日々の進歩

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思い出の宝箱 飯田理論3

生きがいのマネジメント」という本に書かれているすばらしいお話
を紹介する。

愛する人に先立たれた人間の多くは、嘆き悲しみます。しかし多くの人
は時の流れと共にその傷は癒され、これまで通りの生活を取り戻すよう
になるでしょう。

しかしごく一部の人は、その失望があまりに深いため、何ヶ月も、ある
いは何年もその「失った人」のことを悲しみ続けるのかもしれません。
「ほかに子供はたくさんいるのに。2人、3人の子供を持つ親だって
いるのに。どうして私たちの最愛の一人娘が死んでしまったんだ!」
「我が子を追って自分も死のうという自殺衝動に駆られることも多い
ですが、何とかぎりぎり命をつないでおります」
とか。「非論理的だ!」と思う人もいるかもしれないが、絶望の淵に
深く追い込まれた人間は、このような「支離滅裂な思想」を持つように
なってしまいます。

そんな彼らに対して。ある心ない人はこう言ったそうです。
「あんたいつまでそんなこと悩んでんの?さっさと忘れなさいよ!」
このような言葉を言われると人はますます傷つきます。「こんな程度の
ことをうじうじ悩む私は、ダメな人間だ。だから早く忘れてしまおう。
でも忘れられない。だからダメだ。私はダメ人間だ・・・」

そんな人に対して飯田史彦さんは「無理に最愛の故人を忘れる必要は
ないですよ」という言葉と共に、このようなお話をするといいます。

無理に亡くなった方のことを忘れる必要はありません。それよりも彼
(彼女)とのこれまでの日々を「思い出」にしてしまいましょう。
人間には過去の出来事を「思い出にしてしまえる」という能力があるの
です。無理に忘れようとせず、その思い出を箱に詰めてしまいましょ
う。それを時々取り出しては確認し、「あの頃はこんなことがあった
なあ・・・」という懐かしさに浸りましょう。そして十分それを味わえ
たら、再びそれを宝箱に押し込めて「またね」という気持ちで、その
思い出を記憶の奥底へ封印してしまいましょう。思い出を心に抱いて。
思い出を宝物にして生き続けてもいいのですよ。


念のため説明しておくと、「箱に詰める」というのは物理的な意味では
ない。「いつでも取り出せる記憶」として、一時的に頭の中から追い出
してしまう、という意味だ。「100%忘れて楽しく生きる」必要はどこ
にもなく、ただ「時々思い出して、懐かしさに浸る」こともOKなんです
よ。と、飯田史彦さんは言っているのだ。
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