
それほど致命的な困難がおきているわけでもないので、このまま
使い続けるつもりだ。

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