日々の進歩

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経済的自由人 本田健理論2

本田健さんは「幸せなお金持ち」と、もう一つ「経済的自由人」という
、お金に対する付き合い方を提唱している。

この言葉には2種類の意味がある。一つ目は簡単だ。
「お金があれば、欲しいものが買える。いざというときに便利だ」と
いうこと。お金がない人間は、その分だけ行動範囲が狭まる。お金さえ
あれば、とりあえず「お金で買える、全てのこと」は手に入れることが
可能だ。当然のことながらお金では「お金で買えないもの」は、買え
ない。だがここでその点は置いておく。今は「お金との健康的な
付き合い方」について話しているのだからね。

そして二つ目の意味は・・・誤解を招きかねない表現だけど・・・
「時間的自由」という意味だ。「一生遊んで暮らせるお金」を手に入
れた人間は、もう「お金を得るために嫌々ながら働く」という行為を、
する必要がない。「自分が本当に楽しいと感じられること」「心から
やりたいと思うこと」だけに時間を集中させることができる。

お金さえあれば「欲しいものが好きなだけ買える」し、しかも「時間的
な自由」が手に入りますよ。本田健さんはそう主張する。

ちなみに俺はこの「時間的自由」を既に手に入れた。
週に2回、最低2時間働くだけで「生きていくのに必要はお金」を
手に入れられる。そんな世界にたどり着いた。
(いまは、それが崩されてしまったのだけど)

その結果、何が起きたのかというと・・・前述の「無気力」だ。
「経済的自由人」になるための一つの側面である「時間的自由」を
手に入れた結果として、俺の精神は崩壊寸前にまで追い込まれた。
やはりその要因の一つとして「働かずに生きていく、生きていける人生
こそが理想なんだ!」と主張する「幸せな(時間的自由な)お金持ち」
たちの著作による影響は否めない。(本田健さん以外にも、そんな主張
をする人間は多いです)

だけど最近、思うんだよね。「時間的不自由」も、また一つの立派な
生き方なのではないかと。ワタミグループの渡邊美樹社長とか、
船井幸雄さんの姿を見ていると、すごく楽しそうだ。本田健さんは
「時間的自由こそが、唯一の幸せだ!」と取られかねない表現を著書で
繰り返し使っているけれども、俺はそれに少し騙されてしまった側面
がある。後年の著書で「ライフワークさえ生きていればいいのですよ」
的な主張もされているが、「時間的不自由もまた、一つの生き方だ」
的な主張は彼の本には全く見られない

「お金さえ手に入れれば、時間的な自由が手に入る」
「時間に追われる企業重役や自営業者は、不自由な人間だ」と
主張しておきながら
「時間的不自由な人生を生きる、自営業者的生き方をする人間」を
「この人たちは、ライフワークを生きているすばらしい人たちだ!」
と絶賛し
「この人たちは、自営業者であり不自由人だ」という主張は全く
なされない。

「ライフワークさえ生きていれば、不自由なままでもいいんですよ」
「不自由人も、また一つの生き方ですよ」
「経済的自由人にもまた、短所があります。それは『暇になる』という
こと。誰かが仕事を持ってきてくれれば時間的ゆとりがあって幸せだ
が、誰も来ない場合、退屈で寂しくなる。友人が多ければ紛らわすこと
ができるかもしれないが、『人生を全力で生きれない・・・』という
劣等感を感じる時間もある。だから結局一長一短なんだ」
「経済的自由人と、不自由人。どちらも長所と短所がある。自分の特性
を見極めて、自分に合った道を進めばいい。途中で路線変更は自由に
できるのだから」

俺はこのような結論を、自分の手で導き出した。できればこの言葉を、
本田健さんの著作から言って欲しかったが・・・

ライフワークで豊かに生きる
ライフワーク(自分が幸せで、周囲の人も幸せになれるような仕事、
生き方)について述べた、本田健さんの著書です。
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