日々の進歩

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神への祈り シルバーバーチ10

これにてシルバーバーチのシリーズは最後になります。
詳しく知りたい方は彼の著作を直接ご覧ください。一冊お勧めを挙げると
すれば「シルバーバーチ最後の啓示」です。インターネットで「シルバーバ
ーチ」と検索すれば、本を見つけられるかもしれません。ネット書店、
アマゾンにもいくつか置いてあるはずです。

あなたの祈りは、必ずしも聞き届けられるわけではありません。
天には天の事情、優先順位があります。利己的な目的で願われた
願望は、ほかの「もっと重要な祈り」を叶える為に後回しにされることが
あります。


キリスト教関係者でしたら理解は一発でしょうが、ここで注釈を加えます。
祈りというのは「神様に向かって○○してくださいと願う」行為のことです。
一般的に日本の文学界では、詩的表現として用いられることが多いです。
「私のこの祈りは、届けられるのでしょうか(と、恋人に対して)」
「幸せな世界がくることを、(世間体として)心より祈っています」
「さあ幼稚園の4歳の皆さん、クリスマスに、神様へ祈りましょう!」

しかし俺は違うと考えています。
「心から願う」というのと「祈る」というのは別物である。というのが俺の考えです。
「願う」というのは「俺はプロサッカー選手になりたい」という類の、自分自身の
人生観としての目標のことを指します。祈りの場合は
「神様へ、Xを与えて欲しいと健全に懇願する」
というのを意味するのではないでしょうか。

「あなたの幸せを、心より(天に、神様に)祈っています」
「全力で戦った後は、勝利を神様へ祈るだけさ!」
「明日の遠足の日は、晴れであって欲しいなと祈る」
上に書いた3つと、この3つを比べてみてください。パワーが違うでしょう。
これが本物の祈り、です。
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